比翼の鳥

風慎

第24話 狐族の族長

 ルナとリリーが、新しい着物を試着していた時、門番を務めるガーディアンズの一人から、緊急の知らせが届いた。
 それによると、どうやら、行商人の馬車に乗り込んで、狐族の族長たちがやって来たらしい。
 事前の打ち合わせどおり、その事を知った俺は、集会場へと向かった。
 ちなみに、ルナとリリーには前もって別の役割を頼んでおいたので、そのために、分かれて行動する事となった。

 集会場には既に、ルカールの族長たちが勢ぞろいし、レイリさんとシャハルさん、それに、宇迦之さんが真剣な面持ちで俺を待っていた。
 そして、何故か宇迦之さんの後ろに、身を縮めるように、狐族の離反者たちが全員揃っていた。
 俺が、狐族の離反者たちがいる事に首を傾げると、宇迦之さんは真剣な顔で、

「皆、全てが知りたいそうじゃ。頼む、見せてやってくれ。」

 と、頭を下げる。
 そんな宇迦之さんの言葉の後を追う様に、レイリさんと、シャハルさんが頷く。
 桜花さんとカスードさん、それに、ヨーゼフさんとマールさんのルカール族長軍団は、皆、好きにしろと言う顔で、俺を見ていたため、特例として、この場に参列する事を許す。

 その心意気やよし。しっかりと、自分自身の崇めていた者の正体を見ると良いさ。

 そんな風に、心の中で子族の面々に思いを寄せた俺は、ファミリアを投影モードにして、ファミリアが撮影している画像を、集会場の壁に映し出した。
 その様子に、狐族の皆から、どよめきに似た声があがる。
 対して、族長の面々は慣れたもので、投影された画面を食い入るように見ている。

 映し出されたのは、門の前に止まる、行商人の馬車。
 姿を消したファミリア3体によって、異なる角度から撮影されている画面を、皆、言葉も無く見ていた。

 そして、その中の1体が、馬車の中でイラついたように、小刻みに足を震わせながら、目を閉じ、瞑目する狐族の族長の姿を捉えた。
 どうやら取り巻き共も一緒なようで、馬車の外に出て、門番である、百犬族の男性と行商人の子族の青年に文句を言っている。

「何故、すぐに入れないのだ! さっさと、責任者を呼んで来い!」

「そうだ! 狐族の族長様が、直々にお越しなのだぞ? それを待たせるとは、失礼にも程がある。」

 口々に文句を飽きることなく吐き出す従者の2人の言葉を、子族の行商人は、「まぁまぁ……。」と、愛想笑いで宥めている。
 対して門番の男性は、一歩も引かず、淡々とその言葉を受け流して、その場を守っていた。

 まぁ、何と言うか、入る前からこれでは、中に入ってからが思いやられるな……。
 俺がため息をつきながら、そんな様子を確認していると、面白い物でも見るように、カスードさんが声を上げる。

「なんつーか……相変わらず偉そうだな? こいつら。追い返して良いんじゃねぇか?」

 そんな歯にきぬ着せぬ言葉に、俺は苦笑する。

「まぁ、一応、族長様ですし……それに、村の外に出て、ここまで来た事は褒めてあげましょうよ。普段なら絶対出てこないんでしょうし。」

 一応、フォローする形で、俺はこの時点で既にイラついているカスードさんに声をかける。
 フォローになっているかは不明だが……。

 後ろで、狐族の面々が居心地悪そうにしているが、仕方ないだろう。
 ついでに、シャハルさんも何か気まずそうにしているが、こちらも、まぁ、しょうがない気がする。
 逆に、そうやって、過去の自分と対比できるようになった、彼らの現状に、俺は安心感を覚えた。
 自分を客観的に見る事は、意外と難しい。
 だが、彼らは、今の狐族の族長たちの振る舞いを見て、何か思う所があったのだろう。
 今は、それで十分だと、俺は思う。

