比翼の鳥

風慎

第63話:子族の村を越えて

 俺達は、疾走するビビの背の上で話し合った。
 その結果、子族の村に俺は入らない方向で、皆の意見をすり合わせた。

 ラッテさんは、残念がっていたのだが、今回はラッテさんを無事に送り届け、ルカール村の状況を報告することが目的のため、危険は無いだろうし、俺が行く意味は薄いだろうと結論付けた。
 卯族の村では、半分は俺が物見遊山で着いていったのが問題だったため、今回は慎重に行動することに決めたのだ。
 本音を言えば、着いていきたい気持ちはあるのだが、卯族の村でやらかした俺には、そこまで積極的に潜入する意義を見出せなかった。
 ただ、ラッテさんも立場と言うものがあるだろうから、まずは、狐族の村の用事を済ませ、帰りにでも改めて寄る形で調整を行った。
 しかし、そうまでして、子族を売り込みたいのだろうか?
 不思議に思った俺は、ラッテさんに何故そこまで、俺を買ってくれているのか聞いてみた。

「ツバサ様は、知識と言うものをとても大事にされていますよね。子族も種族的には力が弱いほうなので、知恵を使って生き延びてきた種族なんです。そういう考え方の一致と言うのが、私が一番目をつけている所です。他の種族の方は、ツバサ様ほど先を見据えていませんので……。」

 そんな風に俺を評価してくれたのか……。ありがたい。
 そして、少しだけ、ラッテさんが俺に拘る理由がわかった気がする。

 どうしても知識を広げるのには時間がかかる。
 下地となる知識を理解し、教える人がいなくては、どうにもならないからだ。
 だから、まず、その人材を育成しなくてはならない。
 そのために、有効なのが本であるのだが……残念ながら、獣人族には共通の文字らしい文字がない。
 子族にすらそれは無いのだから、知識の伝達は想像以上に大きな難題となるだろう。

 俺は、その辺の問題も解決するために、学校を通して知識を広めていくことを目指すつもりだった。
 そして、それには子族の協力も必要になることは、ルカール村で話し合った際に既にお互い合意している。

「ラッテさん……。ありがとうございます。私も、少しでもご期待に副えるように頑張りますね。そして、早く、各村間の街道を整備して、予定通り、まずは学校を作っていきましょう。」

 俺は、ラッテさんとそんな風に、お互いの思いを語り合っていたのだった。

 そうこうしているうちに、子族の村近郊に到着した。
 1時間もかからなかったことから、卯族の村とあまり離れていないとわかる。

 宇迦之さん、レイリさん、ラッテさんが背から降り立ち、俺はその3人を皆と一緒に見送った
 後は2人が帰ってくるのを待つだけだ。皆と一緒に、おとなしく留守番する。

 ただし、探知にて常に状態は見守っているし、最悪の事も考えて、【ステルス】をかけたファミリアを、宇迦之さんと、レイリさんの上空に、待機させておく。
 もし仮に、何か問題があれば、頭上から、いつでも攻撃できる状態にしてあるのだ。
 それに、ファミリアがいれば、そこを中継点として、防護結界も発動し続けることが可能だ。
 ファミリア自体は、魔力を消費し続け、弱っていくが、俺の近くでならまた魔力を回復可能だし、この程度の消費量なら1ヶ月以上、防護結界を張り続けていても問題は無い魔力量を保有している。
 現に、ルカール村にも20体程、残してきてある。
 先ほどの卯族の長老クラスが攻めてきても、足止めくらいにはなるはずだ。
 あんなもん、ポコポコ出てこられても困るが……。

 正直、ちょっと過保護と言うか神経質になりすぎているな……とは、自分でも思う。
 しかし、元の世界では、「これ位なら大丈夫だろう?」と、甘く考えでさっくり失敗するケースが多かったのだ。
 対策をしてそれでも駄目なら諦めもつくが、何もせず、そのまま取り返しのつかないことになった時の方が、俺には遥かに怖いのだ。
 何だかんだ言い訳をしているが……恐らく……俺は、皆を失うのを怖がっている。
 だからこその、この体たらくだ。全く、情けないことだ。
 もっと、俺は皆を理解し、信じられるようにならないとな。
 今回のちょっとした旅で、少しでもそういう余裕を身に付けられれば良いな……と思いながら、俺は2人がいるであろう子族の村の方を、ぼんやりと見つめていたのだった。

