比翼の鳥
第62話:混乱の行方
皆の視線が集まる中、俺は一瞬どうしようか迷うものの、ここは腹をくくるしかないかなと、覚悟を決める。
この世界に来てから覚悟を決めてばかりいる。
それだけ元の世界が平和だと言うことなのだろうが、それにしたって、決断の場が多すぎて、こちとら、胃に穴が空きそうである。
俺は、【ステルス】を解除すると、両手を上げたまま、
「参りました。降参です。まさか、見破られるとは思いもよりませんでした。」
と、その場の皆に語りかける。
俺の姿を認めた瞬間、長老様は、信じられないものでも見たかのように息を飲む。
ラッテさん、レイリさん、宇迦之さんも、緊張した面持ちで、事の成り行きを見守る。
しかし、そんな場の空気を読まない、卯族の巫女様は、楽しそうに微笑むと、
「皐月は……目が見えませんが、……人の心がなんとなく、わかるんです。」
と、結構とんでもないことを平然と口にした。
髪の白い人は、心を読むスキルでもあるのだろうか?
一瞬、ルナの顔を思い浮かべて、そんなどうでも良いことを思う。
「あら……可愛らしいお方ですね。その方も……お嫁さんですか?」
と、可愛らしく首を傾け口にする。
ああ、なるほど。確かに、これは心が見えているんだろうなぁ。
何となく懐かしいこの感覚に、俺はディーネちゃんを思いだし苦笑する。
「あら?……また、別のお方……これは……精霊様?」
こらぁ!思わず心に思い描いてしまう俺も悪いが、口にしないで!?
ほら、そこの2人が凄く怖い顔で睨んでくるじゃないですか!!
俺は、宇迦之さんと、レイリさんから飛んでくる視線に晒されながら、焦ったように心で絶叫する。
「ふふふ……失礼いたしました。」
そう言いながら、ペロッと舌を出して謝る姿は可愛いのだが、今はそれどころではない。
2人の巫女に加え、長老の視線も加わり、俺は生きた心地がしない。
俺は汗をダラダラと流しながら、愛想笑いでこの場をしのぐ以外、何もできなかった。
「お父様……?  このお方……ツバサ様とおっしゃるのですね?……ツバサ様は……とても良いお方ですわ。皐月がこのように心を見ても、動じておりません……。本心から対等に私を見て下さっていますわ。このような方、初めてです……。」
まさか、ここでディーネちゃんとの対話経験が役に立つとは……世の中、どんな経験が役に立つか本当にわからないな。
俺は、せっかく皐月さんが作ってくれた流れを逃すことの無いよう、口を開く。
「騙すようにこの場に入ったことは、お詫びいたします。ただ、そこの2人は本当に私にとって大事な家族です。万が一にも何かあってもらっては困るのです。また、見た目が人族である私は、姿を見せるだけで無用な混乱を引き起こすのは目に見えておりましたので、この様な失礼な形を取らせていただきました。勝手とは思いますが、お許し下さい。」
俺は、そう言いながら正座して平伏した。
それを見た、レイリさん、宇迦之さん、そして、ラッテさんまでも、同じように平伏した。
思わずその様子に、俺だけでなく、長老様も、皐月さんも、息を飲む。
「これでは私が悪者ではないか……。許す。客人、面を上げよ。」
そんな言葉に、皐月さんはにこりと微笑み、俺たちもホッとする。
「ありがとうございます。」
俺は、そう真摯に礼を述べた。
一歩間違えば、種族間抗争に発展してもおかしくない位のことだ。
長老様が話のわかる人で本当に良かったと、心から安堵する。
そして、もう1つの火種を処理すべく、俺は口を開こうとして、先に皐月さんが口を開く。
「ツバサ様? ……何故、皐月は嫁に貰ってくれないのですか?」
悲しそうな顔をして先手を打たれてしまった。
その皐月さんの言葉を受けて、3人は「「「やっぱり……」」」と言う顔をする。
逆にその言葉を聞いて一番動揺したのは長老様だ。
「ツバサ……殿と、申したか。うちの娘のどこが気に入らないというのだ?」
またこのパターンか……長老はどこも親馬鹿なのか?
