一から始める異世界ギルド

山外大河

06 ある筈のない存在

 危なっかしい朝食を終えた俺達は、ドラゴン討伐の報酬を受け取る為に街中のカフェにやってきていた。
 まあ報酬を受け取りにと言っても、受け取り時刻は昼前。朝に家を出たのだから、随分と時間が余ってしまう訳で、つい先程までアリスの案内でこの街の市場などの施設の案内を受けていた。なので到着は二十分程前という事になる。

 アリスの案内のおかげで、あとはお金さえ手に入れればある程度の生活はしていけそうである……と言いたいけれど、コンビニもなければ自販機すら無い訳で、早々と馴染めるかどうか不安が残る。
 ……まあ俺の不安はさておき。

「……そういや、お前にドラゴンの討伐を依頼した依頼主ってどんな人なんだ?」

 どうせもう暫くすれば分かる事だが、依頼主が来るまでの時間をただ何もせず待っているというのも暇な訳で、話せる話題があるのならそれで時間を潰すべきだ。

「そうね……怪しさ満点で何考えてんのかよく分からないけど、いい人とでも言っておこうかしら」

「それ本当にいい人なのかよ……」

「そりゃいい人よ。色々と世話になったしね。たとえば……ギルドの設立とかの時に、結構力を貸してくれたわ」

「力を貸してもらったって事は、元からの知り合いか?」

「ううん。そうじゃないの。始めて会ってからギルド設立まで大体二日ぐらいね。だからどうして私に力を貸してくれたのかも分からないし、だからこそ怪しいけど……いい人なのよ」

「……確かに、怪しいけどいい人って評価が妥当か」

 ……だけど俺からすれば、あまりその依頼主の印象は良く無いと言わざるを得ない。
 その依頼主がギルドの設立の立役者なのだとすれば、その内情だって把握している筈だ。

 ……そんな奴が、アリスをたった一人であの場に向かわせるか?

 仮にアリスの実力があのドラゴンの討伐を依頼するに値する……即ち及第点に達していたとしても、それでも一人では不足の事態に陥った際にどうしようもできなくなる。素人の俺がとやかく言える様な話じゃねえかも知れねえけども、どう考えたって二人以上でやるのがセオリーな筈だ。あの塔でも考えた事だけど、やはり今考えても同じ事を言える。一人でやる仕事じゃない。

 実際あの時、俺があの場に現れなければアリスは間違いなく死んでいた。後一歩遅かったら、本当に取り返しがつかなくなる所だったんだ。
 だからアリスにあのドラゴンの討伐を依頼するなんて事は……ギルドの内情を知る物が取る行動にしてはあまりに軽率で、無責任だ。

 アリスはこの依頼の事を、名を挙げる為にやったという風な事を言っていた。そう考えるとギルドの内面を知っている人間からすれば、助け舟のつもりだったのかもしれないけれど……それでも、結果がアレじゃ良い印象なんて持てる訳が無いのだ。

「そう、妥当よ妥当」

 でもまあ当のアリスがそう言っているのだったら、きっと俺はとやかく口を挟むべきではないだろう。俺はアリスから聞いた話を纏めた上での印象を持っているだけで、それ以外にその依頼主の事は知らない。だから変に俺がその依頼主に何かを言って、関係を悪くするのはアリスに悪い。

 第一、その時の依頼主が軽率だったとしても……アリスが世話になった相手だという事は間違いないのだから。
 だから……もし、何かあった時だけ仲裁に入ればいい。それまで全部アリスに任せれば、それでいいんだ。

「……で、もう昼前……だよな?」

 俺は気持ちを切り替える為に、何気なく見た時計を見てそう呟く。
 十一時五十五分。文字通り昼前だけど、果たして本当にそろそろ来るのだろうか。
 俺は昼前としか聞かされていない訳で……俺的には昼前なこの時間も、相手からすれば昼前として扱ってくれるのだろうか。

 「なぁ、アリス。なんでこんなアバウトな時間なんだよ。もっと細かな時間指定とかできなかったのか?」

 俺がそう尋ねると、アリスはゆっくりと視線を逸らして答える。

「良く考えたらこういう連絡って前日の内に連絡しないと駄目なのよね。あっちも都合があるし。で、それを忘れてたから、朝目が覚めてすぐに慌てて電話して……半分寝ぼけてたから、昼前なんて曖昧なニュアンスで伝えちゃって……」

  ……何やってるだよ。

「……ていうかそれ、依頼主の方には何も突っ込まれなかったのか? えーっと、昼前って何時? みたいな」

「うーん。私の記憶が正しければ聞かれてないわ。ずっと、ふぁい、ふぁい、わふぁりまひたって感じの事しか返ってこなかったと思う」

「それ寝ぼけてる! アチラさん思いっきり寝ぼけてる!」
 
 それ本当に此処に来るのかオイ!

「と、というかアリス。お前、俺が起きてきた時には普通に目、覚めてたよな? 家出るまで結構時間あったんだからなんで掛け直さなかったんだよ」

 「いや、そのミスに気付いたのが、二十分程前でして……」

「此処に入った時かよ……」

 アバウトなのを思い出して、慌てて此処に入ったと。
 やはり心配だ……本当に大丈夫かよウチのリーダー。
 いや、朝の時点でおかしいと気付けなかった俺も俺だけど……大丈夫なのかコレ。
 俺が軽くため息を付くと、直後、入口の扉が開いた事を知らせるカランコロンという音がなり、俺達はそちらに視線を向ける。

「あ、来た。良かったぁ」

 どうやら今入って来たのが依頼主らしい。アリスは安堵の声を漏らして胸をなで下ろす。
 だが俺がその依頼主の姿を確認した事によって生れたのは、決して安堵なんて優しい物じゃない。
 ……一言で言えば困惑だ。

「す、済みません。お待たせしました」

 こちらのテーブルに歩み寄って来た依頼主は、地球でいうと中学一年位の女の子だった。黒髪ストレートで和服とかを着せたら凄く似合いそうな感じな女の子。

 否……似合っていたのだ。

 淡い水色に花柄という模様をしたソレは、日本ですらテレビ以外であまり目にする事の無い様な代物。俺が今来ている学生服の夏服は、カッターシャツみたいなもんだしこの世界でも普通に着られているとは思うけど、ソレだけは絶対に浮いていると確信が持てる。今、目の前に存在する事自体ががおかしい事だと理解できる。

 そんな物を……着物を。目の前の少女は着ていたんだ。

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