比翼の鳥
第29話 神と少女の取引
その身を喰らった。
確かに宇迦之さんは、そう言った。
しかし、その意味が、元の世界と異なるであろう事は、想像に難くない。
一瞬でそのように判断した俺は、ただ、一言。「なるほど。」と、頷く。
そんな俺の様子を見た宇迦之さんは、また呆れたような、だが、どこか嬉しそうに声を弾ませる。
「お主……相変わらず、全く驚かんの。少しは罵倒してくれても良いのじゃぞ? わらわは、お主の大好きな耳と尻尾のついた獣人の少女を喰ろうたのだぞ?」
何、その微妙な評価は……。俺のことをどういう風に思っているのやら。そりゃ耳も尻尾も好きだけど!
そして、宇迦之さんは罵倒しろとか言うのだが……俺の方は、色々な意味で全然そんな事を望んでいない。
一時の満足の為に、人に罵倒されるとか、不健全にも程がある。
それは、他人が幾らやっても意味が無いのは、聡明な彼女なら分かっているだろう。
だからこその、言葉でもあるのかもしれない。
そうであるから、俺は、黙って首を振り、本心と推測をそのまま語る。
「俺は喰われた彼女の代わりにはなれませんし、何より、終わったことに対して、何か言える立場でもありませんよ。」
それに……と、俺は宇迦之さんをしっかりと見つめ返す。僅かに気圧される彼女を見ながら、更に言い放った。
「そういう状況になったのだって、理由があるのでしょ? 事実としてはそうかもしれませんが、今までの経緯を聞くに、宇迦之さんが嬉々として彼女を喰らったとは……俺には、到底、思えないのですよ。」
俺の言葉を受けて、宇迦之さんはビクッと方をすくませ、瞳を潤ませる。
そして、「やっぱり変な奴じゃ……。」と、小さく呟いた。
しかし、その声には、安堵と喜びが混じっているのを俺は聞き逃さない。
やっぱりか。
今までの話し方や、態度から察するに、彼女が進んで、今の立場に納まったとは思えないのだ。
おかしな奴。クイナさんの事をそう評する宇迦之さんは、とても楽しそうであった。
変な奴。俺も、言い方こそ違うものの、宇迦之さんに何度かそう評されている。
これは、宇迦之さんにとって、最大級の賛辞なのだろう。本人は気がついていないだろうが。
気に入った者の命を、そんな簡単に自分の手で刈り取れるほど、今の宇迦之さんは強くない気がする。
この森に来る前は、また違ったかもしれないが、少なくとも、失意の底にいた宇迦之さん……いや、ナーガラーシャは、そんな些細な触れ合いが何より楽しかったのではないだろうか? 
まぁ、俺から言わせれば、仮にも神の名を冠するにしてはナイーブ過ぎる気がするが。
そもそも、話だけ聞けば、歩いただけでも獣人如きなら、あっさり消し飛ばされそうな体躯をしているらしいし。
山を崩す程の大きさとか何よ? ちょっと移動しただけでも、大災害だよ。
けど、ここに来てからのナーガラーシャは、そもそも動こうとしていないっぽい。
人族侵攻の際、もし、ナーガラーシャが何も考えず暴れたのなら、この辺り一帯は焦土のはずだし、なんかしらの暴れた痕跡が残っていてもおかしくないと思うのだ。
しかし、今も豊かな森である。まぁ、それこそ神の力か何かでさっくり再生した可能性も無いわけではないが。
俺は宇迦之さんと言う人となりを見て、獣人族を守るために、必要最小限の事しかしてい無いのではないか? そう結論付けた。
もしかしたら、甘い考えなのかもしれない。だが、信じると俺は決めた。居場所を作ると約束したのだ。
暫く、不意に湧き出てしまったであろう涙を、見せないように俯いていた宇迦之さんだったが、勢い良く顔を上げると、ポツポツと、唇を動かし始める。
「お主の言う通り。わらわは別に、本当にクイナを喰らおうとは、思っておらんかったのじゃ。無論、やり取りの中でそれらしく冗談めかしたことはあったのじゃが……本心で言えば、見返りなど求めておらんかった。ただ、話を聞いてくれるだけで、良かったのじゃ。」
涙を貯めながら、それでも気丈に話を進める。
「じゃが……あやつは優しすぎた。そして、賢すぎたのじゃよ。」
それは何となく、話を聞いていて思った。
考え方はもしかしたら、俺に似ているかもしれない。
「数日ではあったが、クイナとの語らいは楽しかったのじゃ。決まった時間に、出会った場所で待っておった。じゃが、それは人族の本格侵攻と言う形で終わりを迎えたのじゃ。」
宇迦之さんは首を振ると、ジッとこちらを見つめて、口を開く。
「人族の軍勢が孤族の村まで迫ったのじゃ。じゃが、わらわは動けんかった。クイナにそう言い含められておったからの。いつもの場所で待つことしかできんかった。そんな状況でも、クイナは来てくれたのじゃ。じゃが……。」
宇迦之さんは泣きそうになりながらも、言葉を搾り出す。
「酷い傷を負っておった……。動けるのが不思議な位、血を滴らせて……それでも来てくれたのじゃ。既に、どうにもできん状態じゃった。」
迫る戦火の中、その孤族の少女は神様の元へと走ったのか。
しかも、致死の傷を受けながらも。
「全く……滑稽じゃな。幾多の生命を潰し、喰ろうて来たわらわが、小娘一人を助けたいと、その時、本気で思ったのじゃ。しかし、それを治してやれんかったのじゃ。そもそも、癒すと言う事を……わらわは知らぬ。それを生まれて初めて悔いたよ。わらわは……壊すことしか出来ないのじゃ。それは、今も変わらぬ。」
本当に悲しそうに、宇迦之さんは自分の過去を、そして、それ以上に力を呪った。
きっと、死にゆく少女の前で、宇迦之さんは謝罪を述べていたのだろう。すまぬ……すまぬ……と謝る宇迦之さんが、脳裏に浮かぶ。
「じゃが、クイナは胸より宝具を出しながら言ったよ。『神様。私を食べて下さい。』とな。宝具を一目見て、言わんとすることが分かったのじゃ。」
「宝具ですか。」
そう呟く俺に相槌を打つと、宇迦之さんは、少しだけ吹っ切れたように表情を引き締めながら、なおも口を動かす。
「うむ。孤族に伝わる宝具じゃ。名を御魂というのじゃ。」
いきなり俺の知らない、新しい宝具が出てきた。
そう言えば、宇迦之さんは宝具について何か知っているようだったが、そういうことか。
俺が納得していると、宇迦之さんは徐に、着物の前をはだけ始める。
「は?」
思わず変な声がでた。
そして、視線はその豊満な双球に……って駄目だろ!
