比翼の鳥

風慎

第11話 新生代の力

 ルカール村で新生代は新たな生活を過ごし始めて3日。
 この間は、新生代の凄さをまざまざと見せ付けられ、ルカール村の皆だけでなく、俺も度肝を抜かれまくった日々だった。
 そういう意味で、新生代の活躍は、素晴らしいと言う、一言に尽きた。

 全ての種が、それぞれ独自の特性を生かして、獣人族の生活に大きく関わり、利便性を向上させてくれたのだ。
 勿論、それを俺が望んでいたからこそ、そのような形で生まれたのだろうが……。
 正直に言えば、俺の予想以上に、皆、頑張ってくれているし、何しろ、それぞれの役目がきっちりとしているのだ。

 新生代のまとめ役とも言える、象さん達は、正に重機だ。
 その巨体と、力を生かして、森の開拓や、石場での切り出しを中心にお願いする事にしたのだが……。

「なぁ? ツバサ。あれは、動物なんだよな?」

 カスードさんは、呆然としながら、目の前の光景を見つめつつ、俺に声をかける。

「ええ、一応、俺の世界では結構有名な動物ですね。」

「そうか……お前ぇの世界は凄いんだな。まさか、こんな少しの時間で、この森が更地になるとは思わなかったぜ……。」

 今見た……いや、見ている光景を否定したい様だが、現実は過酷だったらしい。

 なんせ、象さん3頭が、正に凄い勢いで暴れまわっているからな。
 声高々に鳴きながら、3頭の象さんは、次々と木々をなぎ倒していく。
 それはブルドーザーも、真っ青な勢いである。
 象さんが鳴き声をあげ、突撃をかます度に、木が凄い勢いでへし折れ、吹っ飛ぶ。
 その長い鼻が切り株へと振り下ろされ、土ごとその一帯を吹き飛ばす。
 あの惨状の中に入っていったら、獣人では、ひとたまりも無いだろう。あっと言う間に、ひき肉である。
 少なくとも、俺は絶対に入りたくない。

 少なくとも、俺の世界の象は、こんな常識外れにパワフルで、しかも、気持ち悪いほど素早くは無かったはずだが……敢えて突っ込まない事にした。
 象さんは、ブルドーザーとショベルカーの性能を併せ持ち、色々応用も利く、汎用型重機だった。
 後は、獣人達と上手く対話できるようになれば、更に、活躍の場は広がっていくだろう。
 俺は、象さんの暴れっぷりを見ながら、そう結論付けていたのだった。


「えっと、えっと……カンガルーさんは……とても便利です!! 特に主婦の皆さんは、全員家に来て欲しいと! だ、駄目ですか……。す、すすす、すいませええええええぇぇん!!」

 マールさんは、そう一気に捲くし立てると、勝手に謝って去っていった。
 いや、頼むからこちらにも、何か言わせて欲しいものだ……。

 というわけで、カンガルーも好評のようである。
 ちなみに、カンガルーの特殊能力……。
 ぶっちゃけてしまうとあれだ。某、猫型ロボットの持つ、ポケットである。
 あの、袋がそのまま異空間に繋がっているようで、俺の魔法と同じように、収納できるわけで。
 そりゃ、一家に一頭欲しくなるわな。

 勿論、袋から出し入れするのは、カンガルー本人にしか出来ないようであるのだが、こちらの言う事は分かってくれているので、言葉に対しての支障は全くないようだ。
 今は試しに、狩りに行く人員に優先的に連れて行ってもらっている。
 しとめた獲物を持ち歩かなくてよくなるので、効率がかなり上がっているようだ。
 ちなみに、最近、ルカール村の住人の身体能力も上がっているようで、熊にも負けないとのことだ。
 あれに勝つのは相当大変だと思うのだが……本来の王者の風格を、犬狼族は取り戻しつつあるようである。


 さて、ちなみに、生産部門である鶏と乳牛達も、素晴らしい生産力を見せ付けてくれている。
 何せ、魔力さえあれば、自分の望むように卵と牛乳を生産できるらしいのだ。
 ここ数日は、俺が直接魔力を注入しているが、昨日、新生代たちに食べさせる飼料に目処が立ったので、そちらで今後は試す予定だ。
 でだ。収穫時間をコントロールできるわけで、それ程大変な仕事ではない。
 なので、この仕事は子供達を中心に、行わせる予定だった。
 だったのだが……。それでも人員が足りないので、一つ実験的にある試みを行っている。
 それが、今目の前で繰り広げられている光景なのだが……。

