比翼の鳥

風慎

第68話:撃退、その先に

 森の奥より、次々と涎をたらし、目を血走らせた人々が次々と現れる。

 俺は、そんな人たちに問答無用でアストラル系の魔法を乱発していく。
 何せ、数が多い。少しでも減らさないと、3人ではすぐに囲まれてしまう。
 幸い、初手の攻撃で堕ちた精霊に憑かれた人々……便宜上、狂人と言う事にする……は、どこから攻撃されたかも分からなかったようで、次々と倒れていった。
 地面から吹き上がる青白い炎。その炎に触れた瞬間、体の中に潜んでいた堕ちた精霊が狂人から弾き飛ばされ、燃えたまま力なく地面に落ちていくのが見て取れた。
 俺は、罪悪感を覚えつつも、「すまん……。今は許せ……。」と、自己満足にしかならない謝罪の言葉を呟く。
 精霊を引き剥がした人々は、俺が風の結界を張りつつ、吹き飛ばして俺の後方にドンドン集めていく。
 少々乱暴な扱いになるが、非常時である。
 なんか、後方で、ゴッとか、ボコッとか、いい音がしているが、命に別状は無いはずだ……多分。

 咲耶は木々の間を疾走し、手にした自分の身長よりも長い太刀を器用に振り回し、次々と狂人達を切り捨てていた。
 こう書くと死屍累々な光景を想像してしまうだろうが、咲耶の持つ太刀は、霊装と呼ばれる、精霊独自の決戦兵器のようなものらしく、アストラル体と、物理体を行き来できる代物らしい。
 アストラル体というのは、言ってしまえば人の精神や魂と言った非物理体の総称であると、此花と咲耶は言っていた。
 対して物理体は、文字通り、物理的に干渉できるもの全ての総称であるとの事。
 咲耶はその太刀の刃をアストラル体にして振るっているようで、木々をすり抜けて、狂人達をバッサバッサと切り捨てていた。
 要は、魔力の流れもアストラル体の一部であるらしく、よく見ると、木を通り抜けるとき、木の幹にある魔力の流れが太刀によって断ち切られている様子が見て取れた。
 暫くすると魔力の流れは回復していたので、太刀をアストラル体で振り回す分には、周りの木々を痛めつける事は無さそうだ。
 太刀は野太刀や大太刀に分類されるほど刃が長い。無骨な銀色の刃は見るものを畏怖させるであろう鋭さと冷たさを見せていた。
「やぁ!!」と言う掛け声と共に、更に数人の狂人達を切り伏せる。その際、甲高い音と共に、堕ちた精霊達が地面に力なく転がる。
 それを確認して、咲耶は次の獲物へと視線を移し、駆け寄っていくのだった。
 何か俺の子とは思えないほど、凛々しくていろんな意味で惚れそうなんだが。
 俺は、咲耶の惚れ惚れするような姿を確認しつつ、アストラルファイアでまた一人から堕ちた精霊を剥離し、咲耶の打ち倒した人々と共に、後方へ投げ捨て……いや、安置する。
 いや、だって多いんだもん! 咲耶だけじゃなく此花もバシバシ倒しているから、人々の輸送が追いつかないんだよ!

 そんな俺の横にいる此花はと言うと、白色の傘を差し、鼻歌交じりで優雅に踊っている。
 白い傘には所々レースが散りばめられていて、とてもおしゃれでセレブな雰囲気をかもし出していた。
 というか、踊っているように見えるだけで、実際凄い速さで攻撃しているのだが……
 ある意味、此花の武器の方が恐ろしいかもしれない。
 先ほどから言っているが、此花の武器は傘だ。
 え? 何言ってるの? って思うだろう? 俺も何言っているか分からないんだ。
 けど、間違いなくそれで攻撃しているのだ。
 最初、此花が傘を振り回しながら踊り始めた時は、何をしているのかわからなかった。
 わが子の事ながら、その思考回路がちょっと心配になったものだ。

 此花が傘を狂人のほうに向ける。吹っ飛ぶ狂人。
 更にステップで別の狂人へ。吹っ飛ぶ……8回ほど繰り返すとクルリと傘を回すか、自分がターンする。
 そして、以下、エンドレスである。
 どうやら、傘の先からアストラル系の弾丸が出ているようだ。
 そして、ターンか何かで弾丸だか魔力だかを補充している感じらしい。
 更に、弾速が目視するにはあまりにも早すぎる。傘を向けた瞬間、狂人はぶっ飛んでるのだ。
 弾丸はアストラル系だから、木々に関係なく、直線で突き刺さっているようだ。
 どうやら、此花も探知をしているようで、此花は狂人の姿も見えないうちから、素敵な笑顔であちらこちらにバカスカ打ちまくっていた。
 性質たち悪すぎだ……。スナイパーも真っ青な射撃速度だよ。
 俺は横で楽しそうに踊る此花の様子に、内心汗を垂らしながら、倒れた人々の回収にいそしむのだった。

