比翼の鳥
第57話 初仕事 前編
あれから、ルナと部屋に戻った俺は、鼻息の荒い獣達に囲まれることになった。
と言うか、より正確に言えば、少し興奮気味のリリーと、何故か神経質なまでに俺のにおいを嗅ごうとするヒビキにジワリジワリと包囲されていく。
クウガとアギトはどちらかと言うと、無邪気にその輪に入っているだけっぽいのだが……。
いや、ちょっと待て、何故、君たちはそんなに興奮しているのかね!?
俺が一歩後ずさると、後ろのドアが音を立てて豪快に閉まる。
振り返ると、ルナが満面の笑みをたたえて、ドアをロックしていた。
え? なんすか? 何でそんな事するんですか!?
状況が飲み込めない俺の目の前に、文字が浮かぶ。
《 ツバサも、皆に少し意地悪したんだから、その分はお返し受けないと。ね? 》
その意味を理解し、俺は血の気が引くのを感じる。
「えー? いや、あの位、ちょっとした冗談……あ、いや、ヒビキさん、すいません、いや本当に。」
その瞬間、ヒビキの目に野生の光がともり、色々と危険を察した俺は反射的に謝っていた。
「わ、私は……ハァハァ……つ、ツバサ様に……その、ご奉仕できればと……。じゅる。」
誰だ、貴様は……。思わずそう叫びたくなるのを、俺はグッとこらえた。
何時もはストッパー役のリリーが、何故か、完膚なきまでに、ぶっ壊れている。
怪訝に思い、部屋を見渡すとベッドの上では、此花と咲耶が大の字で豪快に就寝していた。
そのベッドの傍らに、見慣れぬ木製の器が転がっており、その横には、割れた陶器の瓶と思わしき物が、残骸となって散らかっていた。
部屋の中を改めて良く観察してみると、あちらこちらに、そう言った惨状が広がっており、少し甘ったるい匂いが充満していることに、改めて気づく。
そこまで理解した所で、俺はある可能性を思い浮かべた訳で。
「君ら……もしかして……酔ってる……のか?」
俺はおそるおそる、そう問いただした。
そんな緊迫した俺の言葉とは対照的に、
「えぇ~? 酔ってまふぇんよ? あれ? 酔うってなんれすかね? あ~、ツバサ様が3人もいるー。うふふふふ。」
と、尻尾を振り乱しながら、楽しそうに笑うリリー。
駄目だ。その姿は、完全に酔っぱらいのそれである。
怒っているからなのかと思っていたが、良く見れば、ヒビキも目がすわっており、焦点が定かではなさそうだ。
時折、体が左右にフラフラと揺れている。
その様子に、俺は頭を抱えつつ、お前もか!? と思わず、心の中で突っ込む。
そんな俺の心の声が聞こえたのか、ヒビキは目に光をともすと、低い声で、短く吼える。
ああ、何か分からんが、言いたい事は分かってしまった。恐らく、そこに座れと言っている。
俺は、部屋に遮音と衝撃を吸収する障壁を張り巡らせ、観念して、床に正座した。
ルナは何故か楽しそうに、俺の隣に座り、それを見たリリーも、何故か俺の斜め前に向かい合って正座する。
そして、ヒビキは、俺の真正面に陣取ると、唸り声とも、鳴き声ともつかない声を、俺にぶつけ始めた。
あれだ。これは、まさしく、説教である。
その声の端々に、「大体、ツバサ様は……」的なノリが感じられる。
何故か、リリーもその横で、左右に揺れながら、真剣そうな表情を浮かべ頷いていた。
いや、君、絶対に、分かってないでしょ?
