比翼の鳥

風慎

第49話 精霊の背負いし物

 そんなギルドマスターの言葉に、俺は暫し考え込んだ。

 うーん……ここで、俺達の力の一端を見せるのは良い。良いのだが……。

 傍らに佇むルナを見ると、完全に花畑の世界に飛び立っている。この状態で戦わせたら、どうなるだろうか?
 決まってる。何もさせず一方的に、ボーデさんは吹っ飛ぶだろうな。
 下手すりゃ、ギルド自体が無くなりかねん。却下だ、却下!

 そうすると?
 俺は、期待の篭った眼差しでこちらを見上げる、咲耶と此花を見る。
 だが、此花はすぐに目を逸らしてしまった。
 ん? どうしたのだろう?
 一瞬、その行動に隠された彼女の気持ちが察することができず、俺は眉をひそめる。
 しかし、俺のそんな懸念を吹き飛ばすように、咲耶が俺の着物の裾を遠慮がちに引っ張った。

 目が合った瞬間、彼女の決意が俺に伝わってくる。
 それを後押しするように、咲耶は口を開いた。

「父上。この大役たいやく……咲耶にお申し付け下さい。」

 俺は、期待の篭った眼差しでこちらを見上げる、咲耶と心ここにあらずといった風の此花を見る。

 そこで、ふと、俺は違和感を覚え、此花の様子を見る。
 此花は、少し考え込むように顎に手をやっていた。……あれ? なんかそのポーズどこかで見たことあるような気が……?
 そう思う間もなく、此花は俺の視線に気がつき、文字通り花の咲くような笑顔を向けてくる。

 ごまかしたな? 何を?

 そうだ。そもそも、こういう時、いつもならば、迷わず二人で交互に迫るように言葉をかけてくるはずだ。
 それなのに、此花は、何故か声を上げる事も無く、アピールする事も無い。

 不自然なのだ。

 そして、その不自然さには、何か理由があると、俺は感覚で理解する。

「此花。君は良いのかい?」

 そんな俺の問いに、此花は一瞬、顔を曇らせると、直ぐに笑顔になり

「ええ、今回は咲耶に任せますわ。ね? 私の分まで頑張って欲しいですわ。」

「うむ。此花の分も、死力を尽くすと誓おう。」

 そんなやり取りを咲耶と交わす。
 うーん……言いたくないのかな? 何となく理由が判る気がするが……逆に咲耶は大丈夫なのか?
 ……考えても仕方ないか。少し心配ではあるが……今は良いだろう。
 俺は更に、自分の思考を掘り下げ加速する。

 正直に言えば、俺は、子供を戦わせると言うこと自体に、未だ抵抗がある自分の心を御しきれないでいる。
 俺の世界の価値観にのっとれば、子供に対して暴力を振るう事を促す事になる訳だ。

 はっきり言って、嫌だ。

 だが、同時にこれは、俺の生きてきた年月や、理想とする子供像と言うものを照らし合わせて、吐き出されている感情に過ぎないと言う事は理解している。
 この世界で生きていく為には、子供であろうと戦わなければならない時がある。
 勇者が襲来した時……彼女達が浮かべた苦悶の表情が俺の脳裏を掠める。
 彼女達が、泣きながら、逃げろと言ったあの無念さを思い出す。
 あれを繰り返してはならない。
 俺が全てを背負って、彼女達を守る? この弱い俺が?
 出来るのだろうか? きっと、完全には無理だと、すぐに悟る。
 そんなに大事なら、そもそもこんな所に連れてくるべきではなかったのだ。
 だが、俺はそれができなかった。やろうとすら思えなかった。
 それも、また、俺の責任であり、選択だったのだ。
 ならば……彼女達を戦わせ無いと言うことは、彼女達が生きる可能性を減じることになるのでは無いか?
 そもそも、彼女達が望んでやろうとしている事を、俺の一感情だけ振りかざして止める事は、果して彼女達の為になるのか?