 意識できれば、次に繋がる。

 皆、確実に、自分の頭で考えている。
 そんな手ごたえを感じながら、俺は、未だに古き時代にしがみ付いている者達へと、視線を戻したのだった。

 相変わらず、文句を垂れ流す取り巻き2人を放って置く訳にもいかず、俺は、護衛付きでこちらの集会場に、狐族の族長一行をで、ゆっくりと、丁寧にご案内するように、伝達する事にした。
 この様な場合、ファミリアで伝達するのが一番早く簡単なのであるが……基本的に、そのような使い方は、一般には見せていない為、使わない。
 では、どうするかと言うと、最近、猫族の中で、特に足の速くなった数人を、伝達係として、雇っているのだ。
 既に、何回か、このような火急の件に際して、お世話になる事もあったので、今回来た伝達係の猫族さんも知っている顔だった。
 三毛猫のように、髪の毛や耳に、斑な模様の入った、愛嬌のある毛並みなのだが、その表情はいつも引き締まっていて、好青年な印象を受ける顔立ちだ。
 しかし、その顔は緊張で少し強張っていた。
 まぁ、大事な伝令を任せられるんだから……その気持ちは分からんでも無い。
 更に、自分の仕事ぶりが、この国のトップたちに思いっきり見られていると分かっていれば、更にその重圧も増すと言う物だろう。
 そんな彼の気持ちをおもんばかって、俺はなるべく、柔らかい口調で、簡潔に、その指示を伝えた。

 俺の言葉を聞いた、伝達係である猫族の青年……確か、ルッツさんと言ったか……は、伝令を復唱すると、一礼をして集会場を音も無く出て行く。
 翻った細い猫の尻尾に、一瞬心を奪われるも、背中から複数の視線を感じ、俺は、誤魔化す様に、急いで訪問者たちの様子を確認する。
 その映像には、未だに喚いている2人の言葉を、悠々と躱す門番さん。
 そして、10秒ほどしただろうか? 門番さんの後ろにある扉の一部が開き、誰かが門番さんに言付けをしている様子が見て取れた。
 1体のファミリアを門の内側に向かわせると、そこには、先程出て行ったばかりのルッツさんの姿が何故かあった。
 息を切らす事も無く、淡々と言付けを行い、門番さんと何やら話すと、その場から消えるように立ち去った。
 ……ルッツさんの仕事ぶりは初めて見たが……早すぎないか?
 ここから、足止めしている門まで、少なく見積もっても3kmはあるぞ?
 何て事を考えているうちに、集会場の入口より、他の伝令が音も無く駆け寄り、報告伝達が完了した旨を伝えて来た。
 族長軍団は、それがさも当たり前のように受け流しているので、俺は疑問を呈す事も出来ず、事態を黙って見守るのだった。

 最初、馬車から降ろされ、歩いて向かって欲しいと、門番に言われた取り巻き2人は、激高した。

「貴様!? 族長様に、このような場所を歩けと言うのか! ふざけるな!!」

「族長様は、長旅でお疲れなのだ!! 長らく待たせた挙句、迎えをよこすでもなく、歩けとは、無礼にも程がある!!」

 そんな言葉をぶつけられても、門番さんは、涼しい顔で、

「ツバサ様の御命令ですので。……さぁ、どうぞ。」

 と、門を開け、横に控えて、3人が通り過ぎるのを待つ。
 幾ら怒鳴りつけても、態度が一向に変わらない門番さんに、業を煮やしたのだろう。
 狐族の族長は、馬車を降りると、

「もう良い。そこまで言うのであれば、したがってやらんでも無い。私は……寛容だからな。」

 そんな風に、余裕を見せつけるように言い放つと、

「だが……この仕打ち……高くつくぞ? 覚えておれよ? 下賤な者。」

 と、懐から取り出した扇を勢いよく開き、口元を隠しながら、門番さんと、その横で困った様に様子を見ている行商人に、ねめつける様な視線を向けた。
 しかし、門番さんは、石像のように直立したまま、その視線を物ともしない。
 族長は、そんな様子が気に食わないのか、鼻を鳴らすと、そのままお供を連れて、ルカールへと足を踏み入れたのだった。

 ルカールに入ってから、取り巻きの2人は途端に、静かになった。
 と言うのも、目に飛び込む風景が、理解の範疇を超えているからだろう。
 石造りで、綺麗に舗装された道が、まっすぐにのび、彼方には大きな市壁が町を囲む様にそびえている。
 民たちは、皆、一様に忙しそうに駆け回っているが、その顔は生き生きとしていて、着て居る物も、しっかりとしたものが多い。
 少し目を逸らせば、広大に広がる畑と、見たことも無い、植物たち。
 その合間から、多種多様な種族が、一丸となって仕事をしている姿が、垣間見える。
 茫然と立ち尽くす3人の横を、凄い速度で、馬車が通り過ぎる。
 しかし、砂埃が立つ訳でも無く、風圧が3人を押しのける訳でも無い。
 遠くには、キリンたちが、一列に並び、市壁の拡張と、点検を行う姿が見えた。
 キリン達に乗せてもらい、高所へと移動する職人たちの顔には、キリン達に対する絶対的な信頼が見え隠れしている。