いや、気持ちはわかるんだけどさ……。
俺が心のなかでため息をつきつつ、本心をどう伝えようか迷っていると、皐月さんが、
「良かった……皐月の事が……嫌いな訳では無いのですね?」
と、どんどん先回りしていく。
心を読めるって凄いな。
いや、この皐月さんの頭が良いのもあるんだな。
的確に俺の心をトレースして、その先へ先へと話を誘導していく。
この人、見かけによらず手強いね。
こんな風に、出来る人は好感持てるな。見かけもめちゃめちゃ可愛いし。
そんな俺の考えを読んだのか、いきなり頬を染めると
「……ツバサ様ったら……。」
と、呟いてうつむいてしまった。
これを作ってやっているなら俺は、この人の掌の上で踊る以外できないと思う。
そして、そんな心で会話する俺達の様子を見て、2人の巫女達と親馬鹿長老が射殺す勢いで視線を向けてくる。
ええ、ええ、変な甘い空気を作ればそうなりますよね!?
「あー……。ちなみに、皐月さんをいただけない理由は、お恥ずかしい話ですが、私の甲斐性の問題です。ラッテさんにも言っておきますけど、私はこれ以上嫁をとる気はありませんよ?」
長老は驚き、ラッテさんは絶望していた。
巫女2人は、女としては喜び、権力者としてはガッカリとした感情が混じったようで、酷く微妙な表情をしていた。
「そもそも、そんな事しなくても、各氏族とは友好な関係を築きたいと思っていますから心配しないで下さい。」
俺は、そこで一呼吸置き、「それよりも……。」と、続ける。
「これは私の個人的な思いなので、大袈裟にとらないで欲しいのですが、女性を約束手形のように、嫁がせて良しとする考えは好きになれません。できれば、村ぐるみでしっかりと友好関係を築けるように努力してほしいんですよ。」
女性にだって、色々あるのだ。村のために物のように使われて欲しくない。
そこまで言って、何故か皐月さんが、感動したように、「……素晴らしいです……。」
と、呟いた。
ああ、心読んじゃってるもんね。
本気でそう思っているのが伝わっているのだろう。
いや、これは俺の我が儘だから、感動とかされても困ります。
そんな俺の気持ちを読んでいるはずなのだが、そのまま感極まるように、
「お父様……。……皐月は……ツバサ様に嫁ぎとうございます!」
と、はっきり宣言し、そこから収集つかなくなった。
皐月さんは、目が見えないだろうに、突然こちらに向かってヨロヨロと歩いて来た。
皆が唖然とする中、そのまま俺の前まで来て、しっかりと俺にしがみつく。
俺はあまりの急展開に思考が着いていけず、倒れこむように俺にしがみ付いてくる皐月さんを、思わずしっかりと抱き止めてしまった。
そして、俺の頬をその小さな手で挟みこみ、「これが……ツバサ様のお顔……。」とか、呟きながら俺の顔をなで回す。
一瞬、そんな大胆な行動に、俺は顔を赤くするも、場の雰囲気が最悪に陥ったことを感じ、汗を垂らす。
何やってくれてんの!?
ほら、長老が、何か持ち出してるよ!?
……何ですかね? あのトゲトゲ付いたナックルは!?
こら、宇迦之さん!?レイリさん!?なんで、魔力練ってるんですか!?
ちょ!?レイリさん半獣化してるじゃないですか!?
その金色の目は、恐怖の記憶しかないから!?
ラッテさん!?ラッテさーーーん!!そこで震えてないで助けてくださいよぉ!?
「ツバサ様? おモテになる様で……ようございました……ね?」
「おぬし……婚約者の前で……何をしておるのじゃな?」
「客人……いきなり現れて、娘を誑かすとは……どういう了見かな……?」
「ちょっと!? 待ってください!? これはどう見ても不可抗力……ってあぶな!?」
問答無用で襲い掛かってくる長老。
それに続き、何故かレイリさんと宇迦之さんまで、攻撃してくる始末。
もう! 話し合いはどこに行ったのさ!? 宇迦之さんもレイリさんも、感情に振り回されすぎだよ!?
