比翼の鳥

風慎

第4話 団欒

 久し振りに集合した皆は、思い思いに談笑をしていた。
 リリーは最初こそ、ルナが声を出せない現実を見て、取り乱していたようだったが、今は笑顔で会話を楽しんでいる。
 虚空に浮かぶひらがなを必死に追い、分からない言葉をルナに教えて貰いながら、それでも花の咲くような笑顔で会話をしていた。
 時々、何か互いに耳打ちするように話をしているのがまた気になるのだが……乙女達の会話だ。努めて気にしない事にする。

 レイリさんは、宇迦之さんに、チクチクとチョッカイをかけ、それに宇迦之さんが顔を真っ赤にしながら反論すると言う構図で、ギャーギャーとお互いに喚いていた。

「全く……いきなり来たと思えば、早速ツバサ様に甘えるとは……私ですら、最近は、あまり……ブツブツ…。」

「む!? ち、違うぞ! あれは、ちょっと安心したと言うか……そ、そう! 気が抜けたのじゃ!!」

 そんな不毛な言葉の応酬を続けながら、レイリさんも宇迦之さんも、表面上、笑顔で語り合っていた。
 素敵な笑顔の裏に色々と黒い何かが、チラチラと見え隠れするその対話をみて、俺の背中にジワリとわいて来る汗を無かった事にしつつ、息を吐く。

 なんだかなぁ……。

 全て聞いていない事にしたいのだが……後でフォローしておかないと、今日の夜辺りがやばい事になりそうだ。……主にレイリさんが。

 そもそも、レイリさんは人一倍頑張ってくれているしなぁ。
 彼女がいなかったら、今まで全然やりたい事が進まないところだった。
 俺がこうしてゆっくりと療養していられるのも、彼女の存在がかなり大きい。
 最も、動いていないと彼女自身が落ち着かないと言う心境であろうことは俺も理解している。

 後で、レイリさんにそれとなく、お礼を言う事にしよう。

 そんな決意をして首を巡らせると、部屋の端で黄色と黒い物がうごめく姿が視界の端に引っかかる。
 良く見ると、何故か懸命に床を黙々と雑巾っぽい布で磨いている、ヒビキ、クウガ、アギトだった。
 そして、そのティガ親子の後ろに続くように、甲斐甲斐しく付き添う此花と咲耶の姿が目に飛び込んでくる。
 ティガ勢は前足を器用に使って、床にこびり付いた泥や足跡を雑巾で丁寧に拭っていた。
 そして、時々、此花と咲耶が、魔法で雑巾を水洗いして、固く絞り、汚れた水をどこかに飛ばしていく……などという地味に細かい芸当を見せている。

 しかし、このティガ親子……器用すぎる……。

 トラっぽい動物が一心不乱に、床の汚れを雑巾っぽい布で、綺麗にしていく姿を、俺は微妙な気分で見ていた。
 しかし……なんでそんな事をしているのか? と不思議に思い、はたと、その原因に思い当たる。
 ああ、森を突っ切ってその足でそのまま、屋内に侵入したから足跡がついたのか……。
 良く見ると、俺の布団にもいい感じに泥がこびりついていたりして、結構な惨状だった。

 なるほどね……我に返って、しっかりと後始末していると……良くできたティガだ。
 俺は、ティガから視線を外し、自分の布団へと目を向ける。
 こりゃ、洗わないと駄目かな?
 レイリさんは宇迦之さんとの言い合いじゃれあい)に忙しく、まだ俺の布団の惨状まで、気が回ってない様だ。
 いつものレイリさんなら、真っ先に気が付いて、小言でも言いそうなのだが……それだけ、皆と会えたのが嬉しかったのだろう。

 それならそれで、都合が良い。
 レイリさんが、この布団の惨状に気がついたら、何か面倒そうだから今のうちに魔法で洗ってしまおう。
 という訳で、皆が話に夢中になっている間に、こっそりと、汚れた部分を洗浄していった。
 ルナがチラッとこちらを見たので、彼女だけは気が付いていたようだが、他の皆はその変化に気が付かない。

