一から始める異世界ギルド
02 愚行の顛末
歩きだしてどの位たった頃だろうか。 
感覚的には一時間程歩いた感じがするものの、実際のところはどうなのかは分からない。
そんな中で俺達は今更ながら深い後悔に襲われていた。
「……乗ってりゃよかった」
「……もう歩きたくない」
約一時間前。移動手段を自ら手放すよう促した者と、それに切実な思いを吐露して同調した者の末路がそこにはあった。
「なあ、アリス。お前の言うパキシアって場所は本当にこっちであってるのか?」
俺は不安になりながら、アリスにそう尋ねる。
パキシア。聞いた話によるとブエノリアの首都らしいが、いくら歩いてもその場所に一向に辿りつけない。それが俺達二人が後悔している理由である。
「あってる……と思う」
「なんで自信無くなってんなってんだよ」
こっちは全くこの世界の地理を全く知らないんだから、アリスに白旗を振られたら完全に詰みである。
「……まあ、時々分かりやすい目印があるから、こっちで良いんだろうけど」
確かに正直目を背けたくなる目印が今も視界に入っている。テレビだったら間違い無くモザイクが掛るだろうし、もしかすると放送コードに引っかかって放送できない代物かもしれない。そんなモンスターの轢死体が不定期に、まるで目印の様に落ちている。
コレを見ればなんとなくこの道がパキシアへと続いているだろうなと、土地勘が無い俺でも理解できる。だって間違いなくあの人が通った後だろうし。
ただやはりたどり着くまでの所要時間なんてのはまるで分かりはしない。
「……あと何分程で付くんだ?」
「……あと十分程じゃ無いかしら」
「それ二十分程前にも言ってなかったか?」
「……そうだったかしら?」
そうである。マジで言ってました。それと、それより更に十分程前にも言ってた気がする。
言いたくはないけど、十分後も同じ事を言っているだろう。もうその光景を容易に浮かべる事ができてしまう。
「なあ、アリス」
「なによ」
「お前、あの塔までどうやって行ったんだ?」
自分の足で歩いていればこんな悲惨な事態を事前に把握できただろうに……把握できていないという事は即ち、徒歩以外の移動方法を取ったという事だろう。
「えーっと、偶然近くまで行くって人が居てね。その人の馬車に乗せてって貰ったの。凄く寝心地が良かったわ」
「寝るなよ……あと、そもそもの所出発前に距離位調べとけよ……」
無計画すぎる……あまりにも無計画すぎる。
これ仮にギルドのメンツが増えた所で、迷走に迷走を繰り返して消滅するんじゃねえか? 大丈夫かウチのリーダー。そのうちとんでもない方向に舵を切りそう。
これは……結構俺、大変な所に就職したのかもしれない。
俺達はその後もしばらく無言で歩き続ける。今が春っぽい気候で良かった。夏なら熱中症で倒れてるかもしれないし、冬なら冗談抜きで途中で死んでる気がする。
そんな事を考えて歩いていると、俺はそこでようやくと言える案を思い付いた。
「なあ、アリス。すげえ今更何だけどさ……肉体強化使って走れば早いんじゃね?」
今の俺が時速何キロで走れるかは分からないが、相当早く街へと辿りつく筈だ。
「いや、私も考えなかった訳じゃないけど……凄く疲れるわよ?」
まあ確かにごもっともである。
肉体強化は身体能力を上げる事ができるが、本来のスペックを大きく上回った体での活動は相当体に負担が掛る。さっきドラゴンやトロールと戦ったみたいな短時間の発動ならともかく、長距離移動には案外向かない魔術なのだ。