 今迄の状況では想像も出来ない光景に、3人は我を忘れて見入っている様子が、画面越しから伝わってくる。
 その間抜けな様子を、ルカールの族長たちは、ニヤニヤしながら、満足げに眺めていた。
 うん、やはり、過去に色々あったんだろうな。
 驚く顔を皆、本当に楽しそうに、眺めているし。
 そう言う俺も、頬が緩むのを止められないけどな!
 もっと驚け。浦島太郎さん。そして、自分達との格差を、痛烈に実感して貰おうかな!

 そんな風に、狼狽する狐族の族長達に、背後から、声をかける者がいた。

「狐族の族長様ですね? ご案内いたしますので、どうぞ、こちらへ。」

 声をかけられた3人は、飛びあがる様に驚くと、その声の出所へ視線を向ける。
 そこには、白い5枚花弁の模様に彩られた、赤い着物を着たリリーと、黒い百合をあしらった模様に彩られた、白い着物を着たルナが佇んでいた。
 映像越しからも、2人の可憐さ……特にリリーの柔らかで優しい雰囲気と、ルナの少し引いて慎ましやかな雰囲気が伝わってくる。
 しかも、結構、体にぴったりとした作りをしているのか、2人の女性特有の柔らかな丸みが、着物越しに浮き出ており、普段の彼女達からは想像も出来ないほどの色気を出す事に、成功していた。
 そんな事もあり、更に、いつも見慣れたエプロンドレスではないせいか、思わず2人の姿を見て、胸が高鳴るのを俺は否応なしに、感じる事となった。
 それは、画像を見ている面々も同じようで、口々に、2人の可憐さと、美しさを褒め称えていた。
 身内の皆もその反応は顕著で、

「うむぅ……2人共、よぅ似合っておるのぉ。わらわも、そろそろ着物を新調したいのぉ……。」

 と、チラリと、おねだりして来る狐さんもいれば、

「ふふふ……リリーも、中々、色気が出てきたでは御座いませんか。ですよね? ツバサ様?」

 と、肯定以外の回答を認めない、狼さんの呟きが聞こえ、俺は、汗を垂らしながらも2人に頷く。

「……リリー……立派になりおって……。……やっぱりお主には、勿体無いかの?」

 と、嫌味をぶつけて来る御老体の言葉を、俺は乾いた笑いで、無難にかわすと、改めて、狐族の族長達の動向に注視した。

 先程、別れたルナとリリーに任せていたのが、このお出迎えと案内だ。
 正直、俺は最初、乗り気ではなかった。
 そもそも、あの狐族の族長に、2人の姿を晒す事自体、あまり気乗りしない事なのだ。

 勿論、2人の周りには、村に入った時から、ガーディアンズの実力者である、ゴウラさんとベイルさんが、身を隠して様子を見守っている。
 それに、俺のファミリアも、常に2人には従えてあるので、狐族の族長達では、彼女らに傷一つつけることは出来ないだろう。

 だが、狐族の族長たちの偏見に満ちた言葉に晒される事は間違いない。
 そして、好みにも寄るだろうが、彼女達が欲望の篭った目に晒されてもおかしくないわけで……それは、彼女達自身だけでなく、俺にとっても気分の良いことでは無いのだ。
 彼女達に、そういった悪意の真っ只中に飛び込む必要は無い……そんな風に、諭したのだが、彼女らは逆にそれに喜んで、やる気になってしまった。
 確かに、今のうちに、2人を悪意や欲望の篭った目で見つめられる事に、慣れさせる必要があるのは事実だった。
 お人形のように、安全な場所に飾っておくと言うのも、俺としては違うと思うし。
 これからの事を考えれば、彼女達には、不条理な状況になれてもらう事は、絶対に必要な事だ。
 そんな様々な状況が重なった結果、俺はしぶしぶではあるが、2人にこの役目を任せたのだった。

 そんな俺の心配を余所に、リリーは花の咲くような笑顔で、狐族の族長一行に、丁寧に接していた。
 ルナも、しゃべる事も、文字を出す事もせず、リリーの動きをサポートするように、さり気なく動いていた。