 なかなか上手く魔法を使えたようだ。
 俺は一人で自分の魔法制御の腕が上がったことを実感し、満足する。

 元々、こんな風に、皆に気付かれない様に魔法を使うと言う作業を、俺は苦手としていた。
 今迄の俺の魔法の使い方は、基本的に力技だったのだ。
 蛇口に例えるなら、何も考えず全開で水を流す感じ。
 扇風機なら常に強で回す感じ。
 とにもかくにも、魔力を流し、現象を発現させられればそれでよし、という物が多かったのだ。
 しかし、その方法を転換せざるを得ない問題が起こった。

 空間魔法の開発である。

 空間魔法は繊細な制御が求められるものだったわけだ。
 力技で魔法を構築し、具現化しようとすると、魔法回路が壊れるのだ。
 魔法陣の場合は特に求められる精密さが顕著で、より精密な制御を必要とした。

 ちょっと力加減を間違えると、魔法陣そのものが崩壊するのだ。

 余談だが、魔法は失敗すると、その規模にもよるが、基本的には暴走するか、魔力そのものが霧散する。
 空間魔法が使用する魔力は多い上に、制御が難しいと、暴走する事が運命付けられているような魔法だった。
 一応、魔法陣が暴走した時に備えて、例外処理を行う魔法陣を、常に組み込んでいたのが、ここに来て初めて役に立った。
 この処理を組み込んでいなければ、今頃この部屋は無かっただろう……。

 最初にテストした空間魔法は完全に暴発し、魔力として四散した。
 魔法陣が悲鳴を上げるかのように軋み、バラバラに壊れて行く様は、まるで精密に組み合わさった歯車がはじけ飛ぶ様を連想させたのだった。
 そんな光景を何回も見つつ、それでも、俺は、魔法陣を効率よく運用し、制御するための感覚を身に着ける為に、大半の時間を費やした。

 そして、結果的に、今、俺は前とは段違いの魔法制御技術を手に入れたわけだが……それには俺の力だけでなく、ルナの協力もあってこその物だった。
 ルナは俺のやろうとしている事を、正確に感じ取り、それを実践、もしくはサポートしてくれる事で、練習工程を大幅に短縮してくれたのだ。

 前はそんな事は出来なかった。
 ルナは優秀な生徒ではあったが、俺の知っていることを教えるのは容易なことでは無かったし、ルナも俺の意図を正確に理解していた訳では無かったはずだ。

 しかし、今の俺とルナは、お互いの事を以前よりも、更に近くに感じている。
 物理的にではなく……本当にぼんやりとだが、心が近くにあるのが分かるのだ。
 俺の思っている事が何となく……空気で伝わるとでも言うのだろうか……。
 俺自身も良くは分からないのだが、そう言った阿吽の呼吸のような物が2人の間にあるのだ。

 恐らく、これはあの比翼による効果だと思う。
 あの時、心を通わせたことで、ルナとの間に何か繋がりのような物が出来たのでは無いかと、俺は勝手に思っている。
 じゃあ、ディーネちゃんとはどうなっているのだろうか……ふと、気になったが、とりあえず、それは頭の隅に追いやった。

 話を戻そう。
 そうやって、ルナが俺に手本を見せてくれることで、俺の修練は凄い速度で進んだ。

 その結果、今まで出来なかった細かい作業も最小の動きと、最小の魔力で行えるようになった訳だ。
 今さっき行った洗浄も、今迄の俺だったら、こんな風に部分的に洗浄は出来なかっただろう。
 きっと布団ごと……下手したら部屋ごととでないと無理だったのではないだろうか。

 勿論、抜け道はある。
 空間魔法ではその方法は無理だが……魔法陣に流せる魔力を、始めから制限しておけば、上手く制御された魔法と同じ効果は得られただろう。
 事実、今まではそうやって魔法を制御していた部分もある。

 しかし、それでは、注ぎ込んだ魔力の大半が無駄になるのだ。
 ペットボトルにバケツで水を強引に注ぎ込む様な物だ。
 下手すれば、ペットボトルは倒れて水浸し……。それが魔法の暴走である。
 正に、力技である。あまり優雅な魔法の使い方ではない。