「まあそりゃそうだけどよ……少しの間我慢して、街でゆっくり休む。これが最善の選択じゃねえのか?」
「いや、そうとも限らないわ。だって途中で二人共力尽きたらどうすんのよ。それこそ絶体絶命よ?」
下手すりゃ怪我より達が悪い。怪我なら回復魔術で治せるが、回復魔術で体力の回復は望めない。それどころか発動者が疲れ切ってしまう。
つまりは……こういう事だ。
「結局、歩くしかねえって訳か」
「そういう事ね」
俺達はそんなやり取りの後、一拍開けてから同時にため息を付く。
一体俺達は何時になったら街へと……休息へと辿りつけるのだろうか。
早く休みたい。
そんな思いを胸に、俺達はひたすら前へと歩き続けた。
「……生きてるか?」
「……なんとかね」
俺達がパキシアへと辿りついたのは、すっかり日が落ちてからの事だった。
肉体強化云々のやり取りの後辺りから起動していた、スマートフォンの万歩計アプリによると、あの場所からこの街だけでも三十八キロもあったみたいで、一体あの殺戮リアカーに出会っていなければ、一体俺達は何キロ歩く事になったのだろうかと、思わず自分達が置かれていた状況に戦慄した。
ちなみに初めてスマートフォンを見たアリスの反応は無茶苦茶面白かった。試しに触らせてみると、驚愕の嵐といった風で、見ているこっちが楽しくなってきた。
その反面、こちらの世界には携帯電話といった電子機器の類が無い、もしくはあってもそこまで発達していないという推測に辿りつく事になり、少しだけ気分がブルーにもなったが……プラマイゼロだ。そういう事にしておく。
「とりあえず……何処かで休まねえか? なんか疲れ過ぎて、飯食う気にもなれねえし」
時刻的に恐らく夕食を取るべき時間なのだろうが、今すぐは流石に無理だ。
「そうね。報酬を貰うのも明日にして……今日はもう休みましょ」
「それがいい……ほんと、それがいい」
これ以上歩きたくない。トータルでフルマラソン並の距離を歩いたんだから、もう暫くの間寝て過ごしたい。フカフカなベッドで数回トランポリンした後にぐっすり眠りたい……って、ちょっと待てよ。
よく考えれば、俺は重大な事を忘れていた。
「な、なあ、アリス?」
「……どうしたの?」
疲れ切った顔でアリスが返してくる。
「い、いや……よく考えたらさ」
……自分の置かれた状況を今一度確認してみよう。
現在地はブエノリアの首都、パキシアの外周区。
この街がどういう地理をしているのかも全く分からず、日本円だって使えない。だが一応ギルドにという職に就いたので、仕事さえあれば路頭に迷う事は無くなるだろう。どこか適当な所に部屋を借りたりできるだろうし、この世界で生活の基盤を作ることだってできる筈だ。
だがしかし、だとしてもだ。
「俺、今夜どこに泊まればいいんだ?」
所持金ゼロ。宿なし。状況最悪。この状況を打開するのはどうすればいい?
「そ、そうだ。とりあえずもう報酬貰いに行こう。んで、そこから俺の宿泊費って捻出できねえかな……?」
「なに言ってんのよアンタは……」
アリスが呆れたようにため息を付く。アレか? 給料日は月末だから今は払えません的な感じか?
だとすれば土下座してでも前借を申請するぞ俺は。
しかし、俺の予想は大きく外れた。
「ウチに来ればいいじゃない。部屋だって余ってるし、第一何も知らない裕也を一人で放りだせないでしょ?」
「え……いいのか?」
「駄目な理由なんて無いでしょ?」
いや……あるだろ。
異性だぞ? 異性家に泊めるんだぞ? それはそういう間柄でなければあまり良いとは言えないんじゃないか?
