比翼の鳥

風慎

第53話 暴露

 元はディーネちゃんであった粒子を、最後まで見送った俺は、深く息を吐く。

 ディーネちゃんは、登場するといつも色々な物を残していく。
 それは、抱えきれないほどの優しい気持ちであったり、或いは、大きな疲労感であったり……。
 別段、それが嫌だと言うわけではないのだが……今回に限っては……残された物は、特に大きな物だった。
 何故ならばそれは……俺の予定を大きく修正せざるを得ない物であり、且つ、その方向性すら捻じ曲げかねない程、強烈な置き土産であったのだから。

 ディーネちゃん……相変わらず半端無いです。

 俺が心で再度ため息をついた時、俺の右肩にそっと手が乗せられ……そして、しっかりと鷲づかみにされる。
 その手から、絶対に逃がさないと言う、強い意志を感じた。

「のう? ツバサ殿……いや、魔導王様……じゃったかな? ちょっと話があるのだがな?」

 普通に聞くと温和に思える声色だが、その言葉の端々に有無を言わせない迫力を感じる。
 流石は、ギルドマスターと言う所だろうか。そして、俺が思った以上に、回復が早かった。
 俺が振り向こうとした時、更にその言葉を追うように、左肩にも手が乗せられた。
 その感触は軽く、前者のような力強さは無いものの……伝わってくる雰囲気は、正に氷の如く極限まで冷えた物である。

「……勿論、話してくれるはず。ね? ツバサ?」

 ライゼさんのその冷たい声に、俺は振り返る事もできずに、首筋に汗を垂らすに留まる。

 両者の言い分は御尤もだ。
 俺だって、ここまで来てしまったら、申し開きの余地は無いだろうと判る。
 ディーネちゃんと言う、大精霊の登場。
 更には、咲耶がそのディーネちゃんと俺の子であるとバレタだけでなく……完膚なきまでに大音声だいおんじょうでもらしてくれた、俺の肩書き。
 傍から見れば、異常としか言いようの無い俺達の行動。
 どう贔屓目ひいきめに見ても、突っ込みどころだらけで、どう隠そうとしても、どうにもならない状況である。

 まぁ、バレタ原因の大半はディーネちゃんに起因するところがあるのは確かだと思うが、結局の所、元はと言えば……全て隠そうとして裏目に出た結果だった。
 しかし、ディーネちゃんも咲耶も、ワザとやってるのか? とも思えてしまう程の暴露っぷりだ。
 ……そうだとすれば、俺達の事を考えての結果だとも思う。
 思うが……いや、そうであって欲しいです。割と本気で。

 だから、俺はもう、言い逃れは出来ないと腹をくくっていた。
 そして、何より、否とは言えないその迫力に、俺はただ、

「はい……。判りました……。」

 と、答えるしかなかったのだった。



 改めて場所を移し、ギルドマスターの部屋へと移動した俺は、開示できる情報を伝えた。
 それは、以下の四つである。

 一.獣人の森の王として君臨している事。
 二.大精霊と子を生し、他の精霊達とも交流する力を持つ事。
 三.ナーガラーシャと言う神に見初められ、契約した事。
 四.膨大な魔力を持ち、特殊な魔法を使えること。

 まぁ、宇迦之さんとの契約に至った詳しい経緯や、新生代の事は黙っておく事にした。って言うか、ほいほいと話すことでも無いし。
 と言っても、今までの俺であったなら、もしかしたら、もう少し隠したかもしれない。
 だって話した事は、ぶっちゃけほぼ全ての情報に等しい訳だし。
 だが、ディーネちゃんに言われた、周りをもっと頼れと言う言葉が、俺の脳裏から離れないのだ。
 そして何より、頑なに、更には慎重に事を進めていた俺ではあったのだが……どうも、そこまで気にして事に当たる必要が無い気がしてきたのである。
 そう。どうも、俺は臆病すぎたと思うのだ。

 何故、俺はあそこまで皆を失う事を恐れていたのだろうか?

