比翼の鳥
翼の章 第二章 第1話 目が覚めて
広い空間に漂っていた。
漆黒に塗りつぶされながらも、所々に光る星のようなものを見る事ができる。
どこまでも続くその空間は、まるで宇宙のようだ。
これは……以前、此花と咲耶に出会った空間と良く似ている。
しかし、ルナが作ったであろう、あの空間のような優しさと包み込むような、絶対的な安心感は無かった。
その黒いながらも、果てしなく深く広がるそれは、どこまでも落ちていくような恐怖感と、どこまで続くと言う不安を俺に与えていたのだった。
なんだろうか? これは。
そんな空間の、果ての果てから……徐々に何かが近づいてくる。
……いや、違うな。俺が近づいている。俺が落ちて行くのを感じる。
徐々に俺の前へと近づくそれは、黒い光と言う表現しか出来ないものだった。
球状に光るその黒い珠は、我こそがこの世界の主とでも言う様な、絶対的な威圧感を持っていた。
あー……近づきたくないなぁ。
そう思いつつも、体は徐々にそちらに引き寄せられるように、落ちていくのを感じる。
……前触れもなく、場違いな鈴の音が響いた。
『あら? そんな事言わないで? 折角、やっと会えたのに……寂しいわ。』
そして、ふと、少女の声が俺の耳を打つ。
コロコロと転がる鈴のように、可愛らしい声で少女は笑う。
俺はビックリするも、何ともなしに、その声が、俺をここに呼んだ主だと直感した。
「誰だい? 君は?」
意識的に声を出し、俺は問う。
その声に俺は敵意を感じなかったまでも、油断はできないと思った。
なんせ、いきなりこんな世界に呼び出すような輩だ。
何をされるのか、全く予想がつかない。
『そんなに警戒しなくても大丈夫よ。……クスクス……けれど、そんな風に怯える貴方も、可愛いから良いわね。』
少女の声で可愛いとか言われても、困ってしまう。
怯えているのは……正直否定できない部分があるので、そこも反論できない。
何せ、例のごとく心を読まれているようなのだ。騒ぐだけ無駄である。
そんな微妙な気分が俺の心に広がるのを感じたのか、少女の笑い声は楽しげに大きなものへと変化した。
その声にちょっと憮然とはしたものの、特に嫌悪感は覚えない。
ふむ……特に俺に対して特段の敵意は無さそうだ。笑ってはいるものの、その声に侮蔑しているような様子は見られない。
『そうよ。私は貴方の味方よ? 折角、巡り合ったパートナーですもの。敵対するわけ無いわ。』
楽しそうに笑いながら囁くように語りかける少女。
しかし……いきなり現れて、味方です、パートナーです……と。
怪しさだけなら最大級なのだが……。
『ふふふ……。私が怪しいのは否定しないわ。けど、こうでもしないと貴方とお話できないんですもの。少しくらい怪しいのは許して欲しいわ。』
「それで……その怪しさを払拭する為にも改めて聞かせて欲しいんだが……。君は……どちら様だい?」
『そうね……今は、揚羽とでも名乗っておくわ。よろしくね? 翼さん。』
「何だか良く分からないが……お手柔らかに頼むよ。」
俺はため息と共に、そう答えた。
最近は次から次へと色々な珍客が訪れる。
全く、今井さんと糞勇者の次は、揚羽さんと言う摩訶不思議なお方だ。
これ以上、妙な登場人物を増やさないでいただきたい。
『むぅー! ちょっとその表現は酷いと思うわ。折角、こっちは苦労して……って、あら……残念。タイムリミットだわ。もう少し寝てれば良いのに。』
ん? この良く分からない面会も終了か?
