比翼の鳥

風慎

第35話:堕ちた精霊

 此花は、ティガの頭上5m程の位置で滞空すると、徐に魔法陣を展開し始めた。
 おいおい…。なんで使えるんだよ。俺教えてないぞ?と、此花の才能に驚愕する。
 その魔法陣はとても複雑で、莫大な魔力を消費しつつ、拡大していく。

 え?何そのでたらめな力…。俺は愕然としながら、此花が編み上げている魔法陣を解析していた。
 その魔力量だと、俺の【エクスプロージョン】を遥かに超える勢いなんだが。
 魔力とか大丈夫なのか?と思うも、ディーネちゃんの言葉をふと思い出す。
 そうか。俺の魔力貯めておけるって言ってたな。更に場合によっては俺から魔力を吸い出せるんだったか。
 今の俺の魔力は底なし状態だろう。怖くてもう見ていないが…。
 自分の魔力の流れを注視したが、吸い出されている感じを受けないので、貯めていた魔力を使っているのかもしれない。
 空を覆いつくす勢いで、拡大する魔法陣に俺は寒気を覚えつつ、咲耶へと視線を転じる。

 咲耶は、様子を見るようにティガから離れて、右へ左へとスイスイと滑空していた。
 そんな咲耶をうっとうしい様子で、見つめるティガ。
 猫じゃらしを見る猫のように、キョロキョロと視線をさまよわせていた。
 その飛び方は実に優雅で、少しの危なげも無い。
 鋭く切り返し、縦横無尽に飛び回るその姿は、正に飛燕の名に相応しい滑空っぷりだった。

 そして、ティガが痺れを切らしたように、咲耶へと飛び掛った。
 しかし、それをスイっと事も無げにかわすと、好機到来!とばかりに、咲耶が吼える。

『佐藤翼が娘、咲耶!いざ!!推して参る!!』

 その瞬間、咲耶の姿が消え去った。
 そう思った次の瞬間には、ティガの足の一本が、硬質な音を置き去りにしながら、スッパリと切断され宙へと飛ぶ。

 お、おいおいおい…。み、見えんかった…。
 冗談抜きに、咲耶の動きが、強化した知覚を持ってしても捕らえられなかったのだ。
 そして、そんな俺の驚愕を知ってか知らずか…更に追撃を加え、もう1本の足を切り飛ばす咲耶。
 勿論、俺はその姿を捕らえる事は、またしてもできなかった。

 最初に切られた足が徐々に再生して行くも、2本の足を一辺に失ったティガは、その場から動けなくなる。
 その隙を、此花の魔法が逃さなかった。

『食らいなさいな!!【コキュートス】!!』

 練りに練られた魔法が解き放たれ、顕現する。
 ティガへと雨のように降り注ぐ光の粒子。そして、その1つがティガの体に触れた瞬間。
 薄いガラスのグラスを弾いたような透き通る音と、光の本流がその場を支配した。
 時間にして2秒ほど。その間、音は鳴り響き続け、光に包まれたその場を誰も見ることはできない。

 そして、光が去ったとき、そこには透き通る氷の塊があった、
 まじりっけの無い完璧な透明度を保つ氷の棺には、ティガが閉じ込められていた。
 その棺は、空中に束縛され魔法陣に囲まれながら宙に浮いている。
 中のティガは微動だにしない。
 そんな状態のティガを、俺は【アナライズ】にて解析して驚愕する。
 この魔法、単純に敵を氷付けにして閉じ込めているのではなかった。
 対象の時間そのものも含め、全てを凍りつかせている。これは脱出不可能な牢獄だ。
 わが子ながら、なんつー恐ろしい魔法陣を使っているんだ…。

