一から始める異世界ギルド

山外大河

13 例え間違いだったとしても

「……お前、コイツの仲間なのか?」

 もう分かりきっている事を、俺は目の前の青年に問う。

「だからどうしたってんだよ」

「どうしたって……少し考えて喋れよ」

 俺はチラリと、俺の背後に居るミラに視線を向け、そしてすぐに青年の方に向き直した。

「お前がそのクソ野郎の仲間だったら、コイツがミラに何をしていたか知っているはずだ。そして仲間であるならお前もソレに加担していた。違うか?」

 できれば否定して欲しかった。
 集団で行動する者達も、時に単独行動を行う事がある。男の行動が目の前の青年が知る由の無い所で行われた事だとすれば、青年は何も悪く無いと言ってもいいという考え方もできる。そうであるに越した事は無いんだ。
 そして青年は一拍開けてから言葉を返す。

「違わねえよ」

 青年は否定しなかった。なんの言いわけもせず、真正面から俺の言葉にそう答えた。

「俺はこの人のやっている事を知っていたし、加担もしていた。それは間違いねえよ」

 それはあまりにも堂々と、そして清々しい自白。
 青年はその調子のまま、言葉を紡ぐ。

「そしてこの人が……いや、俺達がやってる事が、クソ野郎だとかそういう風に罵倒される様なゲスい事だってのも分かってる。全部……分かってるさ」

「分かってんなら……なんでこんな馬鹿みてえな事をやってんだよてめえらは!」

「……そうだな。俺達にも理解は出来ねえよ」

 俺達にも理解できない。
 その言葉が何を意味するのか、俺にはまるで理解できなかった。理解できないままに、青年は話を進めていく。

「この人の考えている事は何一つ理解できねえし同調できねえ。この人の考え方は歪み切ってるし、やっている事だって無茶苦茶だ」

「分かんねえんなら、なんでお前はそれに加担してるんだ! それがどういう事か分かってんだろ!?」

「……分かってるさ」

 そう言って青年は拳を構える。

「分かってやっているから、俺にお前の罵倒を否定する権利なんかねえんだ。お前らやこれまで関わってきた奴らが俺達に抱いている感情はきっと間違ってなんかないし、俺達にそれをぶつける権利だってある。だけど……だけどな」

 そうして青年は、怒りを押し殺すように言う。

「それでも、この人の事を他人に悪く言われるのは……我慢ならねえんだ」

 本当に、目の前の青年が何を考えているのか、俺には理解できなかった。
 自分でも男の非を認めていて、それでいて他人に非難される事も分かっていて……それでも非難される事を拒んでいる。そして間違っていると分かっていて、それでも男に加担している。

 ……まったくもって、理解できない。
 そして理解が出来ないまま、その青年は交渉を持ちかける。

「とりあえず、俺がキレてお前と戦う様な事が起きる前に……取引をしよう」

「取引?」

「簡潔に言えば、返すもんは返すから、この場は見逃せって事だ」

 ……どう返答すべきか迷った。
 正直に言って、あの男をこのまま見逃すわけにはいかない気がする。本人達はどういう事か分かっていて、あんな無茶苦茶な事をしているんだ。だとしたら、ここで見逃せばそれがずっと続いていく。そして見逃せば、その後で介入しようとしてもそもそも出くわさない可能性が高い。コイツらを止めるなら今なのだ。

 だけど……今動くには、不安要素がありすぎる。
 そしてその不安要素を青年は理解している様だった。

「見た感じお前、右肩やってるだろ」

 ……それが一番の不安要素だ。
 目の前の青年が一体どの程度の実力を持っているか分からない以上、こんな状態で戦いになって勝てる保証なんて無い。だとすればアイツらが奪った大切な物だけでも取り戻しておく方がいいのではないだろうか?

 確かに根源を潰す事は大切だ。だけどそれに拘って、取り戻せる物まで取り零してしまえば本末転倒だ。
 俺は左手の拳を握りしめ、恐らく苦い表情を浮かべながら青年に返答する。

「……分かった。それで手ぇ打つ」

 ……苦渋の選択だがな。

「わりぃな」

 そう言った青年は倒れている男の懐から何かの紙袋を取り出す。それをこっちに投げてきた。

「……っと」

 俺はそれを左手で掴み、ミラにその紙袋を見せて確認を取る。するとどうやら本当にそれがミラが奪われた物だった様で、ミラはそれに頷いた。

「じゃ、こっちは退散するわ……マジでこのタイミングで襲ってくるとか勘弁しろよ」

 ああなるほど、その手があったか。
 一瞬素直にそう考えてしまい、どうしたもんかと思考を巡らせたその時だった。

「まあ、させねえけどな」

 青年はそう言ってから……上空に向かって声を張り上げる。

「頼むぜ! エリィ!」

 次の瞬間、何もなかった上空に一人の少女が突然出現した。
 俺と同い年位だろうか。やや背が高めのその少女は、無表情のまま地面に着地すると同時に、青年と男をギリギリ覆う様に魔法陣が展開させる。

「じゃあな。何処かで会っても、突っかかってくれるなよ」

「ちょ、おい!」

 俺がそう声を上げた瞬間、魔法陣から眩い光りが放たれ……その光りが消え去った頃には、もう既にそこには誰も居ない。

 ……転移術式。

 突然現れたあの少女は、マナスポットの恩恵を得ていない素の力で、三人の人間を飛ばしてこの場から去ったという訳だ。

 転移術式は回復魔術同様に、扱いが難しい代物だ。にもかかわらず三人も同時に飛ばしたとなれば、あの少女も相当な実力者だったという事になる。
 もし、仮にこの場であの青年と戦闘を始め、あの少女が乱入してきた場合、果たして今の状態の俺で勝てただろうか? やってみなけりゃ分からないが、今はやらなくて良かったかもしれないという思いが結構強くなってきた。

「……あの」

 俺が戦っていた場合の事を考えていると、ミラが恐る恐ると言った風に近づいてきて俺に声を掛けてきた。

「ああ、わりぃ、考え事してた。とりあえずこれ、お前の盗られた物な」

 俺は手に持っていた紙袋をミラに手渡すと、それを受け取ったリアは一瞬間を開けた後、深く頭を下げる。

「あ、あり、ありがとうございます!」

「いや、別にいいって……あと、今回の事もな」

 全部悪いのはあの男だ。普通に法律的に考えればこの子は悪いのかもしれないが、それにしたってこちらが許せば示談が成立したみたいなもんだ。多分、アリスも理由を説明したら分かってくれるだろう。いや、分からせる。分からせてみせる。

「……いいんですか?」

 ミラは不安そうに尋ねてくるので、俺は少しだけ前の事を思い出しながら答える。

「言っただろ? 誰かに言われてやったんなら、お前を責めたりしねえって。俺はお前を許すよ。だからそんな顔すんな」

 俺がそう言うと少しだけミラの表情が和らいだ気がした。そしてしばらく間を開けてから、ミラはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……ありがとうございました」

「どういたしまして」

 俺がそう返した時だった。

「あ、やっと……見つけた!」

 河川敷の上に、荒い息で俺達に向けてそう言う人影を見つけた。
 当然の事ながら俺達を探しに来た人間というのは、まだ事情も何も知らない完全なるスリの被害者、アリスである。

「とりあえず事情は俺の方からちゃんと説明してやる。だからとりあえず……謝ろうな」

「……はい」

 こうして俺は、こちらに小走りで向かってくるアリスにうまく事情を伝える為の文面の言葉を考え始めた。

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