俺は、突然始められた宇迦之さんのストリップに戸惑いながら、視線を空に向ける。
どうも、宇迦之さんの後ろの茂みがワッサワッサとしなっているが、そんな事気にしてられん。
そんな周りの様子を、意にも介していないのだろう。
「ん? 何故視線をそらすのじゃ? それでは説明できんじゃろ。」
不思議そうな声で語りかけてくる宇迦之さんに、俺はあんたの方が不思議だよ!と思いつつ、
「いや、流石にいきなり服を脱がれても、目のやり場に困ると言いますか……。って言うか何故脱ぎますか? 私を殺す気ですか?」
と、矢継ぎ早に言葉を返す。
宇迦之さんも俺の言うことを、咄嗟に理解できなかったのか、しばし沈黙が降りる。
そして、後ろで変わらず音を立ててしなっている茂みに視線を向けたのだろう。
「おお! なるほどの。すっかり奴らの存在を忘れておったわ。」
と、飄々と言いやがった。
いや、割と命の危険が。ほら、変な魔力の溜まり方してるし!!
急激に周囲の温度が下がっていくのを肌で感じながらも、俺の冷や汗は、時間とともにドンドンと増えていく。
なんか金色の粒子も視界の端に見えるし! ちょっと! そこまでやってもまだ隠れてるつもりなの!? いい加減出てきても良いんじゃないですかね!?
俺がそんな風に生命の危機を覚えながら、嫌な汗を流していると、宇迦之さんは笑いながら言う。
「全く……別にわらわは見られて困ることも無いのじゃが……。奴らも変なところで意気地が無いのぉ。ほれ、なんなら触るかの? いや、冗談じゃ、そんなに困った顔をするでない。それはそれで傷つくからの。」
「いや、とりあえず、この状況を何とかして下さいって。」
何で火に油を注ぐかな!? しかも、俺に撫でられた姿を見られただけで、暴走するでしょ!? あんたも変わらないって!?
そう心で叫びつつ、俺は半分泣きたくなりながら……ある意味泣いていたかもしれないが、そう懇願するしかなかった。
「しょうがないの。では、これでどうじゃ? ほれ、もう大丈夫じゃぞ。」
どうやら、対策を取ってくれたらしい。
俺は、安心して視線を宇迦之さんへと向け……そして、またも飛び込んでくる暴力的な2つの塊。
しかし、大事なところは辛うじて、彼女の手によって隠されているのだが……逆に威力が倍増している気が……。
全然、駄目じゃん……。と、思いつつ、俺は視線をその塊から外すことが出来ない。
駄目なんだ。男は自分の意思とは関係なく、視線が動いてしまうことがあるんだよ。
分かってくれ! 頼むから! ほら、ちょっと、その魔力で魔法打たれたら、ここら辺一帯が壊滅するから!?
と、視線が外せない中、頭の中で最大級の警報がなっていて、いい加減、覚悟を決めようかと思ったその時……。
宇迦之さんが一生懸命に、胸の真ん中で合体していた塊を外側……右と左の脇の方へと引き寄せ始めた。
その柔らかそうな塊は、宇迦之さんの小さな手を沈み込ませながら、綺麗に2つへと割れていく。
ブラボー!! 個人的には少し小さめでいいけど、これはこれで、良い! と、完全に本能に屈した瞬間……俺の耳元を音速に到達する勢いで、氷の槍が通り過ぎる。耳が持っていかれなかったのが不思議なくらいだ。
遅れて聞こえる数々の破砕音と、ガラスが割れるような甲高い音が響く。
し、障壁が……こうも簡単に……。
一瞬にして、何が起こったか理解した俺の背中に、一筋の冷や汗が垂れる。そして、キューっと縮む感覚。男なら……わかって頂けるだろうか……?