 理性的な俺は、言う。
 やらせるべきだ。

 感情的な俺は、言う。
 やらせたくない。

 俺は、思考の渦から逃げるように、未だにライゼさんの斬激を弾いて金属音を撒き散らしているボーデさんに目を向ける。

 そうだ。子供……しかも、可愛い女の子に負けて、ボーデさんが平気でいられるのだろうか?
 あの手の方は、一回折れると再浮上に時間がかかりそうだし。
 今は、あまり激しくへこまれるのも困るわけで……。

 余り派手にやりすぎるのも良くない。しかし、ギルドマスターには、ある程度、俺達の力を見せ付ける必要がある。
 そうするとやっぱり……俺がやるのが無難なのだが……。

 改めて視線を落とせば、咲耶は覚悟を決めた目で、こちらを見上げていた。
 その目からは、言いたい事が分かり過ぎるほど、強く発せられているわけで……。
 だが、俺はどうしても、その期待に応えることをためらってしまう。

 女の子を……しかも我が子を簡単に戦わせられるほど、俺の心は、この世界に順応していなかった。
 元の世界であれば、こんな事は絶対にさせたくない。
 まぁ、ある意味スポーツのように、己の武技を競うことが目的であるため、そこまで深刻に考える必要はないのかもしれない。

 だが、武器を振り回し、それを相手に向ける。
 それは、一歩間違えば……いや、違うな。綺麗ごとは止めよう。間違えなくても、暴力の応酬である。
 だから、どうしても、元の世界のイメージがそれを邪魔するのだ。

 俺は願う。

 女の子らしくして欲しい。
 もっと色々な事を知ってほしい。
 可愛い恰好をして、お父さんと呼んでほしい。
 いつも笑顔で過ごしてほしい。

 しかし、それは……。

 天を仰ぐ。
 四方を建物に囲まれ、狭くなった空がそこにあった。
 青いキャンバスのように一色のみの世界に、薄い雲が、消えそうに、淡く線を引いている。

 ……そうか……違う。そうじゃないのか。
 俺は、自分の心と向き合って、今、この瞬間、ずっと持ち続けてきた違和感の正体に至った。

 今まで、躊躇ちゅうちょしていたのは、単なる俺の我が儘が原因だったのだ。
 これは、俺のエゴであり、ある意味、彼女たちに対する、俺の期待の押しつけである。

 子供の為にと、お母さんは子供を塾に行かせる。
「この子の将来の為になるから。」そう言う母は多い。

 それが良いのか悪いのかは、俺にはわからない。その子次第だからだ。
 その子供が、望むのであれば、それは良いのだろう。別に母の為にでもいいさ。頑張る事には意味がある。結果を伴わなくても、その過程は必ずその子の血肉となる。
 だが、やりたくない物を無理やりやらせても、子供はいつか手を止めてしまうものだ。
 そして、親が子供の人生を意のままに操るのは、どう考えてもやりすぎである。
 子供はあくまで子供なのだ。親の想いがどうであれ、その子の人生は最終的にその子が選ばなくてはならない。
 でないと、何も決められず、人の言うことを待つだけの従順なロボットになってしまう。
 伝える事は大事だ。話し合うのも、わかってもらうのも大事だ。
 だが、親の心を満たす為に子供を利用するのは……違うよな。

 そう。そうなんだな。やっとわかった。
 元の世界のように、普通の子供らしくして欲しいと願う俺がいる一方で、それは、この世界の普通ではないのだ。

 元の世界にだって、武道を志す女性だって沢山いる。
 その彼女たちの志を俺は否定できないし、する必要もない。何より、競技としての暴力であれば許容できる自分がそこにいる。
 おかしな話だ。自分で手を下すのを躊躇い、しかし、山を吹き飛ばし、宇迦之さんの龍を消し飛ばす。
 我が子が俺の為に剣を掲げるのを止め、競技とは言え、他人が殴りあう姿を娯楽にできる俺は、完全に矛盾しているのだろう。しかし、そんな物だろうな。

