比翼の鳥

風慎

閑話 ばれんたいんでー?

「……と言うわけで、ツバサさん。次の祭りを企画したいんです。」

 とりあえず、何がどういう訳か、全く分からない俺は、リリーの隣で少し困ったように佇むルナに目で訴えかける。
 ルナは人差し指をそのふっくらとした下唇に当て、少し考え込むと、

 《 えっとね、前のくりすます? が皆、楽しかったらしいの。それで、またやりたいって言う声を、良く聞くんだ。 》

 そんな風に、日の暮れ始めた空に重ねるように、文字を描いた。
 更に続けて、

 《 そうしたら、レイリさんが、ツバサにお願いしてきなさいって。きっと、また面白い祭りをしてくれでしょう。って、言うから、頼みに来たの。 》

 そう淀みなく続ける。
 それを読んでリリーも、「そう! そうなんです!」と、勢い込んで俺にその綺麗な瞳を向ける。
 心なし、リリーの目の輝きが、3割増しに感じられる。
 いや、開口一番、説明なしに、祭りを要求されても、訳分からないからね!?
 良く見ると、リリーの耳も尻尾も、何かを期待するようにせわしなく動いているので、気持ちだけ空回りした感じなのだろう。
 リリーらしいと俺は、思わずリリーの頭を撫でる。
 相変わらずの、素敵な手触り。見事だ、リリー。

 手を胸の前で組みながら、ふわふわと蕩けた表情をするリリーを目の端に収めながら、俺は考えをめぐらせる。

 成程。つまり、ルカールの皆やレイリさんの声を受けて、祭りのネタを仕入れに来たのか。
 確かに、あれから、結構、時間も経っているし、そろそろ新しい何かをしたいと言う気はある。
 ただ、季節も無いこの森では、元の世界と違って、何かの区切りを付けにくいしなぁ……うーん。

 リリーの髪と耳の手触りを感じながら、俺が思考の海に沈んでいると、ふと、左腕の着物の裾が引かれ、そちらを向く。
 そこには、やや不満げな表情を浮かべながら、俺の着物の裾をちょこんとつまんでいるルナの姿があった。
 ちょっと前までは、問答無用で飛びついてきていたのに、最近のルナは自己主張が柔らかくなった。
 そのギャップなのか、かえってそう言う、一歩引いた感じが、とても愛おしく感じる。

 そんな感情を持て余した俺は、すねたルナの右頬に、自分でも不思議なほど自然に、左手をそっと添える。
 添えられた俺の手に、ルナは一瞬びっくりしたが、逆にその手を自分の右手で柔らかく包む。
 その表情は何ともなまめかしく、そして、はかない印象を受けた。

 あかん……めちゃくちゃ可愛い。

 先程から、心拍数がうなぎ上りである。
 そんな俺の思いに同調したかのように、ルナは、その透き通った瞳を潤ませる。
 一瞬、お互いの視線が絡み合い……そして、ルナが目を閉じ……って!?
 そこで、俺は急激にこみ上げてきた羞恥心に、全てを塗りつぶされた。

 いやいや……何してんの!?

 俺は、頬に添えていた左手を強引に、ルナの頭の後ろに持っていくと、ルナの頭をそのまま俺の胸へと掻き抱いた。
 ルナは暫く、俺の胸の中で不満そうに暴れていたが、何かを見つけたように、俺の胸に顔を埋めて静かになる。
 見ると、どうやら、俺の心音を聞いているようだった。
 俺は、急激に上がった心拍数を、思いっきりルナに聴かれながらも、あのままどうにかなってしまうよりはマシだろうと、無理やり自分を納得させる。

 あ、あぶねぇ。一瞬、理性ごと持って行かれる所だった。

 チラリと、リリーの様子を見ると、あんな状態でも、俺は無意識にリリーの耳も撫でていたようで、リリーは今も完全にどこかに旅立っていた。
 その様子を見て、俺は一瞬、胸を撫で下ろしつつ、同時に、罪悪感を覚えるも、すぐにその胸中は疑問に塗りつぶされる。

 今のは、何だったのだろうか?