見ると、宇迦之さんの後ろの茂みから、溢れんばかりの……嫉妬心……? いや、もう、その辺り凍りついてるじゃないですか。
皆の反応も弱い……巻き込まれてるのか!? ちょっ!? レイリさん昏倒してるじゃないですか!? 一体何が……。
そう困惑するも、魔力がドンドン研ぎ澄まされていくのはっきりと感じた俺は、問答無用で降伏する。
すいません。調子乗っていました。ルナさん、頼むから、いかにも警告っぽい攻撃はやめてください。次は無いよ? って言う冷たい声が聞こえた気がする。 いや、本当に、俺が悪かったから!?
心の中で謝罪を繰り返す中、宇迦之さんは俺の命を縮める作業を、無事完了したらしい。
見ると、胸の谷間を完全に広げて、その境界線の奥を誇らしげに晒していた。
何がしたいの!? この人!? いや、そんな所、見る機会無いからちょっと嬉しいけどさ! と思ったのは一瞬で、直ぐに違和感を覚える。
胸のど真ん中。女性なら谷間の奥。その場所に、普通の人には無い、淡く発光する石のようなものが埋まっていたのだ。
俺がマジマジとそれを見ていると、宇迦之さんは「どうだ!」と言わんばかりに、上機嫌に語り始めた。
「これが孤族に伝わっておった宝具、御魂じゃ。」
「それ見せるつもりなら、先に言いましょうよ!?」
真っ先に魂の叫びが出た。
そんな俺の叫びに、「むぅ……。」と、少し耳を垂らす宇迦之さん。
ここで変なドジっ子属性発動しなくても……。狙ってやったんじゃないだろうな?
そう思ったのもつかの間、「まぁ、良いじゃろ?」と、少し首を傾げながら、可愛くおねだりする様に俺に言うと、その姿勢のまま、意気揚々と説明を始める。
「兎に角、じゃ。この宝具には、他の宝具と同じように、特殊な力があるのじゃ。そして、その力というのが……生命力を高める力なのじゃ。」
「はい?」
思わず、素で変な返しが出て、口に手を当てる。
生命力? 生命力って生きる力の生命力? ゲームとかで出てくるHP(ヒットポイント)的なあれか?
俺が突然降って沸いた単語に混乱していると、宇迦之さんは尚も続ける。
「つまり……命の源……のような物……と思ってくれれば良いのじゃ。体が傷を負っても、ある程度回復できるのも、この力のお陰と言って良いのじゃよ。じゃが、普通はそんなもん、外部から魔力を通して働きかけて、活性化させる位しかできんのじゃが……この宝具は、魔力を変換して生命力とし、その力を直接高めることの出来る、稀有な能力を持っておるのじゃ。」
「もしかして、それを使えば、人を生き返らせたりとか?」
「それは無理じゃの。死んでしもうた者は、この世に帰る。これは覆すことが出来ぬ。神であろうとな。」
む、そうなのか。やはりゲームのように簡単には行かないって事だな。そりゃそうか。
じゃあ、どんな役に立つのだろうか? 傷を治すとか、病気を治すとか、そんな方向だろうか。
「この宝具が出来るのは、精々、千切れた腕を元に戻すとか、無くなった足が生えるとか、その程度じゃの。」
「いや、十分、凄いと思うんですけど。」
俺の世界の常識では、千切れた腕とか戻らないよ! 生えても来ないよ!
そんな俺の言葉を聞いて、宇迦之さんは不思議そうに、
「お主がいつも行っておる魔法の方がよっぽど凄いじゃろ。あんなん、この世界では見たこと無いわい。」
そう言いながら、首を傾げる。
久々に、元の世界と異世界で価値観の落差を感じた。
まぁ、何にせよ、腕が千切れても最悪、元に戻す方法があると分かっただけでも、良しとしよう……。いや、千切れたくないけどさ。
「そんなわけでじゃ。この宝具はそのような力を持っておる。クイナはこれを差し出し、わらわに一緒に喰えと懇願したのじゃ。」
ふむ。つまり……今の状況を作り出したのは、この御魂と言う宝具の力もあると。
クイナは死にゆく自分と宝具を差し出した。その結果が、目の前にいる宇迦之さんであると。
宝具の力は、魔力を生命力に変換し高める力……つまり……。
「クイナさんの体とその宝具を使って、宇迦之さんという存在を作り出している?……と言う認識で良いですか?」
「……正解じゃ。より正確に言うならば、クイナはわらわに喰われ、その意識は溶けて混ざり合っておる。わらわは、その残滓と宝具を使って、孤族の体を再現しておるに過ぎん。わらわの本体は今もこの森の地下で眠りについておるのじゃ。今のわらわ……つまり、宇迦之と言う存在は、わらわの意識を投影した雛形に過ぎぬのじゃよ。流石に、本体をこのような小さな体に変成するのは、わらわでも無理じゃしの……。」
んー、つまり、本体は別にあるけど、遠隔操作できる高性能マネキンみたいな物か?