 此花や咲耶は、俺の剣となり盾となる事を望み、そしてそれが当たり前として生きている。
 そう。という生き物として、それは至極当然の生き方なのだ。
 宇迦之さんの言葉が、俺の脳裏に浮かぶ。彼女らは、望んでいる。そういう生き物なのだ。

 一瞬、俺の心に言いようのない、虚無感が広がる。
 同時に、どうしようもない口惜しさがこみ上がってきた。
 それでもなんとなく認めたくはなかった。
 認めてしまったら、我が子たちが、俺の知らない奇妙な生き物に思えてしまうのではないか?
 そして俺は、それを便利な物とのして、自分の為に受け入れてしまわないか?
 だが、もう賽は振られてしまった。俺は、理解してしまったのだ。そう言うことだと。
 ならば、幾ら言い訳を並べて見えないように蓋をしたところで、いつかは、その蓋は開くだろう。
 そう。だから……俺は、俺自身と、彼女達の欲に向き合うしかない。

 俺は……我が子達を、しっかりと理解しないといけない。
 彼女達が真に望むのは何か? 本当に、それで良いのか?
 そして、俺の甘い幻想にいつまでもつき合わせ続ける事で、我が子たちの事を都合のいい存在として見ることをやめなければならないな。

 彼女達は、俺の子供なんだ。
 ならば、例え俺の意に反する事でも、全てを受け止めるのが、俺の役目だろう?
 それが、俺が理想とする父親の姿なんだから。

 長く沈んだ思考からゆっくりと浮上する。
 迷いは消えた。いや、正確には、理論武装して無理やり納得しただけかもしれない。
 思いを断ち切るように、長く息を吐くと、俺はしゃがみこんで、咲耶と視線を合わせた。

「……できるのかい?」

 その言葉には、二つの意味がある。
 一つ。ボーデさんに大怪我をさせる事無く……自分の身を守り、力を示すこと。

 咲耶は一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに真顔になると、しっかりと頷いた。

「本当に、大丈夫なんだね?」

 二つ。咲耶は……彼女は精霊だ。
 だから、本来ならば、この申し出は受けられないはずなんだ。
 だって、精霊は……。

「お任せくだされ。この大役、見事果たしてご覧にいれまする。」

「……そうか。」

 俺は目をつむる。
 今の俺には無茶としか思えない。だが、彼女がそういうなら、何か勝算があるのだろう。
 そして、何より……此花が止めない。
 だから、何か理由があるのだろう。
 ならば、俺は二人を信じる事にする。これが、何も考えていないただの子供の言葉なら、俺は受け入れられなかっただろう。だが、彼女達は聡い。それは一緒に過ごしてきて良くわかっている。
 そんな彼女達が言うのだ。

 俺は、目を開けると、咲耶の目をのぞき込んで、そのまま言葉をかける。

「ならば任せた。やってきなさい。」

「は! 必ずや勝利を父上に!」

 いや。そこまで気負う必要はないんだけどな……。まぁ、良いか。
 俺は、気合十分の咲耶の頭を苦笑しつつ優しくなでると、ギルドマスターのへと視線を向けた。

「ふむ。そちらの元気なお嬢さんで良いのかな?」

「はい。こちらの咲耶が戦います。お手柔らかに。」

 俺は咲耶の頭に手を乗せたまま、そんな風にさらりと答える。
 そんな俺の様子を見て、一瞬、眉をひそめたギルドマスターだったが、すぐに元の表情を戻すと、未だ金属音をまき散らしている二人に向き直り……肩を落とした。

