比翼の鳥
第44話 奴隷
それから、しばらく話をし、女性陣だけ何故かライゼさんに特別講習を受けた後、二人は『要塞都市 イルムガンド』へと向け、旅立った。
ヒビキに乗せて送っていくことも考えていたのだが……今回は見送ることにした。
色々と理由はあるのだが、一番の理由は、皆をいっぺんに送ろうとすると、どうしても魔法に頼らざるを得なくなる事が大きかったのだ。
まだ、この時点では俺達の力は極力見せないでおこうと思ったのも、それを後押しした。
取りあえず、そんな訳で、ライゼさんとボーデさんは、一路、イルムガンドへ。
俺達は、少し方向を変え、迂回する形でイルムガンドを目指す事になった。
一応、俺達がイルムガンドへと到着するのは、10日後の昼となっている。
5日かけて二人は先にイルムガンドへと入り、そこで根回しを5日以内に済ませる手筈なのだ。
とは言っても、やる事はそれ程多くないため、1日あれば、ある程度の受け入れ準備は完了するとのこと。
4日は、何かあった時の予備日……と言う事だな。
その間、俺達は砂漠を横断することになる。
そんな俺達に気を使ったのか、あの不思議なテントを貸そうとしてくれたのだが、俺は丁重にお断りした。
まぁ、そんな物は俺たちに必要ないし、何よりそれを受け取ってしまえば、二人の旅がより過酷になってしまう。
そんなのは、本末転倒だろう。
ボーデさんは、それでも俺達の事を案じてくれていたが、ライゼさんは既に悟っていたようで、
「ツバサが大丈夫と言うならば、問題は無いはず。ボーデは心配性。」
と、ボーデさんの頭を仕方なさそうに撫でながら、憐れむ始末。
いつもの通り、それを色々こそげ落ちた顔で受け入れるボーデさんを見て、俺達は苦笑するしかなかったのだ。
「ツバサさん。これから、どうしましょうか?」
気が付くと、リリーが俺にそんな事を問いかけてきた。
一瞬、俺は考え込むと、口を開く。
「そうだな……。暫く、ここで待機、かな?」
「え? 待機……ですか? 進まないのですか?」
俺の返答に驚いたリリーは、首を傾げながら問い返してきた。
俺も、最初はさっさと進んで少し探索しておこうと思っていた。だが……去り際に、ボーデさんと交わした会話が気にかかっていたのだ。
それは、他の皆がライゼさんと、特別講習という名の密談をする為、テントを一時的に追い出された時の事だ。
丁度、そのタイミングで、俺とボーデさんは、初めて二人きりとなったのだ。
「なぁ、ツバサさんよ。」
「ツバサで結構ですよ。ボーデ先輩。」
俺の言葉に、顔をしかめながら頭を掻くボーデさんは、それでも次の瞬間には口を開いた。
「ったく。わかったよ。んで、ツバサ。あんた、あの奴隷の獣人も、勿論……連れて街に入るんだよな?」
そんな言葉に、今度は俺が首を傾げてしまう。
「ええ、そのつもりですけど……何かまずいでしょうか?」
真っ先に浮かんだのが、リリーの態度だった。
確かに奴隷としては、俺と親しすぎると思う。上下関係があまり見えない感じはあるだろう。
そういうのが、無礼に当たるとかで、目立つこともあるのだろうか?