 やる事の無い俺は、探知にて皆の動向を見守りながら、ビビの背中で横になってのんびりする。
 そんな俺に、ルナとリリーが寄り添い、気がついたら一緒になって、寝っ転がってお昼寝タイムとなった。
 俺は目こそ瞑っているものの、意識を落とすことは無い。
 探知での反応では、3人は村の中に入ったようで、誰かに案内されている様子が想像できる。

 ちなみに、ヒビキ親子と、此花、咲耶は一緒にビビの周りで追いかけっこをしていた。
 此花がクウガと、咲耶がアギトとコンビを組んで、お互いに逃げ回りながら楽しそうに遊んでいる。
 そんな子供らしい振る舞いに、俺は少し嬉しくなり、口元を緩ませた。

 それから、3時間ほどしただろうか?
 探知していた2人がこちらに戻ってくる様子を見せる。
 追従する人が後3人。一人はラッテさん……。あと一人は恐らく長老様だろう。

 朝に出て、卯族の村でひと悶着あり、ここに至るまでで、日が南中して少し降下し始めている。
 元の世界に照らし合わせれば、午後1時~2時位だろう。

 思ったより早く事が済みそうで良かったと、俺は安堵しつつ2人を待つ。
 皆にも、もうすぐ2人とお客様が来るようだと、伝えておいた。
 わが子達は皆遊びつかれたのだろう。元気に返事をすると、俺の方へ走ってくる。
 此花と咲耶を抱き上げ、足にじゃれ付くアギトとクウガに微笑みかける。
 そんな俺の顔を見て、構ってほしいとばかりに2頭ともまるで子猫のするように、俺の脚にまとわり付き、じゃれ付いていた。
 仕方ない。望むなら幾らでも撫でてやろう!!
 俺は此花と咲耶を降ろすと、2頭の頭と腹をうりうりと、撫でてホッコリとしていた。
 何故か、そこに此花と咲耶……更にリリーとルナも参戦してきて、撫で合戦が繰り広げられることになった。

 そこに、宇迦之さんとレイリさんが帰ってくる。
 俺達のわけの分からない状況を見て、

「ふふふ……楽しそうですわね。」

「何をやっておるのじゃ……お主らは……。」

 と、対照的な表情をするレイリさんと宇迦之さん。
 そんな2人の後ろに、申し訳無さそうに付き添っている3人の子族がいた。
 苦笑しているラッテさんの横に、桜花さんと良い勝負ができそうな、長い毛に覆われた貫禄のある子族のご老体。
 更にそのご老体としっかり手を繋ぎ、興味深そうにこちらを見ている、小さな子族の女の子。

 俺は、その3人に対して、微笑むと立ち上がり近寄った。
 クウガとアギトは満足したのか、此花、咲耶におとなしく抱きかかえられ、更に此花と咲耶をルナとリリーが抱きかかえると言う良くわからない形で落ち着いていた。
 ちなみに、ヒビキはそんな皆の様子をビビの上からノンビリと眺めている。

「つ、ツバサ様。め、迷惑かとも思ったのですが、せめてご挨拶にと、長老様と巫女様が……。」

 ラッテさんがそう切り出してくれたお陰で、俺は状況を理解する。
 レイリさんと宇迦之さんは俺の方を見て、少し申し訳無さそうに目で訴えかけてきた。
 なるほど。押し切られたと……。まぁ、しょうがないかな?

 俺は長老様に目を向けると、

「このような所まで、ご足労いただき申し訳ありませんでした。私は、佐藤 翼と申します。」

 そう言いつつ、頭を下げる。

「いや!いや!これは、ご丁寧に!ありがとうございます。こちらこそ、押しかける形になってしまって、申し訳ない!」

 長老はそんな俺の様子を見て、慌てたようにぺこぺことお辞儀をしながら言葉を返す。
 その声は、思ったより若々しく、滑舌もはっきりしており、聞き取りやすかった。
 何となく、商社の営業を思い起こさせる雰囲気をお持ちだ……。

「ご迷惑とは重々承知でしたが……。是非、一度お礼を申し上げたく。この度は、子族に対し数々の優遇措置を講じてくださいまして、ありがとうございます。」

 そんな長老様の言葉に、俺は思わず苦笑しつつ、言葉を返す。

「いやいや……。まだ口約束の段階ですから。しっかりと成果が出るまで、お礼は取って置いてください。」

「いや! しかし!? ……いや……そうですな。子族の理想を理解してくださる方がいらして、年がいもなく舞い上がってしまったようです。しかし、子族を代表して、やはり礼だけはさせて下され。子族は獣人族の中でも、位の低い種族でございます。我々の言うことを、しっかりと聞いてくださっただけでも、我々は感謝したいのです。」