 戦闘時間は10分にも満たなかった。
 それだけの時間であれだけいた狂人達を、俺たち……より正確に言えば、此花と咲耶で殆ど駆逐してしまったのだった。
 改めて、この2人の戦闘能力に驚かされる。俺より普通に強いんですもん。

 2人は満面の笑みで、俺の元へと寄ってきた。
 その途中、その手にあった霊装は空気に溶けるように消えてなくなる。
 俺はしゃがんで2人を抱き上げると、優しく声をかける。

「此花、咲耶、お疲れ様。怪我は無いかい?」

「ふふふ。あの程度の敵、楽勝ですわ!」

「雑兵にも劣りますな。敵ではございません!」

 2人は何とも頼もしい言葉を返す。事実、楽勝だったが、俺は気を引き締める上でも注意した。

「こーら。確かに、今回はそうだったかもしれないけど、油断大敵だぞ! まだ、堕ちた精霊は浄化していないし、他に何かいるかもしれないから、気を抜かないようにな。」

 そんな俺の言葉に、「わかりましたわ!」「了解です!父上!」と、元気に返事を返す2人。
 俺は、そんな2人を降ろし、頭をなでてから、堕ちた精霊達が散らばっている方へ目を向ける。
 探知で見ている限り動きは……おや?

 俺が、異変を察知したと同時に、此花と咲耶が霊装をその手に顕現させる。

「これは……。」「融合しておりますな……。」
 2人の言葉通り、堕ちた精霊達が1つに集まり融合しようとしていた。
 正直、融合されても大した問題は無いような気がするが……その際、浄化が可能かどうかが不透明だ。
 俺は融合を阻止しようと、魔法陣を展開しようとしたとき……。

 上空より雄雄しい咆哮が耳を打つ。
 そして、次の瞬間、堕ちた精霊のいた場所を衝撃波が抉り取った。
 爆音と共に、吹き飛ぶ木々。そして、堕ちた精霊も地面へと叩きつけられその動きを止める。
 俺が上空に目を向けると、相変わらず羽ばたきもせず、その場に滞空するビビの姿。
 その表情は怒り一色であり、何か懐かしい感じさえする。
 しかし……容赦の無い一撃だったなぁ……。
 物理攻撃と共にアストラル攻撃も加わっていたのだろう。相乗効果で威力は押して知るべしだ。
 一吼えで戦闘不能ってなんだよ? とか思ったが、声には出さない。

 俺は、改めて爆心地に目を向けると、堕ちた精霊を中心に、半径50m位のクレーターになっている。
 勿論、木々は吹き飛び、地面はその痛々しい姿を晒していた。
 クレータの真ん中には、堕ちた精霊達が息も絶え絶えと言った感じで転がっていた。
 その姿に、何となく同情すらしてしまう。

 ビビはそのまま、下降して来る。
 背中に乗ったルナが「ツバサー!」と、笑顔で手を振っていた。後ろにはレイリさんもいるようだった。
 俺は苦笑して、手を上げ返事をする。わが子達は戦闘態勢こそ解いたものの、霊装の顕現は解いていなかった。
 ルナとレイリさんを降ろすと、ビビはそのまま丸くなる。でかいが愛らしい。
 俺はそんなビビから視線を外すと、降りてきたルナとレイリさんに声をかける。

「レイリさんありがとうございました。村の方は大丈夫ですか?」

「はい。受け入れ準備を進めております。まさか、作ったばかりの集会場が早速役に立つとは……。備えていた事とは言え、皮肉なものですね。」

 レイリさんの言うように、俺達は開発がてら、各村に集会場を設けていた。
 このような時のために作っておいた面もあったが、いきなり役に立ってしまうのもどうかなと言う気がするのは確かだ。

「まぁ、役に立ったのですから今は良しとしましょうか……。」

 と、俺は苦笑しながらレイリさんに返答した。
 そして、ルナへと言葉をかける。

「ルナ、お疲れ様。早速で悪いんだけど、精霊たちを浄化しちゃおうか?」

「うん! 早く助けてあげよう!」

 ルナのそんな声に押されるように、俺達は魔力を放出し、精霊を集め始める。
 次々と顕現する微精霊達。
「皆、頼む!」「お願い!精霊さん!」俺とルナの声が重なり、それと同時に、微精霊達はクレータ部に転がっている堕ちた精霊たちの元へと殺到した。
 ビビも突然体を起こすと、宙に向かって大音量で吼えた。
 しばらくすると、その周りに次々と顕現する微精霊達。
 ビビはその周りに、緑の微精霊達を徐々にまとわり付かせ微精霊の渦を巻いていた。
 そして、その微精霊達は同じようにクレーター部へと、殺到していく。