「それでは、ご案内いたしますので、着いて来て頂けますか?」

 そう言って、リリーはゆっくりと、後ろを気遣いながら歩き出した。
 ルナもそれに並び、一緒に歩きだす。

 最初こそ、うろたえていた族長達だったが、余裕を取り戻したのだろう。

「ふん。下等な種族に前を歩かれるのは気に入らんが……まぁ……良いだろう。案内させてやろう。行くが良い。」

 と、毎度のことながら横柄に振舞うと、リリーとルナの後ろについて、歩き出した。

 暫くの間、そのまま、何事も無く歩き続けていたのだが……気持ちが落ち着いて、余裕が出てきたのだろう。
 何か、取り巻き立ちの視線が、欲にまみれた物に変わっていくのを、俺は画面越しに感じていた。
 その取り巻きの変化に引きずられたのか……何より、族長が、それ以上に執拗に前を歩く女性達に、その欲望の篭った視線を向けるようになっていた。
 その、正に男の欲望を隠しもしない視線は、リリーやルナのお尻や、尻尾をなぶる様に、遠慮なく注がれていた。
 そして、それは、前を歩く2人には、敏感に感じられたのだろう。

 ルナもリリーも、顔にこそ出さないものの、確実に、その視線に嫌なものを感じているのは、傍から見ても良く分かった。
 リリーは特に顕著で、耳や尻尾の毛がいつもより、大きく開いているのが、画面越しからでも分かる。
 ルナは、逆に、変化が乏しくなっているので、それで、かなり不機嫌だという事が判断できた。
 俺も、そんな2人の様子を見て、内心、むかつきが納まらないが、ここで俺が癇癪を起こして、彼女達の頑張りを無駄にするわけにも行かず、一緒になって耐える。

 そんな事をする必要があるのか? と言われれば、一応ある。
 そもそも、2人を行かせた最大の理由は、狐族の族長達のありのままの姿を皆に見てもらう事だからだ。
 本当は、ルカール村の族長軍団に、内情から何まで見てもらい、俺のこの胸の中に未だに燻っている物を共有してもらった上で、完膚なきまでに叩き潰すつもりだったのだが……そこに、狐族の面々も加わった事で、その重要性は更に高まった。
 画面越しに見える、今にも涎を垂らしそうな、だらしない部下達の顔と、いやらしい目つきと笑顔を顔に貼り付けた族長の姿を見て、流石に、狐族の民達も、湧き上がる嫌悪感を抑える事ができないようだ。

 女性の達は、あからさまに侮蔑の表情を浮かべており、男達の何人かは、同じ男性として、とても見ていられないと言う様に、恥ずかしそうに俯いていた。

「これが……族長の……民を束ねる者の……顔か……。」

 ハクアさんが、必死に目を逸らすまいと、族長のいやらしい顔の映った映像を見つめていた。
 その呟きから、彼の心中も察する事ができる。

 そうだ。これが、狐族の族長様の素顔だ。
 どうですか? 狐族の民の皆様方。
 俺は、沸きあがる嫌悪感を押さえつけつつ、心の中でそう呟いた。

 しかし、我慢できない人もいたようで……

 鯉口を切る音が聞こえ、そちらを向くと、無表情で宝刀を抜き放つ、桜花さんの姿があった。
 おいおい……予想通りだけどさ……一応、リリーに口すっぱく言われたでしょう……。

「絶対に!! 絶対に!! おじいちゃんは、出てきちゃ駄目なんだからね!? 大事な仕事なのは、おじいちゃんも分かってるでしょう? だから、良い? もし、出てきたら、もう、口利かないんだからね!」

 そう、何度も、念を押され、その度に、「わかったわぃ。」と、しぶしぶながら、同意していたでしょうに……。
 俺だって、耐えてるんですから、我慢してくださいよ……。
 しかし、そんな俺の心の声が聞こえるはずも無く、

「あの……糞狐めが……叩き切ってやるわぃ……。」

 と、よくわからない闘気を迸らせながら、出口に向かって、乱暴に歩いていき……金色の光を纏ったレイリさんに、摘み上げられていた。

 ああ、レイリさんも、結構お怒りでいらっしゃいますね……。
 何であなたも、覚醒状態なんですか……。

「離せ! レイリ!! 奴を……あのエロ狐を叩ききるんじゃ!」

「……落ち着いてください……。私だって、娘をああいう目で見られて、それはもう、腹が立って仕方ないですが……こうして我慢しているのです。リリーが頑張っているのに、親達が邪魔をして良い訳が無いでしょう……?」