 確かに、ルナのことは愛おしいと感じたが、何と言うか、その感情の動きが、いささか不自然に感じられたのだ。
 俺が彼女の頬に手を添えたのも、いささか、違和感を感じる。自分のやったことであるのに……だ。

 尤も、今まで、心をここまでときめかせる様な、素敵な経験は無かったのも事実な訳で、世の皆さんも、実はこのような物なのかもしれないが……。
 けど、好きな人に対する気持ちとは、こんなに強烈な物なのか?
 これでは、心臓が幾つあっても足りない気がするのだが……。
 俺は、どうにも納得のいかないまま、2人の温もりを堪能しつつ、空に浮かび始めた赤い月を眺めて心を静める。
 勿論、ここは、例のごとく、天下のルカールの往来で、これは、野次馬達に囲まれ、からかわれるまで続いたのだった。


「ツバサさんって、時々、妙に大胆で意地悪です。」

 《 は、恥ずかしかったよぉ……。 》

 逃げるように家へと飛び込んだ2人に、開口一番、そのように文句を言われた。
 いや、あなた達も満更でもない感じだったでしょうに……。
 勿論、そんな火に油を注ぐような言葉は、心の中に留めつつ、俺は苦笑しながら居間へと上がる。
 座布団へと腰を下ろすと、リリーとルナは、共同作業で素早くお茶を用意し、持って来てくれた。
 しばし、3人でゆっくりとお茶をすすりつつ、俺は祭りのことを考えていた。
 先程、空を見上げた時に、何かが琴線に触れたのだ。
 しばし、俺は、2人の様子を見ながら、無言で考える。

 俺が、先程の祭りの件を考えているのが、分かっているのだろう。
 その間、ルナとリリーは、楽しそうに、何かをやり取りしていた。
 お互いの手に、文字を書いて伝えている所を見ると、俺には内緒のお話なのだろう。
 こういう姿を見ると、まだまだ可愛い盛りの女の子なんだけどなぁ……。

 女の子……赤い月……高鳴る鼓動……。

「バレンタインデー……。」

 思わず、ポツリともらした後、俺は、

「いや、無いか。」

 と、すぐに否定する。

 カカオ……と言うか、チョコレート無いじゃん。
 まぁ、別にチョコにこだわる必要は無いんだけれどね。
 外国では、花を贈るのが一般的らしいし。

 しかし、俺の呟きとは逆に、目の前の2人は、目を輝かせながら、俺に迫る様に問いかけてきた。

「そ、その『ばれんたいんでー』と言うのは、どういう祭りですか!?」

 《 ルナも気になる! なんだか、凄く言葉に力を感じるんだ! 》

 あかん……これは、駄目だ。止められる気がしない。
 つか、ルナさんや。その良く分からない感想は、いかがな物か。

 そうして、そのすぐ後、次の祭りが決定したのだった。



 広場の中央に、やぐらと思わしき、台が設置され、広場の外周を、またもや屋台が多い尽くしていく。
 皆、精力的に動き回り、準備を進めている。
 その顔に、笑顔や、隠しきれない高揚感を浮かばせている者が殆どだった。

 誰が何と言おうと、祭りの正しい形だと思った。
 同時に、誰が何と言おうと、バレンタインとは、かけ離れたものでもあった。
 そもそも、なんであの説明で広場に櫓が立つのか……。

 時々、屋台の位置や、椅子の場所決め等、細かいことを村の男たちが聞きに来るので、それに答える。
 そんな風に、広場の片隅で、俺は首を傾げながら、出来上がっていく祭りの風景を見守っていたのだった。

 ちなみに、俺の家族を含め、村の女性陣たちはこぞって、家に引きこもっている。
 理由は至極簡単で、プレゼントするための料理を作っているからだ。
 勿論、この森にカカオは無く、チョコレートも無い事は既に伝えてある。
 一応、どう言った物かは、簡単に説明したのだが、チョコは作れない事に、ルナやリリーを始め、何故か我が子やヒビキまで納得いかない様子だった。
 いや、無いんだからしょうがないじゃないの。
 恐らく、別の物で、代用してくるのだろうが、どんな物が出てくるのやら……。

