比翼の鳥

風慎

第6話:取引

 さて、これ以上色んなものを見せて、レイリさんをぶっ壊しまくるのも気が引けるので、そろそろ本題に入ろうかなと俺は思った。ワタワタするこの親子を見るのも、とても癒されるものがあるので捨てがたい気持ちは多くある訳だが仕方ない。
 レイリさんは今は落ち着いたのか、お茶のお代わりを注いでくれている。

「さて、レイリさん。先程の応急治療でとりあえず症状は改善しているようですので、良かったです。しかし…あくまで、対処療法でしかないので、貴方から私が離れてしまうと…残念ですがまた、病人に逆戻りです。」

 レイリさんは、その言葉を聞くと、一瞬固まった後、少し無念そうに、「はい…」と返事をした。
 そう、俺はあくまで現状をとりあえず回復させただけで、言ってしまえば問題を先送りにして時間を稼いだに過ぎない。

「今の術式では、村内一帯をカバーするのが精一杯です。それ以上離れてしまうと、魔力回路が途切れてしまいます。もし行動範囲を広げたければ、もう少し大がかりな術を組まなければなりません。やろうと思えばできますが…しかし、それも、私が、魔力を供給し続ける事が出来る状態であるというのが前提になります。」

 つまりは、俺の一存でレイリさんの命が決まってしまうのだ。俺はそんな一方的な関係は望んでいない。出来ればちゃんと対等に、素のままでこの家族と仲良くしたいと願っている。
 レイリさんはそんな俺の言葉に、「覚悟はできております…」と真摯に向き合う。
 うん、きっとレイリさんなら時間が少し伸びただけでも、そこで納得してしまうんだろうが、そこは俺の矜持が許さない。
 俺は、その様な思いを込めつつ、更にレイリさんに話しかける。

「私は、先程、とりあえずの処置として…と前置きをしたはずです。それはつまり、レイリさんの症状を完全に回復させる手段を持っているという事です。」

 それに、レイリさんはハッとした顔をするが、すぐにその表情を曇らせる。

「ツバサ様。この様に私に時間を与えて頂き、本当にお礼の言葉もございません。しかし、先程の治療に対しての対価すら私は満足にお支払いできていない状況なのです。その上でのさらなる治療など、私からは望むことなどできません。」

 レイリさんはそう言って、深々と頭を下げる。
 固いなぁ。信念とかも大事だけど、まずは頼れるところには頼っていいと思うんだよねぇ。恩さえ忘れなけれ、いずれ返せるときもあると思うんだけど…。けど、この真面目さがレイリさんの良い所なんだろうなぁ。
 そんな畏まったレイリさんを見ながら俺は言葉を続ける。

「うーん。こちらとしては、先程の治療は特に礼を貰うに値しない程度の物なので気にしなくても良いのですが…、それではレイリさんの気が収まらないという事ですよね?」

 その言葉に、レイリさんは「左様にございます。」と、何処の時代の人だよ!!って言う位に畏まる。これなら、ぶっ壊れたレイリさんの方が気安いなぁ。壊しておくか?などと、一瞬危ない考えがよぎってしまう。
 そして、俺は少し思案すると、「じゃあ、こうしましょう。」と切り出した。

「私達は、実は当分こちらの村にお世話になりたいと思っています。ただ、この村は、いきなりポッと現れた人族に、その様な場所を提供してくれるような雰囲気ではないでしょう。ですから、レイリさんにその橋渡しをしていただきたいのです。」

 レイリさんは、一瞬驚くと、「そんな事で宜しいのですか?」と信じられないといった顔で俺に問い返してきた。

「はい。先程の治療に関してはそれでチャラです。これ以上の譲歩は致しませんよ?」

 俺は少し、茶目っ気を出しつつ、おどけてそう言う。
「そんな…それではつり合いが…」というレイリさんを後目に、俺は更に次の要求を突き付ける。

「そして、これは次の治療。つまり、レイリさん。現状を貴方の生活に支障が無い形まで改善する治療に対しての報酬ですが…」

 俺は、人差し指を立てつつ、続ける。

「一つ。この村に滞在する許可が得られるまで、この家に住まわせてもらいたいです。」

 これは、レイリさんと離れる訳にはいかない為だ。一応、術式を改編すれば行けなくないのだが…ちょっと面倒なことになりそうなので、可能であれば術式はこの規模で押さえておきたい。

 中指を立てて、更に続ける。

「二つ。その間、私達を家族と同等に扱ってほしいですね。敬語禁止!仲良く行きましょう?」

 これは、俺がこの家族ともっと仲良くしたいからだ。それと同時に、ルナの情操教育も兼ねている。
 きっと、この家族との生活でルナは色々なことを学べるはずだ。それにこの家族の暖かさは俺にとっても素晴らしく心地よい。

 更に、薬指を立てつつ、俺は困った顔で

「三つ。これは…できたらでいいのですが…、ルナの服を…出来れば下着も含めて何とかしてやってくれませんか?なんせ甲斐性無しのおっさんなもので、見るに堪えないこの姿を何とかしてやりたいんですよ…」

 正確には、見るに堪えないでは無く、俺が見て耐えられないだけだがな!何にとは言わない。ええ、断じて。
 俺は少し冷めたお茶をゆっくりすすりつつ、他に無かったかなーと思案しながら言葉を続ける。
 レイリさんは、なおも申し訳なさそうな、困った顔をしている。