「しかし、もう我慢できん!! あの狐ぇぇぇ!!」

 とりあえず、どっちが大人なのか分からない様なやり取りが後ろで繰り広げられるのを見て、何となく冷静になれた俺は、改めて、映像に目を戻すと、そこに想定外の客が寄ってくるのが映っていた。

「よぅ! リリー姉ちゃん! ルナの姉き! 何してんだ?」

「だ、駄目だよぉ! お兄ちゃん! あ、すいません、リリーさん、ルナ様。」

 全く持って場の空気を読まない、スルホがリリーに駆け寄り、声をかけた。
 それを慌てて追いかけてきたラーニャが、兄を止めようとする光景が繰り広げられている。

 うん? 何か、ルナの呼び名が変だったが……。まぁ、とりあえず、状況が状況なので気にしない事にする。

 突然、声をかけられて、リリーもビックリしたのだろう。

「あ、スルホ君、ラーニャちゃん。今ね、狐族の族長さんを案内しているところなの。用があるならまた後でね。」

 と、少し、焦ったように、返すのを見ながら、ルナが、魔力を練り、そっと有事に備え始めているのを俺は探知で感じ取る。
 更に、物陰から様子を窺っている、ゴウラさんとベイルさんも、いつでも飛び出せるように、準備をしているのが、別のファミリアから見て取れた。

 それもその筈で、後ろで静かに着いて来ていた、狐族の族長一行が、スルホとラーニャに対し、殺意にも似た威圧を放ち始めたからである。

 その様子を見たヨーゼフさんが、心配そうに軽く俺に目配せをしたが、俺は大丈夫だと言う意思を込めて、頷き返す。
 俺のその様子に安心したのだろうか? ヨーゼフさんは、表情を緩ませると、視線を戻した。

「貴様! 下賎な身でありながら、族長様の前を横切るか! そこに直れ! 叩き切ってやるわ!」

 取り巻き達が威勢よく叫ぶ声を聞いて、俺は、意識を集中し始める。
 今のところ、何が起きても現地で対処してくれるだろうから問題は無いが、今のように、不測の事態と言うことはある。
 俺はファミリアを増員し、周囲とルナ、リリー、スルホとラーニャに隠蔽した防御結界を張る。
 それにルナは気がついたようで、一瞬、周りに目を向けた後、口元に笑みを浮かべた。

「す、すいません! 今、向こうにやりますので……。ほら、スルホ、ラーニャ、行きなさい。」

 腰元にさした、無骨な武器に手をかけた取り巻き立ちの姿を見て、リリーは慌てて2人に叫ぶように声をかけた。
 しかし、流石はスルホ。空気を読まない彼は、

「ん? 何で? つか、何でこの狐のおっさん達は、こんなに偉そーなんだよ? それよりさー……。」

「ちょっと、お兄ちゃん! 何だかあの狐さん怖いよ! 行こうよ!」

 と、ラーニャの制止も聞かずに、全く動じず話を続けようとした。
 お前……大物だよ……単に馬鹿と揶揄するには、惜しいくらいだ。

 このスルホの振る舞いに、固唾を呑んで見守っていた狐族の民達も、悲鳴を上げていた。
「は、早く逃げないと!」「駄目よ!逃げなさい!」と、画面に向かって、必死に訴えかけていた。
 俺は、大分、狐族の民達も、ルカールの一員になってきたなぁと、感動しながら、その光景を見守っていた。

「き、貴様……子供と思って甘く見ていれば……いい気になりおって!!」

 激昂しながら、武器を腰から解き放ち、スルホに向かって無骨な剣を、その頭に叩きつけるように振るう、取り巻きその壱。
 それを、何故か見守るルナとゴウラさん、ベイルさん。
 何故なら……

「おっと!? 危ねぇな! 何すんだよ!」 「きゃぁ! お兄ちゃん逃げようよ!!」

 と、2人とも、騒ぎながら、何度も斬りつけられるその剣筋を、あっさりと避けていたからである。
 しかも、危なげなくである。スルホのその顔には、驚きこそあるものの、恐怖と言うものは全く無い。
 ラーニャは口調こそ、怖がっているが、その口調に反して、動きはキレがある。