 ちなみに、俺も、念のために、自分で料理して用意しておいた。
 卵と牛乳、それに、森で取れた蜂蜜があったので、簡単に作れたのだ。

 尤も、蜂蜜に関しては少し問題があった。
 それを集める蜂が、人の背丈ほどの大きさだったので、村人を始め、俺も恐慌状態に陥ったのだ。
 どうやら、その蜂は、普段は入ることの無い奥地に生息していたため、村人も見たことが無かったらしい。

 そんな訳で……思わず、巣ごと滅却し、初回は手に入れられなかったのは内緒である。

 手に入れるのも、中々に骨の折れる状態であるので、いずれは養蜂も視野に、安定供給を目指そうと画策しているのだが……当分、先の話になりそうだ。

「なぁ? ツバサよぉ。何でも、物を貰う祭りらしいけどよ……貰えない奴はどうすれば良いんだよ?」

 もてない男性諸君からすれば、尤もな意見を、カスードさんが、耳を少しへたらせながら、力なく聞いてきた。
 俺は、その問いを受けて、少し腕を組み考え込むと、力の無いカスードさんの肩にゆっくりと手を置き、

「強く……生きてください。」

 と、一言、かけるのが精一杯だった。
 そんな俺の言葉を聞き、苦虫を噛み潰したような顔をすると、

「まぁ、そうだよなぁ……。」

 と、苦笑する。
 そんな力ないカスードさんに、俺は、

「逆に、誰かに贈ったらどうですか? それなら、簡単に参加できるじゃないですか。」

 と、提案してみる。
 今回、皆への説明では、女性だけでなく男性も贈り物をしても良い事にしてあるので、特に問題は無いはずだ。
 まぁ、『番になりたいほど、好意を抱いている人へ送る』と言う縛りが、ルナとリリーによって付けられてしまったが。
 そんな縛りがあるため、特に浮いた話も無いカスードさんは、

「そんな奴、いねぇよ……。ったく……厄介な祭りだぜ……。」

 と、ため息をつきながら去っていった。
 すまん……しかし、こればっかりは、どうにもならないんだ……。
 つい最近までは、確実にそちら側だったから、気持ちは良く分かる。
 けど、カスードさんも、ちょっと粗野ではあるが、根は良い人なんだから、もう少し愛想よくすれば、もてると思うんだけどなぁ。
 祭りの準備が進む中、寂しそうに去っていくカスードさんの背中を眺めながら、俺はそんな事を考えていたのだった。


 今回の祭りでは、俺の挨拶も無く、明確な始まりの時間も無いようだった。
 よかった……こんな祭りの企画者ってだけで、大多数のもてない男性たちに、怨嗟の篭った視線で攻撃されるのは流石に辛い。
 しかも、こんな皆の視線の集まる場所で、皆から贈り物をされるとか……軽い公開処刑である。

 しかし、その辺りは考えているようで、広場はとりあえず、集まって楽しむ場所と言う感じのようだった。
 贈り物は他の場所でするも良し、皆にアピールするも良しと、当人たちの裁量に任されているとの事。

 そんな説明を、先程から、俺の右に居座るレイリさんと、左に居座るシャハルさんに、止め処なく受けていた。

「……ですので、王よ。安心して、祭りをお楽しみ下さい。」

「ええ、既に周知は終わっていますわ。後は、皆で好きなように楽しむでしょう。」

「全く……そんな適当な……。仮に、何かあったらどうするつもりなのですか?」

「それこそ、そんなのは、当人同士の責任ですよ。ほら、あそこでも、何かやっているようですが……。」

 レイリさんの視線の先で、猫族の男性と、子族の男性が、何やら言い争いをしている姿があった。
 周りの皆と言えば……煽る者、止めようとする者、オロオロと走り回る者と、その反応は様々である。

 しかし、暫くすると、明らかに民間人とは気配の異なる、威圧的な空気を纏った、卯族の男性と白狼族の男性が、騒ぎの中心へと素早く近づいてきた。
 そして、言い争いをしている当人たちを音も無く抱え上げると、そのまま一礼して、広場の外へと向かっていった。
 この後、あの2人に何が起こるのかを考えると、思わず、合掌したくなる光景である。
 まぁ、自業自得ではあるが。