 しかし、そこで俺自身の制御技術を磨く事で、ペットボトルを倒さず、適量の水を注ぎ込む事が出来るようになったわけだ。
 更に、細かい制御の仕方が分かってくるにつれて、その制御を簡略化する魔法陣も作る事が可能となった。
 経験を得る事によって、それを更に魔法陣に還元する事ができると言う良い循環が生まれたわけだ。

 その経験を元に魔法陣の構成も見直し、それにより、制御にかかる負荷が軽減された。
 結果、今まで口の狭いペットボトルだったものは、漏斗のついたペットボトルにすることができたのだ。
 これならば、水の注ぎ方も上手ければ、更に綺麗に水をペットボトルに収める事が出来るだろう。

 ちなみに、今までこぼしていた水に相当する魔力の無駄は、そのまま、自分の存在を周りに知らしめる恐れがあった。
 漏れ出た魔力は、空気中に拡散する訳だが、それを追えば、俺が魔法を使った事がばれる可能性があるのだ。
 つまり、隠れて魔法を使うには、繊細な魔力制御は必須事項である。
 以前からその事は課題として認識していたが、ここに来て、やっと解消するに至った。

 今迄のままでは、かなり目立ってしまう事になるところだった。
 一応、【ステルス】等で、隠蔽できるとはいえ、それだって完璧では無い。
 魔力濃度の違いを追われたら、簡単に見つかってしまう可能性も捨てきれない。
 考えすぎかもしれないが、可能な限り、不安な要素は潰しておきたいのだ。
 そして、なんとしても目立つことは、避けなければならなかった。

 人族の町へと潜入する……。

 そんな目的を達する為にも、俺は更なる魔法の研鑽を進める必要があるわけだ。
 その為の空間魔法であり、探知魔法でもある。

 空間魔法は、上手く扱う事が出来ないと言うジレンマがあったものの、その構築自体は、それ程時間はかからなかった。
 特に、異空間に物を格納する技術。これは、思ったよりすぐに習得できた。
 実は、この技術は身近なところにあったのだ。

 俺の魔力をファミリアと言う形で貯蓄しているのは、かなり前から行っている事だ。
 魔力を貯める事を目的に作られたこのファミリア。
 俺の魔力を膨大な量で溜め込み、今や、万能な感すらあるわけだが……。
 じゃあ、このファミリアが貯蓄されている所は何処なのだ?と聞かれると困ってしまう訳だ。

 実は、今まで何も考えずに、ただできるから、ひたすら魔力をファミリアに貯蓄してきたのだが……紐を解けば、それは異空間に保存されていたのだった。
 俺達の存在する空間とは文字通り異なる空間……異空間に、そのファミリアは保管されている。
 俺はそれを、無作為に選択し、顕現させていたらしい。
 そんな今まで放置していた謎な部分も、空間魔法を制御するにあたって、その仕組みやら、どういったものかと言うのが、分かってきたのだ。

 例のごとく、俺の空間魔法をあっさりと真似して見せたルナと、この異空間を更に検証してみた。
 ちなみに、もう、ルナさんの魔法センスと張り合うのはやめた……。
 俺とルナを比べる事すら失礼な次元である。

 まず、異空間は個人がそれぞれ領域を持っているようだ。

 俺の持つ異空間と、ルナの持つ異空間は交わる事は無いようだった。
 その為、直接、異空間同士で、物をやり取りする事はできないようだ。
 また、異空間の中を直接見る事はできなかった。
 異空間と接続する際、入口に当たる部分には、モヤモヤとした黒いゆがみのような物は出現するのだが、そこに顔を入れることが出来ないのだ。
 ちなみに、手も入らない。収納したい物が黒いモヤモヤに触れた瞬間、吸い込まれるように荷物は中へと消え去り、手は黒いモヤモヤを素通りするのだ。
 掴んでいても荷物だけはちゃっかり消え去る。
 取り出すときは突然出てくる。
 しっかりと、掴もうと意識していると何故か掴んだ状態で荷物が現れる。
 ちなみに、異空間に入っている物を知りたい場合は、取り出しを強くイメージすると、何故か頭の中に入っている物のイメージがわいてくる。
 一方的に流れ込んでくるので、慣れないうちはルナでさえも情報を処理しきれず酔っていた。
 ちなみに俺は、最初のうちは、あまりの情報の多さに、気持ち悪くなり、のた打ち回っていたのは内緒である。
 制御できるようになってからは、見たい情報だけを絞って見る事ができるようになったので、今は大丈夫ではあるが……あれは二度と味わいたくない感覚だ。