何故、そんな迂遠な事をしているかは、今までの話から何となく分かった。
それがクイナさんの願いであるのも、何となく理解できる。
寂しがり屋の竜神様。滅亡に瀕し、死にゆく孤族の少女。
双方の願いを叶えた結果が、この状況であると思われる。
ナーガラーシャは、そのままでは恐れられるだけで、とても獣人達に受け入れられるとは思えない。
ならば、その姿かたち自体を変えてしまえと言うことなのだろう。
つまり、身の丈を合わせた訳だ。獣人の姿としてなら受け入れてもらえるかも知れないということだ。
そして、それはナーガラーシャの力だけでは無理だったと……。
クイナさんを喰らい、宝具の力を使って、初めて可能となったと言うわけか。
凄いな、宝具……。
あれ? 待てよ? そもそも、宝具にそんな力があるのなら、クイナさんを回復できたんじゃ?
そう思うも、それをしなかったと言う事実がある。宇迦之さんが気がつかなかった? それはないか。
じゃあ、出来ないのか。何でだろ? 回復するのに何か別に必要な条件があるのだろうか?
俺が唸っていると、宇迦之さんが「どうしたのじゃ?」と、不思議そうに聞いてくる。
うーん、聞いても良いのだろうか? これで、「その手が!?」とか、言われると、色々とぶち壊しなんだが。
だが、好奇心を抑えられなかった俺は、その質問の重さを気にしながらも、口を開く。
「いや、宝具の力は傷を治すわけですよね? それならば、クイナさんの傷を治すことも可能だったのでは無いかと、疑問に思いまして。」
そんな俺の遠慮がちな質問に納得したように「ああ……。」と、息を吐くと、胸を開いて見せ付けたまま残念そうに、
「いや、それは無理なのじゃ。傷を回復しようとしても、体がそれを受け入れられる状態で無いと駄目なのじゃ。クイナはもう、消耗しきっていたのじゃよ……。」
そう呟いた。
「そうでしたか……。ありがとうございます。」
そう返す俺の声が空しく響く。それは、どこか行き場所が無いものに感じられた。
なるほど。やはり魔法と言えど、宝具と言えど、神と言えど……万能ではないと言うことか。
生命力と、魔力と……なるほど、考えることは多そうだ。
しかし、まずは……目の前の危機に対処しなければならない。
「宇迦之さん……とりあえず、胸しまいましょう? 私の命が、いい感じに削れていくので。」
俺は冷や汗を垂らしながら、茂みの奥から放たれる殺気に似た何かを全身に浴び、そう懇願した。
今も宇迦之さんはその暴力的な双丘を、見せ付けるように左右に割りながら話している。
とりあえず、元凶を何とかしないと、目がそこに吸い込まれてしまうわけでして。宇迦之さんの目を見ようとするも、視線がどうしても下がるのだ。しょうがないじゃん! 俺だって一応、男だもん!
そんな俺の言葉に、宇迦之さんは、少し呆れたような顔をしながらも、何も言わず、黙ってその凶悪な物をしまってくれた。
「お主も結構好きよのぉ。」
そんな言葉を投げかけられるも、俺は気が気ではないわけで……。勿論俺は、視線を空に向けて、見ないように勤めたわけだ。全力で。
その甲斐あって、ようやく冷気が収まったようだ。
俺はそっと、息をつくと、心から安堵する。
宇迦之さんはとても楽しそうである。俺は、色々疲れたわけだが。
そんな停滞した空気を吹き飛ばすように、宇迦之さんは声のトーンを上げて、突然話を再開する。
「と言うわけでじゃ! わらわは、クイナを喰ろうた。そして、その意識をわらわと同化した。彼女のお陰で、わらわは、獣人族の体を手にいれ、孤族の村に溶け込んだわけじゃ。」
どうだ!と言わんばかりに、その暴力的な胸を突き出した宇迦之さんは、俺の顔を少し得意げな表情で見つめる。
なるほど……。さらっと聞くと、突っ込み所が満載だが……。
俺は苦笑しながら、少し考え込み、情報を整理にかかる。
まず、クイナさんを喰らった……と言うことは、同化したと言うことらしい。
先程の話から察するに、ナーガラーシャの方にクイナさんが取り込まれて、意識は無くなったと言う解釈で良さそうだ。
だが、今までの宇迦之さんの行動を見るに、孤族びいきは、もはや病的と言っても良い。
それは、義務感や契約と言った物を超えているように、俺には見える。
やはり、クイナさんの孤族を救いたいと言う願いは、強く残ったのだろう。
だからこそ、宇迦之さんが孤族に対して、必要以上に執着するのだろうか?
次に、孤族の村に溶け込んだ……と言うが……それって、可能なのだろうか?
だって、クイナさんはもういない訳だし。同化したから顔がクイナさんと同じ? いや、宇迦之さんの顔は、俺達でも認識できなかった。なら、クイナさんかどうかは不明だよな。
ああ、そういや、顔が見えなかった理由もまだ話されていない。大方、無理に獣人族に成り代わった代償なのだろうが、それがどう言った性質の物なのか、今ひとつ、情報が足りない。
そんな状態なら、クイナさんの代わりにすんなり溶け込むって訳にも行かないだろうし。
そうだ。そもそも、人族の侵攻を受けて、壊滅したんじゃ?
じゃあ、孤族の村は、生き残りの一部で何とかしたのか? 
