比翼の鳥
第52話:来訪者達とルカール村
俺は、真っ先に宇迦之さんに向かって、土下座した。
「宇迦之さん。知らなかった事とは言え、この度の無礼な振る舞い、本当に申し訳ありませんでした。」
知っている、知らないというのは、関係ないのだ。
むしろ、知らないからこそ、性質が悪い。
これは、俺の努力でどうにでも回避する事が出来る事だった。それを俺は怠った。
人に偉そうに物を教えておいて、恥ずかしい限りである。
そんな俺の土下座を、宇迦之さんは少しオロオロした様子で見ているようだった。
「い、いや…。わらわも少し調子に乗っておった。ハッタリかと思い込んで、ぬしの誘いに乗ったわらわも悪い…。故に、ここはそれで手打ちにしようぞ。そ、その代わりと言っては何じゃが…。」
少し焦りながらも、そんな風に俺を許すと言ってくれた。
俺はその先に続く言葉が何となくわかったので、
「口外いたしませんよ。」
と、優しく答えを返す。
その答えに、一瞬、宇迦之さんはボーっと俺を見つめ、「わ、分かった…。ならば良い…。」と、それっきり俯いてしまう。
何となく、会議の雰囲気が微妙になった所で、桜花さんが咳払いをして、場を引き締める。
「という訳でじゃ…。お三方には、先日の魔力放出の件、納得いただけたでしょうかの?」
その言葉に、3人とも、しっかりと頷いてくれた。
「あれだけの魔力量ならば、何が起こっても不思議では無いわぃ。まだ、わらわの体の中に、ツバサ殿の魔力が渦を巻いておる。フフフ…ここまで熱く注ぎ込まれたのは初めてじゃ…。」
宇迦之さんが自分のお腹を優しくさすりながら、そんな場をぶち壊す発言をする。
なんだろうか…。凄く居たたまれない…。
皆のよく分からない感情がこもった視線がブスブスと突き刺さるのを俺は感じながら、この苦行に耐える。
つか、魔力ってやっぱりお腹に溜まるんですね!!
しかも、妙齢な姿ならそれもまだ良いのですが、幼女の姿でその仕草を見てしまうと、変な気持ちしか湧いてこないんですけどね!?
嫌な汗を全身に滴らせながら、俺は俯いて床の畳の目を数える作業を続けていた。
「あ、えーっと…ちなみになのですが…。」そんな申し訳なさそうに、ラッテさんが小さな声で発言をする。
その言葉に、皆の視線が一様に集まり、その視線に晒されたラッテさんはビクッと身をすくませる。
そんなラッテさんに桜花さんは、「ラッテ殿、いかがいたしたか?」と、助け舟を出す。
「あ…。えーっと…。あまり…関係ないのですが…。あの魔力放出は…何が原因で起こったのでしょうか?そこのツバサさんが引き起こした事は分かったのですが…その引き金と言いますか…。温厚そうなお方なので、その様に魔力を放出する必要性が思い浮かばなくて…。あ、無理だったらいいです。すいません…。」
しどろもどろになりながらも、もっともな事を聞いて来た。
そんなラッテさんの言葉に、「ありゃぁ…痴話喧嘩だな…。」と、力の抜ける答えを返すカスードさん。
それになぜか、族長たちはこぞって頷いた。
なんだかその一言で済まされると、俺が甲斐性無しの駄目男じゃないですか…。
そんな族長たちの反応に、「痴話…喧嘩…ですか?」と、信じられない事を聞いたかのように反応するラッテさん。
それに答えたのは、桜花さんだった。
「情けない話なのじゃが…そこのレイリと娘のリリーがちょっと調子に乗ってしまっての…。それを、性根から叩き直した際の余波とでもいうのかの…。」
「は、はぁ…。」
「あの時のツバサの言葉は痺れたよなぁ。『優しいリリーが好きだぁ!』とか、『ちゃんと俺を見てくれ!』とか、大声で叫んでたもんなぁ?カッコいいじゃねぇか!なぁ?ツバサ?」
「ちょ!?ば!?おま…いや、カスードさん!?なんでそう言う、どうでも良い所だけ削り取るんですか!?」
「そうじゃったのぉ…。『みんなと笑い合える関係を築きたい!』と言う言葉に、儂も心を震わせたものじゃ。」
桜花さんは、一見すると感動に打ち震えるように体を震わせるが、良く見れば笑いをこらえているだけだと分かる。
なんか、最近桜花さんが一皮むけて、黒いんですけどね!?