そんな事を考えていた俺は、その予想が悪い意味で外れていた事を突き付けられる。
「ああ、大有りだ。まぁ、異邦人であるあんたは知らないだろうが……あんなまともな服を着ている獣人など、あの街には一人もいねぇよ。」
その言葉で俺は、現実を再認識した。
そこまで……酷いのか……。そこまでなのか。
俺の表情をみて、ボーデさんはため息をつくと、更に言葉を続ける。
「周りのお嬢ちゃん達の手前、言いはしなかったがな……俺達、人族は……獣人族の奴らを見ると、言いようも無い嫌悪感に襲われるんだよ。だから、基本的に獣人族に優しくしようと思う奴は、殆どいねぇ。」
その追い打ちの言葉に、俺は目の前が揺れたように感じた。
正直に言って、そのようになる事は予想済みだった。
だが、やはり頭で解っているのと、実際に言葉にされ、現実のものとして体験するのでは、その衝撃は比べようもなかった。
くそ……解っていたけど、解っていたことだけど……。
俺は、ボーデさんを見ずに、視線を外し、
「そう……ですか。」
と、返すのが精いっぱいだった。
「ま、あんたは、そういう事も無いようだからな。だが、街では違う。その事だけは、覚えておいてくれ。あんたの為にも……あの嬢ちゃん達の為にも……な。」
ボーデさんは、俺に気を使ったのか、そう言いながら俺の肩を軽く叩いて、テントの中に戻っていった。
その言葉で、多少俺の揺れた心が、落ち着きを取り戻す。
そうだ。ここでしっかりしないと……俺だけでなく、リリーまで……。
俺は、頬を両手で張る。乾いた音が、砂漠に響き、そして、あっという間に飲み込まれていった。
そうだな。やれる事をやって行くしかない。
ならば、まずは……リリーを特訓しなくては。
それには、少し時間が足りない……。
荒療治になるが、大丈夫か?
いや、大丈夫だ。リリーなら、きっと乗り越えられる。いや、乗り越えてもらう。
俺は、新たに決意をみなぎらせた。
そうして、俺は、新たな決意を胸に、テントの入り口を見る。……そこには、ライゼさんに殴打され、つまみ出されたのであろうボーデさんが撃沈していたのであった。
目の前で不思議そうに首を傾げるリリーを見て、俺はボーデさんとのやり取りを思い出していた。
そして、その時に決意したことを、今、実行する時が来ている事も、はっきりと理解する。
「リリー。俺のことまだ、好きでいてくれるかい?」
いきなりの俺の言葉に、リリーは耳を立てると、一気に顔を赤くする。
「そ、そそそ、そんなの決まってます!……そ、その……えっと、す、すき……です。」
もじもじとしながら最後は囁くようにリリーはそれでもはっきりと言葉にした。
そんな姿を見て、軽く撃沈されそうになる。
ぐほ……この笑顔を、泣き顔にするのか……しなければ、ならないのか?
いや、もう、決めたんだ。迷うな!
「そうか……。なら、リリー。いつまでも俺の傍に、いてくれるかい?」
俺のその言葉に、リリーは更に毛を逆立て、尻尾を激しく振りながらも、壊れたように頷きまくる。
もう、本当に可愛いんだよなぁ……この子。思わず抱きしめたくなるも、それを堪えて、目をつむる。
後ろでルナが、我が子たちが、ティガ親子が事の成り行きを見守っている。
もしかしたら、皆、これから俺が何をしようとしているのか、薄々感づいているのかもしれない。
「ありがとう。リリー。俺もこれからも、一緒にリリーと過ごしていきたいと思う。」
そんな俺の言葉に、リリーは、目を潤ませてこちらを見る。
「けど……。」
尻尾の動きが止まる。
「今のままでは……リリーは一緒にいられないんだ。」
リリーは先程と打って変わって、一瞬にして顔を青ざめさせると、俺をの次の言葉を待つ。
「だから……リリーには、強くなってもらう。特に心を鍛える。」
その瞬間、ギャラリーの皆からため息に似た吐息が漏れた。
いや、流石にあのやりとりがあって、置いていくとかないですよ?