どうにも収集が着かないと判断した俺は、皐月さんとラッテさんには防護結界を張り、まずは2人の安全を確保する。
そして、狂乱の渦に向かって、俺は泣きながら特攻したのだった。
結果、部屋に結界を張っていたことと、俺が結構全力で事に当たった事もあって、何とか物理的被害は最小限で食い止められた。
被害と言えば、異変を察知した門番1・2さんが、愚かにも飛び込んできて、余波で吹っ飛び気絶した位だろうか。
ああ、あと、ラッテさんがあまりの戦闘の激しさに、恐怖で気絶した位か……。
「取り敢えず……今は、婚約はしない方向で……お願いします。」
俺は、肩で息をしながら、そう長老に言葉を投げ掛ける。
ちなみに、レイリさんが仕立ててくれた着物は、ずたぼろである。
そして、長老にいたっては座ることすらできず、うつ伏せで床に突っ伏しながら、完全に息が上がった状態で、
「ゼィ……・ゼィ……よ、よかろう……。」
と、威厳もへったくれも無くそう呟いた。
この人、本当に無茶苦茶だった。流石は、あのゴウラさんの血縁だよ。
本当はね? 一発位殴られて、さくっと事態を収拾しようと思ったんだよ?
けどね? あのおっさん、殺す気満々で放ってるとしか思えない攻撃を、次から次へ放って来るんだよ。
無理! 流石にあれを受けるのは無理だった。
それに、気合いだけで、防護結界割ってくるとか何なの!?
あげくの果てには、このくそ狭い部屋で最終奥義まで出しちゃって。
何が、「これが……最終奥義だ!!」だよ!?兎がやっていいことじゃねぇぞ!?
あれ、俺が受け止めなかったら、村がどうなっていたか考えたくもないんですが。
対消滅で、ファミリア4体も持っていかれたんだぞ!?
それだけあれば、ルカール村を100回は灰塵にできるんだぞ!?
結局、皆に襲い掛かられた俺は、ファミリア使って強制的に手数で鎮圧するしか手がなかった。
ちなみに、レイリさんと、宇迦之さんは、ファミリア相手に身動きが取れなくなった所を、お仕置きして真っ先に沈めた。
なんか、皐月さんが期待のこもった目をしていたが、忘れることにする。
問題と言うか……泥沼の元凶は長老だった。
手加減した攻撃は、全部叩き落とされるし……。
まさか、ファミリア20体に囲まれても平然と、攻撃を避けて打ち落としていられるとは思わなかった。
戦場と呼ぶに相応しい、カオスな状態のとなったこの部屋は、俺のファミリアたちが、所狭しと飛び回り、どっかの宇宙戦争をしのぐ程、悲惨な状態を作り出していた。
最終的には、アストラルファイアで、精神的にダメージを与えて、動けなくすることしかできなかった。
この魔法を開発しておいて、本当に良かったと心から思ったよ。
俺は、そんな戦闘を思い出しながら、更に長老に要求を伝える。
ここまでやってしまったんだから、しっかりと結果は掴み取っておきたい。
「あとは、ルカール村と、この村に行き交うための道路を建設したいのですが、許可を頂けますか? 建設はこちらでやりますので。」
俺は、もうひとつ、新たな野望の実現のため、その約束を持ち出した。
「……よ、よかろう……。」
意識を何とか保っていると言う状態で、長老は答えた。
一応、あのやり取りで俺の事は認めてくれたようだ。
婚約がご破算になった事の方が、態度が軟化した理由として大きそうだったが、俺は気にしない事にする。
ちなみに、皐月さんは、父親がそんな状態であるにも関わらず、俺のそばにぴったりと張り付いて離れない。
あの? お父さん倒れかけですよ? 介抱してあげてくださいよ?