何故かそれに、ヨーゼフさんとマールさんまで参戦してきて、
「言葉を尽くして相手を理解する…。とても良い考えだと思いますよ。」
「わ、わたし!身内で争いたくないって言葉にジーンときました!!」
それぞれが、完全に好き勝手に、俺の言葉を掘り起こして来る。
うおおおおおお!恥ずかしい!!
あの時は勢いもあったから気にならなかったけど、改めて冷静な状態で聞かされると、言葉が痛い!!ひいいい!?
そんな風に悶える俺を、来訪者の3人は、何か面白い物を見るように、観察していたのであった。
とりあえず、その後も話し合った結果、問題は無いとは思うが、念の為にしばらく村の生活を観察し、その上で最終的な報告を各氏族に送る形で調整がついた。
3人とも、この村に居る間は、族長たちの家へと泊まり込むことに決まったらしい。
ヨーゼフさんの家には、ラッテさんが。
マールさんの家には、宇迦之さんが。
カスードさんの家には、ゴウラさんがそれぞれ、泊まると言う形に落ち着いた。
期間は長くても1ヶ月程度との事だ。
まぁ、特に後ろめたい事をしている訳でも無い。
隠す必要もないし、存分に今迄通り進めるとしよう。
いつの間にか、魔力放出事件調査隊が、ルカール村視察隊に変わり、来訪者である3人は、それぞれ興味のある分野に自分から首を突っ込んで、調べ始めた。
ルカール村の代表である族長達としても、俺の考えとしても、このような文化が獣人族に広がっていくのは、望むところであるので、隠すどころか積極的に情報を開示していった。
ゴウラさんは、奥様方の意識調査を行う一方で、ベイルさん率いるガーディアンズの修練に興味を示したようだ。
ゴウラさんはどちらかと言えば近接攻撃型の前衛で、主に拳一つで戦い抜くスタイルを今までは貫いていたようだ。だが、俺達の修練風景を見て、考えを少し変化させたのか、魔法攻撃に対する対処法や、自身の魔力向上について、積極的に取り組んでいた。
もしかすると、自身の限界を感じていたのかもしれない。ガーディアンズと混じって修練する様子は、真剣そのものであった。
ゴウラさんは見かけ通り律儀な人で、お返しとばかりに、自分の会得している戦闘技術を惜しげもなく与えてくれた。
それには、俺やリリー、レイリさんだけでなく、何故かルナも参加し、集会場前の広場を存分に使い、縦横無尽に入り乱れて、訓練が行われた。
ゴウラさんの戦い方は単純明快で、如何にして効率よく力を一撃に込めるかという、一撃必殺の戦法だった。
それ故、下手な小細工は一切通用せず、純粋に研ぎ澄まされた力が時として切り札に成り得るということをまざまざと見せつけられた。
まさか、全力で張った防護結界をぶち抜いてくるとは…。
魔力をほとばしらせ、服や髪をはためかせ、一撃を練り上げる姿は、戦神を彷彿させるものだった。
腰貯めに、魔力を拳の先に集中していく…。光が収束していく中、その暴力的な力は解き放たれるのを今かと待っているようだった。
「ぬぅおぁあああ!!」という叫び声と共に放たれたその一撃は、閃光を伴い、大地を抉るほどだった。
その姿は正に戦士。
そして、その頭に燦然と輝く白いうさ耳。台無しである。
お返しと言うわけではないが、俺も拙い知識と技術ではあったが、柔道の経験を伝授した。
ゴウラさんを始め、獣人族の戦い方に、投げ技や関節技と言う論理が無く、戦術を広げる上でも大いに参考になったようだった。
そうして、ゴウラさんの協力もあり、ガーディアンズを含めたルカール村の戦力は確実に増強されていった。
俺はこの力を振るう機会がないことを願いつつ、その力を増していく過程を見守っていたのだった。
ラッテさんは、ヨーゼフさんと気があったらしく、算術を含め色々な学問について、論議を交わしていたようだった。
午後で、俺の体が空いているときは、2人の論争に積極的に参加した。
ラッテさんは、元の世界で言う理科全般に興味があるらしく、事あるごとに俺の知識を求めた。