リリーも幾分安心したような表情をしている。
しかし、安心するのは早いと思うけどな……。
「その為に特訓をする。残りの日程は、全てそれに充てる。俺は、本気で君を育てる。リリー……君は、全てを、俺に賭けてくれるか?」
俺はリリーを目を覗き込んで、そう言った。
リリーは一瞬の迷いもなく、真剣な表情で、
「はい。」
と、はっきり答えた。
そうか……ならば、やろうか。
「わかった。では、まず、これを返して貰うよ。」
俺はそう言いながら、リリーの首にはめられていた、奴隷の印となる首輪を、外して異空間へと収納する。
「あ……。」
一瞬、寂しそうな顔をするも、リリーは、すぐに首を振ると、俺をそのまま見つめ、頷いた。
それを見て、俺はルナへと声をかける。
「ルナ、悪いんだけど、リリーを着替えさせて欲しい。汚れても良い服で。」
俺のそんな言葉に、リリーは、
「今の服でも大丈夫です。」
そう、答えたが、俺は首を振る。
「それは、レイリさんの作ってくれた服だから大事にしよう。次はいつ帰れるか分からないんだからね。」
俺の言葉に、リリーはハッとすると、自分の着物をジッと見つめた。
そう。この特訓は、生半可な事では済まない。無論、服など、殆ど原型が分からないほど、ボロボロになる。
いや、より正確にいうならば、それも目的の一つだ。
……いや、裸にひん剥くとか、チラリズムがどうとかじゃないぞ?
奴隷として紛れるために必要不可欠なことだからやるのだ。
……本当ですよ?
リリーは、暫く、自分の着物を見つめていたがルナが目の前に立つと我に返った。
『リリー。他の服もあるから……そっちに変えよう?』
ルナは、そう文字を浮かばせ、リリーはそれを読むと、笑顔で頷く。
俺はそんな彼女達に背を向けると、暫くの間、イルムガンドの方向を見つめながら、これからの事を考える事にした。
だが、後ろから、何故か楽しそうなリリーの声と、ルナの雰囲気が伝わってくるが、何か根本的に間違えてないだろうか? と心配になる。
ルナは多分、俺のやろうとしている事を察してくれて……いるよね? 頼みますよ?
しかし、他に何かやりようは……無いよなぁ。
やはり、どう転んでもハードにならざるを得ない。
なんせ10日しかないのだ。それまでに、最低でもリリーの気構えと態度を奴隷のそれに相応しく見える程度まで改善……いや、この場合は改悪しなければいけない。
はぁ……鬱だ。だが、奴隷の所作……と言うのは変だが、そう言った気構えと行動は、叩きこんでおかないと、大変なことになる。
例えば、仲良く俺と話していると……絡まれるだろうなぁ。奴隷のくせにと。
今の服装で歩いただけでも、3歩でエンカウントの恐れが……。
更には、我が子達やルナに飛び火……うん、収集つかなくなる。絶対に。
最悪、街が消し飛びかねない。
それを防ぐ意味においても、この特訓は必須なのだ。
それに、同時に、俺の特訓でもあるのだ。これは。
リリーを奴隷として扱うフリを練習しなければならない。
これは、付け焼刃にしかならないが、やっておかねばならないだろう。
いざという時に、更につまらないトラブルを呼び込みかねん。
俺が頭を抱えてると、目の前に文字が浮かんだ。
『ツバサ、用意できたよ。』
振り向くと、そこには、見事な西洋風の村娘がおりました。
少しゆとりのある長い花柄のブラウスを袖口でとめ、その上からベストの様な厚みのある生地で作った上着を重ねて、メリハリをつけている。
そのベストは胸からお腹、そして腰まで前面が太い紐で交差するように編まれており、それ自体が一つの飾りとして機能していた。
スカートは丈が長く、膝下まで覆うほどであり、その上から前垂れの様にエプロン生地を垂らしているのがちょっとしたアクセントになっている。
レイリさん譲りの金色の髪は、リボンでとめ、三つ編みにしていた。
「おお、どこから見ても完璧な村娘! しかもリリーによく似合って可愛い……って、ちがーう!!」
可愛いという言葉に、反応して照れていたリリーだったが、後半の魂の叫びで耳をきりつさせた。
「だ、駄目だった……でしょうか?」
「いや、駄目じゃないんだけど……まぁ、いいか。」
リリーの目を見たら、そうとしか言えなかった。
不安だ……主に俺が……。俺は、リリーをちゃんと奴隷として扱えるのだろうか?