そんな俺の心の声に、皐月さんは、
「調子に乗った罰です……。ツバサ様が、頑張ってくれなければ……死人が出ていました……。」
と、同情の欠片も窺えない声で呟いた。
まぁ、確かにそれは事実だが……。あの最終奥義は確実に、村を壊滅に追いやるものだった。
幾ら頭に来たからって、んなもん、長老がぶっ放すなと、声を大にして言いたい。
異世界の兎は質が悪すぎる。男も女も……。
俺は、そう思いながら、途方に暮れるのであった。
しばらくして、ラッテさん、宇迦之さんと、レイリさんが目を覚ましたので、この場を辞することにした。
流石にレイリさんも宇迦之さんも、やりすぎたと思っていたらしく、静々と俺に着いて来た。
俺はさり気なく、2人の前で他の女性に、一瞬でもうつつを抜かした事を謝った。
2人もそんな俺の様子に、「ツバサ様ですしね……。」「まぁ、仕方ないのは分かるんじゃがなぁ。」と、それぞれ納得はいかないまでも許してくれたようだった。
皐月さんは、涙を流しながら引き留めてくれたのだが、また、すぐにゴウラさんと一緒に遊びに来ると告げて、許してもらった。
「いつまでも……お待ちしています……。」
と、濡れた目で見上げながら告げられ、キュンと来たが、自制すると、村を後にした。
これ以上、レイリさんと宇迦之さんに悲しい思いをさせたくないと言う気持ちが、今は勝ったのだった。
ビビの停留している場所に向かっている途中、「そう言えば……。」と、俺は宇迦之さんとレイリさんに、気になっていたことを聞く。
「宇迦之さん、レイリさん……。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが?」
「はい?」「なんじゃの?」と言葉を返す2人に、問いかける。
「卯族の巫女様である皐月さんが、心を読める事は知らなかったのですか?」
俺の素朴な問いに、レイリさんは首を振り、宇迦之さんは気まずそうに視線を逸らす。
「私は、巫女様たちとあまり親睦がありませんので。皐月様とお会いしたのも、今日で2度目でしたわ。」
「えー……実はのぉ……。噂には聞いておったな……うん。」
やっぱりか!? 情報連携密にしておけば、この事態は避けられた可能性があったと言うことか。
「いえ、宇迦之さん……。聞かなかった俺も悪いです。でも、もし次から気になることがあったら、ちゃんと報告してくださいね?今日みたいな事はもう、こりごりですよ……。」
そんな俺の疲れたような言葉を聞いて、宇迦之さんも「うむ、分かった。気をつけることにしよう。」と、頷いた。
それから、ラッテさんにも、次の子族の村でこういう事が起こりえるか? また、注意することはあるかを聞いた。
とりあえず、あんな無茶苦茶な事になるはずも無いとの回答ではあった。
やっぱり、兎は、特別なようだ。
ビビの元に戻った俺の凄惨な姿を見て、一同が慌てふためいた。
まぁ、そりゃ、こんだけ着物がボロボロならね……。
そして、俺は、状況を説明して、理解を求めたのだが、
「では、卯族は皆殺しですね?」と、リリーが笑顔でとんでもないことを言い、
「リリーちゃん。それは酷いよ。せめて、村を壊しちゃう位にしよう?」
とか、全然慈悲の欠片の無い事をルナが言う。
あれ? この2人ってこんなキャラでしたっけ?
俺が、ヒビキに助けを求め、此花と咲耶が翻訳してくれたところによると、どうやら、戦闘での地響きがここまで響いていたらしく、全員とても心配してくれていたようだ。
俺と繋がっている、此花と咲耶が、俺の状態を伝えていてくれたので、何とか抑えていたと言う状態だったらしい。
もし、俺が怪我でもしようものなら、村に飛び込んでいっただろうとの、ヒビキ談だった。
知らない所でなかなかに、綱渡りをしていたようだ。
俺は皆に心配かけてしまったことを申し訳なく思うともに、猛省する。
これって、一歩間違えば、俺達、破壊神になってたじゃないですか……。
結局、なんだかんだ言って大事になっちゃったしなぁ……。
子族の村では大人しくしていよう……俺はそう、改めて決意するのだった。
そして、依然としてやる気満々の皆をいさめる。
俺の事を心配してくれるのは嬉しいが、それを理由に他者を傷つけて欲しくは無いと、真摯に説明した。
リリーは前にやらかしていたこともあって、「ツバサ様が望まないのでしたら……。」と、渋々受け入れてくれる。
他の皆も、そんなリリーの態度を見て、頷いてくれた。
また、ちょっとした嫉妬から、レイリさんと宇迦之さんが暴走した件も、皆に注意した。
俺が悪い部分もあるので、そう言う場合は、ちゃんと口でいさめて欲しいと伝える。
どうしても収まりが付かないなら、公衆の面前であろうとも堂々と、甘えてくれて構わないとも伝えた。
今回みたいに、なし崩し的にバトルになるのはもう御免である。
まだ、バカップルを演じた方が、百倍マシだ。その程度の苦労なら甘んじて受けよう。
これには、皆、俺の意見に全面的に賛成してくれたようだった。
ちょっと皆さん過激な面もあるけど、元々は俺の対応ミスが殆どだ。
今回話し合ったことで、次はもう少しマシな対応になるだろう。
俺は、改めて、皆に心配かけたを詫び、それをもって、今回の騒動のまとめとした。
そんな風に、何とか、皆の心が落ち着いたのを確認すると、ルナにお願いして、次なる目的地へと旅立つのであった。
この世界に来てから覚悟を決めてばかりいる。
それだけ元の世界が平和だと言うことなのだろうが、それにしたって、決断の場が多すぎて、こちとら、胃に穴が空きそうである。
俺は、【ステルス】を解除すると、両手を上げたまま、
「参りました。降参です。まさか、見破られるとは思いもよりませんでした。」
と、その場の皆に語りかける。
俺の姿を認めた瞬間、長老様は、信じられないものでも見たかのように息を飲む。
ラッテさん、レイリさん、宇迦之さんも、緊張した面持ちで、事の成り行きを見守る。
しかし、そんな場の空気を読まない、卯族の巫女様は、楽しそうに微笑むと、
「皐月は……目が見えませんが、……人の心がなんとなく、わかるんです。」
と、結構とんでもないことを平然と口にした。
髪の白い人は、心を読むスキルでもあるのだろうか?