俺は、「異世界は特に魔法という元の世界には無いものがあるため、参考にならないかもしれませんよ?」と前置きした上で、俺の知る限りの知識を説明していった。
俺が語る重力や面積、それに物体の運動、生物や、化学分野等、あらゆる方面で俺から情報を引き出し唸っていた。
さすがに俺も、高度な学問には精通していないので、あくまで中学レベルではあったが、十分に参考になったようだ。
ヨーゼフさんとラッテさんは2人して、興奮したように俺の話しに食い入っていたのだった。
代わりと言うわけではないが、俺は魔法技術についてラッテさんより情報を引き出すことに成功していた。
ラッテさんの種族である子族は、こと、知識欲が旺盛で、魔法分野でも解析や開発に秀でた種族であるらしかった。
俺が求めたのは、魔道具にあたるものを作れないか?という事だった。
結論から言えば、できると言うことだった。
人族の王国には、魔導王国と称される国があり、そこでは、特別な道具を用いて魔法を発動する技術が発達していると教えてくれた。
これは俺にとって大きな意味があった。少なくとも既存の技術があるなら、いつか辿り着けるはずだ。
魔道具に対する情報があれば、すぐに教えてもらえるよう手はずを整えた俺は、今後に備えて、更なる準備を進めるのであった。
さて、来訪者最後の一人である宇迦之さんなのだが、色々フラフラとあちこちを見回っているようだった。
しかもここ最近は、事あるごとに俺の後ろを隠れるように…と言っても探知でバレバレなのだが…コソコソと着いてくることが多かった。
何か変なフラグでも立ったのだろうか?
最初のうちはティガと一緒に行動することが多かったため、事あるごとにティガに追いかけられ退散させられていたようだ。
それでは可愛そうだし、言いたいことがあるならこちらも是非聞いておきたいので、最近ではティガは俺と一緒に歩くことを我慢してもらっている。すまん…ティガ…ちゃんと埋め合わせはするからな…。
そして、一人となったため、近づいてくる宇迦之さんに、こちらから話しかけに行くこともあったのだが、逃げてしまったり、「な、なんでもないのじゃ!」と踵を返し逃走してしまう。どうにも要領を得なかった。
何か俺に対して、思うところがあるのは事実のようなのだが…相手が逃げてしまうため、ろくに話ができずに困ってしまっている。
仕方がないので、レイリさんやリリーを含め、村の人たちにもそれとなく探りを入れて欲しいと頼んでみているのだが、あまり芳しくないようだ。
そして、今日もカスードさんの所で水車小屋の設置について詳細をつめていたのだが…いるのである。
家の外で、ウロウロと所在無さげにいる様子が探知から感じられる。
いい加減、このままだとお互いにスッキリしないため、俺は、カスードさんに断りを入れて、真意を問いただすことにした。
もちろん、カスードさんは2つ返事で了承してくれる。相変わらずのイヤらしい笑みを張り付けてだが。
俺はステルスで、完全に隠れると裏口より出ていく。
今もカスードさんの家の前で、中の様子を除き見ようとしている宇迦之さんの後ろへ音も無く回り込んだ。
俺は、幻覚部分を無視して、本体のちっちゃな体を視認しつつ、襟首をムンズとつかみ、俺の視線の高さまで引き上げた後、ステルスを解除して、捕獲された獲物に微笑みかける。
「ミギャー!?」とか、叫んで抵抗していた宇迦之さんだったが、俺の顔を見ると、視線を反らし、愛想笑いをしていた。
俺はそのまま、宇迦之さんを摘まみ上げたまま、カスードさんの家へと入っていく。
カスードさんは摘まみ上げられた宇迦之さんの姿を見て、「うお!?」と、一瞬後ずさった。
その様子にいぶかしがった俺だが、「ツバサ…おめぇ、容赦無ぇな…。」との一言でその意味を察する。
ああ、そうか…カスードさんには妙齢の女性に見えたままなんだよな。
そりゃ、俺がそんな風に女性を運んできたらビックリするよね!