 そして、その一部始終を見ていた俺たちに、レイリさんはさらりと一言。

「……と言うわけです。」

 そんなレイリさんの言葉に、シャハルさんは何かを言おうとして……口を噤む。
 おや? シャハルさんが言い返さないなんて珍しい。
 表情こそ、憮然としているけど、ここから、いつもの言い合いになると思っていたんだが……。
 それは、俺だけでなく、レイリさんも同じだったようで、

「あら? 珍しいですわね? 貴方様がそのように、お黙りになるとは。」

 と、言わなくても言い事を、更にねじ込む。
 いや、そんな事を言ったら、今度こそ……と思ったのだが、やはりシャハルさんは言い返さない。
 いつものシャハルさんと明らかに違うと、流石に、俺でも思う。
 なので、心配になって、思わず俺は声をかけた。

「シャハルさん。何かありました?」

 そんな俺の言葉に、シャハルさんはちょっと憮然とした顔で、

「いえ。このような目出度めでたい日に、いさかいもどうかと思いまして。」

 表面上、涼しげにそのように、言う。
 が、シャハルさんの翼は握られた拳のように、小刻みに震えており、雄弁に、我慢していることを物語っていた。
 だが、それは、シャハルさんの気持ちを汲み、あえて突っ込まない。
 変わりに、俺は、感謝を述べる。

「そうですか。それならば良いのですが。気を使ってくれて、ありがとうございます。」

 そう言うと、シャハルさんは翼を膨らませながら、

「勿体無いお言葉です。」

 と、一言呟きながら、礼をする。
 そんな様子を、レイリさんはどこか、面白くない顔で見ていたが、流石に、これ以上何かを言うことはなかった。
 全く……もう少し仲良くすればいいのに……。
 そう思っていると、

「王よ。少し宜しいですか?」

 と、シャハルさんが、声をかけてきた。

「はい。何でしょうか?」

「実は……籐香扇の飾り紐を作ったのですが……宜しければ如何かと。」

「おや? シャハルさんが作ったのですか?」

「ええ。粗末な作りで申し訳ないのですが……是非にと。」

 恥ずかしそうに、そう謙遜しながら、その飾り紐を、胸元より取り出した。
 それは、円状になった紐の先に、青い羽毛を綺麗に幾重にも重ね、一つの球体としたものを取り付けた物だった。
 毬藻まりもを思い起こさせる、その飾りは、触ったら凄く気持ちよさそうである。
 話している間にとか、無意識に、いじってしまいたくなる様なそんな魅力をうかがわせる物だ。
 しかし、横で見ていたレイリさんは驚いた顔で、それを見つめていた。
 ん? 見たところ、特別なものには見えないけど……レイリさん、何をそんなに驚いているのだろうか?

 俺が不思議に思っていると、シャハルさんが再度、「如何でしょうか?」と、問いかけてくる。

「凄いですね……しかも、触ったら気持ちよさそうだし。良いんですか?」

 そんな俺の感想を聞いて、シャハルさんは男の俺から見ても、思わず声を上げたくなるほど爽やかな笑顔で、

「ええ! 是非に! さぁ、お付けしましょう!」

 と、俺の腰に鎮座する籐香扇を指差し、薦めてくる。
 その様子を見ていたレイリさんが、一瞬、何かを言いかけたのだが、すぐに口を噤んだ。
 俺はそんな、レイリさんの挙動が気になったものの、言われたとおり、籐香扇を渡し、飾り紐を付けてもらう。
 そして、返された扇を開き、その要より垂れる飾り紐を見て、頷いた。
 うん。少し無骨だった籐香扇に、華が添えられた感じだな。

「うん。良いね。シャハルさん、ありがとうね。」

 そんな俺の様子を見て、シャハルさんは、

「いえ。喜んで頂けて、何よりです。」

 と、無表情に答える。
 ……翼は盛大にワッサワッサと羽ばたく勢いで動かしながらではあるが。
 そして、シャハルさんは、

「それでは……私は、用がありますので、これにて。王よ、お楽しみ下さい。」

 と、言うと、きびすを返し、スキップしながら……と言うより、半分飛びながら、去っていった。
 一体、何が彼をあそこまで……? 俺は、シャハルさんの背中を見送りつつ、首を傾げる。