一瞬、ルナの顔を思い浮かべて、そんなどうでも良いことを思う。
「あら……可愛らしいお方ですね。その方も……お嫁さんですか?」
と、可愛らしく首を傾け口にする。
ああ、なるほど。確かに、これは心が見えているんだろうなぁ。
何となく懐かしいこの感覚に、俺はディーネちゃんを思いだし苦笑する。
「あら?……また、別のお方……これは……精霊様?」
こらぁ!思わず心に思い描いてしまう俺も悪いが、口にしないで!?
ほら、そこの2人が凄く怖い顔で睨んでくるじゃないですか!!
俺は、宇迦之さんと、レイリさんから飛んでくる視線に晒されながら、焦ったように心で絶叫する。
「ふふふ……失礼いたしました。」
そう言いながら、ペロッと舌を出して謝る姿は可愛いのだが、今はそれどころではない。
2人の巫女に加え、長老の視線も加わり、俺は生きた心地がしない。
俺は汗をダラダラと流しながら、愛想笑いでこの場をしのぐ以外、何もできなかった。
「お父様……?  このお方……ツバサ様とおっしゃるのですね?……ツバサ様は……とても良いお方ですわ。皐月がこのように心を見ても、動じておりません……。本心から対等に私を見て下さっていますわ。このような方、初めてです……。」
まさか、ここでディーネちゃんとの対話経験が役に立つとは……世の中、どんな経験が役に立つか本当にわからないな。
俺は、せっかく皐月さんが作ってくれた流れを逃すことの無いよう、口を開く。
「騙すようにこの場に入ったことは、お詫びいたします。ただ、そこの2人は本当に私にとって大事な家族です。万が一にも何かあってもらっては困るのです。また、見た目が人族である私は、姿を見せるだけで無用な混乱を引き起こすのは目に見えておりましたので、この様な失礼な形を取らせていただきました。勝手とは思いますが、お許し下さい。」
俺は、そう言いながら正座して平伏した。
それを見た、レイリさん、宇迦之さん、そして、ラッテさんまでも、同じように平伏した。
思わずその様子に、俺だけでなく、長老様も、皐月さんも、息を飲む。
「これでは私が悪者ではないか……。許す。客人、面を上げよ。」
そんな言葉に、皐月さんはにこりと微笑み、俺たちもホッとする。
「ありがとうございます。」
俺は、そう真摯に礼を述べた。
一歩間違えば、種族間抗争に発展してもおかしくない位のことだ。
長老様が話のわかる人で本当に良かったと、心から安堵する。
そして、もう1つの火種を処理すべく、俺は口を開こうとして、先に皐月さんが口を開く。
「ツバサ様? ……何故、皐月は嫁に貰ってくれないのですか?」
悲しそうな顔をして先手を打たれてしまった。
その皐月さんの言葉を受けて、3人は「「「やっぱり……」」」と言う顔をする。
逆にその言葉を聞いて一番動揺したのは長老様だ。
「ツバサ……殿と、申したか。うちの娘のどこが気に入らないというのだ?」
またこのパターンか……長老はどこも親馬鹿なのか?
