比翼の鳥

風慎

第95話 イルムガンド防衛戦 その後 (3)

「地下農場……そんなもの作っておったのか。」

 そんなギルドマスターが呆然としたまま呟いた言葉に、俺は頷くと、詳しい説明を始めた。
 50km程離れた場所に、それは存在する事。
 地下に地上と同じ環境を構築し、実験的に動植物の繁殖を行っている事。
 そこに、保護した子竜や親竜をかくまっている事などなど、殆ど包み隠さず話した。
 そうして、半分、呆然とした様子で、その話を聞いていたようだったが、ある程度の情報を開示したところで、改めて皆の様子を伺うと、何故か表情が抜け落ち、どこかへと旅立たれている3人の姿が目の前に並んでいた。

 あれぇ? そんなに大した話ではないのだが。どの件がまずかったのだろうか?
 それとも、やっぱり、教えるのは早すぎただろうか?
 いや、いずれは、教えるつもりだったしなぁ。早いか遅いかの違いだけか。

 まぁ、普通の感覚としては、地下に農場を作るとか、思い浮かびすらしないだろうし、こちらの感覚としては夢物語にすらならないか? 
 けど、実際問題、下手に砂漠を緑化するより、現実的なんだけどなぁ。結構、効率的に状況が推移しているのが良い証拠だと思う。
 まぁ、本来なら日光の問題はあるけど、こちらには魔法があるし。そこを上手く使えば、どうにでもなる気がする。

 そんな事をつらつらと考えていると、漸く戻って来たのか、ギルドマスターが、深くため息を吐く。
 同じタイミングで、ボーデさんとライゼさんも戻ってきたようで、二人とも同じように、眉間を揉んでいた。
 そして、俺の方を見て、3人ともため息を再度吐くと、一様に同じ言葉を口にする。

「「「まぁ、ツバサ(殿)だし(な)。」」」

 あれ? ここでも同じ評価ですか……。そうですか。
 何だか、懐かしさすら感じるその評価を聞いて、俺は苦笑するしかなかったのだった。

 結局、地下農場に関しては、詳しい場所を開示し、合言葉も教えておいた。
 ファミリアには、この3人を登録しておかないとな。
 いざと言う時には、シェルターとして活用してもらう事も視野に入れて、そう説明しておく。
 ただし、3人以外の人は寄越さない様に言及した。って言うか、来たとしても入口は開かない。
 万が一にでも、侵入しようものなら、ファミリアに攻撃される可能性もある事を説明したら、皆、首を振り、震えあがっていた。

「大丈夫だ。ぜってぇ、いかないからな!」
「下らない事で死にたくない。」

 何故そこまで恐れる。そう思うも、ファミリアが引き起こした大惨事を、この人たちは見ていた訳だったと思い至り、納得する。


 それとは別に、もし良ければ明日にでも見に行きませんか? と、優しく誘ったのだが、皆、こぞって辞退して来た。
 何故? と思うも、そんな俺の思考を読んだように、ライゼさんが口を開く。

「竜のいる所に、わざわざ行くなんて、考えられない。」
「そうじゃな。それに、竜の襲来でギルドもまだ混乱しておる。当分は動けぬよ。」

 ギルドマスターが引き継ぐように、そう口にしたのを聞いて、俺は諦めた。
 気持ちはわかるし、忙しいのも納得だけど、普通は秘密基地とか心躍らないだろうか?
 この辺りは、異世界人と元の世界の感覚の違いかなぁ?

 竜に関してだって、一応、セキュリティもしっかりしているし、今は結構、大人しいんだけどな。
 まぁ、来たくないなら無理に勧める事も無いだろう。
 それに、冷静に考えてみたら、農場の生態系は今、どこに向かっているかも不明な状況だしな。

 兎にかれて大怪我とか、普通にありそうで怖い。
 案外、竜より、周りの動植物の方が脅威なのではなかろうか? そんな気づきたくも無い事に、俺は考えが至ってしまい、頭を振る。

「では、とりあえずは、そんな感じで。お願いしたい事は考えておきますので。今後とも宜しくお願いします。」

 俺はそう、話を締めて、一礼すると、ルナを伴ってギルドマスターの部屋を後にした。
 何故か3人が、疲れた表情で顔を突き合わせていたが、皆まで言うまい。

 そんな風に辞去し、ドアを閉めたタイミングで、何故かルナが、腕を組んで来た。
 見ると、妙にご機嫌の様子である。

「ん? どうしたの?」

 思わず口に出してそう聞いてしまったが、ルナはむしろ、更に甘える様に、頭を腕に寄せて、腕に文字を書き込む。

 《 ツバサだなって思って。 》

 なんじゃそら。意味が分からん。
 俺が困惑しているのが分かっているだろうに、ルナはそれ以上何も言わず、笑顔を浮かべたままだ。
 まぁ、良く分からんが、ルナが楽しいなら良いのかな?
 俺は、そう、切り替えると、腕にルナをぶら下げたまま、冒険者ギルドを後にしたのだった。