 そうなのだ。獣人族の各氏族の中でも子族はとりわけ地位が低く、いつも割りを食っているとラッテさんから聞いていた。
 そういう事もあり、俺は子族とは友好関係を維持して、子族の持っている力を引き出したいと考えていた。
 ちなみに、これはレイリさんや宇迦之さんに聞いた話だが、各氏族の中で最もプライドが高いのが狐族だそうで……。
 まぁ、宇迦之さんの最初の態度を見るに、そんなものなのかなと思っていたが……行く前から、波乱は必至の状態である。
 そんなわけで、子族の人達が、必要以上に腰が低くなってしまうのも頷ける話ではあるのだ。

「分かりました。狐族の村での用事が終わりましたら、また寄らせていただきますので、その時に話をじっくりと詰めましょう?」

 そんな俺の言葉に、お礼の言葉しか言わない長老様。
 そして、そんな長老様を少し不機嫌そうに見上げる巫女……様……で良いんだよな?
 見た目、此花と咲耶より少し大きいくらいなんだが?
 どんなに高く見積もっても、13~15歳。見かたによっては、10歳と言われても不思議ではない。
 その位幼い雰囲気の少女が巫女様?
 俺がいぶかしがっていると、その巫女様が業を煮やしたように、長老様の服をグイグイと引っ張りアピールする。
 そんな巫女様の行動に、ハッと気付いたように俺に巫女様の紹介をする長老様。

「失礼しました……。ツバサ様。こちらは、子族の巫女であられます、イルイ様です。」

「イルイです! 子族の巫女をやらせて貰っています! ツバサ様! よろしくお願いしまーす!」

 と、元気良くペコリと頭を下げるイルイちゃん。
 その際に、長い毛を後ろで縛っていたため、その毛束が尻尾のようにフサリと揺れた。
 俗に言う、ポニーテールってやつだね。
 そんな少し茶色っぽい毛に、何房か薄いピンク色の毛が混じっていて、それが良い具合に可愛らしさをかもし出している。
 服は、全体的に裾が短めに作られており、オーバーオールの様な作りになっていて、そこから活動的な印象を受ける。

「うんうん、良く出来ましたねー。」と言いながら頭を撫でたくなるくらい、愛らしい子だった。
 しかし、そこではたと現実に戻る。

 ラッテさん? あなた……この子を俺に嫁がせるつもりだったんですか?
 俺が、ギギギギギ……と、ラッテさんの方に視線を向けると、ラッテさんは苦笑しながら俺を見つめていた。

「あー! ツバサ様! イルイのこと子供だって思っているんでしょ!? 失礼しちゃうな! ぷんぷん!」

 いや、もう語尾で「ぷんぷん!」とか言う時点で、かなり立派な子供ですからね?
 そして、そんな風に、怒っているのだろうが……いちいち腰に手を当て仁王立ちのポーズをして、「私、怒ってますからね!」 という事を、体全体でアピールしている。
 これも、幼く見えるポイントだったりする。まぁ、そう思っても言わないけど。

「そうか……。イルイさん、ごめんな。 レディに対して失礼だったね。」

 俺はさらっとそんな事を言って場を濁す。
 そんな俺の言葉に気を良くしたのか、イルイちゃんは途端にニコニコし始め、

「そうだよ! 分かってくれれば良いよ! ツバサ様は見る目があるよね! イルイ、村の皆から進んでるって言われてるくらい、『れでぃ』だよ!」

 この子は一体、どこに向かって突き進んでいるんだろうか?
 少し心配になるも、「そうなのか。凄いんだね。」と、話を合わせる。

 俺はそうやって、暫くイルイちゃんと話していた。
 話せば話すほど、俺の中でこの子の年齢が下がっていくわけなんだが。
 そして、何となくではあるが……塾でこういう女の子達の話を聞いていた事を思い出し、懐かしい感じを受ける。
 確か、小学3~4年生位ってこんな感じだったなぁとか、失礼なことを思っていた。

 そんな風に、俺が良くわからない懐かしさを感じながらイルイちゃんと話している姿を見て、

「何だか……ツバサさんって女性なら誰とでも仲良くなってますよね……。」
 リリーがぼそりと呟き、

「ツバサは仲良くなるの得意だよね! ルナには出来ないから羨ましいなぁ……。」
 ルナにそんな風に、羨ましがり、

「しかし……ツバサ様にかかれば……あのような方まで。何だかツバサ様も楽しそうですし。やはり……。」
 などと、何か思わせぶりにブツブツとレイリさんが呟き、

「ふむ……。あのような幼子ですら、ツバサ殿が許容できるのも当然よの。わらわですら、受け入れてくれたわけじゃし……。」
 負に落ちなさそうに、宇迦之さんは、何かを確認していた。