いや、気持ちはわかるんだけどさ……。
俺が心のなかでため息をつきつつ、本心をどう伝えようか迷っていると、皐月さんが、
「良かった……皐月の事が……嫌いな訳では無いのですね?」
と、どんどん先回りしていく。
心を読めるって凄いな。
いや、この皐月さんの頭が良いのもあるんだな。
的確に俺の心をトレースして、その先へ先へと話を誘導していく。
この人、見かけによらず手強いね。
こんな風に、出来る人は好感持てるな。見かけもめちゃめちゃ可愛いし。
そんな俺の考えを読んだのか、いきなり頬を染めると
「……ツバサ様ったら……。」
と、呟いてうつむいてしまった。
これを作ってやっているなら俺は、この人の掌の上で踊る以外できないと思う。
そして、そんな心で会話する俺達の様子を見て、2人の巫女達と親馬鹿長老が射殺す勢いで視線を向けてくる。
ええ、ええ、変な甘い空気を作ればそうなりますよね!?
「あー……。ちなみに、皐月さんをいただけない理由は、お恥ずかしい話ですが、私の甲斐性の問題です。ラッテさんにも言っておきますけど、私はこれ以上嫁をとる気はありませんよ?」
長老は驚き、ラッテさんは絶望していた。
巫女2人は、女としては喜び、権力者としてはガッカリとした感情が混じったようで、酷く微妙な表情をしていた。
「そもそも、そんな事しなくても、各氏族とは友好な関係を築きたいと思っていますから心配しないで下さい。」
俺は、そこで一呼吸置き、「それよりも……。」と、続ける。
「これは私の個人的な思いなので、大袈裟にとらないで欲しいのですが、女性を約束手形のように、嫁がせて良しとする考えは好きになれません。できれば、村ぐるみでしっかりと友好関係を築けるように努力してほしいんですよ。」
女性にだって、色々あるのだ。村のために物のように使われて欲しくない。
そこまで言って、何故か皐月さんが、感動したように、「……素晴らしいです……。」
と、呟いた。
ああ、心読んじゃってるもんね。
本気でそう思っているのが伝わっているのだろう。
いや、これは俺の我が儘だから、感動とかされても困ります。
そんな俺の気持ちを読んでいるはずなのだが、そのまま感極まるように、
「お父様……。……皐月は……ツバサ様に嫁ぎとうございます!」
と、はっきり宣言し、そこから収集つかなくなった。
皐月さんは、目が見えないだろうに、突然こちらに向かってヨロヨロと歩いて来た。
皆が唖然とする中、そのまま俺の前まで来て、しっかりと俺にしがみつく。
俺はあまりの急展開に思考が着いていけず、倒れこむように俺にしがみ付いてくる皐月さんを、思わずしっかりと抱き止めてしまった。
そして、俺の頬をその小さな手で挟みこみ、「これが……ツバサ様のお顔……。」とか、呟きながら俺の顔をなで回す。
一瞬、そんな大胆な行動に、俺は顔を赤くするも、場の雰囲気が最悪に陥ったことを感じ、汗を垂らす。
何やってくれてんの!?
ほら、長老が、何か持ち出してるよ!?
……何ですかね? あのトゲトゲ付いたナックルは!?
こら、宇迦之さん!?レイリさん!?なんで、魔力練ってるんですか!?
ちょ!?レイリさん半獣化してるじゃないですか!?
その金色の目は、恐怖の記憶しかないから!?
ラッテさん!?ラッテさーーーん!!そこで震えてないで助けてくださいよぉ!?
「ツバサ様? おモテになる様で……ようございました……ね?」
「おぬし……婚約者の前で……何をしておるのじゃな?」
「客人……いきなり現れて、娘を誑かすとは……どういう了見かな……?」
「ちょっと!? 待ってください!? これはどう見ても不可抗力……ってあぶな!?」
問答無用で襲い掛かってくる長老。
それに続き、何故かレイリさんと宇迦之さんまで、攻撃してくる始末。
もう! 話し合いはどこに行ったのさ!? 宇迦之さんもレイリさんも、感情に振り回されすぎだよ!?