 その俺の様子を、レイリさんは何とも言えない表情で見つめつつ、同じように、シャハルさんの背中を見つめていた。
 そして、彼女の顔には、何か哀れみが混じっているような気がしたのは、果たして気のせいだったか……。
 そうして、祭りは過ぎていったのだった。

 レイリさんが、リリーやルナの使いと名乗る女性に連れられてこの場を去ってから、30分ほど経った頃。
 人も徐々に減ってきた広場の様子を眺めていた、俺は、広場の端の方で、困ったように周りを見渡すマールさんを見つけた。
 おや? あまり人の多いところに来ない彼女が、こんな所に来るとは珍しい……。
 そう思っていたが、彼女が大事そうに何かを抱える姿を見て、何かピンと来るものがあり、俺は、マールさんの下へと近づく。

「マールさん。お祭り楽しんでいますか?」

 そんな俺の声に、彼女は

「ひゃぅ!? ご、ごご、ごめんなさい!」

 と、突然謝りだすも、俺の姿を見て、

「あ、つ、ツバサさん。こ、こんばんは。」

 と、垂れた耳を更に垂らしながら、そう返してきた。

「はい、こんばんは。で、どうしたんですか? こんな所で。」

 と、俺が問いかけると、マールさんは、明らかに挙動不審な状態となってしまった。
 うーん、これは、お膳立てしてあげないと駄目かな?
 と、思っていたが、意外なことに、彼女は直ぐに復帰し、小さな声であるが、

「ひ、人を、その……探してま、ましゅ……。」

 と、噛みながらも、しっかりと答えてきた。
 その様子で、いつもとは違う、本気のマールさんを感じた俺は、

「分かりました。連れて来ますよ。誰ですか?」

 と、優しく答える。
 そんな俺の言葉に驚いた顔をしたものの、直ぐに、いつもの彼女とは違う、真剣な目で、その口から、俺の良く知った人の名を紡いだのだった。


「あー……テステス。」

 俺がファミリアを使った、広域放送を行うと、遠くから俺の声が聞こえてくる。
 うん、これなら大丈夫そうだ。
 しっかりと、ルカール全域に声が届いているのを確認すると、俺は更に続ける。

『カスードさん。カスードさん。いつもの場所に、至急、集合して下さい。繰り返します。カスードさん。いつもの場所に、全速力で来て下さい。遅れたらお仕置きします。以上。』

 これで良いだろう。
 ちなみに、彼の位置と状況はファミリアで確認している。
 どうやら、一人寂しく、自宅で何かを作っていたようだ。
 こんな祭りの日なんだから、仲間と騒げば良いのに……。
 そんなんだから、あえてこのように、呼び出す形を取ったのだ。
 何でかって? そりゃ勿論、その方が楽しそうだからだ。
 無論、マールさんの邪魔をするつもりは無いが。
 だが、後々、ルカールの皆に祝福してもらうため、今から起こる事を周知徹底しておく必要があったのだ。
 カスードさんにこれから、何かが起こることは、ルカールの皆が知ることとなった。
 これで、彼の逃げ場は無い。俺って優しいなぁ……。

 あ、そうだ。念のために、野次馬にも、けん制しておかないとな……。

「あ、言い忘れてました。カスードさんを追いかけたりしないように。そういう人は、馬に蹴られますから。以上。」

 俺の言ったことは、比喩でも何でもなく、野次馬は、即座に、馬に蹴られるだろう。
 何故なら、俺が頼んで、マールさんを馬で送ったからだ。
 彼女は今頃、馬に守られ、カスードさんを待っているだろう。

