比翼の鳥

風慎

第21話:命名

 俺はディーナちゃんの消えた余韻を、少しでも長く感じようとその場で、佇んでいた。
 そして、ひとしきり感傷に浸り、満足すると、俺は寝ているであろうルナを見る。

 予想にもれず、ルナはまだ寝ていた。
 それはもう幸せそうにぐっすりと。
 なんだか、途端に微笑ましいような残念なような、複雑な苦味のある感情が俺を満たす。
 こちらが一大スペクタクルを演じている間に、観客になりえたルナは、大爆睡していたのだ。微妙な感情も起ころうというものだ。まぁ、あのやり取りを見られたかったかといえば、断じて否であるのだが。

 俺は少しため息を吐くと、ルナを抱き上げる。そして、広場の切り株へと移動し、縁を背もたれ代わりにして、座り込む。
 ルナは俺の伸ばした脚を枕代わりとして、膝枕状態で寝かせる。
 ルナは、しばらくの間は、行儀良く仰向けに寝ていたのだが…「ゆふー」とか、良くわからない笑みをしつつ、俺の太ももにしっかりと抱きついて、そのままの姿勢で安定する。

 全く…見ていて飽きない子だ。
 俺はそう思いつつ、思考をわが子へと向ける。
 ネックレスとして俺の胸に鎮座する小さなわが子には、特に大きな変化は無い。相変わらず綺麗な蒼色の宝石だ。その中に渦巻く光たちが時折、こちらを伺うように、キラリと光るのが美しい。
 こうやって見ていると本当にただの宝石なんだけどな。俺は光にかざしながらそう思う。
 もちろん、魔力を通して見ると、それがただの宝石じゃないことはすぐにわかるのだが…。

 しかし、俺が未婚にして子持ちか。字面だけ見ると、とっても薄幸なイメージがあるから恐ろしい。
 確かに塾では子供を相手にすることもあったが…流石に赤ん坊の面倒は無理だぞ…
 一瞬そう考えるが、考えて見たら、食事と排泄に関しては特に気にする必要がなかったのに思い当たる。
 だとすれば、後は夜泣きくらいか。けど、その要因になるものの半分以上がこの世界では縁が無さそうだしなぁ。
 それに、ディーネちゃんの過去を見る限りでは、精霊は最初動物の姿をとるっぽいしなー。もしかしたら、光の玉かもしれんが。将来はディーネちゃんのように美しい女性になるのだろうか?もしも、俺に似たらあまりにも不幸なので是非、女の子であって欲しいと思う。マジで。
 まぁ、あまり気負いすぎてもしょうがないかな。とりあえず、俺なりに精一杯愛して育てよう。
 そんなことを考えながら、優しくわが子を撫でる。
 そんなわが子はとても嬉しそうに、瞬いたように感じられた。

 そう言えば名前を決めて欲しいと、ディーネちゃんに言われていたな。
 俺は少し水にまつわる語句を頭に思い浮かべる。最初はディーネちゃんの名前にちなんで横文字で行こうと思ったのだが、根っからの日本人であるせいか、自分の子に横文字を付けることに違和感を覚えた。
 かなりの時間、ああでもない、こうでもない…と考える。ぬわー!!と頭を抱えること数十分。
 よし、木花咲耶姫コノハナサクヤヒメから、一部いただこう。確か、富士山信仰では水の神…だったはず。多分。