「……んで……何でこの俺様が、こんな……いてぇ! てめぇ! いでぇ!! つつくな!! ちゃんとやるからよ!!」

 というわけで、俺もすっかり忘れていたのだが……鶏につつかれ、怯えるように卵を収穫しているのは桜花さんの息子である、ガレフである。
 そう、あの毒殺未遂騒ぎを引き起こした、馬鹿息子だ。
 正直、今のルカール村には人手が足りない。
 そういう訳で、半分飼い殺しと化していた罪人達を、引っ張り出してきたのだ。
 しかし、そうは言っても、あれだけやらかしてくれた奴らだ。
 野に放たれれば、また、何かやらかすのは目に見えている。
 そう簡単に更生するとは思えないわけで、そうすると監視が必要なわけだ。

 そこで、鶏様の出番である。
 やはり体が小さいせいか、鶏は繁殖率が高く、良い感じに数が増えているのだ。
 新生代の中でも、今では一番多くなっている。
 そこで、ガレフとその手下達に、鶏をあてがう事にした。

 ……無謀だと思うだろう?
 俺も最初は、様子を見ながら徐々に……と思っていたのだが……。

「くそぉ!! もう頭にきた! やってられっかぁ! こんなこ……あぐべぁ!?」

 文句を言い、職務放棄しようとしたガレフの横っ面を、電光石火の如く飛び上がった鶏が蹴り飛ばした。
 クルクルと凄い勢いで回転しながら、地面に倒れこむ馬鹿息子。
 うーむ、良いローリングソバットだ。
 シュタっと効果音がしそうな勢いで、優雅に地へと舞い戻る鶏様。
 片足で立つ姿が、中々に絵になるのが、新鮮である。

 この鶏。見かけに騙されてはいけない。
 かなり強いのだ。
 まず、早い。とにかく、その小回りの利く体を生かし、縦横無尽に駆け回る。
 正直、目で追うのは不可能に近い。俺もこの子達の攻撃を防ぐとしたら、障壁頼みである。
 そして、その小さい体に似合わず、一撃が重いのだ。
 ご覧の通り、獣人族くらいなら一撃で吹っ飛ばす。

 ちなみに、試しにやった模擬戦で、ヒビキと互角の戦いを繰り広げていた。
 肉食獣を圧倒する勢いの鶏……その光景は、ギャグとしか思えなかった。
 10羽くらいに取り囲まれたら、多分、普通の戦い方では勝ち目は無いと思う。

 そして、そんな光景を優しい目で見つめる乳牛たち。
 こちらも戦闘力はかなり高い。
 何と言っても、その巨体で、目の前から消えるほど早く動くのだ。
 それが、タックルをぶちかましてくるわけで……。

「親分!! てめぇ! よく……ぶばがぁ!?」

 と言う感じで、搾乳していたのにそれを放り出して、ガレフに駆け寄ろうとした子分其の壱が、宙に舞った。
 あれだな。某国民的プロレスっぽい超人マンガの、バッファロー何某さんの必殺技みたいな感じだよね。
 食らったら、間違いなく錐もみしながら、宙に舞っていくわけで……。

 しかし、こいつらも学習しないな……。
 今日だけでこのやり取りを十回以上しているのだが……。
 体に覚えこますまで、続けるしかないのだろうかね?