俺は、カスードさん宅の居間に、宇迦之さんを降ろすと、対面するように腰かけた。ちなみに、下履きである下駄っぽい何かはすでに没収済みである。
「さて、宇迦之さん。今日こそは聞かせていただきましょうか?」
俺は、プイッと、そっぽを向いている宇迦之さんに、言葉を投げ掛ける。
「な、何でもないのじゃ。たまたま…そう、たまたま通りかかっただけなのじゃ。」
そう、しらばっくれる宇迦之さん。
「いやいや、30分ほど前からこの家の前を行ったり来たりしつつ、中の様子をしきりに窺ってたじゃないですか?残念ながらもう裏は取れているので、さくっと白状してしまった方が身のためですよ?」
俺は、尋問する刑事のように、少し身を乗り出しながら余裕の表情で宇迦之さんを追い詰めていく。
そんな様子を後ろから、カスードさんがニヤニヤしながら見ていた。
なんか、悪役みたいだな…俺達…。
「俺がいると話づれぇんだったら、俺ぁ席を外すぜ?」と、カスードさんが一押しをする。
そんな俺達の言葉に、「むー!」っと膨れながらも、「いや…そのままで良いのじゃ。」と、呟く。
そして、宇迦之さんは深呼吸をすると、俺を真剣な表情で見つめつつ、
「ツバサ殿。是非、狐族の村に来て欲しいのじゃ…。」
そう、頭を下げて懇願してきたのだった。
「宇迦之さん。知らなかった事とは言え、この度の無礼な振る舞い、本当に申し訳ありませんでした。」
知っている、知らないというのは、関係ないのだ。
むしろ、知らないからこそ、性質が悪い。
これは、俺の努力でどうにでも回避する事が出来る事だった。それを俺は怠った。
人に偉そうに物を教えておいて、恥ずかしい限りである。
そんな俺の土下座を、宇迦之さんは少しオロオロした様子で見ているようだった。
「い、いや…。わらわも少し調子に乗っておった。ハッタリかと思い込んで、ぬしの誘いに乗ったわらわも悪い…。故に、ここはそれで手打ちにしようぞ。そ、その代わりと言っては何じゃが…。」
少し焦りながらも、そんな風に俺を許すと言ってくれた。
俺はその先に続く言葉が何となくわかったので、
「口外いたしませんよ。」
と、優しく答えを返す。
その答えに、一瞬、宇迦之さんはボーっと俺を見つめ、「わ、分かった…。ならば良い…。」と、それっきり俯いてしまう。
何となく、会議の雰囲気が微妙になった所で、桜花さんが咳払いをして、場を引き締める。
「という訳でじゃ…。お三方には、先日の魔力放出の件、納得いただけたでしょうかの?」
その言葉に、3人とも、しっかりと頷いてくれた。
「あれだけの魔力量ならば、何が起こっても不思議では無いわぃ。まだ、わらわの体の中に、ツバサ殿の魔力が渦を巻いておる。フフフ…ここまで熱く注ぎ込まれたのは初めてじゃ…。」
宇迦之さんが自分のお腹を優しくさすりながら、そんな場をぶち壊す発言をする。
なんだろうか…。凄く居たたまれない…。
皆のよく分からない感情がこもった視線がブスブスと突き刺さるのを俺は感じながら、この苦行に耐える。
つか、魔力ってやっぱりお腹に溜まるんですね!!