疑問が次から次へと、頭の中に浮かんでは消える。
うん。考えても仕方ないので、聞いてみるのが手っ取り早いな。
俺はそう結論付けると、宇迦之さんに改めて、疑問をぶつけたのだった。
確かに宇迦之さんは、そう言った。
しかし、その意味が、元の世界と異なるであろう事は、想像に難くない。
一瞬でそのように判断した俺は、ただ、一言。「なるほど。」と、頷く。
そんな俺の様子を見た宇迦之さんは、また呆れたような、だが、どこか嬉しそうに声を弾ませる。
「お主……相変わらず、全く驚かんの。少しは罵倒してくれても良いのじゃぞ? わらわは、お主の大好きな耳と尻尾のついた獣人の少女を喰ろうたのだぞ?」
何、その微妙な評価は……。俺のことをどういう風に思っているのやら。そりゃ耳も尻尾も好きだけど!
そして、宇迦之さんは罵倒しろとか言うのだが……俺の方は、色々な意味で全然そんな事を望んでいない。
一時の満足の為に、人に罵倒されるとか、不健全にも程がある。
それは、他人が幾らやっても意味が無いのは、聡明な彼女なら分かっているだろう。
だからこその、言葉でもあるのかもしれない。
そうであるから、俺は、黙って首を振り、本心と推測をそのまま語る。
「俺は喰われた彼女の代わりにはなれませんし、何より、終わったことに対して、何か言える立場でもありませんよ。」
それに……と、俺は宇迦之さんをしっかりと見つめ返す。僅かに気圧される彼女を見ながら、更に言い放った。
「そういう状況になったのだって、理由があるのでしょ? 事実としてはそうかもしれませんが、今までの経緯を聞くに、宇迦之さんが嬉々として彼女を喰らったとは……俺には、到底、思えないのですよ。」
俺の言葉を受けて、宇迦之さんはビクッと方をすくませ、瞳を潤ませる。
そして、「やっぱり変な奴じゃ……。」と、小さく呟いた。
しかし、その声には、安堵と喜びが混じっているのを俺は聞き逃さない。
やっぱりか。
今までの話し方や、態度から察するに、彼女が進んで、今の立場に納まったとは思えないのだ。
おかしな奴。クイナさんの事をそう評する宇迦之さんは、とても楽しそうであった。
変な奴。俺も、言い方こそ違うものの、宇迦之さんに何度かそう評されている。
これは、宇迦之さんにとって、最大級の賛辞なのだろう。本人は気がついていないだろうが。
気に入った者の命を、そんな簡単に自分の手で刈り取れるほど、今の宇迦之さんは強くない気がする。
この森に来る前は、また違ったかもしれないが、少なくとも、失意の底にいた宇迦之さん……いや、ナーガラーシャは、そんな些細な触れ合いが何より楽しかったのではないだろうか? 
まぁ、俺から言わせれば、仮にも神の名を冠するにしてはナイーブ過ぎる気がするが。
そもそも、話だけ聞けば、歩いただけでも獣人如きなら、あっさり消し飛ばされそうな体躯をしているらしいし。
山を崩す程の大きさとか何よ? ちょっと移動しただけでも、大災害だよ。
けど、ここに来てからのナーガラーシャは、そもそも動こうとしていないっぽい。
人族侵攻の際、もし、ナーガラーシャが何も考えず暴れたのなら、この辺り一帯は焦土のはずだし、なんかしらの暴れた痕跡が残っていてもおかしくないと思うのだ。
しかし、今も豊かな森である。まぁ、それこそ神の力か何かでさっくり再生した可能性も無いわけではないが。
俺は宇迦之さんと言う人となりを見て、獣人族を守るために、必要最小限の事しかしてい無いのではないか? そう結論付けた。
もしかしたら、甘い考えなのかもしれない。だが、信じると俺は決めた。居場所を作ると約束したのだ。
暫く、不意に湧き出てしまったであろう涙を、見せないように俯いていた宇迦之さんだったが、勢い良く顔を上げると、ポツポツと、唇を動かし始める。
「お主の言う通り。わらわは別に、本当にクイナを喰らおうとは、思っておらんかったのじゃ。無論、やり取りの中でそれらしく冗談めかしたことはあったのじゃが……本心で言えば、見返りなど求めておらんかった。ただ、話を聞いてくれるだけで、良かったのじゃ。」
涙を貯めながら、それでも気丈に話を進める。
「じゃが……あやつは優しすぎた。そして、賢すぎたのじゃよ。」
それは何となく、話を聞いていて思った。
考え方はもしかしたら、俺に似ているかもしれない。
「数日ではあったが、クイナとの語らいは楽しかったのじゃ。決まった時間に、出会った場所で待っておった。じゃが、それは人族の本格侵攻と言う形で終わりを迎えたのじゃ。」
宇迦之さんは首を振ると、ジッとこちらを見つめて、口を開く。
「人族の軍勢が孤族の村まで迫ったのじゃ。じゃが、わらわは動けんかった。クイナにそう言い含められておったからの。いつもの場所で待つことしかできんかった。そんな状況でも、クイナは来てくれたのじゃ。じゃが……。」
宇迦之さんは泣きそうになりながらも、言葉を搾り出す。
「酷い傷を負っておった……。動けるのが不思議な位、血を滴らせて……それでも来てくれたのじゃ。既に、どうにもできん状態じゃった。」
迫る戦火の中、その孤族の少女は神様の元へと走ったのか。
しかも、致死の傷を受けながらも。
「全く……滑稽じゃな。幾多の生命を潰し、喰ろうて来たわらわが、小娘一人を助けたいと、その時、本気で思ったのじゃ。しかし、それを治してやれんかったのじゃ。そもそも、癒すと言う事を……わらわは知らぬ。それを生まれて初めて悔いたよ。わらわは……壊すことしか出来ないのじゃ。それは、今も変わらぬ。」
本当に悲しそうに、宇迦之さんは自分の過去を、そして、それ以上に力を呪った。
きっと、死にゆく少女の前で、宇迦之さんは謝罪を述べていたのだろう。すまぬ……すまぬ……と謝る宇迦之さんが、脳裏に浮かぶ。
「じゃが、クイナは胸より宝具を出しながら言ったよ。『神様。私を食べて下さい。』とな。宝具を一目見て、言わんとすることが分かったのじゃ。」
「宝具ですか。」
そう呟く俺に相槌を打つと、宇迦之さんは、少しだけ吹っ切れたように表情を引き締めながら、なおも口を動かす。
「うむ。孤族に伝わる宝具じゃ。名を御魂というのじゃ。」
いきなり俺の知らない、新しい宝具が出てきた。
そう言えば、宇迦之さんは宝具について何か知っているようだったが、そういうことか。
俺が納得していると、宇迦之さんは徐に、着物の前をはだけ始める。
「は?」
思わず変な声がでた。
そして、視線はその豊満な双球に……って駄目だろ!