どうにも収集が着かないと判断した俺は、皐月さんとラッテさんには防護結界を張り、まずは2人の安全を確保する。
そして、狂乱の渦に向かって、俺は泣きながら特攻したのだった。
結果、部屋に結界を張っていたことと、俺が結構全力で事に当たった事もあって、何とか物理的被害は最小限で食い止められた。
被害と言えば、異変を察知した門番1・2さんが、愚かにも飛び込んできて、余波で吹っ飛び気絶した位だろうか。
ああ、あと、ラッテさんがあまりの戦闘の激しさに、恐怖で気絶した位か……。
「取り敢えず……今は、婚約はしない方向で……お願いします。」
俺は、肩で息をしながら、そう長老に言葉を投げ掛ける。
ちなみに、レイリさんが仕立ててくれた着物は、ずたぼろである。
そして、長老にいたっては座ることすらできず、うつ伏せで床に突っ伏しながら、完全に息が上がった状態で、
「ゼィ……・ゼィ……よ、よかろう……。」
と、威厳もへったくれも無くそう呟いた。
この人、本当に無茶苦茶だった。流石は、あのゴウラさんの血縁だよ。
本当はね? 一発位殴られて、さくっと事態を収拾しようと思ったんだよ?
けどね? あのおっさん、殺す気満々で放ってるとしか思えない攻撃を、次から次へ放って来るんだよ。
無理! 流石にあれを受けるのは無理だった。
それに、気合いだけで、防護結界割ってくるとか何なの!?
あげくの果てには、このくそ狭い部屋で最終奥義まで出しちゃって。
何が、「これが……最終奥義だ!!」だよ!?兎がやっていいことじゃねぇぞ!?
あれ、俺が受け止めなかったら、村がどうなっていたか考えたくもないんですが。
対消滅で、ファミリア4体も持っていかれたんだぞ!?
それだけあれば、ルカール村を100回は灰塵にできるんだぞ!?
結局、皆に襲い掛かられた俺は、ファミリア使って強制的に手数で鎮圧するしか手がなかった。
ちなみに、レイリさんと、宇迦之さんは、ファミリア相手に身動きが取れなくなった所を、お仕置きして真っ先に沈めた。
なんか、皐月さんが期待のこもった目をしていたが、忘れることにする。
問題と言うか……泥沼の元凶は長老だった。
手加減した攻撃は、全部叩き落とされるし……。
まさか、ファミリア20体に囲まれても平然と、攻撃を避けて打ち落としていられるとは思わなかった。
戦場と呼ぶに相応しい、カオスな状態のとなったこの部屋は、俺のファミリアたちが、所狭しと飛び回り、どっかの宇宙戦争をしのぐ程、悲惨な状態を作り出していた。
最終的には、アストラルファイアで、精神的にダメージを与えて、動けなくすることしかできなかった。
この魔法を開発しておいて、本当に良かったと心から思ったよ。
俺は、そんな戦闘を思い出しながら、更に長老に要求を伝える。
ここまでやってしまったんだから、しっかりと結果は掴み取っておきたい。
「あとは、ルカール村と、この村に行き交うための道路を建設したいのですが、許可を頂けますか? 建設はこちらでやりますので。」
俺は、もうひとつ、新たな野望の実現のため、その約束を持ち出した。
「……よ、よかろう……。」
意識を何とか保っていると言う状態で、長老は答えた。
一応、あのやり取りで俺の事は認めてくれたようだ。
婚約がご破算になった事の方が、態度が軟化した理由として大きそうだったが、俺は気にしない事にする。
ちなみに、皐月さんは、父親がそんな状態であるにも関わらず、俺のそばにぴったりと張り付いて離れない。
あの? お父さん倒れかけですよ? 介抱してあげてくださいよ?