 俺が戦々恐々している間に、此花と咲耶が次の動きを起こす。

『咲耶!いきますわよ!』

 そう叫ぶと同時に、此花の体が光に包まれる。
 そして、スズメより一回り大きい程度だった体積を、徐々に膨張させながら形を変えて行く。
 そこに現れたのは、体長2m近くにもなる青い炎の鳥だった。
 鷹のように雄雄しいその姿は、神々しさすら感じられた。
 此花はその姿のまま、空中を滑るように結界の最高点まで駆け上がる。
 最高点まで達した此花は、とびのように、ピーヒョロォーと美しく鳴くと、そのまま結界に捕らわれたティガに向かって急降下し始める。

 咲耶はそんな此花の軌跡を後から追うように、同じく結界の頭頂部まで一気に駆け上がると、くるりとひるがえり、此花を追い越す勢いで降下する。
 そして、先に降下していた此花に、高速で急降下した咲耶が追いついた、その瞬間。

 光が爆発する。

 此花と咲耶は、2人一体となり、虹色の炎を吹き出す鳥へと姿を変じ、猛スピードでティガに向けて突き進む。
 猛進する2人から、『これで、終わりですわ!』『お覚悟!!』と、そんな声が聞こえる。

 炎の鳥は、結界に閉じ込められたティガに急角度から、突っ込んだ。
 ティガに衝突した瞬間、黒い結界が2人の行く手を阻む。
 接触面には、真っ黒に近い紫電が走り、ショートするかのような音を立てて一瞬拮抗する。

『アストラル…』『ブレイカー!!』

 2人の掛け声と共に、更に炎の勢いを増した鳥は、その結界を一瞬にして食い破り、四散させると同時に、ティガの体を貫いた。
 氷の結界は砕け散ったが、ティガの体には、結界に閉じ込められる前に負った以外の傷は無かった。
 そんなティガは蒼い炎に包まれ、その身を地面に横たえている。
 ティガの体を貫いた炎の鳥は、地面を舐めるように飛ぶと、そのままクルクルと錐揉み回転をしながら急上昇し、2匹の鳥へと分離した。

 俺は、わが子達の圧倒的な強さを前に、言葉を失っていた。
 あれ?心配してた俺って、実は結構情けないんじゃない?みたいなちょっと卑屈な考えが湧き上がる位に、その実力は圧倒的だったのだ。
 しかも、必殺技までご披露しちゃうとか、サービス精神満載だな。
 アストラルブレイカーか…。わが子ながら、そのカッコ良さに思わず嫉妬する。
 一瞬、某ロボットシミュレーションゲームに出て来る、ホニャララバスターのパクリだよな…と、思った。
 しかし、そこは、あえて突っ込まない事にした。カッコいいんだから良いじゃない。

 そんな現実逃避に近い事を考えていると、青々と燃えていたティガの体から、黒い球状のエネルギー体が分離する。
 それは、飛び去ろうとしたが、力尽きたように地面へと落ちると、弱弱しく、明滅をしていた。
 それを見て、俺は一瞬にして、これが堕ちた精霊であると確信する。

 その堕ちた精霊からは、嘆きや悲しみ…そして恨みや憎しみの想いが延々と垂れ流されていた。
 それはまさに、狂っていると言う表現以外に、言葉が見つからない程、酷いものだった。
 一瞬、俺はその姿を見て、どうにかしてやりたいと言う気持ちが沸き起こるのを感じる。
 その思いは、俺の体の芯を焦がし、外へ食い破ろうとするかのような衝動となって、俺の体を駆け巡る。

 しかし、俺はその衝動を理性で抑えつける。
 今の俺の手にはこれ以上は無理だ。
 ティガも救ってわが子も無事で、そして、その上精霊までも救うなど、傲慢にも程がある。
 しかも、俺はその方法を知る由もない。
 出来もせず、想像もつかない事を主張できるほど、我が儘わがままにはなれなかった。

 そんな俺の、葛藤かっとうを知る由もないわが子達は、
『まだ、息がありますのね。』『なんという執念…。』と、驚愕の面持ちで、その堕ちた精霊を空中から見つめる。
『では、止めですわね。』『うむ、さらば。』そう、2人は言いつつ、魔法陣を展開していく。