「と、こんな所ですかね。…あー、後は、これは良かったらですけど、時々お二人の耳と尻尾触らせて下さい。これは無理なら良いです。」

 その言葉を聞いた瞬間、一瞬レイリさんが硬直した。
 ん?俺なんか変なこと言ったかな?耳は別にリリーの時には問題なさそうだったし、大丈夫かなと思ったんだが…。
 そんな俺の不安が顔に出たのだろうか。レイリさんはそんな俺の顔色を伺うなり、「いえ、なんでもありませんよ?」と即座に表情が笑顔に変わる。
 ん?なんでか、心持ち落ち着かない様にソワソワしているなぁ。尻尾も左右にワッサワッサ揺れてるし…。
 まぁ、良いか。なんか失礼なことしてたなら、後で謝ろう。

「レイリさん、今の条件でいかがでしょうか?こちらとしては、元々、お願いしたい事を言っただけなので、それが満たせれば十分なのですが。」

 俺は、最後にまとめるようにそう切り出した。
 レイリさんは「そうですね…」少し考え込んでいたようだが、先程とは違い、幾分前向きに善処してくれているようだ。

「ツバサ様、つかぬ事をお伺いいたしますが…。うちの娘はツバサ様から見ていかがでしょうか?」

 はて?また何とも面妖な問いが飛び出した。意図はよく分からないが…素直に答えておこう。

「そうですね…。とても素直で良い子ですね。感受性も豊かだし、優しい。その上ちゃんと礼儀も良く受け答えもしっかりしています。きっとレイリさんの教育の賜物たまものですね。」

 俺は、そうにこやかに、答えた。
 実際、とても良い子だと思う。それはやっぱりレイリさんがしっかりと愛情を籠めて育てたからだろう。それが端々に伺えるような気がする。
 そんな俺の言葉を、「そんな事はございません…。」と少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに受け取ったレイリさんは、

「では、容姿はどうでしょうか?ツバサ様から見て、魅力的でしょうか?」

 おう、なんでそんな事を聞くんだろうか…。まぁ、親としては第三者の、しかも男性の意見が聞きたいのか?
 まぁ、特に問題も無いのでとりあえずは、素直に答えよう。

「そうですね…。とても愛らしい顔立ちと雰囲気を持っていると思いますね。絶世の美女とはいきませんが…男としては庇護欲とでも言うのでしょうか?守って上げたくなるような魅力を持っていると思いますよ?」

 そこまで言って、「後は…」と、俺はレイリさんの耳と尻尾を見る。

「レイリさん譲りの、綺麗な毛色や、毛並みですかね。耳はちょっと触らせて頂きましたが、触っていてとても気持ちが安らぐものでした。」

 そんな俺の言葉を聞いて、レイリさんは一瞬、「あの子…そんなことまで!?」と、小声で呟くと、俺の訝しげな視線を感じたのか、「オホホホホ」と疑って下さいと言わんばかりの、怪しい微笑みを浮かべる。
 なんだろうか?レイリさんの様子が明らかに可笑しい…いや、おかしい。しかし、そんな俺の心情を知ってか知らずか、更にレイリさんは畳み掛けるように、俺に問う。

「では、ツバサ様。…あの…誠に失礼だとは思うのですが、私も少しは女性として、見て頂く事は可能なのでしょうか?」

 少し、伏せ目で、うるんだ瞳をこちらに向けて来る。
 これで女性を感じない男は、男じゃないと思う。うん。
 下手すりゃ女性ですら落とせるくらいの威力あるだろうが…。余りに当たり前すぎて、一周回って何を聞いているのか全く分から無くなる位に自明なことだ。
 ちなみに、何故かレイリさんは期待するように、耳がへにょんとしながらもピクピク動き、しっぽは半分だらりとしながらも、先っぽの方がワサワサと小刻みに揺れている。
 色々器用なんだな…と、俺は驚きながらも、そんな半壊のレイリさんに

「全くもって、何を意図しているのかは分からないのですが…貴方ほど色っぽい女性を、私は見た事ありませんよ…。その姿を世の男性に見せたら、押し倒されても仕方がないので気を付けて下さいよ?」

 と、少し困った様に肩をすくめて答える。
 俺の言葉を聞いたレイリさんは、最初そんな俺の事を茫然と見つめていたが、言葉が浸透したのか、突然、ブルリと、体を震わすと、耳も尻尾も、ピンと立て、頬を真っ赤に染めてしまった。

 え?何?そんなに過剰に反応する事、俺言ったっけ?っていうか何その反応。可愛すぎるんだけど!?
 俺も、わけもわからず、レイリさんを見つめると、その視線に気付いたのか、ハッと我に返り、キリリとした表情をする。
 そして、「失礼いたしました…」と、ちょっと伏せ目で謝罪してきたが、耳は万歳を繰り返すかのようにへにょん、にょき!って感じで、上下交互に伸び縮みしているし、尻尾はワッサワッサと喜びに満ち溢れるかのように左右に暴れている。

 もう、この親子可愛すぎて、俺の心が切ないんだけど。マジでどうしよう?
 感情を素直に表現する娘に、感情を隠しきれない母とか、ドツボ過ぎてどうにかなりそうだ。
 俺はそんな抑えきれない思いを、どうにかして治めると、レイリさんの様子を伺う。

 レイリさんは、しばらくの間、思案に暮れていたようだが、考えが纏まったのか、俺の方に視線を向けると、

「ツバサ様。お答えいただいて、ありがとうございます。」

 そう礼をした。俺はそれに対し、「いえいえ…。」と、声をかける。一体どういう魂胆の質問なのやら…。
 レイリさんが、またお茶を注いでくれた。
 俺は変に緊張して答えたため、喉が渇いたのでそのお茶をすする。うん、気持ちが落ち着くね。そんな様子を見た、レイリさんは、こう続けた。

「ツバサ様。よろしければ、うちの娘をめとっていただけませんか?」

 俺が盛大に茶を噴出したのは、当たり前すぎて言うまでもないことだった。

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