そんな風に、少し気が逸れた俺に、ヒビキの唸り声が飛んでくる。
差し詰め、「ちょっと! 聞いてますか!? ツバサ様!」と言った所だろうか。
「うん、ごめんね。ちゃんと聞いてるよ。」
俺は観念して、そう返すに留める。
仕方ない。これは最後まで付き合うしかなさそうだな。
心の中でため息をつきつつ、俺はヒビキの言葉……と言うか、唸り声を聞くことにした。
どうやら、俺の夜はまだまだ終わりそうも無かったのだった。
結局あれから、夜明け近くまで説教を受けた後、ヒビキが漸く納得したので、皆をベッドに運び、忘れずに一人一人優しく抱きしめた後、眠りに落ちた。
まぁ、ルナとリリーは途中で力尽きて船を漕いでいたので、最後までヒビキの説教に付き合ったのは俺だけだが……。
最初は床で寝ようと思ったのだが、幸いにしてスペースはあったので、深く考えずそのまま俺もベッドにダイブした所までは記憶にある。
そして、起きると、例の如く、俺の視界は完全にルナによってさえぎられており、両手足だけでなく、腹の上にも誰かが乗っていた。
相変わらず動けん……。
しかし、森から変わらないこの状態を目の当たりにすると、何故かちょっとした安心感を覚える所から、俺は相当、毒されているのだろうと、自覚する事となった。
そうしている内に、俺の目が覚めたのを察知したのだろう。ルナがもぞもぞと俺の顔から離れていく。
相も変わらず、ルナは何故その位置なんだろうな?
俺は少し不思議に思いながらも、眠そうな顔をこするルナに、
「おはよう。ルナ。」
と、短く声をかけた。
ルナは俺に寝起きの姿を見られたのが、少し恥ずかしかったのか顔を赤らめると、少し頬を染めながら微笑む。
そんな俺たちのやり取りで目が覚めたのか、皆、もぞもぞと起き始め……
「つ、ツバサ様……頭が……痛いです……。」
その声の先には、頭を抱えながらベッドに突っ伏すリリーと、同じく、腹を見せ、完全に死に体のヒビキの姿があったのだった。
二日酔いの2人……もとい、2頭の獣は結局宿に置いて、我が子達に看病させることにした。
まぁ、看病と言っても、付き添って、水を渡したりする位しかできないし。
実は、解毒用に作った魔法を使えば、回復できるのだが、俺はあえてそれをしなかった。
っていうか、勝手に飲んだんだから、更に俺の出る幕はない訳だ。一応、俺の言葉がやさぐれるきっかけになった事は、否めないが……そこは、自己責任だな。
まぁ、酒は飲んでも飲まれるな……である。少し反省してもらおう。
それ以前の話として、未成年――身体年齢は恐らく成年だが――と、獣――中身は人そのもの――に、酒を飲ませてよかったのか? とも思わなかった訳でもないが……ここは異世界だし、いいかなと、開き直っている。
……けど、可哀相だから、もし戻ってもまだ苦しんでいたら、解毒してあげようかな。
そんな自分論理を展開している俺はと言うと、ルナと一緒に、冒険者ギルドへと向かっていた。
今日は、ギルドで仕事を請け負ってみようと思ったのだ。
何より今は、収入0で、ギルドマスターに貰ったお金を食いつぶしている訳だし。
昨日の夜、我が子達が食い散らかした分の代金は、俺が無理を言って、女将さんに支払ったから、更に出費がかさんだという事もある。
「食事代は込みだから良いんだよ。」と、女将さんは、言ってくれたのだが、流石にあれは、俺から見ても酷かったのだ。どう考えても、赤字必至である。
これからお世話になる以上、せめて材料費だけでもという事で、強引に受け取ってもらった。
その分、また、美味しいものを食べさせてくれると、笑って確約してくれる辺り、女将さんの懐の深さを感じずにはいられないな。
そんな訳で、お金の面もあるが、相場やこの世界の動向を知る上でも、仕事は確保しておきたかったのだ。
日は既に、南中しようとしていた。
気温はそれに伴い、ドンドンと上がって行くのを俺は肌で感じている。
そんな街中を、俺達は心持ち速足で進んでいた。
同時に、通りすがる人々が、時折、俺達の方に視線を向けて来る事に気が付いていた
勿論、ルナが奇麗だという事も原因の一つだ。
だが、それ以上に、俺たちの格好が、この場にふさわしくない事を感じていた。