 ふと、そんな疑問すら起こるほど、俺の心境がこの短時間で変化したのを感じざるを得ない。
 違和感はある。疑問もある。だが、俺はそれを敢えて、問題としなかった。
 それは、ルナとディーネちゃんの会話の事もあるし、何より、俺はそれ程、自分自身の変化に問題があると思っていないのが大きい。

 まぁ、ルナの絡む事なら受け入れよう。

 それが今の行動指針の一つであり、それが彼女に対する誠意の表し方だと思うからだ。
 ルナと俺の変化がどう関わってくるのかも、何となく想像がつく。そして、最終的に行き着く先が、もしかしたらとんでもない所なのかも知れない。
 まぁ、その時はその時だ。毒喰らわば皿までである。
 俺は既に覚悟を決めてしまったわけで……後は、なるようにしかならない。

 そんな風に考えに浸っていた俺は、大きな机を挟んで向こう側に鎮座する……いや、彫像と化したギルドマスターとライゼさんの言葉を待っている。

 ギルドマスターの部屋は防音処理がされているとの事だったが、俺は念のために更に遮音壁と、魔力・力場遮断壁を展開し、この部屋を完全なる密室としていた。
 どうも、俺の魔法展開はギルドマスターとライゼさんには感じ取れてないようだ。
 まぁ、もし、あれでポーカーフェイスなら、お手上げではあるが。

 俺の座っている側には、意外な事に無骨で実用的なソファーが置かれている。
 6人ほどいっぺんに座れるほど長い事を除けば、特に変哲も無い物だ。
 応接室も兼ねてると思っていたのだが、案外、機能性を重視するようである。そういう所は、俺的に好感が持てる。
 ちなみにその長いソファーの端には、此花と咲耶が寝かされ、その二人をルナが少し沈んだ様子で見つめ、時折、撫でていた。

 そして、俺の目の前には、緩衝地帯のように広い机がある。
 これが今の彼らと俺との心の隔たりなのだろうか? そう思ってしまうほど、見事に状況にマッチしていた。
 距離にしてみれば2m程だろうか。だが、その距離が遠く感じる。
 ボーデさんは、気がついたらいなかった。結構心配ではあったのだが、どうやらこちらに向かっているようだ。
 とりあえず、合流出来る程に元気であるなら今は良いだろう。
 まぁ、どの道、更なる問題を突きつけられる事になるわけで……もしかしたら、ここには来ない方が良いのかもしれないが……。

 ギルドマスターは、特注と思われる、大きな椅子に腰を落ち着けて、こちらを見ながら瞑目しつつ……完全に言葉を失っていた。
 ま、そりゃそうですよね。あまりに荒唐無稽な話で、普通なら信じられないだろう。だが、その一端を見てしまった後としては、一笑に付す訳にもいかず……と言う感じだろうか。
 ギルドマスターの傍らに立つライゼさんも、同じように言葉を失い、何かを考えているようではあるが、そもそもあまり表情が乏しい方なので、何を考えているのか……はたまた何も考えていないのか……こちらから推し量る事は難しい。
 そんな訳で、今、ギルドマスターの部屋は、良く判らない緊張感を伴いながら、静寂に包まれていたのだった。

 そんな中、静寂を破るように勢い良くドアのノブが回り、

「っつ!? 何だ? 開かねぇぞ! どうなってるんだ!? これ!?」

 と、扉の外からボーデさんの叫び声が聞こえた。

 あ、しまった。防壁が邪魔してドアが動かないのか。

 俺はドア部分だけ、一時的に防壁を解除する。
 その途端、ドアは大きな音を伴いながら乱暴に開かれ、

「っと!? あい……あだぁ!?」

 音速を超えるのでは? と思う程、目にもとまらぬ速さで投擲された何かがボーデさんの額を直撃し、鈍い音を響かせた。

「五月蝿い。」


 冷え冷えとした声で投擲フォームのまま言い放つライゼさん。
 そして、数瞬遅れて、甲高い音を響かせて床に落ちるお椀。
 いや、あのお椀……本当になんなの?