そんな俺の苦悩する姿を、ルナは何故か笑顔で見守っていたのだった。
ヒビキに乗せて送っていくことも考えていたのだが……今回は見送ることにした。
色々と理由はあるのだが、一番の理由は、皆をいっぺんに送ろうとすると、どうしても魔法に頼らざるを得なくなる事が大きかったのだ。
まだ、この時点では俺達の力は極力見せないでおこうと思ったのも、それを後押しした。
取りあえず、そんな訳で、ライゼさんとボーデさんは、一路、イルムガンドへ。
俺達は、少し方向を変え、迂回する形でイルムガンドを目指す事になった。
一応、俺達がイルムガンドへと到着するのは、10日後の昼となっている。
5日かけて二人は先にイルムガンドへと入り、そこで根回しを5日以内に済ませる手筈なのだ。
とは言っても、やる事はそれ程多くないため、1日あれば、ある程度の受け入れ準備は完了するとのこと。
4日は、何かあった時の予備日……と言う事だな。
その間、俺達は砂漠を横断することになる。
そんな俺達に気を使ったのか、あの不思議なテントを貸そうとしてくれたのだが、俺は丁重にお断りした。
まぁ、そんな物は俺たちに必要ないし、何よりそれを受け取ってしまえば、二人の旅がより過酷になってしまう。
そんなのは、本末転倒だろう。
ボーデさんは、それでも俺達の事を案じてくれていたが、ライゼさんは既に悟っていたようで、
「ツバサが大丈夫と言うならば、問題は無いはず。ボーデは心配性。」
と、ボーデさんの頭を仕方なさそうに撫でながら、憐れむ始末。
いつもの通り、それを色々こそげ落ちた顔で受け入れるボーデさんを見て、俺達は苦笑するしかなかったのだ。
「ツバサさん。これから、どうしましょうか?」
気が付くと、リリーが俺にそんな事を問いかけてきた。
一瞬、俺は考え込むと、口を開く。
「そうだな……。暫く、ここで待機、かな?」
「え? 待機……ですか? 進まないのですか?」
俺の返答に驚いたリリーは、首を傾げながら問い返してきた。
俺も、最初はさっさと進んで少し探索しておこうと思っていた。だが……去り際に、ボーデさんと交わした会話が気にかかっていたのだ。
それは、他の皆がライゼさんと、特別講習という名の密談をする為、テントを一時的に追い出された時の事だ。
丁度、そのタイミングで、俺とボーデさんは、初めて二人きりとなったのだ。
「なぁ、ツバサさんよ。」
「ツバサで結構ですよ。ボーデ先輩。」
俺の言葉に、顔をしかめながら頭を掻くボーデさんは、それでも次の瞬間には口を開いた。
「ったく。わかったよ。んで、ツバサ。あんた、あの奴隷の獣人も、勿論……連れて街に入るんだよな?」
そんな言葉に、今度は俺が首を傾げてしまう。
「ええ、そのつもりですけど……何かまずいでしょうか?」
真っ先に浮かんだのが、リリーの態度だった。
確かに奴隷としては、俺と親しすぎると思う。上下関係があまり見えない感じはあるだろう。
そういうのが、無礼に当たるとかで、目立つこともあるのだろうか?