一般的に、目につく人達は皆、砂漠の民が良く着るような白い貫頭衣を着て、男性は頭にターバンを巻き、女性は薄い布を被るように流していた。
そこに現れた、着物姿の2人。目立つなと言う方がおかしい訳だ。
流石に、この辺りの服も調達しないと。何より、纏わりつく砂がうっとおしい。
今は、障壁で防いでいるから良いのだが、障壁を展開できないような事態に遭遇しないとも限らないのだ。
今日の仕事帰りは、服を見て行こう。ギルドでおすすめのお店を聞いておこうかな。
俺は、そう心に決めたのだった。
その後、何事も無くギルドへと到着した俺とルナは、昨日、大騒ぎしたばかりの受付へと歩を進める。
先日見かけた、壁と一体化していたお兄さんは、今日はいなかった。
代わりに、昨日に比べ、人が多い気がする。
やはり少し時間が早いと、大分雰囲気が違うね。
少し賑やかな雰囲気の中、俺はルナを伴い、昨日お世話になった受付へと足を運ぶ。
見ると、俺を拉致った三人の受付嬢のうちの一人で、やや幼さの残る受付嬢さんが周りに愛想を振る巻いていたのだが、こちらに気が付くなり、手を振ってきた。
まぁ、渡りに船とはこの事だろう。丁度良いので、質問ついでに、そちらへと向かう。
「昨日はお世話になりました。」
そう言いながら近づく俺に、
「いえいえ、こちらこそ、久々に生きの良い獲も……いぇ、冒険者さんが来てくれて、嬉しいですよ!」
……今、絶対に、獲物って言おうとしただろ。
俺が引きつった笑みを浮かべていると、更に、受付嬢は、
「で、昨夜は、お楽しみだったんですか? どうなんですか?」
と、下種の一言を向けて来る。
こいつ……俺が思っている以上にダメな奴だ!?
俺は、一気に暴落した受付嬢の株価を実感する。
そうして一旦、ため息をつき、同時に、思考をクリアーにすると、自分でも嘘くさい笑みで
「ええ、堪能しましたよ。こちらの料理はとても美味しい物ばかりで、うちの娘達も大喜びでしたよ。」
そんな風に、その場を収めるべく切り返した。
これで、この話は終わらせられるだろう。そう思った俺が甘かったようだ。
「いえいえ、そんな事はどうでも良いんですよ。初めての街……そして、あの告白!! 燃え上がった心がそのままな訳ないんでしょう? で? どの位やったんですか? 3回? いえいえ、もしかして……!? ルナさん、どうなんで……あだだだだだだ!?」
俺は反射的に、受付幼女にアイアンクローをかまして、宙づりにしていた。
あまりにもストレートどころか、いっそ逸脱して、デッドボールなその物言いに我慢できず、俺はその口を物理的にふさぎにかかったのだ。つか、こんな下品な奴が、嬢を語るなど100年早い。幼女で十分だ。
「ハハハハ。何を仰っているのやら。そういうお話は、別の人にお願いしますね? 」
しかし、そんな俺の丁寧なお願いに、
「いえいえ、しかし、あれだけの事をぉーーーーー!? ギブッギブゥーー!? いやぁぁああ!? 頭から変な音がぁあああ!?」
反抗したので、更に指に力を籠める。
大丈夫。人間の体は結構頑丈なのだ。最悪割れても、俺なら治せる。
「ハハハハハハ、やだなぁ、大袈裟ですね。で? お・ね・が・い……します、ね?」
「わ、わがり……わがったので……はなじ……で。」
そんな風に、快く快諾してくれやがったので、俺は手を放す。
全く……その話題は確実に地雷原だっちゅうの。
俺自体がそういう事を話題にするのが苦手だと言う点もあるのだが、それ以上に、ルナから説明を求められた時の苦労を少しは理解していただきたい。
俺がそんな風に、心でため息をついていると、早くも復活した受付幼女が、
「全く……ツバサさんも、結構、奥手なんですね。このへた……いえ、何でもありません。」
何か口走りそうだったので、俺は手をワキワキと動かす。
駄目だ、この幼女。早く何とかしないと。
と言うか、さっさと、要件を済まそう……。
俺は、始まる前から疲れた気分で、目の前の受付幼女に本題を伝えるのだった。
と言うか、より正確に言えば、少し興奮気味のリリーと、何故か神経質なまでに俺のにおいを嗅ごうとするヒビキにジワリジワリと包囲されていく。
クウガとアギトはどちらかと言うと、無邪気にその輪に入っているだけっぽいのだが……。
いや、ちょっと待て、何故、君たちはそんなに興奮しているのかね!?