しかも、妙齢な姿ならそれもまだ良いのですが、幼女の姿でその仕草を見てしまうと、変な気持ちしか湧いてこないんですけどね!?
嫌な汗を全身に滴らせながら、俺は俯いて床の畳の目を数える作業を続けていた。
「あ、えーっと…ちなみになのですが…。」そんな申し訳なさそうに、ラッテさんが小さな声で発言をする。
その言葉に、皆の視線が一様に集まり、その視線に晒されたラッテさんはビクッと身をすくませる。
そんなラッテさんに桜花さんは、「ラッテ殿、いかがいたしたか?」と、助け舟を出す。
「あ…。えーっと…。あまり…関係ないのですが…。あの魔力放出は…何が原因で起こったのでしょうか?そこのツバサさんが引き起こした事は分かったのですが…その引き金と言いますか…。温厚そうなお方なので、その様に魔力を放出する必要性が思い浮かばなくて…。あ、無理だったらいいです。すいません…。」
しどろもどろになりながらも、もっともな事を聞いて来た。
そんなラッテさんの言葉に、「ありゃぁ…痴話喧嘩だな…。」と、力の抜ける答えを返すカスードさん。
それになぜか、族長たちはこぞって頷いた。
なんだかその一言で済まされると、俺が甲斐性無しの駄目男じゃないですか…。
そんな族長たちの反応に、「痴話…喧嘩…ですか?」と、信じられない事を聞いたかのように反応するラッテさん。
それに答えたのは、桜花さんだった。
「情けない話なのじゃが…そこのレイリと娘のリリーがちょっと調子に乗ってしまっての…。それを、性根から叩き直した際の余波とでもいうのかの…。」
「は、はぁ…。」
「あの時のツバサの言葉は痺れたよなぁ。『優しいリリーが好きだぁ!』とか、『ちゃんと俺を見てくれ!』とか、大声で叫んでたもんなぁ?カッコいいじゃねぇか!なぁ?ツバサ?」
「ちょ!?ば!?おま…いや、カスードさん!?なんでそう言う、どうでも良い所だけ削り取るんですか!?」
「そうじゃったのぉ…。『みんなと笑い合える関係を築きたい!』と言う言葉に、儂も心を震わせたものじゃ。」
桜花さんは、一見すると感動に打ち震えるように体を震わせるが、良く見れば笑いをこらえているだけだと分かる。
なんか、最近桜花さんが一皮むけて、黒いんですけどね!?
何故かそれに、ヨーゼフさんとマールさんまで参戦してきて、
「言葉を尽くして相手を理解する…。とても良い考えだと思いますよ。」
「わ、わたし!身内で争いたくないって言葉にジーンときました!!」
それぞれが、完全に好き勝手に、俺の言葉を掘り起こして来る。
うおおおおおお!恥ずかしい!!
あの時は勢いもあったから気にならなかったけど、改めて冷静な状態で聞かされると、言葉が痛い!!ひいいい!?