 綺麗な音だし、語呂も良いしね。どんな字を当てるかで、更に数十分。そりゃ、子供の一生を左右するかもしれないんだから、悩むよ!!
 さて、それでもなんとか2つに絞り、個人的には、此花このはと、咲耶さくやの2択で大いに迷い中。どちらもいい名だと思うのだが…
 此花だと、とても可愛らしいお嬢様に育ちそうなイメージ。何となく儚い感じが尚良い。なんか散りそうだけど散ったらどうするって?散らさせないよ?全力でディーネちゃんと守るし。
 咲耶だと、少し時代がかって凛々しく勇ましい子に育ちそうなイメージがある。なんだか、俺を守ってくれる勇ましい子になりそうだ。ちゃんと教育しないととんでもないことになりそうな予感がする。
 うーむ…可愛らしく愛らしい娘にお父様と、言われたい気もするし、ちょっと凛々しく背伸びした子に父上と呼ばれたい俺もいる…。これは悩ましい。
 え?もし男の子だったらどうするんだって?まぁ、その時はその時?名前的にはやや中性気味だから…なんとかなる…だろう…多分。それに、ほら、出来れば女の子が良いし。うん。こういうのは名前から決意をしないと。魔法にはイメージって大事らしいし。
 などと、心の中で良くわからない言い訳をしつつ、どうしようかなーとまた思考の海に没する。
 そんな感じで名前を決めるのに盛大に頭を悩ます俺を尻目に、日はドンドンと傾いていくのであった。

 散々悩んだ挙句、俺はどうしても決められなかった。
 そこでふと閃いたのだ。そうだ、決められないなら本人に決めて貰えばいいじゃない作戦。
 さっきからの様子を見るに、最低限の意思疎通はできていると思うんだよね。
 だったら、気に入ったほうの名前を教えて貰えばいいんだ。おお凄い!俺様天才!!
 優柔不断なやつって笑えば笑え!!俺は後で子供に文句言われたくないんだよ!!
 というわけで、俺は早速わが子を手に取ると、語りかけた。

「俺とディーネちゃんの子よ…聞いてくれ。君の名前を決めたいと思うんだが、どうしても最後の一押しが決まらない。だから君の望む方を教えて欲しいんだ。今から、君の名前の候補を2つ挙げる。どちらか気に入ったほうに反応して欲しい。」

 俺は、一呼吸置くと、その名前をまずは告げる。

「此花と咲耶どちらかにしようと思う。」

 そういうと、和が子は、嬉しそうにきらめきを強める。
 その様子を見て俺は、更に問いかける。

「此花が良いかい?」

 そう聞くと、我が子は、鮮やかな蒼色で応えた。

「それとも咲耶が良いかい?」

 更にそう聞くと、我が子は、深みのある蒼色で応えた。

 しまった…肯定なのか否定なのかこれでは判らないではないか!
 何となく、色が深いほうが否定の意味合いなのかな?と勝手に解釈することも出来る。

 そう思っていたら、突然我が子が、光り始める。
 それは、段々と傾いてきた日の光すらも押しのけるほどの勢いとなって、俺とルナを照らす。
 ふわりと、我が子は宙に浮くと、蒼い光と黒い光を回りにまとわせながら回転する。
 しばらくそのように、発光していたが、しばらくすると、それは徐々に収まっていき、俺の手のひらへとゆっくりと戻ってきた。
 俺は心配になって、我が子を見るがその様子を見て驚いた。

 球状の宝石のようだった我が子は、円の中に勾玉を二つ互い違いに寄り合わせたような模様を、その中に刻んでいたのだった。
 片方の勾玉状の模様はとても澄んだ空色に、黒い核を宿していた。
 もう片方の勾玉状の模様は深い蒼色に、同じく黒い核を宿していた。

 こ、これはまさか。
 恐る恐る、俺は我が子の名前を呼ぶ。

「此花?」

 空色の模様がちょっと照れたように明滅した。

「咲耶?」

 蒼色の模様が元気に手を上げるように光り輝いた。

 俺は数秒間ぼーっとその様子を見ていたが、ふと我に返って…

「やっちまったああぁぁああああああああ!?」

 俺の絶叫が、静かな森に木霊した。
 俺の子は、俺に良く似て、とても欲張りだと言う事を痛感した。

 その様子を見ていたのか、俺の子達は、クスクスと笑うように明滅していたのだった。

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