俺は、突然始められた宇迦之さんのストリップに戸惑いながら、視線を空に向ける。
どうも、宇迦之さんの後ろの茂みがワッサワッサとしなっているが、そんな事気にしてられん。
そんな周りの様子を、意にも介していないのだろう。
「ん? 何故視線をそらすのじゃ? それでは説明できんじゃろ。」
不思議そうな声で語りかけてくる宇迦之さんに、俺はあんたの方が不思議だよ!と思いつつ、
「いや、流石にいきなり服を脱がれても、目のやり場に困ると言いますか……。って言うか何故脱ぎますか? 私を殺す気ですか?」
と、矢継ぎ早に言葉を返す。
宇迦之さんも俺の言うことを、咄嗟に理解できなかったのか、しばし沈黙が降りる。
そして、後ろで変わらず音を立ててしなっている茂みに視線を向けたのだろう。
「おお! なるほどの。すっかり奴らの存在を忘れておったわ。」
と、飄々と言いやがった。
いや、割と命の危険が。ほら、変な魔力の溜まり方してるし!!
急激に周囲の温度が下がっていくのを肌で感じながらも、俺の冷や汗は、時間とともにドンドンと増えていく。
なんか金色の粒子も視界の端に見えるし! ちょっと! そこまでやってもまだ隠れてるつもりなの!? いい加減出てきても良いんじゃないですかね!?
俺がそんな風に生命の危機を覚えながら、嫌な汗を流していると、宇迦之さんは笑いながら言う。
「全く……別にわらわは見られて困ることも無いのじゃが……。奴らも変なところで意気地が無いのぉ。ほれ、なんなら触るかの? いや、冗談じゃ、そんなに困った顔をするでない。それはそれで傷つくからの。」
「いや、とりあえず、この状況を何とかして下さいって。」
何で火に油を注ぐかな!? しかも、俺に撫でられた姿を見られただけで、暴走するでしょ!? あんたも変わらないって!?
そう心で叫びつつ、俺は半分泣きたくなりながら……ある意味泣いていたかもしれないが、そう懇願するしかなかった。
「しょうがないの。では、これでどうじゃ? ほれ、もう大丈夫じゃぞ。」
どうやら、対策を取ってくれたらしい。
俺は、安心して視線を宇迦之さんへと向け……そして、またも飛び込んでくる暴力的な2つの塊。
しかし、大事なところは辛うじて、彼女の手によって隠されているのだが……逆に威力が倍増している気が……。
全然、駄目じゃん……。と、思いつつ、俺は視線をその塊から外すことが出来ない。
駄目なんだ。男は自分の意思とは関係なく、視線が動いてしまうことがあるんだよ。
分かってくれ! 頼むから! ほら、ちょっと、その魔力で魔法打たれたら、ここら辺一帯が壊滅するから!?
と、視線が外せない中、頭の中で最大級の警報がなっていて、いい加減、覚悟を決めようかと思ったその時……。
宇迦之さんが一生懸命に、胸の真ん中で合体していた塊を外側……右と左の脇の方へと引き寄せ始めた。
その柔らかそうな塊は、宇迦之さんの小さな手を沈み込ませながら、綺麗に2つへと割れていく。
ブラボー!! 個人的には少し小さめでいいけど、これはこれで、良い! と、完全に本能に屈した瞬間……俺の耳元を音速に到達する勢いで、氷の槍が通り過ぎる。耳が持っていかれなかったのが不思議なくらいだ。
遅れて聞こえる数々の破砕音と、ガラスが割れるような甲高い音が響く。
し、障壁が……こうも簡単に……。
一瞬にして、何が起こったか理解した俺の背中に、一筋の冷や汗が垂れる。そして、キューっと縮む感覚。男なら……わかって頂けるだろうか……?