そんな風に悶える俺を、来訪者の3人は、何か面白い物を見るように、観察していたのであった。
とりあえず、その後も話し合った結果、問題は無いとは思うが、念の為にしばらく村の生活を観察し、その上で最終的な報告を各氏族に送る形で調整がついた。
3人とも、この村に居る間は、族長たちの家へと泊まり込むことに決まったらしい。
ヨーゼフさんの家には、ラッテさんが。
マールさんの家には、宇迦之さんが。
カスードさんの家には、ゴウラさんがそれぞれ、泊まると言う形に落ち着いた。
期間は長くても1ヶ月程度との事だ。
まぁ、特に後ろめたい事をしている訳でも無い。
隠す必要もないし、存分に今迄通り進めるとしよう。
いつの間にか、魔力放出事件調査隊が、ルカール村視察隊に変わり、来訪者である3人は、それぞれ興味のある分野に自分から首を突っ込んで、調べ始めた。
ルカール村の代表である族長達としても、俺の考えとしても、このような文化が獣人族に広がっていくのは、望むところであるので、隠すどころか積極的に情報を開示していった。
ゴウラさんは、奥様方の意識調査を行う一方で、ベイルさん率いるガーディアンズの修練に興味を示したようだ。
ゴウラさんはどちらかと言えば近接攻撃型の前衛で、主に拳一つで戦い抜くスタイルを今までは貫いていたようだ。だが、俺達の修練風景を見て、考えを少し変化させたのか、魔法攻撃に対する対処法や、自身の魔力向上について、積極的に取り組んでいた。
もしかすると、自身の限界を感じていたのかもしれない。ガーディアンズと混じって修練する様子は、真剣そのものであった。
ゴウラさんは見かけ通り律儀な人で、お返しとばかりに、自分の会得している戦闘技術を惜しげもなく与えてくれた。
それには、俺やリリー、レイリさんだけでなく、何故かルナも参加し、集会場前の広場を存分に使い、縦横無尽に入り乱れて、訓練が行われた。
ゴウラさんの戦い方は単純明快で、如何にして効率よく力を一撃に込めるかという、一撃必殺の戦法だった。
それ故、下手な小細工は一切通用せず、純粋に研ぎ澄まされた力が時として切り札に成り得るということをまざまざと見せつけられた。
まさか、全力で張った防護結界をぶち抜いてくるとは…。
魔力をほとばしらせ、服や髪をはためかせ、一撃を練り上げる姿は、戦神を彷彿させるものだった。
腰貯めに、魔力を拳の先に集中していく…。光が収束していく中、その暴力的な力は解き放たれるのを今かと待っているようだった。
「ぬぅおぁあああ!!」という叫び声と共に放たれたその一撃は、閃光を伴い、大地を抉るほどだった。
その姿は正に戦士。
そして、その頭に燦然と輝く白いうさ耳。台無しである。
お返しと言うわけではないが、俺も拙い知識と技術ではあったが、柔道の経験を伝授した。
ゴウラさんを始め、獣人族の戦い方に、投げ技や関節技と言う論理が無く、戦術を広げる上でも大いに参考になったようだった。
そうして、ゴウラさんの協力もあり、ガーディアンズを含めたルカール村の戦力は確実に増強されていった。
俺はこの力を振るう機会がないことを願いつつ、その力を増していく過程を見守っていたのだった。
ラッテさんは、ヨーゼフさんと気があったらしく、算術を含め色々な学問について、論議を交わしていたようだった。
午後で、俺の体が空いているときは、2人の論争に積極的に参加した。
ラッテさんは、元の世界で言う理科全般に興味があるらしく、事あるごとに俺の知識を求めた。
俺は、「異世界は特に魔法という元の世界には無いものがあるため、参考にならないかもしれませんよ?」と前置きした上で、俺の知る限りの知識を説明していった。
俺が語る重力や面積、それに物体の運動、生物や、化学分野等、あらゆる方面で俺から情報を引き出し唸っていた。
さすがに俺も、高度な学問には精通していないので、あくまで中学レベルではあったが、十分に参考になったようだ。
ヨーゼフさんとラッテさんは2人して、興奮したように俺の話しに食い入っていたのだった。
代わりと言うわけではないが、俺は魔法技術についてラッテさんより情報を引き出すことに成功していた。
ラッテさんの種族である子族は、こと、知識欲が旺盛で、魔法分野でも解析や開発に秀でた種族であるらしかった。
俺が求めたのは、魔道具にあたるものを作れないか?という事だった。
結論から言えば、できると言うことだった。
人族の王国には、魔導王国と称される国があり、そこでは、特別な道具を用いて魔法を発動する技術が発達していると教えてくれた。
これは俺にとって大きな意味があった。少なくとも既存の技術があるなら、いつか辿り着けるはずだ。
魔道具に対する情報があれば、すぐに教えてもらえるよう手はずを整えた俺は、今後に備えて、更なる準備を進めるのであった。
さて、来訪者最後の一人である宇迦之さんなのだが、色々フラフラとあちこちを見回っているようだった。
しかもここ最近は、事あるごとに俺の後ろを隠れるように…と言っても探知でバレバレなのだが…コソコソと着いてくることが多かった。
何か変なフラグでも立ったのだろうか?