「お、お前なぁ……いきなりそれは……無いだろう……。」

 ボーデさんは額を押さえ、ドアの前で完全にうずくまって震えている。
 めっちゃ痛そうである。

 そんなやり取りを見ながら、ギルドマスターはため息をつくと、静かに俺に向き直り、

「ツバサ殿。先程の話では、お主は獣人族の王と言っても良い立場だと……そう解釈してよいのかの?」

 そう、確認をこめた問いを投げかけてきた。
 俺は、そんな二人の様子を見ながら苦笑すると、ドアの遮断を元に戻す。
 一応、部屋内のチェックも行い、他の不信な侵入者がいない事を確認した。
 これからの話の内容は、絶対に聞かれるわけにはいかないしな……。

 よし、問題ない。では、始めようか。

「いえ、私はその手伝いこそしましたが……彼らの王として君臨したつもりはありませんよ。まぁ、勝手に祭り上げられていると言うのが正解ですかね。後、先ほどの話は、あくまでその森の中の話であって、外の事については私の知るところでは無いですよ。」

 俺は正直に、思うままを伝える。
 そんな俺の言葉を聞いて、そのまま頷くと、ギルドマスターは更に、口を開いた。

「じゃが、お主がもし、いや、仮にではあるのじゃが……号令を下せば……その者達は、動くのじゃろ?」

 そんな問いに俺は少し苦笑しながら、肩をすく

「あり得ない話です。私はそんな事を望んでいませんし。」

 そう答えるに止める。
 それは受け止め方によっては暗に、そうだと認めているような物だが……実態は違う。
 本当にそんな事は起こり得ない……何故なら……。

「……そうか。いや、詰まらん事を聞いた。」

「いえ、ギルドマスターの懸念はご尤もです。ですが、こちらに敵意はありません。これは誓って言えますので。」

 そう。そんな必要は無いのだ。
 だって、俺らだけで、この都市位……相手に出来る。
 そう確信してしまっているのだから。

 問題は勇者だが、今ならある程度の対策も取れている。
 まぁ、過信こそ出来ないが、前と比べれば遥かに楽に戦えるはずだ。
 俺のそんな不遜な考えを見抜いたのだろうか? ライゼさんが徐に口を開く。

「けれど、ツバサは嘘をついた。特に獣人の王については隠す必要も無かったはず。」

 彼女は言っている。何故、私達にも嘘をついたか? と。
 まあ、普通ならそう思うよなぁ。
 ただ、彼女はそんな事、百も承知で俺達との約束を結んだはずだ。
 俺達は怪しい。隠し事だってあるとは織り込み済みであろう。
 だが、そうは言っても、彼女側の約束は今の所、ちゃんと誠実に実行されている。
 ならば、俺もそれには誠実に答えるべきだと考える。

「そうですね。その点は心苦しいとは思っていましたが……獣人達の事は、特に隠しておきたかったのですよ。ですから、それに付随する項目は全て秘匿させていただきました。」

「何故?」

「貴方達……と言うより、人族が信用に足るか……判らなかったからです。」

「それはこちらも同じ条件。」

「いえ、違いますよ。明確にね。」

 俺のそんな言葉に、ライゼさんは初めて本当に判らないと言うように眉をしかめ小首を傾ける。
 そんな言葉の応酬をしている所に、

「おぉ~~いてて……あのなぁ……ライゼ……お前ぇ、もう少……ごぼぉ!?」

「五月蝿い。今、大事なところ。」

 間の悪い男が一人、ライゼさんの横まで歩いてきて……次の瞬間、鳩尾に強烈なアッパーを喰らって悶絶していた。
 何でこのタイミングなのか……本当に間の悪い……。
 いや……待てよ? 考えようによっては、逆に良いのか? ついでだから、少し実験台になってもらおうかな?
 上手くすれば、言葉で説明するより、遥かに早く、俺の考えを実感してもらえるだろうし。