見ると、宇迦之さんの後ろの茂みから、溢れんばかりの……嫉妬心……? いや、もう、その辺り凍りついてるじゃないですか。
皆の反応も弱い……巻き込まれてるのか!? ちょっ!? レイリさん昏倒してるじゃないですか!? 一体何が……。
そう困惑するも、魔力がドンドン研ぎ澄まされていくのはっきりと感じた俺は、問答無用で降伏する。
すいません。調子乗っていました。ルナさん、頼むから、いかにも警告っぽい攻撃はやめてください。次は無いよ? って言う冷たい声が聞こえた気がする。 いや、本当に、俺が悪かったから!?
心の中で謝罪を繰り返す中、宇迦之さんは俺の命を縮める作業を、無事完了したらしい。
見ると、胸の谷間を完全に広げて、その境界線の奥を誇らしげに晒していた。
何がしたいの!? この人!? いや、そんな所、見る機会無いからちょっと嬉しいけどさ! と思ったのは一瞬で、直ぐに違和感を覚える。
胸のど真ん中。女性なら谷間の奥。その場所に、普通の人には無い、淡く発光する石のようなものが埋まっていたのだ。
俺がマジマジとそれを見ていると、宇迦之さんは「どうだ!」と言わんばかりに、上機嫌に語り始めた。
「これが孤族に伝わっておった宝具、御魂じゃ。」
「それ見せるつもりなら、先に言いましょうよ!?」
真っ先に魂の叫びが出た。
そんな俺の叫びに、「むぅ……。」と、少し耳を垂らす宇迦之さん。
ここで変なドジっ子属性発動しなくても……。狙ってやったんじゃないだろうな?
そう思ったのもつかの間、「まぁ、良いじゃろ?」と、少し首を傾げながら、可愛くおねだりする様に俺に言うと、その姿勢のまま、意気揚々と説明を始める。
「兎に角、じゃ。この宝具には、他の宝具と同じように、特殊な力があるのじゃ。そして、その力というのが……生命力を高める力なのじゃ。」
「はい?」
思わず、素で変な返しが出て、口に手を当てる。
生命力? 生命力って生きる力の生命力? ゲームとかで出てくるHP(ヒットポイント)的なあれか?
俺が突然降って沸いた単語に混乱していると、宇迦之さんは尚も続ける。
「つまり……命の源……のような物……と思ってくれれば良いのじゃ。体が傷を負っても、ある程度回復できるのも、この力のお陰と言って良いのじゃよ。じゃが、普通はそんなもん、外部から魔力を通して働きかけて、活性化させる位しかできんのじゃが……この宝具は、魔力を変換して生命力とし、その力を直接高めることの出来る、稀有な能力を持っておるのじゃ。」
「もしかして、それを使えば、人を生き返らせたりとか?」
「それは無理じゃの。死んでしもうた者は、この世に帰る。これは覆すことが出来ぬ。神であろうとな。」
む、そうなのか。やはりゲームのように簡単には行かないって事だな。そりゃそうか。
じゃあ、どんな役に立つのだろうか? 傷を治すとか、病気を治すとか、そんな方向だろうか。
「この宝具が出来るのは、精々、千切れた腕を元に戻すとか、無くなった足が生えるとか、その程度じゃの。」
「いや、十分、凄いと思うんですけど。」
俺の世界の常識では、千切れた腕とか戻らないよ! 生えても来ないよ!
そんな俺の言葉を聞いて、宇迦之さんは不思議そうに、
「お主がいつも行っておる魔法の方がよっぽど凄いじゃろ。あんなん、この世界では見たこと無いわい。」
そう言いながら、首を傾げる。
久々に、元の世界と異世界で価値観の落差を感じた。
まぁ、何にせよ、腕が千切れても最悪、元に戻す方法があると分かっただけでも、良しとしよう……。いや、千切れたくないけどさ。
「そんなわけでじゃ。この宝具はそのような力を持っておる。クイナはこれを差し出し、わらわに一緒に喰えと懇願したのじゃ。」
ふむ。つまり……今の状況を作り出したのは、この御魂と言う宝具の力もあると。
クイナは死にゆく自分と宝具を差し出した。その結果が、目の前にいる宇迦之さんであると。
宝具の力は、魔力を生命力に変換し高める力……つまり……。
「クイナさんの体とその宝具を使って、宇迦之さんという存在を作り出している?……と言う認識で良いですか?」
「……正解じゃ。より正確に言うならば、クイナはわらわに喰われ、その意識は溶けて混ざり合っておる。わらわは、その残滓と宝具を使って、孤族の体を再現しておるに過ぎん。わらわの本体は今もこの森の地下で眠りについておるのじゃ。今のわらわ……つまり、宇迦之と言う存在は、わらわの意識を投影した雛形に過ぎぬのじゃよ。流石に、本体をこのような小さな体に変成するのは、わらわでも無理じゃしの……。」
んー、つまり、本体は別にあるけど、遠隔操作できる高性能マネキンみたいな物か?