 次に向かったのは、ライトさんのブティックである。
 ファミリアで様子を伺っていたが、先程の話中に、ライトさんが目を覚ましたようだ。
 なんか、クリームさんと熱烈に抱き合っており、リリーとヒビキがそそくさと、部屋を出て行く所までは、俺も確認した。

 そのまま放っておいても良い気がするけど、一応、何かあるとまずいしな。
 軽く様子だけは見て、二人を回収しよう。


 ブティックのドアを開けると、金属特有の甲高い音が店に優しく響く。
 同時に、奥から黒い塊が2つ、猛然と俺へと突進してきた。

「っと、こら、クウガ、アギト、どうした。」

 なんだか、いつもより興奮した様子で、千切れんばかりに尻尾を振り、俺へと甘える様に体をすりつけて来る二頭。
 竜の事があってあまり構ってやれなかったから、寂しかったのかな?
 そう思い、俺はしゃがみこんで、二頭をもふりはじめた。
 途端に弛緩し、だらしなく床に寝そべる子達を見て、思わず笑みが浮かぶ。
 しかし、油断していたのだろうか。背中に優しくかかる重みを感じ……次の瞬間、首筋を這う湿った暖かな感触がぁあ!?

「うおぅ!?」

 思わず声を出してしまい、振り返ると、視界の端に、鼻息の荒いヒビキの姿があった。

 ちょ、怖っ! 暫くこんなドアップで見てなかったけど、軽くトラウマレベル!?
 いや、ヒビキさん、何で俺の背中に乗ってるんですかね!?っていうか、俺の防壁は!? 仕事してよ!?
 ひぃ!? 耳は駄目!? わぶ、ちょ、鼻も駄目、って、何この状況!?

 その後、俺は何故かティガ親子に蹂躙され、息も絶え絶えで、床に転がっていた。
 何? 何が起こったの? 一体……。
 しかし、この何とも言えない蹂躙された後の虚脱感……ディーネちゃんに通じるものがある。
 ヒビキ、恐るべし。

 見ると、どことなく艶々した様子で、ヒビキは満足そうに俺の横で丸くなっている。
 便乗してきたクウガとアギトも、同じく満足した様子でヒビキに寄り添って団子と化していた。

「一体、どういう状況?」

 俺はそう毒づき、ふらつきながらも、起き上がる。
 ルナは苦笑しながら、俺を支えてくれた。
 何か知ってるんですか? ルナさんや。

 俺が訝し気にルナの顔を覗きこむと、視線を逸らす。
 くそぉ、何か知ってるな?

 再度、顔を覗きこむも、困ったような表情で考え込み、素敵な笑顔を返して来る。
 もし、擬音を付けるなら、さしずめ、「てへ☆」とか「えへ☆」と言ったところだろうか?

 はいはい、まぁ、良いですよ。とりあえず、ヒビキも満足したようだし。
 しかし、そのままでは、何となく悔しいので、彼女の頬を両手で挟み、痛くない程度に軽くもんで、頬の感触を楽しんでから放した。
 むくれない、むくれない。まぁ、そういう顔もまた良いけど。
 俺は、そんな不満そうなルナの頭を優しくなでると、ふと、未だに出て来ないリリーの様子が気になった。

「あれ? リリーは?」

 俺のそんな問いに、ルナは少し考え込むと、困ったように首を傾げる。
 う……ん? どうも曖昧な感じだな。

 ファミリアで軽く検知すると、どうやら、ライトさんのいる部屋の前にいるらしい。
 何でそんな所に? と一瞬、疑問に思うも、とりあえず、ライトさんの所へ行ってみる事にする。
 と、何故か、後ろに引かれるのを感じ、振り返ると、曖昧な表情を浮かべたまま、俺の裾を掴んで離さないルナ。

「ん? 何? ……もしかして、行かない方が良いのか?」

 俺は、その行動に何となくそんなルナの意思を感じ取り、そう問うも、ルナもどうやら迷っているようで、困ったような表情を浮かべるにとどまる。
 何とも、はっきりしないな? うーん……まぁ、そういう時は、基本、行動だろ。
 俺がそう決めると、ルナも渋々と言った感じではあるが、手を離す。

 改めて俺達は、ライトさんの部屋に向かい……そして、微かに漏れ聞こえる、嬌声を耳にした段階で、嫌な予感が首をもたげ始めた。
 それは、ライトさんの部屋の目の前に鎮座するリリーを見て、確信に変わる。
 と、同時に、どうしよう? と、一瞬、考え込んでしまった。