俺がそんな安堵を胸に秘めつつも、心で確認すると、揚羽は本当に残念そうに言う。
『折角、翼さんに会えたと思ったのに……。けど、これでパスは確立出来たから、今度はもう少し楽にアクセスできそうね。今回は残念だけど……帰るわ。あの子が目を覚ましちゃうから。』
そんな風に一方的に、揚羽は捲くし立てると、『じゃあ、またね♪』と、現れた時と同様忽然とその存在を消した。
……そして……残された俺は、釈然としない物をその心に抱えながら、黒い光の球体の中へと落ちていった。
視界が黒く塗りつぶされる瞬間、俺は鈴の音を聞いた気がしたのだった。
目を覚ますと、目の前に広がったのは、毎度おなじみのドアップのルナの顔だった。
感心すべきは、俺の上に跨ることなく、ジッと俺の顔を心配そうにのぞきこんでいる点だ。
やっと、マウントポジションに居座るのを止めてくれたか……と言う、妙な感慨とほんの少しの寂しさが俺の胸中を通り過ぎる。
「やあ、おはよう。ルナ。体は大丈夫かい?」
俺は少し霞のかかった頭の隅で、状況を整理しつつルナに声をかける。
なんで、そんな言葉をかけたかと言えば、俺の体が大丈夫じゃなさそうだったからだ。
ハッキリ言って、怠い。と言うより、あまりにも体が重すぎて、満足に体を起こす事も出来そうにない。
俺の言葉を聞いて、ルナは心配そうな顔を崩し、安心したような笑みを浮かべた。
その顔を見て、取り敢えずルナに大事は無いと知る。
「父上ぇー……。」「お父様ぁー……。」と言う、何とも力の無い声が横から聞こえ、ついで、視界に此花と咲耶の泣き腫らしたような顔がずいっと映り込む。
「ああ、此花に咲耶。無事で良かった。体は何ともないか? 怪我は? あの糞勇者の隷属の後遺症は無いか?」
そんな俺の言葉に2人は一瞬にして顔面を崩壊させると、泣き出した。
「父上……本当にすいませぬ……すいませ……。」
「お父様ぁーーー!!」
俺はそんな風に、泣き崩れる我が子達の頭を撫でようと腕を上げようとして……そのあまりの腕の重さに一瞬挫けそうになる。
それでも、俺は根性で腕を上げ、ぎこちないながらも2人の頭をそっと撫でた。
「2人は何も悪くない。辛い思いをさせてしまって……ごめんな。もーちょっと、お父さんが強ければ、こうならなかったんだけどなぁ。」
たかだか、魔力を封じられただけであの体たらく。全くもって情けない。
個人的に力を求める事には危機感を覚えるし、正直そんなもの無い方が良いのだが……馬鹿勇者の一件で少し見方が変わった。
一方的に大事な人たちを蹂躙される恐怖は、それは筆舌に尽くしがたい物だった。
あんな事はもう、二度と御免だ。
どうやって、あの惨状を回避するのか。
俺達の力を増す事も一つの手だろうが、やはり根本的な解決にはならない。
ならばどうするのか? 何通りか、道筋は見えているものの、その道を選ぶための材料が足りない。
やはり、人族の事をもっと知る必要がある。
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」という孫子の教えもある位だ。
敵の事も、もっと詳しく知らないと、効果的な手が打てないだろう。
そんな考えに沈んでいた俺を、戸が乱暴に開けはなたれた音が引き戻した。
「ツバサ様がお目覚めになったと!!」
そう叫んだ声は、レイリさんの物だった。
音も無くこちらに近寄ると、俺の顔を覗き込む様にって言うか、顔を両手でぐわしと掴むと、目を覗き込んできた。
そのまま、顔を近づけて……ってぇ!? 何するんですか!?