俺が一歩後ずさると、後ろのドアが音を立てて豪快に閉まる。
振り返ると、ルナが満面の笑みをたたえて、ドアをロックしていた。
え? なんすか? 何でそんな事するんですか!?
状況が飲み込めない俺の目の前に、文字が浮かぶ。
《 ツバサも、皆に少し意地悪したんだから、その分はお返し受けないと。ね? 》
その意味を理解し、俺は血の気が引くのを感じる。
「えー? いや、あの位、ちょっとした冗談……あ、いや、ヒビキさん、すいません、いや本当に。」
その瞬間、ヒビキの目に野生の光がともり、色々と危険を察した俺は反射的に謝っていた。
「わ、私は……ハァハァ……つ、ツバサ様に……その、ご奉仕できればと……。じゅる。」
誰だ、貴様は……。思わずそう叫びたくなるのを、俺はグッとこらえた。
何時もはストッパー役のリリーが、何故か、完膚なきまでに、ぶっ壊れている。
怪訝に思い、部屋を見渡すとベッドの上では、此花と咲耶が大の字で豪快に就寝していた。
そのベッドの傍らに、見慣れぬ木製の器が転がっており、その横には、割れた陶器の瓶と思わしき物が、残骸となって散らかっていた。
部屋の中を改めて良く観察してみると、あちらこちらに、そう言った惨状が広がっており、少し甘ったるい匂いが充満していることに、改めて気づく。
そこまで理解した所で、俺はある可能性を思い浮かべた訳で。
「君ら……もしかして……酔ってる……のか?」
俺はおそるおそる、そう問いただした。
そんな緊迫した俺の言葉とは対照的に、
「えぇ~? 酔ってまふぇんよ? あれ? 酔うってなんれすかね? あ~、ツバサ様が3人もいるー。うふふふふ。」
と、尻尾を振り乱しながら、楽しそうに笑うリリー。
駄目だ。その姿は、完全に酔っぱらいのそれである。
怒っているからなのかと思っていたが、良く見れば、ヒビキも目がすわっており、焦点が定かではなさそうだ。
時折、体が左右にフラフラと揺れている。
その様子に、俺は頭を抱えつつ、お前もか!? と思わず、心の中で突っ込む。
そんな俺の心の声が聞こえたのか、ヒビキは目に光をともすと、低い声で、短く吼える。
ああ、何か分からんが、言いたい事は分かってしまった。恐らく、そこに座れと言っている。
俺は、部屋に遮音と衝撃を吸収する障壁を張り巡らせ、観念して、床に正座した。
ルナは何故か楽しそうに、俺の隣に座り、それを見たリリーも、何故か俺の斜め前に向かい合って正座する。
そして、ヒビキは、俺の真正面に陣取ると、唸り声とも、鳴き声ともつかない声を、俺にぶつけ始めた。
あれだ。これは、まさしく、説教である。
その声の端々に、「大体、ツバサ様は……」的なノリが感じられる。
何故か、リリーもその横で、左右に揺れながら、真剣そうな表情を浮かべ頷いていた。
いや、君、絶対に、分かってないでしょ?