「ライゼさん。」

「何?」

「貴女は、獣人をどう思いますか?」

「何も。」

「では、質問を変えます。獣人達と抱き合って下さいって……あぶね!?」

 俺は目の前を通り過ぎる鋭利なナイフを避けながら、彼女の顔を伺い見る。
 明らかに不快な表情をその顔に張り付かせ、彼女は肩で息をしながら震える手でナイフを戻した。

 ほら、やっぱり。

 俺の思ったとおりだ。
 あの表情筋が死滅していると思われる彼女ですらこれである。

「気持ち悪い事を言わないで……。」

 何とか平静を取り戻そうとしているようだが、未だに呼吸が荒い。

「気持ち悪いですか? 何処がですか?」

 その俺の問いに、ライゼさんは俺の事を少し険しい目で睨む。

「全て。」

「具体的にお願いします。」

 引き下がらない俺を更に忌々しそうに見ると、ライゼさんは唾でも吐きそうな勢いで、答えた。

「その姿も、匂いも、そもそも存在も、何もかもが不快に思う。」

「全てが? 何故?」

「好き嫌いに、何故も何も無い。これが何だと言うの?」

「変だと思いませんか?」

 俺の問いに、改めて眉を寄せるライゼさん。

「よぅ、ツバサさんよ。そこら辺にしとかねぇか? 良くわからねぇが、それは楽しい話じゃねぇだろう?」

 そんなタイミングで、横から声をかけてきたのは、漸く復活したボーデさんだった。
 お、丁度良い生贄が……。
 では、選手交代と行こう。

「何故、楽しくないのですか?」

「いや、だってお前ぇ……獣人だぞ? 好きな奴なんて……ああ、一人変態がいたが、あれは別として、あいつ意外は、皆、嫌いに決まってるだろう。」

「ほう。一人いましたか。その人だけですか? 獣人を愛でる事のできる人は。」

 俺の言葉に、一瞬、ボーデさんは、心底嫌そうな顔をする。
 しっかし、激烈だな……これ程までとは……。

 ぜってぇ……許さん。

 俺は、ふつふつと湧き上がる怒りに飲まれることなく、淡々と話を進める。

「成程ね……。ライゼさん、ボーデさん。ありがとうございます。不快な思いをさせてしまってすいません。」

 俺はそう頭を下げる。
 そして、そんな唐突な会話の終了に、置いてかれた二人は呆然とした後、

「今の話は必要?」

 そうライゼさんが切り出す。

「ええ、とっても。ねぇ? ギルドマスター?」

 突然、俺に話を振られたが、流石は長たるものだ。動揺の欠片も見せず、

「何がじゃな?」

 そう答えるに留まる。
 ま、そりゃそう簡単には答えられないよな。
 答えられる状況なら、こんな事にはなっていない筈だ。

「またまた、とぼけてもダメですよ。私、知ってますから。」

 俺のそんな思わせぶりな言葉に、一瞬眉毛を動かすギルドマスター。

「何をじゃね?」

「そりゃ勿論……何で皆が獣人を嫌いか……ですよ。」

 その言葉をギルドマスターは無言で受け止めた。
 ま、そう簡単にはいかないか。

 俺は溜息を吐くと、ライゼさんに視線を向ける。
 そして、一瞬迷った後、口を開いた。

「ライゼさん、お願いがあるのですが。」

「何?」

「私の奴隷をここに連れて来て欲しいのです。……良いですか? ギルドマスター?」

 突然の俺の提案に、ライゼさんもギルドマスターに視線をよこす。
 数秒の間、ギルドマスターは目を瞑り口をも閉ざしたが……

「よいじゃろう。」

 と、一言、了承の意を示した。
 その言葉を受けて、ライゼさんは一旦俺に頷くと、足早に防護壁を解除されたドアを通り、外へと出て行ったのだった。
 すぐに防護壁を張り直し、俺は改めてギルドマスターに声を掛けた。

