比翼の鳥

風慎

第49話:来訪者

 俺はその日もいつも通り、カスードさんの所で話し合っていた。

 今回の話題は、新しい農地の開墾についてだ。
 水路もでき、水の確保が容易になった事もあって、試しに耕作地を何個か作って、ライヤモ草だけでなく、他の作物も試験的に栽培してみようと言う話になったのだ。
 もっとも、俺は農業に関しては素人の為、手探りで行う事になるだろう。
 精々、堆肥を作って栄養価をあげ、成長を促進させることと、連作を行わず、休耕地を作る事位しかわからない。
 ああ、後は、焼畑とかあったかな。丁度森だし、試してみるのも良いかもしれない。

 俺が、カスードさんと話していると、探知に見慣れない反応が引っ掛かる。
 その数3つ。いずれも、中々の魔力量だ。一番大きい人はリリーに迫る勢いだった。
 村の南門へと向かって、歩いて来ているようだ。このままの速度ならあと30分ほどで村へ到着する事になるだろう。

 ちなみに、この村での見かけ上の魔力量で一番大きいのは、もちろんルナ。ついでレイリさん。そして、リリー。他の村人は比べるまでも無いほど小さな反応しかない。
 余談だが俺の反応は極小。この村の誰よりも小さい反応だ。

 俺の様子に何か思う所があったのか、カスードさんが、「どうした?ツバサ。」と、聞いて来る。
 俺は、この村人で無い者の反応が3人、この村に迫っていることを伝えた。

 少し手を顎に添え、考え込んだカスードさんは、「ちょっと一緒に来いや。」と告げると、さっさと歩きだす。
 この方角は恐らく桜花さん宅だろうと、俺が当たりをつけると、カスードさんは、「ツバサ。」と、再び俺を呼び、「念の為に鐘鳴らしておいてくれや。3回な。」と、振り向かずに言う。
 俺は、頷くと広場に新しくできた鐘楼に向かい、風弾を発射する。
 それは、鐘楼のてっぺんにある鐘へと寸分たがわず命中し、大きな音を響かせる。俺はそれを3回続けた。

 この一ヶ月で様々な物が作られたが、その内の一つが、この鐘楼である。
 今迄、広いだけだった広場の中心に、この鐘楼を立てたのは、元々は俺が何かやらかす際の警告を発する為だった。
 それがいつしか、族長たちの意見を取り入れ、村人たちへの合図として使われるようになったのだ。

 1回だけ鳴らすなら、俺が何かやらかす合図。
 2回なら、村人の緊急招集。
 3回なら、族長集合、及び、門を閉め警戒態勢を取る事。
 4回なら、緊急事態発生につき、戦闘態勢に移行。

 となっている。今回は危険度の高い事だと判断したようだ。

 ちなみに、鐘は俺が製錬した。と言ってもかなり苦労した。
 銅鉱石が早い段階から見つかっていたので、とりあえず乾式法にて製錬を試みた。まぁ、と言っても、徐々に温度を上げて行って融解させ、不純物を取り除いて行っただけだったが、これが苦労した。
 なんせ、見ただけではよく分からないのだ。色々な物を混ぜてみたり、風を送って酸化させてみたり、とにかく手探りで試して、どうにか形になった。純度はそれ程高くないだろうが、とりあえず鐘を作る位には純度を上げる事が出来ている。

 今は俺の魔法頼みのごり押し法しかないので、村の人と協力しながら量産法を確立できるように試行錯誤中だった。

 ちなみに、木の柵しかなかったルカール村だったが、今では立派な市壁が存在していた。城は無いため市壁である。
 基本的に、石造りの壁は、少し低めに抑えられており、木々の高さより1つ分頭が出る位にとどめた。
 主に、日照権の問題が起こりそうだったので、あまり高くできなかったのだ。
 村の四方には、門が取り付けられ、男衆が持ち回りで門番までやるようになった。
 村人の出入りは顔見知りばかりという事もあり、見ればわかる為、余計な手続きは無い。

 また、水路は堀としてもその役割を十分に発揮していた。
 水路は完全に村を取り囲んでおり、跳ね橋を通らないと村へは入る事が出来ない。
 跳ね橋を上げてしまえば、籠城戦もこなせそうな勢いである。