「ちか!? レイリさん、近いです!」
俺が悲鳴を上げたと同時に、無言に加えて笑顔なルナがレイリさんの肩を掴み、我が子達がレイリさんの腕をブロックする。
「は、離して下さい! ちょっとお熱を測ろうとしただけです。」
慌てふためきながら、弁解するレイリさん。
どうやら本人も、とっさの行動だったらしく、酷く動揺していた。
熱測るだけなら、手でも十分じゃない? とか思ったが、まぁ、おでこをくっつけると言うやり方もあるわけだから、筋は通っている。
しかし、全く、この方の行動はいきなりすぎる……。
そんな事を思いながらも、そんな風にさせてしまったのは、俺が心配をかけたからだと思い直し、レイリさんに声をかける。
「とりあえず、レイリさんも無事なようで良かった。ご心配をおかけしたようで申し訳ない。」
そんな俺の言葉を受け、レイリさんは震えるように、そして、一瞬何かに怯えた様に顔をしかめると、
「ツバサ様……先の勇者との戦闘の件、申し訳御座いませんでした。このレイリ、如何様な罰も受けますので、お気の済むまで罰をお申し付けください。」
そう凛とした声で詫びると、そのまま平伏した。
そんな姿を見て、レイリさんなら、そうなるよなぁ……と思いつつ、声をかける。
「顔を上げて下さい、レイリさん。俺は罰とかそんな事望んでいませんし、ましてや、あの惨状の幾らかは俺の力不足のせいです。こちらこそ、辛い思いをさせてしまって申し訳ありません。」
俺の言葉をレイリさんは驚いた顔で受け止めるも、「しかし……。」と、すぐにその胸の内を表に出して、項垂れてしまう。
レイリさんは変なところで生真面目すぎる。
まぁ、それが彼女の魅力でもあるのだが、この生真面目さをもう少し別の方向に生かしていただきたい。
そんな俺達の様子を見て、横から声がかかる。
「取り敢えず、こうして皆が無事だったから良かったのにゃ。聞くところによると、おみゃーさん……ツバサだっけ? 勇者を撃退したらしいじゃにゃいか。あの勇者を目の前にして生きて返って来れただけでも凄い事にゃ!」
重い首を巡らすと、レイリさんの横に、どでーんと構えるようにして、偉そうに立つ猫族の女性が一人。
ああ、この人は確か、猫族の巫女さんだっけ? 相変わらず「にゃ!」が際立つ、素敵なしゃべり方をしていた。
「えっと……確か、猫族の巫女の……ミールさん……でしたっけ?」
「そうにゃ! おみゃーさん、なかなかやるにゃ!」
そう言いながら、ピコピコと耳を動かすミールさん。
「あ、それはどうも……。」と、思わず返答してしまうほど、よく分からない勢いのあるお方だった。
そのお陰か、先程まで張り詰めていた空気が、あっさりと砕け散ったのを俺は感じていた。
もし、狙ってやっているのなら、凄い才能だが……恐らく素だろう。
ともあれ、この流れは俺にとってもありがたいので、利用させてもらう事にした。
「レイリさん。ミールさんの言う通りですよ。まずは皆無事であったことが何よりも嬉しい事です。もし、皆の内の誰かがあの戦闘で取り返しのつかない事になっていたら……俺は自分で自分を許せなかったでしょう。」
レイリさんは、「ツバサ様……。」と呟き、俺を見つめる。
そんなレイリさんを俺は見つめ、微笑むと、こう提案した。
「もしも、それでも、納得が行かないのでしたら、俺を手伝ってくれませんか? ちょっと……当分の間動けそうもないので、どうしても、舵取りをお任せしてしまう事になりそうなんですよ……。」
そんな俺の言葉に、我が子達が心配そうに、声をかける。
「父上……お体が……どこか不自由なのですか?」
「お父様も……やはり、そうなのですね。」
「ああ、ちょっと体が重くてね……頑張っちゃったからなぁ。少し無理が祟ったらしい。けど、休めば治ると思うから大丈夫だよ。」
とは言ったが、正直、治る見込みがあるのかどうかは、俺にも分からなかった。
ふと、ルナを見ると、思い悩んだように、俺の顔を見つめていた。
俺は、「大丈夫だよ。」と、もう一度声に出して皆に伝える。
こりゃ、早い所、動けるようにならないと、ルカール村から皆総出でお見舞いに来かねないな……。
そこでふと、現状の確認を全くしていなかった事に気が付く。
うーん……やはり、あの比翼とか言う奴の後遺症か、どうにも頭が回ってないな。
「そう言えば……そもそも、ここはどこですかね? 子族の村だと思うんですけど……。」
「ツバサ様のおっしゃる通り、ここは子族の村に作られた集会場の一室ですわ。」
レイリさんがはっきりと答えてくれた。
そうか、やはり子族の村だったか……。
「ちなみに、俺はどの位……意識を失っていましたか?」
その問いに、一瞬レイリさんは言い淀むが、ハッキリと告げた。
「五日程……でございます。」
うお!? そんなに!?