「恐らく……ギルドマスターにも、お立場が有るのだと思います。ですから、無理に口を開く必要はありません。ですが……その場合は、私がにやらせて頂きます。」

 俺のそんな言葉に、ギルドマスターは無言を貫く。

「おいおい……一体、何だってんだよ。確かにあんた等は凄いよ。流石に、あの御嬢ちゃんと戦った時には格の違いを思い知ったさ。俺には難しい事は判らねぇ。けどよぉ、これは話が別じゃないのか?」

 見かねたように、ボーデさんが口を挟む。
 まぁ、本当にこの人良い人だよな。結構トラウマ物だったと思うんだけど……あの戦闘。
 それでこそ、ボーデさんと言う感じもするが。

「皆さんが私に不信を抱くように、私が人族全体に対して不信を抱く原因となっている事……それをお見せいたします。そういう話なのですよ。」

「いや、だってなぁ……嫌いな物はあんたにだってあるだろう?」

「そりゃありますよ。」

「だったら、判るだろう?」

「それが個人の意思によるものなら、尊重しますよ?」

 俺の言葉に、益々、訳がわからないと言う顔をするボーデさん。
 逆に、眉間に皺が寄っていくギルドマスター。

「ああ、ちなみにですが……この部屋は外部と完全に隔離しています。ですので、ここで話した事は、外部に漏れる事はありません。信じる信じないは、皆さんにお任せしますが。」

 俺のそんな軽い言葉に、ボーデさんは合点がいったと言う顔をする。

「ああ、だからさっきドアが開かなかったのか……。」

「ええ、すいません。すっかり失念しておりました。」

「そうかそうか…………って、じゃあ、ライゼにやられたのはお前のせいか!?」

 はたと気がついたように、ボーデさんは俺を睨む。

「ははは……そう言う事になりますか。」

「お前ぇ、爽やかに笑ってんじゃねぇよ!? あれ、めっちゃ痛いんだぞ!」

「いやぁ……痛そうでしたねぇ。じゃあ、お詫びと言っては何ですが……ボーデさん、もし獣人族に対する嫌悪感を消せるとしたら、消したいですか?」

 突然の俺の提案に、ボーデさんはあまり深く考えることなく、

「お、おお? まぁ、別に嫌な物が無くなるなら良いんじゃねぇか?」

 と、面食らったように答えた。

「そうですか。では、後でやってみましょうかね。」

 よし、実験台ゲット。
 俺が、心でほくそ笑んだとき、ドアの前まで反応が到達する。
 防壁解除っと。
 同時にノックの音が響いた後、ドアノブが滑らかに回り、音もなくドアが開く。
 ライゼさんは、後ろを振り返る事もなく、俺の横を通り過ぎる際、チラリと俺を見て、ギルドマスターとボーデさんの下へと足早に向かった。

 そこまで嫌なんだな……まったく。酷いもんだ。

 遅れて、リリーと何故かティガ親子まで一緒に入ってきた。
 まぁ、ライゼさんが気を利かせてくれたのだろうか……それとも?
 俺は探知で知っていたが、彼女の真意が読めず、少し考えるが、取り合えず好意的に受け取る事にする。
 ヒビキ達がいてくれた方が、対比も出来て、都合も良いしな。

 俺は改めて防壁を構築し、更にもう何重かにかけ増しをした後に、内部のチェックを行った。
 よし、これで外部からの干渉、及び、内部からの情報送信も出来ないはずだ。

 では……やるか。

 俺は、立ち上がり、リリーとティガ親子に体を向けた。
 見るとリリーは表情こそ動かさなかった物の、耳と尻尾が軽く揺れている。
 まだ、制御が甘いなぁ……まぁ、それでこそリリーだが。

 対してヒビキ達、ティガ親子は入り口付近に留まり、そこを死守するかのように寝そべっていた。
 成程、考えてるな。任せた、ヒビキ。
 俺の視線を受けて、一瞬、俺に視線をよこし、そのまま伏せるヒビキ。