 まぁ、ちょいスパルタだけど、やろうとしていた事を考えれば、ちゃんと仕事させて、更生させてあげるだけマシだと思って欲しいものだ。
 勿論、ちゃんと更生してくれれば、一住民として、受け入れるつもりだ。
 そうなって欲しいなぁ……と俺は淡い期待を抱きつつ、悲鳴と打音の入り混じる作業場を遠くから眺めるのであった。


 馬は期待通り、輸送力として、その機動力と馬力を如何なく発揮してくれている。

「……馬と言う動物は凄いですね。こんな物も楽々と引っ張ってしまうのですから……。」

 今、俺は、ヨーゼフさんと試作品である馬車に乗っている。
 勿論、大量の荷物を載せてである。
 で、恐らく10トン以上あるであろう、荷物の載った馬車を悠々と引く馬。
 その姿に疲れは無く、何より早さがおかしい。
 子族の村に資材を試しに運びに行っているわけだが……ビビに匹敵する速さで吹っ飛ぶように進んでいる。
 しかも、揺れない。何故か全く揺れない。
 更に、風が来ない。これは、あれだ。ヒビキと同じような事をしているのだ。この子達は。

「そうですね。まさか、これだけの物を、この速さで楽々引いてしまうとは……俺も予想外でした。君ら、凄いんだなぁ。」

 何気なく出た俺の呟きに近い言葉に、馬は嬉しそうに一声いななく。
 そんな馬の様子に、俺とヨーゼフさんは顔を見合わせて、次の瞬間微笑むのだった。


「なぁ? 兄ちゃん。このキリンって奴、なんでこんなに首が長いんだ?」

 スルホが不思議そうに、キリンを前にしてそんな事を聞いてくる。

「そうだなぁ。高いところの草を食む為に進化したって言うのが通説だなぁ。」

「ふーん? 変なの。草なんてそこらにあるのにな。」

「ここみたいに、自然が豊富なところじゃないんだよ。キリンの生きているところはね。」

「へぇー。ああ見えて、苦労してる奴なんだな。」

 そんな微笑ましいとも言える会話の向こうで、キリン達は働いていた。
 市壁の下で口にくわえた資材を、市壁の上へと次々と下ろしていく。
 あんな小さい口でどうやって物をくわえているのか不思議なのだが、何故かしっかりと揺るがず上へと運ばれていく。
 極小ではあるが、魔力の流れを感じるので、魔法の力を上手く使っているのだと、俺は当たりをつける。

 下で作業していた獣人が、キリンにくわえられ市壁に上がっていった。
 初日こそ、震えながら持ち上げられていたが、3日目ともなれば慣れて来たようだ。
 襟をくわえられて、上へと上がっていく光景はシュールではあるが。

 スルホとラーニャは、そんなキリンの頭を追うように、視線を上へ下へと動かしていた。
 キリンの役割は、正にクレーンだった。
 今はまだそれ程ないが、高所の作業には欠かせない、大事な役割だ。

 さて、そんなある意味、普通の動物達は、徐々にルカール村へと溶け込んでいった。

 しかし……町外れにある、この場所の子達は、その登場のインパクトのせいもあるのか……未だに、ルカール村の住人に奇異の目で見られていた。

「のう? ツバサ殿よ。」

「なんでしょう?」

「これは……なんじゃ?」

 桜花さんが、そう言って稲たちを指差す。

「稲ですね。俺の捜し求めていた、最高の食料ですよ。」

「これが……か? 何か、ドロドロした物に埋まっておるのじゃが……?」

「これは水田といって、稲を栽培するにはとても都合の良い物なのですよ。」

 そんな俺の言葉を受けて、桜花さんは改めて視線を水田に鎮座する稲へと向ける。
 そのまま、稲を見つめつつ、何か困ったように、言葉を吐く。

「確かに……なんじゃか、くつろいでいる様にも見えるがな。」

「ええ。何かとっても幸せそうですね。」

 稲たちは、本当にくつろいでいる様に見える。
 それは、差し詰め、温泉につかっている親父のようである。
「ふぃー……極楽、極楽……。」と言う声が聞こえそうなほどだ。