そんな風に、少し気が逸れた俺に、ヒビキの唸り声が飛んでくる。
差し詰め、「ちょっと! 聞いてますか!? ツバサ様!」と言った所だろうか。
「うん、ごめんね。ちゃんと聞いてるよ。」
俺は観念して、そう返すに留める。
仕方ない。これは最後まで付き合うしかなさそうだな。
心の中でため息をつきつつ、俺はヒビキの言葉……と言うか、唸り声を聞くことにした。
どうやら、俺の夜はまだまだ終わりそうも無かったのだった。
結局あれから、夜明け近くまで説教を受けた後、ヒビキが漸く納得したので、皆をベッドに運び、忘れずに一人一人優しく抱きしめた後、眠りに落ちた。
まぁ、ルナとリリーは途中で力尽きて船を漕いでいたので、最後までヒビキの説教に付き合ったのは俺だけだが……。
最初は床で寝ようと思ったのだが、幸いにしてスペースはあったので、深く考えずそのまま俺もベッドにダイブした所までは記憶にある。
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相変わらず動けん……。
しかし、森から変わらないこの状態を目の当たりにすると、何故かちょっとした安心感を覚える所から、俺は相当、毒されているのだろうと、自覚する事となった。
そうしている内に、俺の目が覚めたのを察知したのだろう。ルナがもぞもぞと俺の顔から離れていく。
相も変わらず、ルナは何故その位置なんだろうな?
俺は少し不思議に思いながらも、眠そうな顔をこするルナに、
「おはよう。ルナ。」
と、短く声をかけた。
ルナは俺に寝起きの姿を見られたのが、少し恥ずかしかったのか顔を赤らめると、少し頬を染めながら微笑む。
そんな俺たちのやり取りで目が覚めたのか、皆、もぞもぞと起き始め……
「つ、ツバサ様……頭が……痛いです……。」
その声の先には、頭を抱えながらベッドに突っ伏すリリーと、同じく、腹を見せ、完全に死に体のヒビキの姿があったのだった。
二日酔いの2人……もとい、2頭の獣は結局宿に置いて、我が子達に看病させることにした。
まぁ、看病と言っても、付き添って、水を渡したりする位しかできないし。
実は、解毒用に作った魔法を使えば、回復できるのだが、俺はあえてそれをしなかった。
っていうか、勝手に飲んだんだから、更に俺の出る幕はない訳だ。一応、俺の言葉がやさぐれるきっかけになった事は、否めないが……そこは、自己責任だな。
まぁ、酒は飲んでも飲まれるな……である。少し反省してもらおう。
それ以前の話として、未成年――身体年齢は恐らく成年だが――と、獣――中身は人そのもの――に、酒を飲ませてよかったのか? とも思わなかった訳でもないが……ここは異世界だし、いいかなと、開き直っている。
……けど、可哀相だから、もし戻ってもまだ苦しんでいたら、解毒してあげようかな。
そんな自分論理を展開している俺はと言うと、ルナと一緒に、冒険者ギルドへと向かっていた。
今日は、ギルドで仕事を請け負ってみようと思ったのだ。
何より今は、収入0で、ギルドマスターに貰ったお金を食いつぶしている訳だし。
昨日の夜、我が子達が食い散らかした分の代金は、俺が無理を言って、女将さんに支払ったから、更に出費がかさんだという事もある。
「食事代は込みだから良いんだよ。」と、女将さんは、言ってくれたのだが、流石にあれは、俺から見ても酷かったのだ。どう考えても、赤字必至である。
これからお世話になる以上、せめて材料費だけでもという事で、強引に受け取ってもらった。
その分、また、美味しいものを食べさせてくれると、笑って確約してくれる辺り、女将さんの懐の深さを感じずにはいられないな。
そんな訳で、お金の面もあるが、相場やこの世界の動向を知る上でも、仕事は確保しておきたかったのだ。
日は既に、南中しようとしていた。
気温はそれに伴い、ドンドンと上がって行くのを俺は肌で感じている。
そんな街中を、俺達は心持ち速足で進んでいた。
同時に、通りすがる人々が、時折、俺達の方に視線を向けて来る事に気が付いていた
勿論、ルナが奇麗だという事も原因の一つだ。
だが、それ以上に、俺たちの格好が、この場にふさわしくない事を感じていた。