 俺は改めてリリーと視線を合わせると、手招きして声を掛ける

「リリー、ご苦労様。ちょっと協力してもらうよ。」

「はい。」

 即座に返事をして、俺の近くに寄るリリー。
 足音は無く、動作も機敏だった。

 近くに寄ったリリーに頷き返すと、俺はギルドマスター達に振り返る。

「ライゼさん、ありがとうございました。それでは……ちょっとした、実験をしたいと思います。」

 俺の突然の口上に、不思議がる一同。いや、ギルドマスターだけは、目に光を湛えていた。

「あー……まず、ライゼさん。私の奴隷……リリーと言いますが、この子を抱きしめられますか?」

「無理。」

 即答だった。
 いっそ迷いも無く清々しいほどなのだが、流石のリリーも少しだけ傷ついたようで、若干耳がへたっている。
 まだまだ、甘いぞ……リリー。
 と、思いつつ、ちょっと可哀想だったので、軽く頭を撫でておく。
 途端に復活である。なんてわかりやすい子!

「じゃあ、質問です。この子だったらどうです? クウガ、おいで!」

 俺に呼ばれたことが判ると、すぐに伏せの姿勢から、弾丸の様に俺に向かってくる。
 呼ばれたことが嬉しかったのか、少し鼻息荒く俺にじゃれ付く。
 この辺りは、まだ少し子供らしい雰囲気を残したままである。
 まぁ、見た目は何処から見ても、立派な虎……いや、ティガなのだが。

 そして、これまた判りやすく、クウガを見るライゼさんの目がキラキラしている。
 ライゼさんは俺に視線を送り、クウガを見つめる。俺とクウガを行き来するその目が、「いいの?」と如実に語っていた。
 俺は苦笑しながら、頷くと、クウガを伏せさせて傍を離れる。
 まるで夢遊病者のように、フラフラと引き寄せられるようにクウガに近づくライゼさん。
「はぁ……また、病気が始まったよ……。」とのボーデさんの声も聞こえたが、まぁ、いつもの事なんだろう。

 そして、恐る恐る、クウガの傍へと近づき、そして膝立てのまま、優しく撫でた。
 今までに見せた事のない、ライゼさんの恍惚とした表情を見れば、その結果は聞くまでもなかった。
 とりあえず、ライゼさんはそのままにして、俺はボーデさんに声を掛ける。

「じゃあ、同じ質問をボーデさんと、ギルドマスターにもしますね? リリーを抱きしめられます?」

「……無理じゃな。」
「お断りだ。」

 改めて耳をへたらせるリリー。
 幾ら鍛えたとは言え、やはりまだまだリリーだった。
 俺は苦笑すると、徐にリリーの後ろへと回り込む。
 そして、リリーが何かを言う前に、俺は後ろからリリーを抱きしめた。
 一瞬、硬直した後、耳と尻尾が、わたわたし始めるが、まぁ、とりあえずそのまま、リリーの肩越しに皆の様子を見る。

 ライゼさんは恍惚の表情を浮かべ、クウガを撫でているので除外。
 ボーデさんは気持ち悪い物でも見るかのように、明らかに不機嫌な表情をこちらに向けている。
 ギルドマスターは、眉こそ上がっている物の、表情は変わらず。