 俺は、そんなわが子達の非情とも取れる態度に、しかし、これで良いと納得する。
 動けない敵に対して、2人で魔法陣を展開し、遠距離から安全に攻撃。
 それは、無傷でと言った俺の言葉を忠実に守ろうとする意志の表れでもあった。
 そして、魔法が完成し、正に最後の一撃が放たれようとした瞬間。

「此花ちゃん!咲耶ちゃん!待って!!」

 ルナの声が、その場に響き渡ったのだった。
 その声に、魔力を収束したまま困惑したように、『ルナお姉さま?』『ルナ姉上?』と、呟く2人。
 ルナは駆け足で、こちらに近付いて来るが、途中で結界を目の前にしてたたらを踏む。
 俺は、一瞬どうするか考えたが、もう既に脅威は無いと判断すると、結界を解こうとした…。
 しかし、その前に、ルナは拳に魔力を纏わせると、「えい!」と、可愛い声で結界を叩く。
 その瞬間、硬質な音をあちらこちらから響かせながら、結界が粉々に砕け散った。
 おいおいおい!?幾ら魔力を纏ってるからって、ルナのパンチ一つで壊れるほど軟な作りしてないんですけど!?
 今の結界の強度なら、ルナの氷の槍アイススピアを1000本以上受け止めても割れないはずなんだが…。
 そんな結界をいとも容易く割って進んできたルナは、俺の横に来ると、

「ツバサ。あの精霊を助けてあげて!あの子、苦しんでる!」

 と、懇願してきた。
 俺はそんなルナのまっすぐな視線を、何とか受け止めるも、その先の言葉が出てこなかった。
 堕ちた精霊が戻る事は無いと俺は聞いている。
 そして、俺も、堕ちた精霊を元に戻す方法など、欠片ほども思いつきもしなかった。
 俺は、そんな思いをそのままルナに伝える。

「ルナ。無理なんだよ…。堕ちた精霊を戻す方法は、無い。俺もそう思う。」

 そんな俺の言葉を聞いたルナは、何故か表情を和らげると、

「大丈夫!出来るよ!」

 と、自信満々に答えた。
 俺は、そんなルナの自信がどこから出て来るか全くわからなかった。
 そして、同時に、どうやってそれを為すつもりなのか、興味がわく。

「そうか。ルナには何か思いついたことがあるんだね?それは俺でも出来るのかな?」

 俺が聞くと、

「ツバサが力を貸してくれないと出来ないの!」

 と、ハッキリと断言した。
 そんな全くぶれないルナの姿勢に、俺は賭けてみようと言う気になる。
 駄目なら駄目で、手順が一つ増えるだけだ。問題は無い。
 もし、救えるものなら、俺だって救ってやりたいと思っているのだ。
 俺は、目を閉じルナの言葉を反芻すると共に、先程押し殺した自分の気持ちを確認した。

「よし、分かった。ルナ。やってみよう。俺はどうすればいい?」

 そんな俺の前向きな言葉に、素敵な笑顔で答えると、ルナは「私と同じように真似してくれれば大丈夫だよ!」と、簡単に言う。
 ルナの真似って…殆ど出来ないに等しい事なんだが…と、俺は内心思いつつも、「わかった…。」と、返答する。
 そして、俺はわが子達を見上げると、

「ちょっと、今からルナと精霊を浄化できるか挑戦してみる!止めを刺すのは最終手段にしたいのだが良いか?」

 そう語りかけた。そんな急な言葉にも、わが子達は、

『わかりましたわ♪お父様、ルナ姉さま。頑張って下さいね!』
『父上!ルナ姉上!ご武運お祈りしております!!』

 と、攻撃の手を一旦止めたうえで、答えてくれた。

 そんなわが子達の言葉が嬉しかったのか、「ありがとう!」と、わが子達に応えるルナ。
 そして、「頑張ろうね!」と、成功を信じて疑わない目で俺を見つめて来た。
 俺は何をどう頑張れば良いか分からないまま、それでも意気込みだけは負けないように「そうだな。頑張ろう」と、笑顔で答える。