俺はその言葉から受けた衝撃で、頭が真っ白になる。
どうやら、あの比翼は、俺の思う以上に色々と危ない物らしい。
まぁ、そりゃそうだよな……あんだけやりたい放題やれば、何が起こってもおかしくは無い。
寿命の数年くらい、さっくり縮んでいても不思議はない位、無茶苦茶な物だったし。
そう言えば、ルナは大丈夫なのだろうか?
心配になって目を向けるが、一応、元気そうにしているし、今も俺を嬉しそうに見つめている。
そして、改めて皆に視線を戻すと、少し心配そうな顔が見える。
そうか……五日もぶっ倒れてれば、皆心配するよな。
「そうですか……ご心配をおかけしました。そして……皆、ありがとうな。」
俺は、そう言って、皆の顔を一人一人見つめて、目で感謝の意を伝える。
そうして、皆に元気なところを見せようと、起き上がろうとしたが……やはり体が思う様に動かない。
一応、動きはするのだが力が入らなかったりと、なかなかに厳しかった。
そんな俺の様子を見て、皆が、
「父上!無理は禁物です!」
「そうですわ、お父様。今はゆっくりとお休みください!」
「ツバサ様、無理はなさらず!」
と、焦った様に制止してきたので、俺は見栄を張るのを止めて体から力を抜く。
残念ながら、今はどうしようもないかな? まぁ、ゆっくりと体を休める事にしよう。
俺はお得意の棚上げをすることに決めると、とりあえずは全力で休む事に決める。
「じゃあ、申し訳ないけど、もう少し休む事にするよ。」
「それが宜しいかと。あ、後でお食事をお持ちいたしますわ。少しでも食べておいた方が体の治りも早いかと。」
その言葉を聞いて俺は首肯する。確かに、その方が良さそうだ。
俺は、「では、起きてからお願いしますね。」と、声をかけて、目をつむった。
そうして、すぐに襲ってきた睡魔に、俺は抗うことなく、身を委ねたのだった。
漆黒に塗りつぶされながらも、所々に光る星のようなものを見る事ができる。
どこまでも続くその空間は、まるで宇宙のようだ。
これは……以前、此花と咲耶に出会った空間と良く似ている。
しかし、ルナが作ったであろう、あの空間のような優しさと包み込むような、絶対的な安心感は無かった。
その黒いながらも、果てしなく深く広がるそれは、どこまでも落ちていくような恐怖感と、どこまで続くと言う不安を俺に与えていたのだった。
なんだろうか? これは。
そんな空間の、果ての果てから……徐々に何かが近づいてくる。
……いや、違うな。俺が近づいている。俺が落ちて行くのを感じる。
徐々に俺の前へと近づくそれは、黒い光と言う表現しか出来ないものだった。
球状に光るその黒い珠は、我こそがこの世界の主とでも言う様な、絶対的な威圧感を持っていた。
あー……近づきたくないなぁ。
そう思いつつも、体は徐々にそちらに引き寄せられるように、落ちていくのを感じる。
……前触れもなく、場違いな鈴の音が響いた。
『あら? そんな事言わないで? 折角、やっと会えたのに……寂しいわ。』
そして、ふと、少女の声が俺の耳を打つ。
コロコロと転がる鈴のように、可愛らしい声で少女は笑う。
俺はビックリするも、何ともなしに、その声が、俺をここに呼んだ主だと直感した。
「誰だい? 君は?」
意識的に声を出し、俺は問う。
その声に俺は敵意を感じなかったまでも、油断はできないと思った。
なんせ、いきなりこんな世界に呼び出すような輩だ。
何をされるのか、全く予想がつかない。
『そんなに警戒しなくても大丈夫よ。……クスクス……けれど、そんな風に怯える貴方も、可愛いから良いわね。』
少女の声で可愛いとか言われても、困ってしまう。
怯えているのは……正直否定できない部分があるので、そこも反論できない。
何せ、例のごとく心を読まれているようなのだ。騒ぐだけ無駄である。
そんな微妙な気分が俺の心に広がるのを感じたのか、少女の笑い声は楽しげに大きなものへと変化した。
その声にちょっと憮然とはしたものの、特に嫌悪感は覚えない。
ふむ……特に俺に対して特段の敵意は無さそうだ。笑ってはいるものの、その声に侮蔑しているような様子は見られない。
『そうよ。私は貴方の味方よ? 折角、巡り合ったパートナーですもの。敵対するわけ無いわ。』
楽しそうに笑いながら囁くように語りかける少女。
しかし……いきなり現れて、味方です、パートナーです……と。
怪しさだけなら最大級なのだが……。