「くぉらぁ!! いつまでやっとるんじゃぁ!!」

 そんな声に反応するかのように、激しく打ち合っていたボーデさんとライゼさんが、その手を止めて、こちらを見る。
 そして、興奮して肩を上下させるギルドマスターに一瞬視線を向けた後、興味をなくしたように、こちらに目を向け……俺の手が咲耶の頭の上にある事を察すると、全てを理解したのだろう。
 一瞬後固まった後、何事も無かったかのように、真剣な表情を浮かべこちらに歩いてくる。

「そうか。俺の相手は、お嬢ちゃんか。せいぜい楽しませて……あいだ!?」

「言うことが下品。そういうのは、三流。」

 凄みながらそんな台詞を吐くボーデさんの後頭部を、間髪入れず器のような物で殴るライゼさん。
 いや、その器……いつも持ってるんですか? 確か食事の時、使ってましたよね?
 俺が半分呆れながら、いつもの夫婦漫才を見ていると、落ち着きを取り戻したギルドマスターが咳払いをする。

「では、武器を選ぶがよいぞ。こちらにあるものはどれでも使ってよいからの。」

 そう言って指さした先には、武骨だがよく手入れされていそうな、金属製の武器が並んでいた。
 見ると色々なものがあるらしく、両刃や片刃の剣は勿論、槍や棍棒……そして、中には、どう見てもただの鉄塊に棒を差し込んで固定しただけの物もあった。

「うっし、俺はこれだな。」

 そんな鉄塊を迷わず選択し、軽々と振り回すボーデさん。
 ああ、形こそ違えど、確かにそんな感じのものを振り回してましたね。ええ。
 あんなもんで叩かれたら完全にミンチである。まぁ、当たれば……だが。

 そして咲耶といえば、軽い足取りで武器を置いてある場所に向かうと、迷うことなく1本の長い剣を取り出した。
 それは、軽々と彼女の身長を越している……と言うか、軽く2m以上あります。どう見ても長すぎです。
 しかも、どうやらあまり使う人がいないのか、手入れもおざなりで、所々錆が浮いている始末。
 流石に、そんな状態の剣を見て、心配になったのだろう。

「お嬢さんや、流石にそれはちと獲物の状態が悪過ぎないかの? ほれ、こちらはどうじゃ? 少し短くなるが良く手入れされておるぞ?」

 見かねたギルドマスターがそう言うも、

「御心配、痛み入りまする。ですが、心配御無用。某は、この剣を使わせて頂きまする。」

 そう丁寧に礼をして、その申し出をやんわりと断った。
 そして、流れるような動作で剣を軽く振る。
 一連の動作で生まれた風斬り音は、斬るという動作を感じさせず、むしろ何かの演奏のように、心地よく、そして鋭く回りに響いた。
 同時に、今までどこか緩んだ目で成り行きを見守っていたギルドマスター、ボーデさんは、顔つきが真剣な物に変わる。
 流石は咲耶だ。美しいと言って良い程、洗練された剣舞を見て、俺は改めて彼女の力量に感嘆する。
 そして、その力量を瞬時に見抜いた彼たちの評価も、俺は上方修正した。
 ちなみにライゼさんは例の如く、無表情である。
 しかも、先程どこからか取り出した器に何か液体を注ぎこんで、チビチビと飲んでいた。
 一番の大物は間違いなく彼女であろう。

 あの剣の長さは、彼女がいつも使う霊装に一番近いのだ。
 まぁ、少し重量があるだろうが、動作を見る限り、問題は無さそうである。
 身体強化しているのだろうが……恐ろしい膂力りょりょくである。
 精霊力を通せば、ボーデさんの一撃も受け止められるだろうが……それは多分しないはずだ。
 そうなると、己の力量のみでカバーする事になるわけだが……。
 まぁ、当たらなければ良いのだ。当たらなければ。防ぐ状況に陥ったときは、咲耶の負ける時だろう。
 ……全くその状況が想像できないのが恐ろしい訳だが。