 階段を上がって廊下の突き当りが、ライトさん達のいる部屋で、階段を上がり切った俺達とは然程、離れてはいないはずなのだが……リリーは、その部屋の前で鎮座し、顔を真っ赤にしながらも、部屋の中の様子に釘付けの様だった。
 勿論、上がって来た俺達の存在には気づいてもいない。それだけ、中で行われている事にご執心だと言う証拠である。
 そんな部屋の中の状況と言えば、時々、漏れ聞こえる艶のある声で、嫌と言うほど察せられる訳で。

 俺は頭を掻くと、一瞬、ルナの方へと視線を寄越し……困ったような、照れてるような、微妙な笑い顔にチョップを入れる。
 それで気の済んだ俺は、むくれたルナを無視し、そのままリリーの元へと、音を殺して歩いていく。
 流石に、このまま放っておくのは両者にとって良くない。リリーとは、若干、気まずくはなるだろうが、仕方ない部分もあるし、ここは腹を括ろう。

 そう、覚悟しながら俺は、廊下を歩いていったのだが……相当、集中しているようで、リリーは俺が真後ろに立っても、全く気が付く様子が無い。
 見ると耳も尻尾も完全に起立して、微動だにしない状況だ。
 口からは、「うわぁ……」とか、「ひぇえ……」とか、溜息とも吐息ともつかない声が漏れ出ている。
 はぁ……おいおい、従者失格だぞ。リリー。

 そんな残念な姿をさらすリリーを、取り込むように遮音壁を張ると、俺はそのまま、これ見よがしに溜息を吐く。
 その瞬間、リリーの耳と尻尾がびくっと震え……錆びたブリキのロボットのように、ぎこちなく首をこちらに向け……俺の姿を認めた瞬間、身体ごと向き直り叫んだ。

「はぅ!? つ、つつつつ、つばしゃ、しゃま!?」

 完璧に言えてない。動揺しすぎだ!
 そんな残念性能なリリーに、俺は首を振ると、俺は仁王立ちしたまま、意図的に見下ろし、問う。

「ふぅ……リリーさん? こんな所で何をやっておられるのかな?」

 その問いに、混乱したリリーは真っ赤になったり青くなったり、と表情を変えながらも、

「はわあぁ……。こここ、これはぁ……えと、その、あううう。」

 と、言葉にならない言葉を繰り返すのみ。
 まぁ、そりゃ、そうだろうな。こういう事って、見られると恥ずかしさ以上に、混乱するしなぁ。
 一瞬、脳裏に妹の真っ赤な顔が浮かび、俺は過去の失態を思い出し、何となくいたたまれない気持ちを共有する。
 うん。軽く拷問だよね。まぁ、初犯だから、大目に見るか。

 俺はため息を吐くと、あたふたと混乱するリリーの額に軽くチョップをかます。
「はぅ!?」と、声を漏らしながらも、額を抑え涙目になるリリーを見ながら、俺は優しく声をかけた。

「リリー。覗きは駄目。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られて死んじゃうよ?」

 俺のそんな言葉に、リリーは涙目になりながらも、真っ青になりながら、恐ろしい勢いで頷く。
 見ると耳と尻尾が完全にしなびてしまっていた。

 あら? そんなに強くしかったつもりは、無いのだが?
 そう思うも、リリーの口から、「お馬さん、ひぃ……」と言う、良く分からない悲鳴にもならない声を聞いて首を傾げる。
 何故にそこまで馬を恐れるか? と思ったが、よくよく考えてみたら、こちらの世界の馬さんは、かなり特殊だったことを思い出す。
 ああ、そうだよな。こっちの世界の馬と言えば新生代だし。
 どこかの世紀末の覇者的な人が乗ってたり、はたまた、三国の豪傑が乗ってた赤を関する馬とか、そういう規格外の迫力を持った奴だもんな。
 あんなものに蹴られたら、俺でもやばいわ。ぶっちゃけ竜より怖い。っていうか、絶対、障壁ぶち抜かれる。
 俺はその様子を思い浮かべ、リリーと一緒に身震いした。

 いかん。なんだか、変な方向に話が進んでいるぞ? しっかりしないと!
 そんな心情をごまかす様に、俺は、更にリリーへと声をかける。

「んじゃ、帰ろう。ライトさんに会おうと思ったけど、お取込み中の様だしね。」

 俺のその言葉を受け、一瞬、部屋の中の様子を思い出したのか、真っ赤になるリリーだったが、首を振ると、半分潤んだような目をして俺に頷き、四つん這いのまま、逃げる様にルナの待つ階段へと走り去っていった。
 こら、ローブ無かったら見えるから。全く、はしたない。っていうか、なんで四つん這い?

 そう思いつつ、俺も踵を返し……視界の端で捉えてしまった部屋の中の光景を、頭から追い出す。

「とりあえず、お元気そうで良かった。また来ますよ、変態ライトさん。」

 天井から伸びるロープに吊るされ、に、俺は小声でそう呟くと、その場を後にしたのだった。

「比翼の鳥」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く