『ふふふ……。私が怪しいのは否定しないわ。けど、こうでもしないと貴方とお話できないんですもの。少しくらい怪しいのは許して欲しいわ。』
「それで……その怪しさを払拭する為にも改めて聞かせて欲しいんだが……。君は……どちら様だい?」
『そうね……今は、揚羽とでも名乗っておくわ。よろしくね? 翼さん。』
「何だか良く分からないが……お手柔らかに頼むよ。」
俺はため息と共に、そう答えた。
最近は次から次へと色々な珍客が訪れる。
全く、今井さんと糞勇者の次は、揚羽さんと言う摩訶不思議なお方だ。
これ以上、妙な登場人物を増やさないでいただきたい。
『むぅー! ちょっとその表現は酷いと思うわ。折角、こっちは苦労して……って、あら……残念。タイムリミットだわ。もう少し寝てれば良いのに。』
ん? この良く分からない面会も終了か?
俺がそんな安堵を胸に秘めつつも、心で確認すると、揚羽は本当に残念そうに言う。
『折角、翼さんに会えたと思ったのに……。けど、これでパスは確立出来たから、今度はもう少し楽にアクセスできそうね。今回は残念だけど……帰るわ。あの子が目を覚ましちゃうから。』
そんな風に一方的に、揚羽は捲くし立てると、『じゃあ、またね♪』と、現れた時と同様忽然とその存在を消した。
……そして……残された俺は、釈然としない物をその心に抱えながら、黒い光の球体の中へと落ちていった。
視界が黒く塗りつぶされる瞬間、俺は鈴の音を聞いた気がしたのだった。
目を覚ますと、目の前に広がったのは、毎度おなじみのドアップのルナの顔だった。
感心すべきは、俺の上に跨ることなく、ジッと俺の顔を心配そうにのぞきこんでいる点だ。
やっと、マウントポジションに居座るのを止めてくれたか……と言う、妙な感慨とほんの少しの寂しさが俺の胸中を通り過ぎる。
「やあ、おはよう。ルナ。体は大丈夫かい?」
俺は少し霞のかかった頭の隅で、状況を整理しつつルナに声をかける。
なんで、そんな言葉をかけたかと言えば、俺の体が大丈夫じゃなさそうだったからだ。
ハッキリ言って、怠い。と言うより、あまりにも体が重すぎて、満足に体を起こす事も出来そうにない。
俺の言葉を聞いて、ルナは心配そうな顔を崩し、安心したような笑みを浮かべた。
その顔を見て、取り敢えずルナに大事は無いと知る。
「父上ぇー……。」「お父様ぁー……。」と言う、何とも力の無い声が横から聞こえ、ついで、視界に此花と咲耶の泣き腫らしたような顔がずいっと映り込む。
「ああ、此花に咲耶。無事で良かった。体は何ともないか? 怪我は? あの糞勇者の隷属の後遺症は無いか?」
そんな俺の言葉に2人は一瞬にして顔面を崩壊させると、泣き出した。
「父上……本当にすいませぬ……すいませ……。」
「お父様ぁーーー!!」
俺はそんな風に、泣き崩れる我が子達の頭を撫でようと腕を上げようとして……そのあまりの腕の重さに一瞬挫けそうになる。
それでも、俺は根性で腕を上げ、ぎこちないながらも2人の頭をそっと撫でた。
「2人は何も悪くない。辛い思いをさせてしまって……ごめんな。もーちょっと、お父さんが強ければ、こうならなかったんだけどなぁ。」
たかだか、魔力を封じられただけであの体たらく。全くもって情けない。
個人的に力を求める事には危機感を覚えるし、正直そんなもの無い方が良いのだが……馬鹿勇者の一件で少し見方が変わった。
一方的に大事な人たちを蹂躙される恐怖は、それは筆舌に尽くしがたい物だった。
あんな事はもう、二度と御免だ。
どうやって、あの惨状を回避するのか。
俺達の力を増す事も一つの手だろうが、やはり根本的な解決にはならない。
ならばどうするのか? 何通りか、道筋は見えているものの、その道を選ぶための材料が足りない。
やはり、人族の事をもっと知る必要がある。
「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」という孫子の教えもある位だ。
敵の事も、もっと詳しく知らないと、効果的な手が打てないだろう。
そんな考えに沈んでいた俺を、戸が乱暴に開けはなたれた音が引き戻した。
「ツバサ様がお目覚めになったと!!」
そう叫んだ声は、レイリさんの物だった。
音も無くこちらに近寄ると、俺の顔を覗き込む様にって言うか、顔を両手でぐわしと掴むと、目を覗き込んできた。
そのまま、顔を近づけて……ってぇ!? 何するんですか!?