そんな事を考えていた俺は、その予想が悪い意味で外れていた事を突き付けられる。
「ああ、大有りだ。まぁ、異邦人であるあんたは知らないだろうが……あんなまともな服を着ている獣人など、あの街には一人もいねぇよ。」
その言葉で俺は、現実を再認識した。
そこまで……酷いのか……。そこまでなのか。
俺の表情をみて、ボーデさんはため息をつくと、更に言葉を続ける。
「周りのお嬢ちゃん達の手前、言いはしなかったがな……俺達、人族は……獣人族の奴らを見ると、言いようも無い嫌悪感に襲われるんだよ。だから、基本的に獣人族に優しくしようと思う奴は、殆どいねぇ。」
その追い打ちの言葉に、俺は目の前が揺れたように感じた。
正直に言って、そのようになる事は予想済みだった。
だが、やはり頭で解っているのと、実際に言葉にされ、現実のものとして体験するのでは、その衝撃は比べようもなかった。
くそ……解っていたけど、解っていたことだけど……。
俺は、ボーデさんを見ずに、視線を外し、
「そう……ですか。」
と、返すのが精いっぱいだった。
「ま、あんたは、そういう事も無いようだからな。だが、街では違う。その事だけは、覚えておいてくれ。あんたの為にも……あの嬢ちゃん達の為にも……な。」
ボーデさんは、俺に気を使ったのか、そう言いながら俺の肩を軽く叩いて、テントの中に戻っていった。
その言葉で、多少俺の揺れた心が、落ち着きを取り戻す。
そうだ。ここでしっかりしないと……俺だけでなく、リリーまで……。
俺は、頬を両手で張る。乾いた音が、砂漠に響き、そして、あっという間に飲み込まれていった。
そうだな。やれる事をやって行くしかない。
ならば、まずは……リリーを特訓しなくては。
それには、少し時間が足りない……。
荒療治になるが、大丈夫か?
いや、大丈夫だ。リリーなら、きっと乗り越えられる。いや、乗り越えてもらう。
俺は、新たに決意をみなぎらせた。
そうして、俺は、新たな決意を胸に、テントの入り口を見る。……そこには、ライゼさんに殴打され、つまみ出されたのであろうボーデさんが撃沈していたのであった。
目の前で不思議そうに首を傾げるリリーを見て、俺はボーデさんとのやり取りを思い出していた。
そして、その時に決意したことを、今、実行する時が来ている事も、はっきりと理解する。
「リリー。俺のことまだ、好きでいてくれるかい?」
いきなりの俺の言葉に、リリーは耳を立てると、一気に顔を赤くする。
「そ、そそそ、そんなの決まってます!……そ、その……えっと、す、すき……です。」
もじもじとしながら最後は囁くようにリリーはそれでもはっきりと言葉にした。
そんな姿を見て、軽く撃沈されそうになる。
ぐほ……この笑顔を、泣き顔にするのか……しなければ、ならないのか?
いや、もう、決めたんだ。迷うな!
「そうか……。なら、リリー。いつまでも俺の傍に、いてくれるかい?」
俺のその言葉に、リリーは更に毛を逆立て、尻尾を激しく振りながらも、壊れたように頷きまくる。
もう、本当に可愛いんだよなぁ……この子。思わず抱きしめたくなるも、それを堪えて、目をつむる。
後ろでルナが、我が子たちが、ティガ親子が事の成り行きを見守っている。
もしかしたら、皆、これから俺が何をしようとしているのか、薄々感づいているのかもしれない。
「ありがとう。リリー。俺もこれからも、一緒にリリーと過ごしていきたいと思う。」
そんな俺の言葉に、リリーは、目を潤ませてこちらを見る。
「けど……。」
尻尾の動きが止まる。
「今のままでは……リリーは一緒にいられないんだ。」
リリーは先程と打って変わって、一瞬にして顔を青ざめさせると、俺をの次の言葉を待つ。
「だから……リリーには、強くなってもらう。特に心を鍛える。」
その瞬間、ギャラリーの皆からため息に似た吐息が漏れた。
いや、流石にあのやりとりがあって、置いていくとかないですよ?