そんな俺の心の声に、皐月さんは、
「調子に乗った罰です……。ツバサ様が、頑張ってくれなければ……死人が出ていました……。」
と、同情の欠片も窺えない声で呟いた。
まぁ、確かにそれは事実だが……。あの最終奥義は確実に、村を壊滅に追いやるものだった。
幾ら頭に来たからって、んなもん、長老がぶっ放すなと、声を大にして言いたい。
異世界の兎は質が悪すぎる。男も女も……。
俺は、そう思いながら、途方に暮れるのであった。
しばらくして、ラッテさん、宇迦之さんと、レイリさんが目を覚ましたので、この場を辞することにした。
流石にレイリさんも宇迦之さんも、やりすぎたと思っていたらしく、静々と俺に着いて来た。
俺はさり気なく、2人の前で他の女性に、一瞬でもうつつを抜かした事を謝った。
2人もそんな俺の様子に、「ツバサ様ですしね……。」「まぁ、仕方ないのは分かるんじゃがなぁ。」と、それぞれ納得はいかないまでも許してくれたようだった。
皐月さんは、涙を流しながら引き留めてくれたのだが、また、すぐにゴウラさんと一緒に遊びに来ると告げて、許してもらった。
「いつまでも……お待ちしています……。」
と、濡れた目で見上げながら告げられ、キュンと来たが、自制すると、村を後にした。
これ以上、レイリさんと宇迦之さんに悲しい思いをさせたくないと言う気持ちが、今は勝ったのだった。
ビビの停留している場所に向かっている途中、「そう言えば……。」と、俺は宇迦之さんとレイリさんに、気になっていたことを聞く。
「宇迦之さん、レイリさん……。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが?」
「はい?」「なんじゃの?」と言葉を返す2人に、問いかける。
「卯族の巫女様である皐月さんが、心を読める事は知らなかったのですか?」
俺の素朴な問いに、レイリさんは首を振り、宇迦之さんは気まずそうに視線を逸らす。
「私は、巫女様たちとあまり親睦がありませんので。皐月様とお会いしたのも、今日で2度目でしたわ。」
「えー……実はのぉ……。噂には聞いておったな……うん。」
やっぱりか!? 情報連携密にしておけば、この事態は避けられた可能性があったと言うことか。
「いえ、宇迦之さん……。聞かなかった俺も悪いです。でも、もし次から気になることがあったら、ちゃんと報告してくださいね?今日みたいな事はもう、こりごりですよ……。」
そんな俺の疲れたような言葉を聞いて、宇迦之さんも「うむ、分かった。気をつけることにしよう。」と、頷いた。
それから、ラッテさんにも、次の子族の村でこういう事が起こりえるか? また、注意することはあるかを聞いた。
とりあえず、あんな無茶苦茶な事になるはずも無いとの回答ではあった。
やっぱり、兎は、特別なようだ。
ビビの元に戻った俺の凄惨な姿を見て、一同が慌てふためいた。
まぁ、そりゃ、こんだけ着物がボロボロならね……。
そして、俺は、状況を説明して、理解を求めたのだが、
「では、卯族は皆殺しですね?」と、リリーが笑顔でとんでもないことを言い、
「リリーちゃん。それは酷いよ。せめて、村を壊しちゃう位にしよう?」
とか、全然慈悲の欠片の無い事をルナが言う。
あれ? この2人ってこんなキャラでしたっけ?
俺が、ヒビキに助けを求め、此花と咲耶が翻訳してくれたところによると、どうやら、戦闘での地響きがここまで響いていたらしく、全員とても心配してくれていたようだ。
俺と繋がっている、此花と咲耶が、俺の状態を伝えていてくれたので、何とか抑えていたと言う状態だったらしい。
もし、俺が怪我でもしようものなら、村に飛び込んでいっただろうとの、ヒビキ談だった。
知らない所でなかなかに、綱渡りをしていたようだ。
俺は皆に心配かけてしまったことを申し訳なく思うともに、猛省する。
これって、一歩間違えば、俺達、破壊神になってたじゃないですか……。
結局、なんだかんだ言って大事になっちゃったしなぁ……。
子族の村では大人しくしていよう……俺はそう、改めて決意するのだった。
そして、依然としてやる気満々の皆をいさめる。
俺の事を心配してくれるのは嬉しいが、それを理由に他者を傷つけて欲しくは無いと、真摯に説明した。
リリーは前にやらかしていたこともあって、「ツバサ様が望まないのでしたら……。」と、渋々受け入れてくれる。
他の皆も、そんなリリーの態度を見て、頷いてくれた。
また、ちょっとした嫉妬から、レイリさんと宇迦之さんが暴走した件も、皆に注意した。
俺が悪い部分もあるので、そう言う場合は、ちゃんと口でいさめて欲しいと伝える。
どうしても収まりが付かないなら、公衆の面前であろうとも堂々と、甘えてくれて構わないとも伝えた。
今回みたいに、なし崩し的にバトルになるのはもう御免である。
まだ、バカップルを演じた方が、百倍マシだ。その程度の苦労なら甘んじて受けよう。
これには、皆、俺の意見に全面的に賛成してくれたようだった。
ちょっと皆さん過激な面もあるけど、元々は俺の対応ミスが殆どだ。
今回話し合ったことで、次はもう少しマシな対応になるだろう。
俺は、改めて、皆に心配かけたを詫び、それをもって、今回の騒動のまとめとした。
そんな風に、何とか、皆の心が落ち着いたのを確認すると、ルナにお願いして、次なる目的地へと旅立つのであった。
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