 そんな俺の様子を見て微笑んだルナは、おもむろに魔力を放出し始める。
 それにつられたように、1つ、また1つと…、精霊が彼女を取り囲むように顕現する。
 背後からどよめきが起こるのが、気配だけで伝わる。

 なるほど…。ルナが成そうとしている事が、理解できた…。
 と、同時に、またこの村が大騒ぎする事になるのを確信した。

 ルナのその魔力は、優しさと暖かさと、感謝と幸せな気持ちに満ち溢れていた。
 相変わらず、気持ちのこもった素敵な魔力だと俺は思う。
 既に、ルナの周りには数えきれない程の精霊が渦を巻いて、それはそれは楽しそうに宙を舞っている。
 そんな渦の中から、ルナは俺に微笑みかけたのが分かった。
 その表情を見て、俺は、例え声を出さずとも、「次はツバサの番だよ?」と、語っているのがよく分かった。

 俺は細心の注意を払いながら魔力を開放していく。
 一気にやり過ぎると、ここが爆心地になりかねない。

 少しずつ、少しずつ、細い糸を手繰るように、注意しながら魔力を拡散させていく。
 それでも、俺が魔力を放出した瞬間、俺の立っている地面が大きな衝撃と共に陥没したのが分かった。
 冷や汗が俺の背中を伝ったのは言うまでもない。

 うおー。数を集めなきゃいけないから、魔力放出が必要だとは言え、こんなに恐い作業になるとは…。

 俺は、弱気になる心を奮い立たせると、徐々に出力を増大させていく。
 同時に、魔力に思いを乗せる。
 それはいつもお世話になっている人への感謝であったり、目の前のティガや精霊たちを救いたいと言う思いであったり、今は休眠中のディーネちゃんへの思いであったり、わが子や、ルナ、リリーやレイリさん達への愛おしさであったりと、様々な感情を込めた。

 そんな俺の魔力に惹かれ、次々と精霊たちが顕現する。
 それは、色とりどりの光を宿し、その数を爆発的に増やしていく。
 既に俺の視界は完全に精霊しか見えない。
 そして、村がどうなっているのか、恐くて見る事が出来ない…。
 皆言葉も無く、完全にフリーズしているんだろうな…と、頭の片隅でそんなどうでも良い事を考えていた。

 この時、俺はちょっと奮発し過ぎたのだろう。
 後に聞いた話だが、村中が微精霊だらけになったと、リリーが感動しながら言っていた。
 村中だったのか…と俺が頭を抱えたのはお約束だろう。

 何も見えない状態ではあったが、ルナが動こうとしているのは分かった。
 俺もそれに合わせようと、意識を堕ちた精霊へと向ける。
 目にはハッキリと見えないが、その怨嗟は感じ取る事が出来る。
 哀れだと思った。そんな特定の気持のみで動く事しかできない生は、もはや生ですらない。
 感情の死は、そのまま一個体の死と変わらない。俺はそんな事を漠然と思った。

 ルナが動く。

「お願い。あの精霊さんを助けてあげて!」

 そう、声を張り上げる。俺はそれに重ねるように、

「精霊たち!頼む、君らの同胞を救ってやってくれ!」

 想いを紡ぎあげ、強固な意志として精霊へと懇願する。
 その想いが届いたのだろう。微精霊たちは、一斉に堕ちた精霊へと一直線に向かって行く。
 おびただしい量の微精霊が堕ちた精霊へと向かい、消えて行く。
 正直、何が起こっているのか細かい事は全くわからなかった。
 ただ、微精霊たちが、俺達の想いに応えて、死力を尽くしてくれているという事だけは直ぐに分かった。

 次々と、消失していく微精霊たちに、俺は、改めて想いを載せ、魔力を渡し、祈る事しかできなかったのだった。

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