 そんな風に俺が、咲耶の様子を見守っていると、ギルドマスターが対戦する二人を手招きして広場……いや、修練場なんだろうな……の、中央へと連れて行った。
 対峙するボーデさんと咲耶。それは正に、巨獣と小動物の様相である。
 見るとライゼさんが手招きしていたので着いて行くと、修練場の端にちょっとした観覧席があった。

「一応結界つき。修練場が爆発しても、耐えられる……多分。」

「多分ですか。」

 俺は苦笑しながらその言葉に返答した。

「いつもはそうなる前に止めるから。爆発したら色々面倒。」

「な、なるほど。」

 そりゃそうですよね。
 特に教団とかでしゃばってきそうだし。
 ま、念のために、周りには注意しておこう。

「ルナ、もしもの時は……。」

 そういい掛けて、俺はルナを見るも、肝心のルナは、何だか未だに変な笑顔を浮かべて飛んでいってしまっていた。
 あらま。御生還はまだですかね。ちょっと刺激が強すぎたのだろうか? まぁ、それだけ嬉しかったならこちらも、思い切ったかいはあったという物だが……。
 俺は少し迷って、感知用に薄く障壁を張るにとどめた。
 更に、これに引っかかった攻撃を自動で検知して防御する魔法陣を、即興で床下に組む。
 なるべく薄く……【ステルス】で包んで……よし、これでOK。
 一瞬、俺の魔力が床を浸透し、防御陣が完成した。
 使った魔力も全部床下に流したし、魔力量も極小の上にしっかりと隠蔽したから気付かれる事も無いだろう。
 実際、ここにいる人達には気付かれていないようだし。
 ライゼさんも、ギルドマスターも全く反応しなかったしな。
 一応、自前で使っている自動防御の応用だから、防御性能も大丈夫だとは思うが……試験してないから不安だ。
 うーん……こういう時にルナに頼れないのは結構痛いな。

 俺がそんな風に心配していると、修練場の中央にいるギルドマスターが声を上げた。

「それでは、これより実力試験を開始する。決着は、わしが止めるか、どちらかが降参するまでじゃ。では……両方……構え。……始め!!」

 号令とともに、ボーデさんが咲耶に向けて襲い掛かった。

「さて、御嬢ちゃん。まずは御挨拶だ!」

 そう言うや否や、重量のありそうな鉄塊を、勢いもそのまま真横から振りぬく様に叩きつける。
 その勢いは正に、猛スピードで迫るダンプカーである。正直、あんな勢いで来られたら、普通の人なら固まってしまうだろう。
 対して咲耶はその場から動かず、右半身を引き、剣の柄を若干後ろに引いていた。そして、長剣の切っ先をボーデさんに向け、剣の腹に軽く左手を添えるのみ。
 ボーデさんの振りぬいた鉄塊が、咲耶の体を真横から捉えたと思った次の瞬間、重い音と甲高い音が同時に響き、その鉄塊は軌道を真上へと変え……、

「ぬおぁあああ!?」

 と言うボーデさんの悲鳴と共に、宙へと舞う。勿論、ボーデさんごとである。
 鉄塊が数秒間、放物線を綺麗に描いたまま宙を舞い……そして轟音とともに地面へと突き刺さった。
 うん。何をどうしたらあの剣であの鉄塊を弾き返せるのか……お父さんは聞いてみたいよ。
 見ると咲耶は先程の構えのまま、着地……もとい、墜落したボーデさんの方を油断無く見ていた。
 暫く、落下地点が派手にもうもうと煙っていたが、それを切り裂くように、ボーデさんが飛び出してきた。

「はははは! 面白ぇじゃねぇかー!!」

 言葉とは裏腹に、顔が普通に真剣です。
 あ、ガチで行ってますね? 誰が見ても、本気です。

「ボーデかっこ悪い……。」

 俺の前に座っているライゼさんが、躊躇無く、素直に感想を述べる。
 いや、それは酷と言う物でして……。
 そう思うも俺は苦笑しか返せない。実際、傍から見ると、子供に襲い掛かる駄目な大人にしか見えないし。