「こ、こいつ!? 下等な種族の、子供……の、癖にぃー!!」

「ちぃ! 舐めおって!!」

 更に、取り巻きその弐が、棍棒のような物を抜き放ち叩きつけるも、当たらない。
 2人は、徐々に、一体になるかのように、それぞれの動きを絡ませながら、その武器の軌道を支配していく。
 ちなみに、横では、リリーがおろおろしながら、

「あの! 暴力は、ちょっと……! 武器は困ります!!」

 とか、必死に声をかけていたが、止める様子は無かった。
 その様子からも、スルホとラーニャを心配する……と言うより、こんな往来で、武器を持ち出された事に対して、心配している事が感じ取れる。

 しかし、話には聞いていたが……実際見ると、凄いもんだな。
 俺は2人の兄妹の動きを見守りつつ、ため息をつく。

 どうやら、志願者にゴウラさん達が武術を教えているらしく、この兄妹もその教えを受けていたらしい。
 話には聞いていた。聞いていたのだが……普通に凄いじゃないか……。

 特にこの兄妹は、シンクロした時の動きがおかしい。
 動きが読めないのだ。

 普通は、その動きは足捌きであったり、目線であったり、わずかな準備動作などで、ある程度の予想がつくのだが……。
 この兄妹は、お互いの動きをお互いにゆだねあう事で、予想の出来ない動きを可能としていた。
 それでも、俺なら何とか正攻法で対応できるだろう。
 リリーやレイリさんも、覚醒すれば可能だろう。
 だが、一般人に武器を持たせた程度の、ただのお狐様には、無理だ。

 最初こそ、威勢よく斬りつけていた取り巻き2人だったが……流石に、体力がなくなったのだろう。
 肩で息をしながら、最後は武器をすっぽ抜けさせ、倒れた。

「何だ、もう終わりなのか? だらしねぇなぁ。」

「ううぅ……怖いよ……お兄ちゃん……帰ろうよぉ。」

 と、息も乱さず、余裕な佇まいを見せる兄妹。
 まぁ、ラーニャは別の意味で、余裕が無さそうだが。

 そんな取り巻き共を、興味なさそうな顔で見下ろす狐族の族長。
 そのまま、鼻を鳴らすと、面倒くさそうに扇を開き……火球を兄妹に向かって無造作に撃ち出した。

 いきなり撃ってくるとは思わなかったのだろう。
 完全に虚を突かれた形となったスルホもラーニャは、唖然とした顔をするのが精一杯だった。
 そんな光景を見て、俺の周りからは悲鳴があがる。

 魔法で作られた火球が兄妹に届こうかと言う時……横合いからリリーの手が、無駄の無い動きで差し出され、その魔法を弾き飛ばす。

「狐族の族長様……失礼があったことはお詫びいたしますが、それはいささか、やりすぎではないでしょうか?」

 怒気のこもった目をむけ、リリーは静かに、そう語りかけた。
 そんなリリーの言葉を、狐族の族長は、つまらなそうな顔で受け止めると、呆れたとように、ため息をつきながら、返す。

「下賎の者が、下らない事をしたのだから、死ぬのは当然だろう? そ奴らは、私の尊厳を傷つけた。だから、死んでもらう。それだけの話だ。引っ込んでおれ。」

 そんな言葉を平然と口にする族長様。
 それを聞いて、リリーは開いた口が塞がらないと言うように、何も言葉を発することができないようだ。
 俺の横で聞いていたカスードさんは、「狂ってやがる……。」と、一言漏らしている。

 ああ、それに関しては同感だ。
 こいつの思考回路は、全てが自分中心で作られている。
 ここまで、見事に、根拠も無く自信を持てるのは、ある意味才能なのだろう。

 俺だけでなく、集会場の皆が、半ば呆れながらその様子を見守る中で、族長は

「全く……余計な手間をかけさせる……。宜しい、高貴な者の力を、少しだけ見せてやろう。」

 そう、勝手に判断を下すと、広げた扇を音を鳴らして閉じた。
 そして、聞き取れない位、小さな声で何かをつぶやき始める。

 それと同時に、俺の探知に、魔力の増大を示す反応が出てきた。

 ん? 何だ? この反応は?

 そんな、族長の様子を見ていた宇迦之さんが、驚いたように声を上げる。

「あ、あれは!? 籐香扇では無いか!? なぜ、あやつが!!」

 その瞬間、爆発的な魔力が湧き上がったのを、俺は感じたのだった。

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