何故、そんな迂遠な事をしているかは、今までの話から何となく分かった。
それがクイナさんの願いであるのも、何となく理解できる。
寂しがり屋の竜神様。滅亡に瀕し、死にゆく孤族の少女。
双方の願いを叶えた結果が、この状況であると思われる。
ナーガラーシャは、そのままでは恐れられるだけで、とても獣人達に受け入れられるとは思えない。
ならば、その姿かたち自体を変えてしまえと言うことなのだろう。
つまり、身の丈を合わせた訳だ。獣人の姿としてなら受け入れてもらえるかも知れないということだ。
そして、それはナーガラーシャの力だけでは無理だったと……。
クイナさんを喰らい、宝具の力を使って、初めて可能となったと言うわけか。
凄いな、宝具……。
あれ? 待てよ? そもそも、宝具にそんな力があるのなら、クイナさんを回復できたんじゃ?
そう思うも、それをしなかったと言う事実がある。宇迦之さんが気がつかなかった? それはないか。
じゃあ、出来ないのか。何でだろ? 回復するのに何か別に必要な条件があるのだろうか?
俺が唸っていると、宇迦之さんが「どうしたのじゃ?」と、不思議そうに聞いてくる。
うーん、聞いても良いのだろうか? これで、「その手が!?」とか、言われると、色々とぶち壊しなんだが。
だが、好奇心を抑えられなかった俺は、その質問の重さを気にしながらも、口を開く。
「いや、宝具の力は傷を治すわけですよね? それならば、クイナさんの傷を治すことも可能だったのでは無いかと、疑問に思いまして。」
そんな俺の遠慮がちな質問に納得したように「ああ……。」と、息を吐くと、胸を開いて見せ付けたまま残念そうに、
「いや、それは無理なのじゃ。傷を回復しようとしても、体がそれを受け入れられる状態で無いと駄目なのじゃ。クイナはもう、消耗しきっていたのじゃよ……。」
そう呟いた。
「そうでしたか……。ありがとうございます。」
そう返す俺の声が空しく響く。それは、どこか行き場所が無いものに感じられた。
なるほど。やはり魔法と言えど、宝具と言えど、神と言えど……万能ではないと言うことか。
生命力と、魔力と……なるほど、考えることは多そうだ。
しかし、まずは……目の前の危機に対処しなければならない。
「宇迦之さん……とりあえず、胸しまいましょう? 私の命が、いい感じに削れていくので。」
俺は冷や汗を垂らしながら、茂みの奥から放たれる殺気に似た何かを全身に浴び、そう懇願した。
今も宇迦之さんはその暴力的な双丘を、見せ付けるように左右に割りながら話している。
とりあえず、元凶を何とかしないと、目がそこに吸い込まれてしまうわけでして。宇迦之さんの目を見ようとするも、視線がどうしても下がるのだ。しょうがないじゃん! 俺だって一応、男だもん!
そんな俺の言葉に、宇迦之さんは、少し呆れたような顔をしながらも、何も言わず、黙ってその凶悪な物をしまってくれた。
「お主も結構好きよのぉ。」
そんな言葉を投げかけられるも、俺は気が気ではないわけで……。勿論俺は、視線を空に向けて、見ないように勤めたわけだ。全力で。
その甲斐あって、ようやく冷気が収まったようだ。
俺はそっと、息をつくと、心から安堵する。
宇迦之さんはとても楽しそうである。俺は、色々疲れたわけだが。
そんな停滞した空気を吹き飛ばすように、宇迦之さんは声のトーンを上げて、突然話を再開する。
「と言うわけでじゃ! わらわは、クイナを喰ろうた。そして、その意識をわらわと同化した。彼女のお陰で、わらわは、獣人族の体を手にいれ、孤族の村に溶け込んだわけじゃ。」
どうだ!と言わんばかりに、その暴力的な胸を突き出した宇迦之さんは、俺の顔を少し得意げな表情で見つめる。
なるほど……。さらっと聞くと、突っ込み所が満載だが……。
俺は苦笑しながら、少し考え込み、情報を整理にかかる。
まず、クイナさんを喰らった……と言うことは、同化したと言うことらしい。
先程の話から察するに、ナーガラーシャの方にクイナさんが取り込まれて、意識は無くなったと言う解釈で良さそうだ。
だが、今までの宇迦之さんの行動を見るに、孤族びいきは、もはや病的と言っても良い。
それは、義務感や契約と言った物を超えているように、俺には見える。
やはり、クイナさんの孤族を救いたいと言う願いは、強く残ったのだろう。
だからこそ、宇迦之さんが孤族に対して、必要以上に執着するのだろうか?
次に、孤族の村に溶け込んだ……と言うが……それって、可能なのだろうか?
だって、クイナさんはもういない訳だし。同化したから顔がクイナさんと同じ? いや、宇迦之さんの顔は、俺達でも認識できなかった。なら、クイナさんかどうかは不明だよな。
ああ、そういや、顔が見えなかった理由もまだ話されていない。大方、無理に獣人族に成り代わった代償なのだろうが、それがどう言った性質の物なのか、今ひとつ、情報が足りない。
そんな状態なら、クイナさんの代わりにすんなり溶け込むって訳にも行かないだろうし。
そうだ。そもそも、人族の侵攻を受けて、壊滅したんじゃ?
じゃあ、孤族の村は、生き残りの一部で何とかしたのか? 
疑問が次から次へと、頭の中に浮かんでは消える。
うん。考えても仕方ないので、聞いてみるのが手っ取り早いな。
俺はそう結論付けると、宇迦之さんに改めて、疑問をぶつけたのだった。
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