 ボーデさんが走るたびに、重い音が響く。
 それはまるで、地を割るかのように踏みしめるボーデさんの足捌きの結果だろう。
 一歩ずつ、その音は大きくなり、その度に、ボーデさんの加速は大きくなっていく。
 対して咲耶は動かない。まるで柳のように、ゆらりとそこに佇んでいる。
 あー……何というか、わかりやすい力関係だこと。

「だらっしゃぁああーーーーーー!」

 良くわからん掛け声とともに、振りぬかれる鉄塊。
 それは、衝撃波を伴って振りぬかれ……。

「ぬぁーーーーー!?」

 と言う声と共に、衝撃波が俺達の席に届く。
 見ると綺麗に真上に吹き飛ぶボーデさん。
 おー……これまた垂直に綺麗に上がったな……。
 って言うか、ボーデさん、武器手放さないのね。そうしたら一緒に吹っ飛ばなくて済むのに。
 武器だけ飛ばさせた隙に、徒手空拳で反撃とか有りだと思うんだが……。

 ふと、咲耶の様子を見ると、一見涼しげに見えるのだが……その眉が少し下がっている。
 やはり……辛いんだよな? まぁ、そもそも、こうやってカウンター入れられるだけでも、俺としては驚きだが。
 ふと此花の様子を伺えば、やはり辛そうに咲耶を見ていた。
 そんな此花の頭に手を置き、俺は優しく撫でる。
 完全に不意打ちだったようで、此花は驚きながら、苦しそうに歪んだ顔をこちらに向けてきた。
 一瞬、胸が痛むも、俺はそのまま話しかける。

「辛いなら見なくていいんだぞ?」

 そんな俺の言葉に、此花は首を振ると、

「咲耶が全身全霊をかけて頑張っているのです。私も一緒に戦いますわ。」

 そう、強い言葉で返す。

「そうか。無理だと思ったら……お父さんは止めるからな?」

「大丈夫ですわ。咲耶なら、きっと断ち切れますわ!!」

「そうだな。咲耶は強い子だからな。」

 俺は此花が少しでも楽になるように、頭を撫でながら、咲耶へと視線を戻す。
 見ると、ボーデさんは重力をそのまま利用して、攻撃を継続する模様だ。
 上から良くわからない叫び声……と言うか、雄たけび? のような物が近づいてくる。

 そして、そんな様子を見た咲耶は、初めて動いた。
 軽々と跳躍すると、その場から大きく離れる。

「え!? ちょ、ずりぃーぞぉおお!!!」

 なんか負け惜しみが聞こえるけど、何もずるくないですよ? ボーデさん。
 そして、轟音と共に、ボーデさんは墜落した。

「……ボーデ……最低。」

 ライゼさんの言葉が容赦なかったのは、いつも通りだったのである。

「おーぉい。ボーデや。降参するかの?」

 修練場に開いた大穴に向かって、ギルドマスターは声を上げた。
 すると、大穴からボーデさんが飛び出してくる。

「だぁれが……降参する物か。第一、まだ俺は一発も攻撃を喰らっちゃいねぇぞ!」

 その言葉は正しい。まぁ、その割には満身創痍だが。
 俺が苦笑しながらその様子を見ていると、ボーデさんの腕から突然炎が上がった。

「あの馬鹿!」

 ライゼさんが焦ったように、席を立つ。
 同時にギルドマスターも驚いたように、距離を取りつつ

「こりゃ! ボーデ! それはやりすぎじゃ!」

 そう驚いたように声を上げた。
 ん? これは……魔法? しかも、この魔力の流れ方は……広範囲型殲滅魔法か?
 俺は【サーチ】で魔力の流れを瞬時に読み解く。
 ほう。なるほど。魔力を一点に集中。この場合は、武器に集めるのか。
 見るとボーデさんの持つ鉄塊が、赤熱したように真っ赤になっていた。
 これを対象にたたきつけると同時に、爆発、広範囲に衝撃波と炎をばら撒き、燃やし尽くす魔法かな?
 なるほど。武器に魔力を注ぐ事で、一時的に武器自体を魔力回路に見立てると。
 こんなやり方もあるのねー。勉強になるわ。