 ふーん。やっぱりね。
 俺はある事を確信すると、そのまま、リリーの肩越しにギルドマスターへと声をかけた。

「ギルドマスター。リリーってどんな姿してますか?」

 俺の問いに、言葉を詰まらせ、考え込む。そして、そのまま口を開こうとはしなかった。

「ふむ。黙秘ですかね。んじゃ、ボーデさん、どうですか? どんな風に見えます?」

 俺は対象をボーデさんに移し、同じ質問を投げかける。

「いや……そりゃ、お前ぇ……毛深い獣人だろ? つか、良く触れられるな。」

「もう少し具体的にお願いします。獣人ってどういう姿をしてますか?」

 俺は更に質問を掘り下げる。これで、このがどういう物か、理解できるはずだ。

「いや、そりゃ、獣だろ? 二足歩行している気持ち悪い毛むくじゃらのよ。」

 その言葉に、わたわたしていたリリーが首を傾げ、ヒビキが思わずと言ったように、首を持ち上げボーデさんを見る。

「んじゃ、どんな服着てます? 毛の色は? 性別は?」

「い、いや、服とか無いだろう? 毛の色は……なんかくすんでるけど……金か? 性別とかわかるわけねぇだろ! ってか、いい加減、直視するのも気持ち悪いんだが……まだ続くのか?」

 本当に限界のようだな。
 成程。なかなか貴重な意見を得られたようだ。

「いえ、もう十分です。ありがとうございました。」

 俺はそう礼を言うと、同じような事をライゼさんにも聞いた。
 結果はボーデさんと全く同じだった。

 しっかし……とんでもないな、これ。

 俺は溜息を吐き、リリーから離れる。
 リリーは戸惑っている表情を向けてきたが、俺はそれに笑顔で答えると、頭を軽く撫で、皆へと声をかける。

「さて、皆さんがどういう世界に生きているか、確認させていただきました。私の考えたとおりの結果だったのですが……ちょっと残念です。」

 そんな俺の言葉を不思議そうな表情で聞くボーデさん。

「では、ボーデさん、そしてライゼさんもです。……その今の姿、良く覚えておいて下さいね? これから、ボーデさんの呪縛を解きます。」

 その言葉に、一瞬、部屋の中が奇妙な緊張感に包まれる。
 俺はギルドマスターを正面から見据える。
 しかし、彼は視線こそ動かさない物の、声を発する事は無かった。
 だが、俺は数秒ではあるが、視線を交わした中でその意思を感じた。

『やれるものならやってみろ。』

 それ程までに、挑戦的な目だった。だが、同時に、何かを期待しているようにも見えた。

 そうか。やはり、ギルドマスターもこの呪縛に囚われている一人だと言うのは変わらないんだな。
 なら……そんなものぶち壊してやりますよ。
 俺は、改めてボーデさんに問う。

「ボーデさん。最終確認です。宜しいですか?」

「え? いや、改めてそんな事言われてもな。あれは、冗談じゃないのか?」

「いえ、完膚なきまでに本気です。」

 そんな俺の言葉に、げんなりとした表情を浮かべるボーデさん。
 対して、意外な方向から援護射撃が飛ぶ。

「ボーデなら大丈夫。多少壊れても問題ない。」

「ライゼ……お前ぇ……。」

「それに、これでツバサの言うことが判るなら、その価値はある。」

 その言葉に、ガックリと肩を落とすボーデさん。
 そして、同時に俺に真剣な目を向けてきた。
 俺は逸れに対して、うなずきを持って返事とした。

「じゃあ、臆病者はそこで指をくわえて見てれば良い。」

 突然、突き放すようにライゼさんが言う。

「良いんですか?」

「ボーデが出来ないなら私がやれば良い。ツバサ、お願い。」

「いや、ちょっと待て!? そんな……もし何かあったら!?」

「そんな事は百も承知。だけど、もし、ツバサの問いに意味があるなら、それは絶対に知らなければならない事。」

「何でだよ! 知らなくても良い事かもしれないだろう?」

 ボーデさんが言った言葉には一理ある。
 知らなくて良い事もある。だが……俺は、この状況に手を加えるつもりではいた。
 その過程で、遠からず彼らは知る事になる。
 この世界の真実の姿を。

「知らないと気が付けない事もある。怖いならそこで見てて。ツバサ、やって。」

「良いんですね?」

「くどい。」

「わかりました。では目を閉じて、気持ちを楽にして下さい。」

 しかし、そこにボーデさんが焦ったように割って入る。

「ちょっと待て! それなら……がぁ!?」

 しかし、突然、ライゼさんが棒状の何かをボーデさんの腕へと叩きつけた。その瞬間、火花が散る。
 おいおい!?