 そして、見えないと見たくなるのが、人の心情であろう。
 ならば、ファミリアを通して情報だけでも……と思ったのだが、中にあるはずのファミリアと情報を直結しようとしても上手く行かない。
 どうやら、こちらと異なる法則が働いた空間のようである。

 また、この辺りはファンタジーの鉄則に漏れず、異空間内での時間は停止しているようだった。
 料理や食材等、入れた後、数日して取り出しても、変化は無かったのだ。
 腐る事も無ければ、温度の変化も無いように見受けられた。
 温かな料理は、取り出したときにも湯気を出した状態だし、氷も融けていなかった。
 更なる検証は必要であるが、状態変化はしないという認識で間違いないだろう。

 そして、生き物は入れる事が出来なかった。入れようとしても入口を通らないのだ。
 不思議仕様ではあるが、時間が止まっている……またはそれに類する状態であるのなら、異空間に入ったらどうなるか分からないので、そういう物なのかなと、とりあえず強引に納得した。
 異世界は謎が多すぎて困る……。
 その内、その辺りも解明される日が来ると願いたい物だ。

 そんな訳で、謎仕様ながら異空間を何とか使えるようになった訳だが……今の所、制御の関係で、使用できるのは俺とルナのみである。
 次は、空間移動について研究中であるが芳しくは無い。
 何か法則がありそうなのだが、それを解明するには至っていないのが現状だ。
 これは、地道に研究していく必要がありそうである。

 また、異空間の使用をある程度制御できるようになった結果、少し嬉しい誤算があった。
 今まで、ファミリアを顕現させるには、少なくない時間がかかっていた。
 だが、それは、俺が空間制御を行えておらず、無理矢理空間に小さな穴をあけて捻り出す様にこちらに、ファミリアを引っ張っていたからだったらしい。

 俺が、空間制御をある程度使えるようになって、その状態を認識、制御できるようになった結果、ファミリアの顕現は一瞬で行えるようになった。
 今迄の苦労は何だったのか……特に、あの糞勇者戦でこれをマスターしていれば、もっと簡単に事は済んだかもしれないのに……。
 今更ではあるが、やはり日々の研鑽は大事であると、思い知った。

 そんな風に、俺が思索に耽っている間にも、皆は思い思いに話をしていた。

 掃除が終わったのだろうか?

 ヒビキ達も、いつの間にか部屋の隅で、丸くなっていた。
 ふと、ヒビキが視線を向けてきたので、労いの意をこめて微笑み返すと、ヒビキは軽く頷いて、また寝そべった。
 クウガとアギトは、ヒビキに寄り添って同じように寝ている。
 ちなみに、此花と咲耶も、ティガ親子に埋もれるように、微睡んでいた。
 なんとも羨ましい限りだ。

 ルナとリリーは、先程よりもヒートアップしていた。
 と言っても、リリーが主に、「うぇええー!?」とか、「そ、それは……ちょっと……。」と騒いでいるだけだが。
 ルナはそんなリリーに素敵な笑顔で、手に文字を書いて何かを伝えているようだった。
 その度に、リリーの顔が真っ赤になり、青くなり、耳が目まぐるしく動いていた。
 久々にリリーが盛大にワタワタする光景を見て、俺はホッコリする。

 そんな微笑ましい風景から視線を外し、俺は未だにじゃれあっているレイリさんと宇迦之さんに、視線を移した。
 まだやってるよ……。けど、2人とも黒々とした物を発しながらも、何だかんだで楽しそうだ。
 これはこれで、放っておいても面白そうだが、それだと俺の用が終わらない。
 申し訳ないが、ここは、少し時間をいただく事にしよう。

 俺は、そう改めて決意すると、姦しく言い合う2人に声をかけたのだった。

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