 ボーデさんは極限まで集中しているのか、咲耶を見据えたまま鉄塊を構えて動かない。
 そんなボーデさんの手から生まれた魔力が炎となり、彼の体を伝いながら武器へと集約されていく。
 やがて炎は体中から噴出し、彼自身を包んで尚、留まるところを知らない。

「清き生命の恵み 慈母の象徴 その愛をもって……。」

 ライゼさんが、焦ったように突然詠唱を始めた。
 へー、普通の人ってこういう呪文を使うのか。

 ん? けど、これって……。

 俺は、ライゼさんに発生した魔力の元をそして、予想される効果を追う。
 そして、その経路を追って、行きつく先を見た。
 それは、俺のいつも使っている魔法とは異なる形式、異なる手法なのだ。
 何故ならそれは……。

「灰塵と化せ! 業炎……翔破!!」

 俺が思考を纏める前に、ボーデさんの声が響く。
 見ると炎を噴出し赤熱した鉄塊が、咲耶に振り下ろされようとしていた。
 しかし、それは振り下ろされる瞬間、一気に凍りつき、武器ごと砕け散る。

「「「な!?」」」

 ギルドマスター、ボーデさん、ライゼさんの三人が驚愕の声を上げた。
 良く見るとボーデさんと咲耶の間に、ひらりと白い物が舞う。
 あれは……雪?
 刀身にはうっすらと精霊力。流石に使ったか。
 まぁ、けど、この魔法形態なら、大丈夫だろう。

「武器が無ければ戦えませんぞ? 降参なされ。」

 咲耶が切っ先をボーデさんに向けそう呟いた。
 良く見ると、咲耶の表情が優れない。
 やはり、かなり無理をしているのだろう。
 そんな咲耶の不調を感じ取ったのか、ボーデさんは気合を入れると、

「いいや、まだだ! まだ拳がある!」

 と、右手を突き出し、咲耶に向かって吼えると殴りかかった。
 流石の咲耶も、剣で拳を捌くのは躊躇われるらしく、防戦一方となっている。

「ボーデ……後でお仕置きね……。」

 ライゼさんが何故か微笑んでいた。
 ギルドマスターは、ガックリと肩を落としている。

 個人的には、もう終わってくれてもいいと思っているのだが、一方で、咲耶はまだ、乗り越えていないのも判っているので俺としてはかなり複雑な心境である。
 そう。咲耶は、何も俺に良い所を見せようとしただけは無く、明確な覚悟を持ってこの戦いに望んでいるのだ。

 咲耶と此花は精霊である。
 姿こそ子供のそれだが、戦闘力としてはずば抜けた物を秘めている。
 だから、俺は気にもしていなかった。していなかったが、ある一つの致命的な弱点があるのだ。
 それは……。

「おらおら! どうした、御嬢ちゃん! 避けてるだけでは、俺を納得させられねぇぞ!!」

 咲耶は苦しそうに顔を歪ませながらも、必死に攻撃を避けている……ように見える。
 だが、実際に咲耶を苦しめているのは、ボーデさんの攻撃ではないのだ。

 それは、精霊の業。

 人の隣人たる精霊は、人間を憎む事ができない。
 人の隣人たる精霊は、積極的に人に仇なすことが出来ない。

「おら、一発入れてみろ! 御嬢ちゃんよ!」

 つまり……精霊は自分の意思で人を攻撃できない……。

 咲耶が戦っているのは……ボーデさんではないのだ。
 精霊と言う存在に課せられた、業そのものなのである。

 俺は苦悶の表情を浮かべながら攻撃を避ける咲耶を見て、心の中で応援する事しかできなかったのだ。

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