「覚悟が足りない。私について来たいなら、この程度で立ち止まらない事ね。」

 そう吐き捨てる様に言いながら、膝をつくボーデさんを見下ろすライゼさん。
 サーチしたが、ライゼさんは、どうやらボーデさんを痺れさせたらしい。命には関わらないようだし、痺れている以外は、特に問題無さそうで、俺は胸を撫で下ろす。
 そういう武器なのかな? どうも高圧電流を流して、一時的に麻痺させる物のようだな……結構えげつない電圧がかかっていたようだが。

「さぁ、やって。」

 そういうライゼさんは、覚悟が決まっているようだ。
 彼女の何がそこまでさせるのだろう?
 どうも、俺の話を聞いてから、彼女は俺の言葉にこだわっている節を感じるが……今は考えない事にした。

「わかりました。勿論、望めばボーデさんでも良いのですが?」

「あれは、喰らったら30分は動けない。」

 何つー物を……。まぁ、良いか。
 ちょっとボーデさんには可哀想ではあるが、是非、独力で挽回して欲しい物である。
 ま、ライゼさんも鬼では無いだろうし、かなり深い絆もあるようだ。この程度では、崩れないだろう。

「了解です。では、始めます。目を閉じて、気を楽にしておいてくださいね。 【アンチ・スペル】スタンバイ!」

 俺は前もって用意していた魔法陣を展開する。
 この部屋の中なら感知はされない筈だ。
 皆にも見せ付けるように、俺は魔法陣を可視化して、施行した。
 部屋に踊るように出現し、融合し、積層していく魔法陣。
 それは、ライゼさんを優しく包み込むように、展開、収縮を繰り返す。

「こ、これは……。」

 その光景を見て、思わず声を漏らすギルドマスター。
 ライゼさんをスキャンし、その精神に意図的に食い込んでいる媒体……すなわち、叡智の輪冠と呼ばれる銀の輪に照準を合わせ、魔力パターンから、獣人族の嫌悪に関する部分を書き換え無効化する。
 勇者様が残していった物を解析し、漸く作り上げた魔法陣である。
 開発にはかなり長い期間がかかったが、その甲斐あってか、この術式は問題なく起動し……そして、1分ほどで全ての効力を規定どおりに発揮し、消え去った。

 さてと、エラーも無し。問題ないとは思うが……どうかな?

「ライゼさん、気分が悪いとか、何か変わった事は無いですか?」

「無い。」

「では、ゆっくりと目を開けてください。」

 俺の言葉に、応える様に、ライゼさんがゆっくりと目を開く。
 皆が固唾を飲んで見守る中、ライゼさんは目を開け、そして、確認でもするかのように周りを見渡し……ふと、リリーを見た。

「あ……ああ……ああっぁあああ!!?」

 突然の叫び声に、皆、心配そうにライゼさんを見守る。
 しかし、その声は……そう、驚きであり、歓喜であり、そして、贖罪だったのだ。

「あ、貴女が……じゅう、じん?」

 戸惑いながら声を上げるライゼさん。
 リリーは一瞬、俺の方を見て、俺の頷きを確認した後、応えた。

「はい。リリーと申します。」

 お辞儀と同時に、ふさりと触れる長い金の尻尾。
 かわいらしくぴこぴこと動く耳。
 それを見て、ライゼさんがどう思うかなんて、俺にはすぐに判った。

「馬鹿だ……なんて、私は……御免なさい。御免なさい……。」

 ライゼさんは、リリーにそう言いながら、フラフラと近寄っていく。
 それは、先程のクウガの時を髣髴ほうふつさせる物の、その意味が全く違った。

 リリーもそれは感じたのだろう。
 自らの意思でライゼさんをしっかりと受け止めると、両者は迷うことなく……抱き合ったのだった。

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