 そんな訳で、俺の趣味と、よく分からない情熱を傾けた結果、どう考えても村では必要のないレベルの要塞村化した。
 都市とは間違っても言えない規模であるのが悲しいね!明らかに、過剰防衛である。
 ただ、村人にはウケが良く、これで魔物に怯えなくて済むと、もっぱらの評判だ。

 調子に乗って作ったので、毎度の事ながら、カスードさんが村人への説明に奔走したのは言うまでもない。
 ちなみに、桜花さんは、吹っ切れているようで、今回の件も笑い飛ばした。そして、次は何を作るのかと興味津々なようだ。
 そもそも、カスードさんが、何か面白い物作れとか、無茶振りするから答えたくなってこうなるんだよ。
 それに乗って、悪乗りする俺も俺だが…。

 そんな事を考えながら歩いていたら、どうやら桜花さん宅へ着いたようだ。
 入口でマールさんと鉢合わせしたので、軽く挨拶しておく。
 マールさんはニッコリと微笑んで、俺に先に入るように促した。
 俺は手刀を切って、礼を述べると先に戸をくぐる。
 ここで、「レディファーストですよ。」とか空気の読めない事をやると、「いえいえ、どうぞどうぞ…。」と、親切の押し付け合いが始まるので俺は、素直にその行為を受け取る事にしたのだった。

 部屋には既に、ヨーゼフさんと桜花さんがいた。
 これで、族長はあと一人。未だ俺は見た事の無いダグスさんと言う、銀狼族の長老様である。
 先日も集まった時、俺が何気に「これで、族長は全員揃いましたね。」と漏らした言葉に、場の空気が微妙になった事で、俺はその方の存在を思い出したのだった。
 いや、だって、いまだかつて、来た事無いんですもん。
 この1ヶ月に3回ほど、新たに会議があったのに、結局姿を見せなかったのだ。
 最初は俺が避けられているのかと思ったのだが、そうでは無く、そういう適当なお方の様だ。
 今回も、ダグスさんを除いた4名が揃ったところで、会議が開かれる。

 俺は、先程感知し、今もその動向を追っている3人の来訪者たちについて、軽く説明をした。
 その情報から、他の部族の使者であろうと言う結論を出す。
 まずは、門を閉じたまま市壁上より確認し、確認が取れ次第、警戒を解除するという事でまとまった。
 カスードさんが、「早速、市壁が役に立っちまったなぁ。」と、ぼやき、それにヨーゼフさんが同調するように苦笑していた。

 とりあえず、市壁へと登ると、そこには、レイリさんとリリー、そしてルナが勢揃いしていた。
 鐘の音を聞き、ルナの探知の結果、ここに来るだろうと当たりを付けたとの事だ。

「ツバサ様の手を煩わせるまでもありません…。」とのレイリさんの言葉に、「お母さん…まずは、話し合いでしょ?」と、リリーが諌める。リリー…分かる子になってくれて、俺は嬉しいよ!

 ルナは、特に心配していない様だ。何故かと聞くと、「んー?悪い感じはしないから。」とのお言葉。
 ルナは人の気持ちに敏感だから、ルナが言うのならそうなのだろう。
 俺は、少し肩の力を抜くことができた。

 市壁の上は木より上の為、こちらに向かって来る人影を確認する事は出来ない。
 拓けた大通りならそれも可能だろうが、森の中なので、道と言っても獣道みたいなものである。
 木と木の間を縫うように続く道を上から望むことは不可能だった。

 俺は、探知を確認しながら、その3人の動向を注意深く見守る。
 そして、森の境界にあと50mと言う所まで、3人は接近する。

「もうすぐ、視界に入ります。」

 俺のそんな一言に、皆の緊張が増すのが感じられた。
 そして、森の影より姿を現したのは…

 3人の獣人達だった。

 一人は、丸っぽい白い耳を頭に二つ乗せた、ひょろっとした気弱そうな男。
 周囲を警戒しつつ、キョロキョロと落ち着きが無い。
 そして、俺達が市壁の上から、様子を窺っているのが分かったのだろう。目が合うなり完全に硬直した。
 恐らく、この人は子族ねぞくだろう。
 あの耳の形が、夢の国のネズミを彷彿ほうふつさせる。
 もし、声まで似ていたら殴っておこうと、心にそっとメモを張る。