 さて、まぁ、後は野となれ山となれだな。俺ができるのは、ここまでだし。

 マールさんとカスードさんが上手く行くといいなぁと願いつつ、俺は家路へとつくのだった。


 家に帰った俺を、皆が総出で迎えてくれた。
 どうやら、皆で仲良く、俺にプレゼントする物を作っていたらしい。

「父上! この咲耶! 魂を込めて作りましたぞ!」
「お父様! 私も、一生懸命、心を込めて、練り上げましたわ!」

 興奮したように話す、咲耶と此花に手を引かれ、俺は居間へと上がる。
 そこには何故か、ぐったりとしたヒビキが……。
 何だ? 彼女の身に、何が起こったんだろうか?
 俺の視線に気がついたのだろう。ヒビキは気だるそうに、頭を上げると、弱々しく一声鳴いた。
 何故か、その声には、胸が締め付けられるほどの哀愁が込められていた。

「えっと……『ツバサ様。死力を尽くしましたが、駄目でした。これほど、獣の身が憎いと思ったことはございません。お許し下さい。』……だそうですわ。ヒビキ様、あんなに頑張ったのに……可哀想ですわ。」

 そんな此花の解説を聞きながら、俺は、ヒビキの体のあちこちにこびり付いた謎の物体を見て、ある一つの可能性に行き当たる。

「ヒビキ……お前……まさか……料理しようとしたのか?」

 俺の声に、弱々しく答えるヒビキ。その声は、肯定の意を含んでいた。
 お、お前って奴は……。

 俺は、黙ってぐったりとしたヒビキを抱きしめると、

「気持ちは嬉しい。凄く嬉しいよ。結果が伴わなくても、その気持ちだけで十分だから。」

 と、優しく声をかける。
 暫くの間、俺はそうやって、ヒビキを抱きしめながら、感謝の意を伝えたのだった。

 とは言うものの、どうやら、見かねた皆が、手を貸してくれたようで、一応、そのもの自体は完成しているらしい。
 一部、お互いに、助け合いながら、皆、心をこめて、作ってくれたようである。

 問題は、それが何なのか……全く見当がつかないところだが……。

 俺は居間で、此花や咲耶、ヒビキと共に、その料理が出てくるのを待った。
 ちなみに、クウガとアギトは、毒見役……いや、味見役で散々食べさせられたらしく、寝床で死んだように眠っているとのこと。
 ティガに味見させるってどうなの? とか、一体、何を食べさせたらそうなるの?と言った、不安しか出てこないんだが、これは俺の気のせいなのだろうか?
 そんな風に、俺が戦々恐々としていると、

「お待たせしました!」

 と言う、リリーの元気な声が響き、その後ろから、

 《 できたよー! 》

 と言う文字を、虚空に背負ったまま、ルナが出てくる。
 そして、何故かレイリさんと宇迦之さんは、難しい顔をし、無言のままだった。
 それが、不安を更に掻き立てる。
 しかし、折角、皆が作ってくれたのだ。
 流石に、辞退するわけにもいかず、俺は黙ってそれを迎える。

 それは、小さめの木の器に入れられているようだが、蓋があるので、中身はうかがい知ることができない。
 その器が全部で、7つ。
 先程の話から想像すると……リリー、ルナ、レイリさん、宇迦之さん、ヒビキ、此花、咲耶の7人が作ってくれたものと言うことで、間違いがなさそうだ。
 一応、量はそれ程、多くはなさそうだから、気力と勇気で何とかなる……と思う。

「色々頑張りました! 結構、いい感じにできたと思います。」

 《 材料集めが凄く大変だったの! けど、良い物が手に入ってよかった! 》

 ルナの言葉に、かなりの不安を覚えるものの、俺は生唾を飲み込むことでしか、それを解消する術を持たなかった。
 そして、尚も、疲れたように、虚空を見つめるレイリさん。
 それは、どこか現実逃避しているようにも見える。彼女に……一体、何が!?

 俺は、半ば諦めながら、

「じゃ、じゃあ、頂くとするよ。まずは、この一番手前の器から……。」

「あ、お父様。それは私のですわ。」

 と、俺の取った器を指差し、嬉しそうに微笑む此花。
 まぁ、此花の料理だったら、変なことにはならないだろう……。

 そう思って蓋を取る。
 そこには、炭化した何かが入っていた。

「……えーっと? 此花さん。これは、何かな?」

 思わず、汗を垂らしながら聞いてしまう。

「ばれんたいんと言うのは、ちょこれーと、と言うものを贈ると、皆さんに聞きまして。ちょこれーととは、真っ黒なものなのでしょう? ですから、私、黒くなるように、一生懸命燃やしたんですの!」

 それは、違った黒だろう!? と、突っ込むこともできず、俺は一瞬レイリさんを見る。
 レイリさんは、何やら、申し訳なさそうな顔で俺を見ていた。
 なるほど。情報が断片的にしか伝わってないのか……。
 だから、この状況な訳ね。理解した。

 そして、目の前には、満面の笑みを浮かべ、期待を体全体で表す此花。
 ……ここで、行かなければ、父親ではない!