「ちか!? レイリさん、近いです!」
俺が悲鳴を上げたと同時に、無言に加えて笑顔なルナがレイリさんの肩を掴み、我が子達がレイリさんの腕をブロックする。
「は、離して下さい! ちょっとお熱を測ろうとしただけです。」
慌てふためきながら、弁解するレイリさん。
どうやら本人も、とっさの行動だったらしく、酷く動揺していた。
熱測るだけなら、手でも十分じゃない? とか思ったが、まぁ、おでこをくっつけると言うやり方もあるわけだから、筋は通っている。
しかし、全く、この方の行動はいきなりすぎる……。
そんな事を思いながらも、そんな風にさせてしまったのは、俺が心配をかけたからだと思い直し、レイリさんに声をかける。
「とりあえず、レイリさんも無事なようで良かった。ご心配をおかけしたようで申し訳ない。」
そんな俺の言葉を受け、レイリさんは震えるように、そして、一瞬何かに怯えた様に顔をしかめると、
「ツバサ様……先の勇者との戦闘の件、申し訳御座いませんでした。このレイリ、如何様な罰も受けますので、お気の済むまで罰をお申し付けください。」
そう凛とした声で詫びると、そのまま平伏した。
そんな姿を見て、レイリさんなら、そうなるよなぁ……と思いつつ、声をかける。
「顔を上げて下さい、レイリさん。俺は罰とかそんな事望んでいませんし、ましてや、あの惨状の幾らかは俺の力不足のせいです。こちらこそ、辛い思いをさせてしまって申し訳ありません。」
俺の言葉をレイリさんは驚いた顔で受け止めるも、「しかし……。」と、すぐにその胸の内を表に出して、項垂れてしまう。
レイリさんは変なところで生真面目すぎる。
まぁ、それが彼女の魅力でもあるのだが、この生真面目さをもう少し別の方向に生かしていただきたい。
そんな俺達の様子を見て、横から声がかかる。
「取り敢えず、こうして皆が無事だったから良かったのにゃ。聞くところによると、おみゃーさん……ツバサだっけ? 勇者を撃退したらしいじゃにゃいか。あの勇者を目の前にして生きて返って来れただけでも凄い事にゃ!」
重い首を巡らすと、レイリさんの横に、どでーんと構えるようにして、偉そうに立つ猫族の女性が一人。
ああ、この人は確か、猫族の巫女さんだっけ? 相変わらず「にゃ!」が際立つ、素敵なしゃべり方をしていた。
「えっと……確か、猫族の巫女の……ミールさん……でしたっけ?」
「そうにゃ! おみゃーさん、なかなかやるにゃ!」
そう言いながら、ピコピコと耳を動かすミールさん。
「あ、それはどうも……。」と、思わず返答してしまうほど、よく分からない勢いのあるお方だった。
そのお陰か、先程まで張り詰めていた空気が、あっさりと砕け散ったのを俺は感じていた。
もし、狙ってやっているのなら、凄い才能だが……恐らく素だろう。
ともあれ、この流れは俺にとってもありがたいので、利用させてもらう事にした。
「レイリさん。ミールさんの言う通りですよ。まずは皆無事であったことが何よりも嬉しい事です。もし、皆の内の誰かがあの戦闘で取り返しのつかない事になっていたら……俺は自分で自分を許せなかったでしょう。」
レイリさんは、「ツバサ様……。」と呟き、俺を見つめる。
そんなレイリさんを俺は見つめ、微笑むと、こう提案した。
「もしも、それでも、納得が行かないのでしたら、俺を手伝ってくれませんか? ちょっと……当分の間動けそうもないので、どうしても、舵取りをお任せしてしまう事になりそうなんですよ……。」