「じゃ、行きましょ。ここから結構近いから」
「も、もう一度確認させてくれ」
俺は歩きだしたアリスを呼びとめ、もう一度確認する。
「本当に……良いんだな?」
「なによもう。良いって言ってるでしょ?」
そう言って再び歩き出したアリスに、俺は置いてかれない様に付いていく。
……何考えてるんだよコイツは。
家に上げてくれるというのは、それだけ俺が信用されているという事か……それともコイツがフレンドリーなのか、ただ単に何も考えていない馬鹿なのか。
それは分からないけど……今は素直に感謝しておこう。
こうして俺は本日の寝床を確保し……そして初めて女の子の家に泊まる事になったのだった。
感覚的には一時間程歩いた感じがするものの、実際のところはどうなのかは分からない。
そんな中で俺達は今更ながら深い後悔に襲われていた。
「……乗ってりゃよかった」
「……もう歩きたくない」
約一時間前。移動手段を自ら手放すよう促した者と、それに切実な思いを吐露して同調した者の末路がそこにはあった。
「なあ、アリス。お前の言うパキシアって場所は本当にこっちであってるのか?」
俺は不安になりながら、アリスにそう尋ねる。
パキシア。聞いた話によるとブエノリアの首都らしいが、いくら歩いてもその場所に一向に辿りつけない。それが俺達二人が後悔している理由である。
「あってる……と思う」
「なんで自信無くなってんなってんだよ」
こっちは全くこの世界の地理を全く知らないんだから、アリスに白旗を振られたら完全に詰みである。
「……まあ、時々分かりやすい目印があるから、こっちで良いんだろうけど」
確かに正直目を背けたくなる目印が今も視界に入っている。テレビだったら間違い無くモザイクが掛るだろうし、もしかすると放送コードに引っかかって放送できない代物かもしれない。そんなモンスターの轢死体が不定期に、まるで目印の様に落ちている。
コレを見ればなんとなくこの道がパキシアへと続いているだろうなと、土地勘が無い俺でも理解できる。だって間違いなくあの人が通った後だろうし。
ただやはりたどり着くまでの所要時間なんてのはまるで分かりはしない。
「……あと何分程で付くんだ?」
「……あと十分程じゃ無いかしら」
「それ二十分程前にも言ってなかったか?」
「……そうだったかしら?」
そうである。マジで言ってました。それと、それより更に十分程前にも言ってた気がする。
言いたくはないけど、十分後も同じ事を言っているだろう。もうその光景を容易に浮かべる事ができてしまう。
「なあ、アリス」
「なによ」
「お前、あの塔までどうやって行ったんだ?」
自分の足で歩いていればこんな悲惨な事態を事前に把握できただろうに……把握できていないという事は即ち、徒歩以外の移動方法を取ったという事だろう。
「えーっと、偶然近くまで行くって人が居てね。その人の馬車に乗せてって貰ったの。凄く寝心地が良かったわ」
「寝るなよ……あと、そもそもの所出発前に距離位調べとけよ……」
無計画すぎる……あまりにも無計画すぎる。
これ仮にギルドのメンツが増えた所で、迷走に迷走を繰り返して消滅するんじゃねえか? 大丈夫かウチのリーダー。そのうちとんでもない方向に舵を切りそう。
これは……結構俺、大変な所に就職したのかもしれない。
俺達はその後もしばらく無言で歩き続ける。今が春っぽい気候で良かった。夏なら熱中症で倒れてるかもしれないし、冬なら冗談抜きで途中で死んでる気がする。
そんな事を考えて歩いていると、俺はそこでようやくと言える案を思い付いた。
「なあ、アリス。すげえ今更何だけどさ……肉体強化使って走れば早いんじゃね?」
今の俺が時速何キロで走れるかは分からないが、相当早く街へと辿りつく筈だ。
「いや、私も考えなかった訳じゃないけど……凄く疲れるわよ?」
まあ確かにごもっともである。
肉体強化は身体能力を上げる事ができるが、本来のスペックを大きく上回った体での活動は相当体に負担が掛る。さっきドラゴンやトロールと戦ったみたいな短時間の発動ならともかく、長距離移動には案外向かない魔術なのだ。
「まあそりゃそうだけどよ……少しの間我慢して、街でゆっくり休む。これが最善の選択じゃねえのか?」