 何故かルナが、怪訝そうな視線を投げかけて来ていた。

 もう一人は、卯族うぞくだろう。
 耳を見れば一目瞭然だ。ピンと張り空を突く白く長細い耳。
 まごう事無き、可愛らしいウサギの耳だ。
 そして、黒と白の入り混じった髪の毛。少し癖っ毛の様で所々跳ねている。

 その顔には無数の傷。特に片目には大きな傷が残っている。
 たくましい体躯。それは鋼の筋肉に包まれ、雄々しくその身を飾っている。

 そう、まごう事無き、卯族のだった。

 …俺は、問答無用で魔法陣を展開… 「駄目ですよ!?ツバサさん!?何となく気持ちが分かりますけど、抑えて下さい!!」「そうですよ?ツバサ様。心の傷はこのレイリが…。」「お母さん!?何こんな時に抜け駆けしてるのよ!?」
 と、俺の両腕をがっしりと抑えた、金狼族親子。

「離せ!!離してくれ!!俺の夢を!!男のロマンをもてあそびやがって!!!返せ!!俺のドキドキを返してくれ!!」

 そんな事を叫ぶ俺を、カスードさんは指を差して笑っているのだった。
 後で絶対に埋めてやる…。俺は心に誓う。

 暫くして、俺は落ち着く…というか色々燃え尽きると、最後の一人を見た。
 最期の一人は、恐らく狐族こぞくだろう。
 リリーやレイリさんに似た金色の耳に尻尾。ただ、その尻尾は2つあり、耳も一回り大きかった。
 大きめの胸が、そのまま自信の表れでもあるかのように、挑発的にこちらを見て、ニヤ付いている。
 そして、その狐族女性はレイリさんの方を見ると、その笑いに嘲りを宿すのが見て取れたのだった。

 ただそれよりも、俺は気になる事があったため、リリーとルナに問い掛ける。

「ねぇ、リリー、ルナ。あの狐族の人。年はどのくらいに見える?」

 そんな突然の問いかけにも、2人は律儀に答えてくれた。

「えーっと…お母さんと同じくらいでしょうか?」
「んー、此花ちゃんや咲耶ちゃんくらいかなぁ?」

 2人とも、そう同時に呟き、お互いの顔を見て、「「え??」」と、ハモる。
 そうなのだ。一見すると、リリーの言う様に、レイリさんの様な妙齢の色気溢れる女性に見える…のだが…。
 少し、魔力を込めて見ると、その姿が薄れ、ちっこい少女がその先に見えるのだ。
 まぁ、少女の癖にやたらと胸は大きいわけだが。
 俺は少し考えると、とりあえず火種になりそうなので、この件は黙っておくことにしようと3人で話し合って決めた。

 そんな風に一通り俺が、3人を確認すると、桜花さんが丁度その3人に向かって、話しかける所だった。

「儂は、ルカール村の金狼族族長、桜花である。突然の来訪に驚いたのでこの様な対応を取らせて頂いた。申し訳ないが、確認さえ取れれば、すぐにでも村に招き入れる予定じゃ。暫し付き合って頂きたい。」

 そんな桜花さんの言葉に、狐族の女性が答える。

「わらわは狐族の巫女、宇迦之うかのじゃ。我等3人は、ある異変を調査するために、こちらに参った次第じゃ。」

 その言葉に、桜花さんはレイリさんに、その真偽を問いただしていた。
 宇迦之と名乗る女性が、本当に巫女なのかという事だ。同じ巫女であれば面識もある筈だと言うのが、桜花さんの言い分であった。
 レイリさんは一度しか会った事が無いと前置きしたうえで、恐らく間違いないだろうと言った。
 あの、見下すような目と、年寄のような喋り方、それに目障りな胸は覚えがあると、憎しみを吐き出すように言っていた。