そんな俺の言葉に、我が子達が心配そうに、声をかける。
「父上……お体が……どこか不自由なのですか?」
「お父様も……やはり、そうなのですね。」
「ああ、ちょっと体が重くてね……頑張っちゃったからなぁ。少し無理が祟ったらしい。けど、休めば治ると思うから大丈夫だよ。」
とは言ったが、正直、治る見込みがあるのかどうかは、俺にも分からなかった。
ふと、ルナを見ると、思い悩んだように、俺の顔を見つめていた。
俺は、「大丈夫だよ。」と、もう一度声に出して皆に伝える。
こりゃ、早い所、動けるようにならないと、ルカール村から皆総出でお見舞いに来かねないな……。
そこでふと、現状の確認を全くしていなかった事に気が付く。
うーん……やはり、あの比翼とか言う奴の後遺症か、どうにも頭が回ってないな。
「そう言えば……そもそも、ここはどこですかね? 子族の村だと思うんですけど……。」
「ツバサ様のおっしゃる通り、ここは子族の村に作られた集会場の一室ですわ。」
レイリさんがはっきりと答えてくれた。
そうか、やはり子族の村だったか……。
「ちなみに、俺はどの位……意識を失っていましたか?」
その問いに、一瞬レイリさんは言い淀むが、ハッキリと告げた。
「五日程……でございます。」
うお!? そんなに!?
俺はその言葉から受けた衝撃で、頭が真っ白になる。
どうやら、あの比翼は、俺の思う以上に色々と危ない物らしい。
まぁ、そりゃそうだよな……あんだけやりたい放題やれば、何が起こってもおかしくは無い。
寿命の数年くらい、さっくり縮んでいても不思議はない位、無茶苦茶な物だったし。
そう言えば、ルナは大丈夫なのだろうか?
心配になって目を向けるが、一応、元気そうにしているし、今も俺を嬉しそうに見つめている。
そして、改めて皆に視線を戻すと、少し心配そうな顔が見える。
そうか……五日もぶっ倒れてれば、皆心配するよな。
「そうですか……ご心配をおかけしました。そして……皆、ありがとうな。」
俺は、そう言って、皆の顔を一人一人見つめて、目で感謝の意を伝える。
そうして、皆に元気なところを見せようと、起き上がろうとしたが……やはり体が思う様に動かない。
一応、動きはするのだが力が入らなかったりと、なかなかに厳しかった。
そんな俺の様子を見て、皆が、
「父上!無理は禁物です!」
「そうですわ、お父様。今はゆっくりとお休みください!」
「ツバサ様、無理はなさらず!」
と、焦った様に制止してきたので、俺は見栄を張るのを止めて体から力を抜く。
残念ながら、今はどうしようもないかな? まぁ、ゆっくりと体を休める事にしよう。
俺はお得意の棚上げをすることに決めると、とりあえずは全力で休む事に決める。
「じゃあ、申し訳ないけど、もう少し休む事にするよ。」
「それが宜しいかと。あ、後でお食事をお持ちいたしますわ。少しでも食べておいた方が体の治りも早いかと。」
その言葉を聞いて俺は首肯する。確かに、その方が良さそうだ。
俺は、「では、起きてからお願いしますね。」と、声をかけて、目をつむった。
そうして、すぐに襲ってきた睡魔に、俺は抗うことなく、身を委ねたのだった。
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