比翼の鳥

風慎

ルナの章 第1話【翼の章:出会い ~ 笑顔】

 始めに私が私を認識したのは、大きな声のお蔭だったことを今でも覚えている。
 只々、漂うように意識を浮かばせ、時折起こる外部の刺激に何となく反応をする。
 そんな事をずっと繰り返すだけだった。

 ゆらり…ゆらり…。

 そこには、どんな苦痛も、喜びも、全ての刺激も感情も殆ど感じる事のない…今にしてみれば、正に楽園だった。
 けど、そんな楽園に終わりが来たのは一体いつ頃の事だろう?

 元々時間の概念も無かった私だから、始まりも唐突だった。
 とても騒がしく、何かに興奮しているような…そんな声だったことは覚えている。
 もっとも、その時の私には、そんなことすら理解することも出来なかったのだけど。
 過去のことが理解できるようになったのは、つい最近のことだ。
 その音が、人の声だったと…そう認識できるまで、私にとっては単なる音でしかなかったのだ。
 それが、彼に会った事で、劇的に変化を遂げた。

 そう。私は、彼と出会って…『心』を手に入れた。

 それは、とても…素敵で、残酷で、けれど…かけがえの無い幸せな時間の始まり…。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 めがさめた。
 せんたくしなきゃ。

 ぶくぶく…。
 くるくる、くるくる。

 んむ。きょうも、うまくできた。

 んー。

 じじい、ばばあ、いない。

 まっしろ。
 ぜんぶ、まっしろばっかり。
 かわらない。なにもかも、おなじ。

 ………
 ………

 めがさめた。
 せんたくしなきゃ。


 ぶくぶく…。
 くるくる、くるくる。

 んむ。きょうも、いいかんじ。

 んー。
 ごはんたべよ。

 ん。いっぱいたおせた。
 じじい、よろこぶ?
 けど、じじいいない。

 んー。

 かわらない。やっぱりおなじ。

 ………
 ………
 ………
 ………
 ………

 めがさめた。
 せんたくしなきゃ。


 ぶくぶく…。
 くるくる、くるくる。

 んむ。きょうも、いいね。

 あれ?なにかある?
 なんだろ?あれなんだろな?
 まっしろじゃないなにか。なんだろな?
 もっとちかくでみよう。


 ちかづいたら、まっしろじゃないなにかがいうの。

「えっと…こんにち…は?」

 こんにち…?わからない。

「初めまして。俺の名前は 佐藤 翼。良かったら君の名前を教えてくれるかな?」

 なまえ?よくわからない。
 けど、ツバサ?なんかいいね。うん、いいね。
 きいてみた。

「うん。俺の名前は翼。君の名前は?他の人から何と呼ばれているか教えてもらえるかな?」

 まっしろじゃないなにかは、ツバサっていうの。
 わたし?わたし…

 おしえたら、ツバサはなんかへんなかお。
 ん?なんかおかしいの?

「それは…。恐らく君がそういう風に呼ばれてたって事だよね?」

 うん、そうなの。へんなの?

「そっか。えっとじゃあ、君はこの辺りに住んでいるの?おうちの人は一緒?」

 おうち?いつもいるところ?
 じじい、ばばあ、もういないね。
 こたえたら、ツバサはとてもへんなかお。
 ツバサはいいね。いろいろいいね。もっとみていたいな。
 もっと…はなしたいな。

「え。えーっと。もしかして、君は一人でずっと生活しているのかな?誰かいなかったの?」

 いないの。じじいも、ばばあも。ツバサがいるといいね。

「そっか…。じゃあ、今は本当に一人で住んでいるんだね…」

 そうなの。わかってくれた。ツバサいいね。

「実は、今俺は絶賛遭難中で、寝る場所も無い状態なんだ。本当に不躾な頼みで申し訳ないのだが、一晩泊めて貰えないだろうか?」

 ツバサいっしょ?んー。じじいと、ばばあは、だめっていった。
 けど、いっしょいいな。ツバサいいな。もっとはなししたいな。
 うなずいたら、よろこんでくれた。よろこんでくれたら、なんかいいね。

 じゃ、いえ いくの。
 ん?いえどっち?みえてないの?
 さんかくむいてるよ?
 ふーん、へんなの。

 いえついたの。
 なんか、ツバサがへんなの。へんね。
 いえがいいねっていわれたの。いいね。そんなツバサいいね。

「そうだ、確認したいんだけど、君には名前が無いんだよね?」

 なまえ?ツバサみたいなの?ないね。
 そしたらね、なまえ?つけてくれるって!
 わたしにもなまえできるの?
 びっくり。すごいね、ツバサ。いいね。
 どんなのだろな?なまえ いいな!

「じゃあ、今日から君の名前はルナだ!宜しくルナ!」

 ルナ…ルナ…私、ルナ…
 いいね!なんだろ、むねポカポカ。かおがへんなの。けど、いいね!
 なんか…むずむずするの。けど、いいね!!

「良かった。気に入ってくれた?」

 うん!ツバサいいね!

 そしたらね、ツバサがてをだしたの。
 ふーん?「あくしゅ」っていうんだって。
 「あくしゅ」するの?いいよ!

 そして…その瞬間、私の全てが変わったの。

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