最初のうちはティガと一緒に行動することが多かったため、事あるごとにティガに追いかけられ退散させられていたようだ。
それでは可愛そうだし、言いたいことがあるならこちらも是非聞いておきたいので、最近ではティガは俺と一緒に歩くことを我慢してもらっている。すまん…ティガ…ちゃんと埋め合わせはするからな…。
そして、一人となったため、近づいてくる宇迦之さんに、こちらから話しかけに行くこともあったのだが、逃げてしまったり、「な、なんでもないのじゃ!」と踵を返し逃走してしまう。どうにも要領を得なかった。
何か俺に対して、思うところがあるのは事実のようなのだが…相手が逃げてしまうため、ろくに話ができずに困ってしまっている。
仕方がないので、レイリさんやリリーを含め、村の人たちにもそれとなく探りを入れて欲しいと頼んでみているのだが、あまり芳しくないようだ。
そして、今日もカスードさんの所で水車小屋の設置について詳細をつめていたのだが…いるのである。
家の外で、ウロウロと所在無さげにいる様子が探知から感じられる。
いい加減、このままだとお互いにスッキリしないため、俺は、カスードさんに断りを入れて、真意を問いただすことにした。
もちろん、カスードさんは2つ返事で了承してくれる。相変わらずのイヤらしい笑みを張り付けてだが。
俺はステルスで、完全に隠れると裏口より出ていく。
今もカスードさんの家の前で、中の様子を除き見ようとしている宇迦之さんの後ろへ音も無く回り込んだ。
俺は、幻覚部分を無視して、本体のちっちゃな体を視認しつつ、襟首をムンズとつかみ、俺の視線の高さまで引き上げた後、ステルスを解除して、捕獲された獲物に微笑みかける。
「ミギャー!?」とか、叫んで抵抗していた宇迦之さんだったが、俺の顔を見ると、視線を反らし、愛想笑いをしていた。
俺はそのまま、宇迦之さんを摘まみ上げたまま、カスードさんの家へと入っていく。
カスードさんは摘まみ上げられた宇迦之さんの姿を見て、「うお!?」と、一瞬後ずさった。
その様子にいぶかしがった俺だが、「ツバサ…おめぇ、容赦無ぇな…。」との一言でその意味を察する。
ああ、そうか…カスードさんには妙齢の女性に見えたままなんだよな。
そりゃ、俺がそんな風に女性を運んできたらビックリするよね!
俺は、カスードさん宅の居間に、宇迦之さんを降ろすと、対面するように腰かけた。ちなみに、下履きである下駄っぽい何かはすでに没収済みである。
「さて、宇迦之さん。今日こそは聞かせていただきましょうか?」
俺は、プイッと、そっぽを向いている宇迦之さんに、言葉を投げ掛ける。
「な、何でもないのじゃ。たまたま…そう、たまたま通りかかっただけなのじゃ。」
そう、しらばっくれる宇迦之さん。
「いやいや、30分ほど前からこの家の前を行ったり来たりしつつ、中の様子をしきりに窺ってたじゃないですか?残念ながらもう裏は取れているので、さくっと白状してしまった方が身のためですよ?」
俺は、尋問する刑事のように、少し身を乗り出しながら余裕の表情で宇迦之さんを追い詰めていく。
そんな様子を後ろから、カスードさんがニヤニヤしながら見ていた。
なんか、悪役みたいだな…俺達…。
「俺がいると話づれぇんだったら、俺ぁ席を外すぜ?」と、カスードさんが一押しをする。
そんな俺達の言葉に、「むー!」っと膨れながらも、「いや…そのままで良いのじゃ。」と、呟く。
そして、宇迦之さんは深呼吸をすると、俺を真剣な表情で見つめつつ、
「ツバサ殿。是非、狐族の村に来て欲しいのじゃ…。」
そう、頭を下げて懇願してきたのだった。
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