一般的に、目につく人達は皆、砂漠の民が良く着るような白い貫頭衣を着て、男性は頭にターバンを巻き、女性は薄い布を被るように流していた。
そこに現れた、着物姿の2人。目立つなと言う方がおかしい訳だ。
流石に、この辺りの服も調達しないと。何より、纏わりつく砂がうっとおしい。
今は、障壁で防いでいるから良いのだが、障壁を展開できないような事態に遭遇しないとも限らないのだ。
今日の仕事帰りは、服を見て行こう。ギルドでおすすめのお店を聞いておこうかな。
俺は、そう心に決めたのだった。
その後、何事も無くギルドへと到着した俺とルナは、昨日、大騒ぎしたばかりの受付へと歩を進める。
先日見かけた、壁と一体化していたお兄さんは、今日はいなかった。
代わりに、昨日に比べ、人が多い気がする。
やはり少し時間が早いと、大分雰囲気が違うね。
少し賑やかな雰囲気の中、俺はルナを伴い、昨日お世話になった受付へと足を運ぶ。
見ると、俺を拉致った三人の受付嬢のうちの一人で、やや幼さの残る受付嬢さんが周りに愛想を振る巻いていたのだが、こちらに気が付くなり、手を振ってきた。
まぁ、渡りに船とはこの事だろう。丁度良いので、質問ついでに、そちらへと向かう。
「昨日はお世話になりました。」
そう言いながら近づく俺に、
「いえいえ、こちらこそ、久々に生きの良い獲も……いぇ、冒険者さんが来てくれて、嬉しいですよ!」
……今、絶対に、獲物って言おうとしただろ。
俺が引きつった笑みを浮かべていると、更に、受付嬢は、
「で、昨夜は、お楽しみだったんですか? どうなんですか?」
と、下種の一言を向けて来る。
こいつ……俺が思っている以上にダメな奴だ!?
俺は、一気に暴落した受付嬢の株価を実感する。
そうして一旦、ため息をつき、同時に、思考をクリアーにすると、自分でも嘘くさい笑みで
「ええ、堪能しましたよ。こちらの料理はとても美味しい物ばかりで、うちの娘達も大喜びでしたよ。」
そんな風に、その場を収めるべく切り返した。
これで、この話は終わらせられるだろう。そう思った俺が甘かったようだ。
「いえいえ、そんな事はどうでも良いんですよ。初めての街……そして、あの告白!! 燃え上がった心がそのままな訳ないんでしょう? で? どの位やったんですか? 3回? いえいえ、もしかして……!? ルナさん、どうなんで……あだだだだだだ!?」
俺は反射的に、受付幼女にアイアンクローをかまして、宙づりにしていた。
あまりにもストレートどころか、いっそ逸脱して、デッドボールなその物言いに我慢できず、俺はその口を物理的にふさぎにかかったのだ。つか、こんな下品な奴が、嬢を語るなど100年早い。幼女で十分だ。
「ハハハハ。何を仰っているのやら。そういうお話は、別の人にお願いしますね? 」
しかし、そんな俺の丁寧なお願いに、
「いえいえ、しかし、あれだけの事をぉーーーーー!? ギブッギブゥーー!? いやぁぁああ!? 頭から変な音がぁあああ!?」
反抗したので、更に指に力を籠める。
大丈夫。人間の体は結構頑丈なのだ。最悪割れても、俺なら治せる。
「ハハハハハハ、やだなぁ、大袈裟ですね。で? お・ね・が・い……します、ね?」
「わ、わがり……わがったので……はなじ……で。」
そんな風に、快く快諾してくれやがったので、俺は手を放す。
全く……その話題は確実に地雷原だっちゅうの。
俺自体がそういう事を話題にするのが苦手だと言う点もあるのだが、それ以上に、ルナから説明を求められた時の苦労を少しは理解していただきたい。
俺がそんな風に、心でため息をついていると、早くも復活した受付幼女が、
「全く……ツバサさんも、結構、奥手なんですね。このへた……いえ、何でもありません。」
何か口走りそうだったので、俺は手をワキワキと動かす。
駄目だ、この幼女。早く何とかしないと。
と言うか、さっさと、要件を済まそう……。
俺は、始まる前から疲れた気分で、目の前の受付幼女に本題を伝えるのだった。
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