「しかし……これが食べ物だとは……にわかには信じられんのぉ……。」

「俺もですよ……。」

 つい本音で答えてしまう俺。
 いやさ、だってさ、余りにも俺の知っている稲とは違ってるんだもん。

「ちなみに……じゃが……。」

 凄く歯切れの悪い感じで、桜花さんが言いよどむ。
 俺はそんな桜花さんの言葉を、気持ち良さそうにユラユラと揺れる稲たちを見ながら待つ。

「……あの……水田とやらに、間違って落ちたら……どうなるんじゃ?」

 桜花さんは、半分、正解を知っているだろうに、敢えてそう聞いてきた。
 俺はそんな桜花さんに微笑むと、

「間違いなく、体によくないでしょうねぇ……。」

 そうハッキリと答えたのだった。
 そんな俺の言葉を聞いて、桜花さんは顔をしかめつつ、

「と言うより……間違いなく死ぬじゃろ? あれは。」

 と、ため息をつきつつ吐き出すように呟く。
 そんな言葉に俺は、苦笑しかできなかった。

 そうなのだ。
 今、稲たちが気持ち良さそうに使っている水田は、間違いなくヤバイ。
 まず、水は真っ黒。しかも、ポコポコと音を立てながら、良く分からない気体が常に湧き出ている。
 そして、その周りには黒い霧がまとわり付くように立ち込めており、視界は霞んでいる。
 そんな状況なので、稲たちの水田の周りには、俺の防護結界が幾重にも取り巻いており、万が一が起こらないように対策してある。
 何故こうなったかと言うと……全ては稲たちの要望を叶えた結果なのだ

 最初は、普通の水田だった。
 水田を作るのはそれ程手間ではなかったのだが……稲達はご不満だったのだ。
 稲たちの訴えかけてきた事を辛抱強く解読した結果、わかったことは……。

 魔力不足。

 この一言だった。
 土地の持つ魔力が全く足りなかったのである。
 そこで、俺の魔力を水田に込めて見た。
 最初は水が少し黒くなる程度だったが、これでもまだ足りないと稲は言う。
 更に魔力を注入していくと、何故か泥が変質し始め、何か良くない色へと染まり、更にグズグズに崩れていった。
 ここらで俺的にはやめたかったのだが、稲の要求には勝てず更に魔力を注入した。
 この時点で俺は、水田に魔力を遮断する結界を張る。

 そして、魔力注入の結果、黒い水から瘴気のように黒い物が立ち上るようになった。
 音を立てて弾ける泡を無尽蔵に生み出す水田は、紛れもなく毒の沼そのものであった。
 そんな水田に、「イヤッホゥー!」とばかりに飛び込んで、満足したようにくつろいでいる稲を、俺はただ見つめる事しかできなかったわけで。

「……ツバサ殿。」

 桜花さんの弱々しい声が響く。

「はい……。」

「ここは……立ち入り禁止にするぞ。」

「ええ、それがいいかと思います。」

 そんな会話を続けるのが、精一杯な俺らであった。

 ちなみに、結界を張っていたら米取り出せないじゃん!とか思っていたのだが、杞憂だった。
 稲達は、やはり俺の想像を超えて、遥かにぶっ飛んでいた。

 米を吐き出したのである。
 しかも、結界を突き破る威力で……である。

 桜花さんが疲れた顔で帰ろうとした所で、俺がその事に気がつき、稲に問いかけた結果であった。
 正に、それは米を弾丸とした機関銃の掃射だ。

 地面に硬質な音を立てて、凄い勢いで吐き出される米を見て、俺は世界征服も夢ではないな……と心の奥で確信した。
 稲の機関銃に、紙くずのように、なぎ倒される兵達。
 生々しく浮かぶ光景を脳裏に浮かべ、俺は言葉を失う。

 そんな妄想を膨らませつつ、その光景を眺めた数分後には、米の山が出来ていた。
 いや、あくまでこれは、食用だ。そんな風に使ってはいけない。
 俺は、頭を振ると、稲に微笑みかける。
 そうだな。収穫の手間も省けるので、これはこれでありかと、俺は前向きにとらえる。

 とりあえず、そういうやり方で米を収穫するのであれば、結界は持続型にしておけば問題ない。
 米が突き抜けてきても、結界が自動で修復するのなら大丈夫だろう。
 そうすれば、稲の方で好きなときに吐き出してくれれば、後は米だけをもって行けば良いのだから楽である。

 とりあえず、山になった米を俺は結界で包んで、そのまま異空間へと格納した。
 稲たちに礼を言い、水田を離れた俺と桜花さんは、村に着くまで、始終無言であった。

 ちなみに、その後、ルカール村で炊いた米は、皆に大絶賛される事になるのだが……。
 どうやって作られているかは、俺と桜花さんの共同の秘密となったのだった。

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