 皆、好き勝手ですね!?
 どうやっても、俺を変態領域にもって行きたいんですかね!?
 俺が、心で絶叫していると、不意にイルイちゃんが、

「ねぇ? ツバサ様? それで、イルイといつ、子供作ってくれるの?」

 と、全く繋がらない話をぶん投げてきた。
 途端に、後ろから刺すような視線が3本飛んでくる。
 いや!? 待って!? その話はあなた達が説明したんじゃないんですかね!?

 俺は慌てて、長老とラッテさんの方を見ると、必死に頭を下げていた。
 ああ、なんか親会社に頭を下げる、子会社の社長と専務的な図を見てしまった。
 つまり、これはイルイちゃんの独断専行か。
 じゃあ、俺に視線が刺さるのはおかしくないですかね!?
 そう思うも、その視線に込められた色々な熱は引くことを知らず、燃え上がる一方だった。
 俺は、その方向を怖くて見られず、仕方なしに、俺自身でイルイちゃんに説明すべく口を開く。

「えっと……なんでいきなりそんな話になったかはさて置きますが……私は、イルイさんと子供を儲けるつもりはありませんよ?」

「えー!? 何で!? 奥さんにはなれないんでしょ? だったらせめて、子供くらい良いでしょ!?」

 そう言うと、「ね? お願い!」と、手を合わせて頼み込むような仕草をする。
 軽いなぁー。子供ってそんな軽い存在なんだなぁと、改めて異世界の凄さを思い知る。

「いや、申し訳ありませんが……無理です。」「えー! いいじゃん! ちょっとだけ!」とか、なんだか凄く程度と緊張感の低い会話が繰り広げられる。

 そんな俺とイルイちゃんの攻防を見かねたのか、レイリさんとリリー親子が俺の両腕をがっしりと捕まえるように抱きつき、

「ツバサさんが、駄目と言っているので、駄目なんです。申し訳ないけど、諦めてください!」

「ツバサ様にもご事情がありますので……。イルイ様、申し訳ございませんが、ここはお引き下さいませ。」

 そう、言葉尻は柔らか……くも無く、有無を言わせぬ気迫でそう、言い放つ。
 そんな2人の突然の乱入に驚いた様子も無く、イルイちゃんは、逆に毛を逆立てるように感情をあらわにすると、

「なんでよ! おばさん達は、妻にしてもらえるんだから良いじゃない! ツバサ様、凄く良い人なんだもん! 独り占めとかずるいよ! 少しくらいおすそ分けくれたって、罰当たらないでしょ!? ケチ!」

 強烈な言葉を吐く。
 リリーは唖然とし、レイリさんは、「お、お、おば……。」と、壊れたテープのように繰り返していた。
 これは……収拾つかなくなる前に、さくっとお断りした方が良いな。

「イルイさん。申し訳無いのですが、どうしても、今は無理なんですよ。私に甲斐性が無いため、そこまで手広く面倒を見られないんです。お気持ちは嬉しいのですが、引いて頂けませんか?」

 そんな俺の言葉に、イルイちゃんはショックを受けたように黙り込んでしまう。
 その様子を見て、両腕の2人は少しだけ同情したようだが、それ以上に安心した様子が窺える。
 しかし、この子は見かけ以上に子供だったようだ。

「じゃあ、そこのおばさんはやめて、私と結婚しようよ!」


 いかにも名案を思いついたとばかりに、言い放った。
 だぁあああああ!? 駄目だから!? それは色々と駄目な言葉だから!?