リリーも幾分安心したような表情をしている。
しかし、安心するのは早いと思うけどな……。
「その為に特訓をする。残りの日程は、全てそれに充てる。俺は、本気で君を育てる。リリー……君は、全てを、俺に賭けてくれるか?」
俺はリリーを目を覗き込んで、そう言った。
リリーは一瞬の迷いもなく、真剣な表情で、
「はい。」
と、はっきり答えた。
そうか……ならば、やろうか。
「わかった。では、まず、これを返して貰うよ。」
俺はそう言いながら、リリーの首にはめられていた、奴隷の印となる首輪を、外して異空間へと収納する。
「あ……。」
一瞬、寂しそうな顔をするも、リリーは、すぐに首を振ると、俺をそのまま見つめ、頷いた。
それを見て、俺はルナへと声をかける。
「ルナ、悪いんだけど、リリーを着替えさせて欲しい。汚れても良い服で。」
俺のそんな言葉に、リリーは、
「今の服でも大丈夫です。」
そう、答えたが、俺は首を振る。
「それは、レイリさんの作ってくれた服だから大事にしよう。次はいつ帰れるか分からないんだからね。」
俺の言葉に、リリーはハッとすると、自分の着物をジッと見つめた。
そう。この特訓は、生半可な事では済まない。無論、服など、殆ど原型が分からないほど、ボロボロになる。
いや、より正確にいうならば、それも目的の一つだ。
……いや、裸にひん剥くとか、チラリズムがどうとかじゃないぞ?
奴隷として紛れるために必要不可欠なことだからやるのだ。
……本当ですよ?
リリーは、暫く、自分の着物を見つめていたがルナが目の前に立つと我に返った。
『リリー。他の服もあるから……そっちに変えよう?』
ルナは、そう文字を浮かばせ、リリーはそれを読むと、笑顔で頷く。
俺はそんな彼女達に背を向けると、暫くの間、イルムガンドの方向を見つめながら、これからの事を考える事にした。
だが、後ろから、何故か楽しそうなリリーの声と、ルナの雰囲気が伝わってくるが、何か根本的に間違えてないだろうか? と心配になる。
ルナは多分、俺のやろうとしている事を察してくれて……いるよね? 頼みますよ?
しかし、他に何かやりようは……無いよなぁ。
やはり、どう転んでもハードにならざるを得ない。
なんせ10日しかないのだ。それまでに、最低でもリリーの気構えと態度を奴隷のそれに相応しく見える程度まで改善……いや、この場合は改悪しなければいけない。
はぁ……鬱だ。だが、奴隷の所作……と言うのは変だが、そう言った気構えと行動は、叩きこんでおかないと、大変なことになる。
例えば、仲良く俺と話していると……絡まれるだろうなぁ。奴隷のくせにと。
今の服装で歩いただけでも、3歩でエンカウントの恐れが……。
更には、我が子達やルナに飛び火……うん、収集つかなくなる。絶対に。
最悪、街が消し飛びかねない。
それを防ぐ意味においても、この特訓は必須なのだ。
それに、同時に、俺の特訓でもあるのだ。これは。
リリーを奴隷として扱うフリを練習しなければならない。
これは、付け焼刃にしかならないが、やっておかねばならないだろう。
いざという時に、更につまらないトラブルを呼び込みかねん。
俺が頭を抱えてると、目の前に文字が浮かんだ。
『ツバサ、用意できたよ。』
振り向くと、そこには、見事な西洋風の村娘がおりました。
少しゆとりのある長い花柄のブラウスを袖口でとめ、その上からベストの様な厚みのある生地で作った上着を重ねて、メリハリをつけている。
そのベストは胸からお腹、そして腰まで前面が太い紐で交差するように編まれており、それ自体が一つの飾りとして機能していた。
スカートは丈が長く、膝下まで覆うほどであり、その上から前垂れの様にエプロン生地を垂らしているのがちょっとしたアクセントになっている。
レイリさん譲りの金色の髪は、リボンでとめ、三つ編みにしていた。
「おお、どこから見ても完璧な村娘! しかもリリーによく似合って可愛い……って、ちがーう!!」
可愛いという言葉に、反応して照れていたリリーだったが、後半の魂の叫びで耳をきりつさせた。
「だ、駄目だった……でしょうか?」
「いや、駄目じゃないんだけど……まぁ、いいか。」
リリーの目を見たら、そうとしか言えなかった。
不安だ……主に俺が……。俺は、リリーをちゃんと奴隷として扱えるのだろうか?
そんな俺の苦悩する姿を、ルナは何故か笑顔で見守っていたのだった。
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