「いや、そうとも限らないわ。だって途中で二人共力尽きたらどうすんのよ。それこそ絶体絶命よ?」
下手すりゃ怪我より達が悪い。怪我なら回復魔術で治せるが、回復魔術で体力の回復は望めない。それどころか発動者が疲れ切ってしまう。
つまりは……こういう事だ。
「結局、歩くしかねえって訳か」
「そういう事ね」
俺達はそんなやり取りの後、一拍開けてから同時にため息を付く。
一体俺達は何時になったら街へと……休息へと辿りつけるのだろうか。
早く休みたい。
そんな思いを胸に、俺達はひたすら前へと歩き続けた。
「……生きてるか?」
「……なんとかね」
俺達がパキシアへと辿りついたのは、すっかり日が落ちてからの事だった。
肉体強化云々のやり取りの後辺りから起動していた、スマートフォンの万歩計アプリによると、あの場所からこの街だけでも三十八キロもあったみたいで、一体あの殺戮リアカーに出会っていなければ、一体俺達は何キロ歩く事になったのだろうかと、思わず自分達が置かれていた状況に戦慄した。
ちなみに初めてスマートフォンを見たアリスの反応は無茶苦茶面白かった。試しに触らせてみると、驚愕の嵐といった風で、見ているこっちが楽しくなってきた。
その反面、こちらの世界には携帯電話といった電子機器の類が無い、もしくはあってもそこまで発達していないという推測に辿りつく事になり、少しだけ気分がブルーにもなったが……プラマイゼロだ。そういう事にしておく。
「とりあえず……何処かで休まねえか? なんか疲れ過ぎて、飯食う気にもなれねえし」
時刻的に恐らく夕食を取るべき時間なのだろうが、今すぐは流石に無理だ。
「そうね。報酬を貰うのも明日にして……今日はもう休みましょ」
「それがいい……ほんと、それがいい」
これ以上歩きたくない。トータルでフルマラソン並の距離を歩いたんだから、もう暫くの間寝て過ごしたい。フカフカなベッドで数回トランポリンした後にぐっすり眠りたい……って、ちょっと待てよ。
よく考えれば、俺は重大な事を忘れていた。
「な、なあ、アリス?」
「……どうしたの?」
疲れ切った顔でアリスが返してくる。
「い、いや……よく考えたらさ」
……自分の置かれた状況を今一度確認してみよう。
現在地はブエノリアの首都、パキシアの外周区。
この街がどういう地理をしているのかも全く分からず、日本円だって使えない。だが一応ギルドにという職に就いたので、仕事さえあれば路頭に迷う事は無くなるだろう。どこか適当な所に部屋を借りたりできるだろうし、この世界で生活の基盤を作ることだってできる筈だ。
だがしかし、だとしてもだ。
「俺、今夜どこに泊まればいいんだ?」
所持金ゼロ。宿なし。状況最悪。この状況を打開するのはどうすればいい?
「そ、そうだ。とりあえずもう報酬貰いに行こう。んで、そこから俺の宿泊費って捻出できねえかな……?」
「なに言ってんのよアンタは……」
アリスが呆れたようにため息を付く。アレか? 給料日は月末だから今は払えません的な感じか?
だとすれば土下座してでも前借を申請するぞ俺は。
しかし、俺の予想は大きく外れた。
「ウチに来ればいいじゃない。部屋だって余ってるし、第一何も知らない裕也を一人で放りだせないでしょ?」
「え……いいのか?」
「駄目な理由なんて無いでしょ?」
いや……あるだろ。
異性だぞ? 異性家に泊めるんだぞ? それはそういう間柄でなければあまり良いとは言えないんじゃないか?
「じゃ、行きましょ。ここから結構近いから」
「も、もう一度確認させてくれ」
俺は歩きだしたアリスを呼びとめ、もう一度確認する。
「本当に……良いんだな?」
「なによもう。良いって言ってるでしょ?」
そう言って再び歩き出したアリスに、俺は置いてかれない様に付いていく。
……何考えてるんだよコイツは。
家に上げてくれるというのは、それだけ俺が信用されているという事か……それともコイツがフレンドリーなのか、ただ単に何も考えていない馬鹿なのか。
それは分からないけど……今は素直に感謝しておこう。
こうして俺は本日の寝床を確保し……そして初めて女の子の家に泊まる事になったのだった。
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