「イルイ!? 失礼だろう!」「巫女様!? それはあまりにも!!」

 流石に見かねたのだろう、長老とラッテさんが叫ぶも、発せられてしまった声は戻せない。
 リリーは、一瞬何を言われているのか分からないと言う顔をしたが、言葉が理解できてくると、流石に親をけなされて黙っていられなかったのだろう……体を震わせながら、俯く。
 俺は、イルイちゃんに向かって言葉をかけようとしたが、それを制するように、レイリさんが口を開いた。

「フフフ……おばさん……おばさんと……良くもまぁ……どの……どの口が、言うのでしょうか? 貴女も……私とそれほど年は変わらないでしょう!!」

 明らかに獣化している状態で、レイリさんはその場の全てを凍らせるような声で言い放った。

 なんですと!? 俺は驚愕し、長老とラッテさんに視線を向ける。
 2人とも、レイリさんの魔力と雰囲気に飲み込まれているが、俺の視線を受けて、コクコクと頷いた。
 子族の女性はこんな感じなのか? ある意味、合法ロリっ子じゃないですか……。
 宇迦之さんだけでなく、ここにも……。異世界、すげぇ……。
 改めて、俺は異世界の良くわからない法則に驚愕する。

「ふふーん! イルイは、体はずっと成長しないんだもん。だからおばさんじゃないよ。 他の種族みたいに、おっぱいも垂れないし、しわしわにもならないもんね! ね? ツバサ様。 そんな皺くちゃになっちゃう人より、イルイの方が良いでしょ?」

 ほんの一瞬、男としてそれは魅力的に思えるも、俺はレイリさんを切り捨てると言う選択肢は思い浮かばなかった。
 当たり前だ。俺は既に、いろいろな面で満たされている。いや、満たしてもらっている。
 そして、何だかんだと色々と、一緒に乗り越えてきたレイリさんを手放すなど出来るはずも無い。
 レイリさんは、尚も、怒り心頭という感じで、魔力を吹き上げ言い返そうとしたが、俺がそれを制し、黙ってイルイちゃんの前に歩いていく。
 そんな俺を、皆が不安そうに見つめていた。逆に、イルイちゃんは、何か期待のこもった目で俺を見る。
 俺はイルイちゃんに視線を合わせるように膝を付くと、そのまま静かに言葉をかける。

「イルイさん。幾ら、子族の巫女様とは言え、私の家族を馬鹿にするのは見過ごせません。」

 そんな俺の言葉を、イルイちゃんは驚きの顔で迎える。

「私達は、色々な苦労を一緒に経験して、そして、乗り越えてきました。婚約と言う形にしておりますが、既に家族です。それを馬鹿にされて怒らない人などいませんよ。イルイさんにも、馬鹿にされたくない人はいるでしょう? お前に何が分かるんだ!と言いたくなる事は無かったですか?」

 俺は、イルイさんに分かってもらえるように、諭すようにゆっくりと言葉を投げかける。
 その甲斐あったのか、イルイさんは思い至るような表情をすると、ゆっくりと頷いた。
 そんなイルイさんに微笑みかけると、

「貴女の言った事は、私達にとってもそういう言葉です。レイリさんは皆のお母さんなんですから。そりゃ多少、年は取っているかもしれませんが、レイリさんにしか出せない魅力を持った方なんです。ですから、馬鹿にしないで下さい。」

 俺は、そう少し威圧感を交えつつ、丁寧に話していった。
 イルイさんは、悔しそうに俯くも、分かってくれたのか、半分泣きながら、レイリさんに向かって、

「おばさんって言って……ごめんなさい。」

 と言うと、「うわーん!!」と、泣きながら村のほうへと走っていってしまった。
 そんな姿を見て、まんま子供じゃないか……と苦笑する。

 俺は長老とラッテさんに向き合うと、「泣かせてしまいました……。」と、ばつの悪そうに声をかけた。
「こちらこそ……申し訳ございませんでした。」と、皆に向かって深々と頭を下げる長老様とラッテさん。
 まぁ、もう少し上手く手綱を握って欲しいものだね……。俺が言えた義理ではないが……。
「すいませんが、フォローはお願いしますね。」と、俺が肩をすくめて言うと、2人に苦笑された。

 そして、とりあえず、次に来るときまでに、巫女様に、礼儀を教えてくれとお願いした。
 また、色々とやらかされても困るので……。
 悪い子では無いのだ。いや、レイリさんと変わらない年なら、子ではないかもしれないが……。
 どうしても、同年齢に見えん……。まぁ、子供で良いだろう。

 そんな風に、少しドタバタしてしまったが、やっと狐族の村へと向かうことになった。
 ビビの上から2人に挨拶をし、旅立つと、レイリさんが珍しく甘えてきた。

 ちょっと恥らいながら、「つ、ツバサ様……先ほどはありがとうございました。」と、顔を真っ赤にして言ってきた。
 レイリさんは、こういうギャップが反則だよね。
 あまりに悶えたので、リリーも含め思わず抱きしめ、そこから皆が参戦し、押し競饅頭状態へとなった。

 そんな俺たちを、ビビが寡黙に走りつつ、見守っていたのだった。

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