 クレーター部は、色とりどりの光に包まれ、新生の時を待っていた。
 しかし、ヒビキの時より多くの堕ちた精霊がいるせいか、かなりの時間を要した。
 確実に、前の時の倍以上の時間はかかったと思われる。
 しかし、その終わりの見えない状況にもようやく収束の兆しが見えてきた。

 徐々に少なくなっていく微精霊達。
 そして、その光の幕の向こう。微精霊達が消え去った後には、前と同じように大き目の精霊の姿があった。
 色は水色。水の精霊だろうか?クレーター部にフワフワと漂うように浮いている。

 俺が、「ルナ、行っておいで。」と声をかけると、嬉しそうに、「うん!」と答え、精霊に近づいていく。

『我……新生す……。汝に……求む……契約を……。』

 そんな声をが聞こえる中、ルナは笑顔で精霊に

「うん! 契約しよ!」

 と、笑顔で声をかけた。
 そして、光りだす精霊。
 ルナが笑顔になったその瞬間。

 精霊が砕け散った。

「え? え?」

 とっさの事で、ルナは混乱している。見ていた俺達もそうだ。
 ルナは、混乱の中にいながらも、バラバラとなり消えようとする精霊を必死に手を伸ばし、かき集めようとしていた。

「やだ! 駄目だよ! こんなの!? やだぁ!!!」

 ビビが、森の一角を睨み、吼える。
 ルナの様子が気になるも、俺もそれに釣られ、視線を向かわせる。
 木々の向こうから現れる人影。
 探知に、反応は……無い!? くそ! なんだこいつら!?

 木陰より姿を現したのは……黒い髪、それに隠れるように頭に輝く銀のサークレット、白いブレストプレートを身にまとい、マントを羽織ったの男と、ローブ姿の何物かだった。
  

「全く……とんだ出来そこないだな……。使えない上に裏切るとか。マジあり得ねーって!」

 男がそんな愚痴とも独り言とも付かない言葉を吐き出す。
 そんな男にただ寄り添うだけのローブの人物。
 俺は慎重に観察しつつ、男に声をかける。

「今、精霊が砕け散ったのは……あなたのせいですか?」

 そんな俺の言葉の何が面白かったのか、男は大笑いする。
 後ろからレイリさんだけじゃなく、此花と咲耶の殺気が伝わってくる。
 ルナは、泣きじゃくりながら精霊を必死に呼び止めようとしていた。
 その光景を視界の片隅に入れてしまい、胸が痛むも、俺は男から視線を外さず、黙って返答を待つ。

 男はひとしきり爆笑した後、目に浮かんだ涙を自分で拭うと、

「全く……面白い事言うオッサンだなぁ。久々に俺、ちょー笑ったよ!」

 と、心底面白かった!とでも言うように、俺に笑顔を向けてくる。しかし、その目にこもった感情は蔑みしかない。
 俺は何も返答せず、そのまま黙って、男を見つめ続ける。

「ったく、ノリ悪いな。答えれば良いの? ああ、俺がやりましたよ! あったり前じゃん。このタイミングで出てきて関係ないとかあり得ねーっしょ!? それとも、オッサン馬鹿なの?」

 俺はその予想通りの返答に、内心腸が煮えくり返る思いを隠しつつ、更に言葉を続ける。

「何で……そんな事を? もうあの精霊に戦う意思はありませんでしたよ? 殺す必要はないんじゃないですかね?」

 そんな俺の言葉に、男は「ハンッ」と、馬鹿にしたように笑うと、

「そんな事、説明するまでも無いんじゃない? 俺が殺したかったからだよ。……と言いたいところだけど、オッサン面白かったから、特別に教えてやるよ。」

 男はニヤリとした笑みを浮かべると、

「あれは俺がけしかけたんだよね! けどさ、期待はずれも良い所だよなぁ。折角、精霊を一杯集めてさ、全部堕としたのにさぁ。さっくりやられるし……全く……とんだ骨折り損だよ。ったく……大司教とかほざいてたけど大した事ねぇよな……あいつ。」

 そう興奮したように捲くし立てた。
 俺はその言葉から、この男が元凶の一旦だと理解する。
 そして、俺は最悪の事態が起きている事を悟った。
 ここに居るはずの無い俺以外の人族の男。
 精霊を堕としてけしかけたと言うその行動。
 何より、高価そうな装備とその傲慢な口調。
 俺をオッサン呼ばわりするその軽薄な言葉と価値観。
 間違いない……。こいつは……。

「そんな事のできるあなたは……どちら様ですかね? こんなところに何の御用でしょうか?」

 そんな俺のへりくだった質問を鼻で笑うと、男はこう答えた。

「一応、同郷っぽいから教えてやるよ。勇者 カオルとは、俺の事だよ! 目的? もう分かってんだろ? そこのモンスターどもを駆逐し、魔王を倒す事だ!」

 そう高らかに叫ぶ声が、森に木霊したのだった。

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