 そして、念の為に、巫女同士で話す事で最終確認としようと、桜花さんは言った。

 なんか、地雷としか思えないんですけど…桜花さん。
 俺は、そんな思いを視線に乗せてみたが、桜花さんは知ってか知らずが、無視を決め込む。
 何か思う所があるのかもしれない。

 俺はレイリさんのすぐ後ろに立ち、気配だけでも感じさせることで、レイリさんを応援する事にする。
 そんな俺の気遣いが嬉しかったのか、レイリさんは素敵な笑顔で俺に微笑みかけると、宇迦之さんに向かって言葉を放つ。

「宇迦之様、お久しぶりでございます。犬狼族の巫女、レイリでございます。」

 そんなレイリさんの遜った挨拶に、宇迦之さんは鼻を鳴らすと、

「おや?まだ生きておったのじゃな。存外、しぶといものよのぉ。そろそろ娘に巫女を明け渡した方が、お主の為では無いかの?」

 と、いきなり強烈な言葉を放り投げて来た。
 一瞬、ピクッとレイリさんの耳が動いたものの、レイリさんは冷静に対応する。

「御心配、痛み入りますわ。しかし、心配御無用にございます。この程度の困難…既に克服しておりますので。」

 そう、言いながら、フフフと、魅入られそうな笑みを放つ。その言葉には絶対的な余裕が感じられた。
 それを負け惜しみと受け取ったのだろう。宇迦之さんは、楽しそうに笑うと、

「ホホホ…。犬狼族は、冗談もうまくなったものよのぉ。獣人族一のわらわですら、あの制約は骨の折れる物じゃ。お主のみたいな吹けば飛ぶような魔力では、命を削らぬと無理じゃろうに。」

 その指摘は間違いなかった。過去形だが。
 以前のレイリさんだったら、ここで、ブチ切れて、本性を見せていたかもしれない。
 実際、一瞬俺はそれを心配した。
 だが、その余裕のある横顔を見て、俺は評価を改める。
 以前の驕っていたレイリさんでは無かった。
 レイリさんも1か月という期間の中で、自分を見つめ続けていたのだと、この時、俺は実感したのだった。

「フフフ…。そうですわね。そういう事にしておきましょう。して、御用件は異変の調査との事ですが、どのような事でしょうか?」

 そんな歯牙にもかけないレイリの態度が、かんに障ったのだろう。
 宇迦之さんは、面白くなさそうに、鼻を鳴らすと、

「フン。先日起きた、大規模な魔力放出についてじゃ。我ら獣人族だけでなく、噂では人族も動きを見せているらしいからの。流石に放っておけぬわ。」

 その言葉に、俺はショックを隠せなかった。
 やはり、浅はかだったのだろうか…。
 まさか、人族まで伝わるほどの規模で、魔力放出の余波が起きているとは…。
 この件で、人族の動きが活性化し、もし、獣人族に被害が出る事になったら…。
 ちょっと考えれば分かる筈だった。しかし、そんな簡単な事にも気付けなかった。
 俺は、改めて、自分の力を過信し、いかに自分の力を乱用していたかを思い知らされた。

 そんな、俺の様子を心配したのだろう。
 いつの間にか俺の両脇に来たルナとリリーが、それぞれの手を、そっと優しく両手で包みこんでくれる。
 暖かかった。2人の想いが、温もりが、俺に伝わって来る様だった。
 二人とも、その目は、「大丈夫!」と、語っていた。

 そうしているだけで、俺は、徐々に冷静さを取り戻す事が出来た。

 既に賽は投げられてしまったのかもしれない。俺の手で。
 しかし、そこで何もしなかったら、俺は単なる馬鹿でしかないじゃないか。

 守ろう…。獣人族を。
 俺がやらかした事で、みんなに迷惑がかかるのであれば、俺は、それを償わなければならない。
 まだ、始まってすらいない。まだ、償うチャンスがある。そう考えよう。

 そんな俺の決意を読み取ったのだろうか。

 レイリさんは、俺の様子を見て、言葉を発する。

「分かりました。その件に関しましては、お話しする用意がございます。どうぞ、村へお入りください。」

 そう言ったレイリさんの言葉を受け、ルカール村の門が開く。

 来訪者たちは吸い込まれるように、村へといざなわれたのだった。

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