 俺は、全ての理性を総動員して、本能を封殺し、その黒い物体を一気に胃へと流し込んだ。
 香ばしいを通り越して、痛いと思えるほどの刺激と、苦いを通り越して、良く分からない感覚と化した何かを飲み下す。

 そして、俺は痙攣する胃を宥めつつ、

「あ、ありがとう……此花……ご馳走様。」

 と、微笑みかけた。
 尤も、口が変な刺激を受けて、上手く動いたかどうかは自信が無かったが……。

 それから、咲耶の木の皮をいぶして黒くなった何かや、ティガの作った……という事になっている、粉砕された粉上の物を飲み干し、宇迦之さんと、レイリさんの普通の料理を食べて、味覚が完全に死んでいることを再確認した頃。

「ツバサ様……余りご無理は……。」

「うむ……自分で言うのもなんじゃが、あれだけ酷い物を、食べようとしてくれただけで十分なのじゃ。」

 と、レイリさんと宇迦之さんが心配そうに、声をかけてくる。
 いつもなら、宇迦之さんの言葉に、突っ込みの一つでも返すのだが、今はその余裕すらない。
 今、俺の心を支配していたのは、後、2つを胃に収めれば、すべてが終わるという事実のみだった。
 もう、ココまで来たら、行くしかない!!
 頭の片隅で、俺は何処に向かっているのだろうか?と思いつつ、器に手を伸ばす。

「あ、それ、私のです!」

 リリーの料理ならそれ程、酷いことにはならないだろう。
 そう期待をして開けた器の中には……黒い汁物が入っていた。
 一口啜って、その食感を頼りに、俺は材料を推察する。
 うん、味は感じないが、一応、ちゃんと食べれるもののようだ。
 しかし、この食感。これって、もしかして……?

「リリー。この食材。どこから手に入れたんだい?」

 そう聞くと、リリーは、ルナに視線を移し、

「実は、それ、ルナちゃんから貰ったんです。」

 と、困ったようにルナを見る。
 それを受けて、ルナは虚空に文字を踊らす。

 《 んとね、稲さんから少し分けてもらったんだ。 》

「稲? あの、稲たちに? だって……これ、米じゃないよね?」

 俺が戸惑いながら聞くと、

 《 うん。けど、お願いしたら、出してくれたよ。ちょっと赤っぽい大き目の粒だったよ! 》

 と、事も無げに答える。
 おいおい……まさか、稲からそんな物まで取れるのか……。
 リリーの料理から得られた感触を考えると、恐らく材料は小豆あずきである。
 俺は、ルナに礼を言い、リリーの汁粉もどきを飲み干すと、ルナの器に手を伸ばし、中身を確認する。

 そして、そこには……おはぎが入っていた。

 ああ、なるほどね。そうだね。小豆があるなら、おはぎだよね。そう思いながら、おはぎをほお張る。
 だが、予想していたもち米の感触は無く、おはぎに見えたそれは、粒あんの塊だった。
 しかも、味が無い……。

 俺はただ一心に、口を動かし、その餡子あんこの塊を飲み干した。
 そして、料理を作ってくれた皆に、改めて礼を言うと、徐に、ストレージから俺の作った料理を出す。

 米粉で作った、スポンジケーキに、蜂蜜をかけた物だ。
 シンプルではあるが、思いのほか、美味かったのだ。

 それをお返しに、皆へと振舞いつつ、俺は、皆に向かって、

「頼むから、味見だけはするように!」

 と、当たり前の注意をしたのだった。

 後日、ルカールではあちらこちらで、腹を壊す人が続出したのだが……それはまた別の話である。

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