一から始める異世界ギルド
19 依頼人
その後、やや高ぶったテンションを抑えた後に、時間潰しの為に俺達が行ったのは、アリスの家の棚に仕舞われていたチェスだった。
にしてもこの世界にも当たり前の様にチェスがあった事にはやや驚いたが、まあその辺は結局人間考える事は同じという風に考えてもいいんじゃないだろうか。一応外の外観を考えればチェスとかがあってもおかしく無いわけだし。
まあそれはそれとして、時間潰しに始めたチェスはあくまで時間潰しだ。だから俺達は依頼の件も含めた適当な雑談を交わしながら、盤上の駒を動かしていく。
「にしてもさ」
俺はふと気になった事をアリスに尋ねてみた。
「今回狙われてるお偉いさん……企業の社長だっけ? 何をしてる会社なんだ?」
さっきは一々話の腰を折るのもアレだったからという理由で聞かなかったが、一応聞いておきたい。何をしたら誘拐なんかされるのか……いや、ロベルトの考えが意味不明な以上何もしてなくても誘拐されそうだけども。
「ヒント。今ロベルトがやっている事関連」
「……まさか黒点病の薬作ってる所か」
「正解」
アリスはそう言って駒を進める。
「……アイツ黒点病の薬に何か恨みでもあんのか?」
「さあ。やる事成す事全てが突拍子もなく意味の分からない事ばかりだから。分かる人なんて本人達位じゃないの」
「そうだな……で、これでまた俺の勝ちか。七連勝」
「ぐぬぬ……強い、裕也強すぎる」
「……お前が弱いだけだと思うぞ」
「ぐぬぬ……」
だって俺、先週偶々やる事なくてチェスのオンラインゲームにログインしたのが、人生の初チェスだぞ。正直に言ってルールを辛うじて覚えてるレベル。
それなのにお前……始める前に「私、結構強いわよ」とか言ってたのは何だったのだろうか。
言っちゃ悪いが自ら見えている地雷原に突っ込んでいる様な無茶苦茶なプレーでしたよ。
「ま、まあこの失態は仕事で返すから」
「……そこの所は真剣に頼むぞ」
もう嫌だからな。始めて会った時の様な、生死を彷徨う様な状態のお前を見るのは。
でもまああの時とは状況が違う。仮にそうなりそうな事態に陥っても今は俺が居る。一人より二人だ。人数が増えれば状況も変わってくるだろうし、そう簡単にああいう事にはならない筈だ。
……というか絶対にさせない。
アイツらが何をしようとしているのかは分からなくても、それだけは絶対に回避する。どんな理由があろうと関係ない。
そのためにもしっかりと依頼主の話を聞いておかねえとな。
「……で、そろそろ二時だな」
途中で昼食を交えたのと、アリスがやたらと長考する為気が付けばもう二時である。
「そうね。もう来てもいい頃かしら」
その人が十分前行動を心掛けているとすれば、そろそろ依頼主がやって来てもおかしく無いだろう。
チェス中の会話で出た話だが、今回依頼の電話を掛けてきたのは秘書の女性だそうだ。
アリスはその人の事を律儀と言ったけど、チェス中にアリスが言っていた事を思い返すと、確かにそれは間違っていないのかなという感想を浮かべた。
アリス曰く、警備などの依頼、それに複数のギルドに同時に依頼するとなれば、詳細は電話や当日などの口頭説明で済まされる事も多いらしい。
にも関わらずこうして出向いてくれるというのは、律儀と言ってもいいのではないだろうか。
……折角態々来てくれるんだ。あまり失礼な対応は出来ないなと思う。
「ちなみに一応聞いとくけど、茶菓子の準備とか出来てる?」
いや、聞いといてなんだけど、この世界にそういう文化があるのかは分かんねえけどな。
「し、しまったぁ……ッ」
文化あんのかよ。そして茶菓子はねえのかよ。
「……何してんだよお前」
「いや、だって慣れてないし……普段殆ど依頼ないし……」
額を抑えて俯くアリスに、俺は思わずため息を付く。
慣れる慣れない以前の問題じゃありませんかねソレ。
「……大丈夫かな?」
「多少心象は悪くなるんじゃねえの?」
「……やっちゃったぁ……ッ」
本当にしっかりしてほしい所だが、もう嘆いても仕方が無い。時間も無いし。
ここで失敗した分は仕事で挽回するしかない。
そんなやりとりがあった直後、玄関の扉がノックされる。
「来たぜ、依頼人」
「……買っておけばよかった」
「もうそんな事言ったって仕方がねえだろ。ほら、行くぞ」
俺はアリスを促して立ち上がり、共に玄関へと足取りを進めた。
ギルドは本来、所謂事務所の様な場所を構えているらしい。
だが残念な事に俺達には事務所を借りるようなお金が無いので、アリスの家が実質事務所の様な機能を果たす事になる。
となれば応対するのは客間という訳だ。
「すみません。茶菓子の一つも用意できなくて。なにぶん急でしたから」
「あ、いえいえお構いなく。こちらも急に押し掛けてすみません」
「いえいえ。充分時間があったのになんのご用意も出来なかったのは此方の落ち度です。誠に申し訳ございませんでした」
俺は依頼人である二十代前半程の女性に対して、とりあえず腰を低くしてそう頭を下げる。
本当になんの用意も出来なかった。茶菓子は勿論、コーヒーですらさっき俺達が飲んだ分で切れてしまっている始末。
挙句の果てに名刺交換の様な流れになった訳だが、それもまあ無かった訳で。こちらだけが一方的に貰う事になってしまった。流石にそこは作っておけよマジで。
ハインズ製薬。アイネ・フランツ。
文字を読めない為本当にそう書いてあるかは分からないが、アリスから事前に聞かされていた情報を考えるにそう書かれているのだろう。
本当はこっちもこういうのを用意しとかなくちゃいけないんだよな。そこは俺の世界もこの世界も変わらない。
……ところでえーっと、こんな感じでいいのか? これお客さんに対する言葉使いであってんのか?
チラリとアリスの方を見ているが、当のアリスは呆けた表情で俺の方を見てボソリと呟く。
「裕也のキャラが……変わった」
「馬鹿野郎、社交辞令ってのを知らねえのか」
俺は隣に座るアリスに軽く突っ込むように、ポンと手刀を頭に……あの出した方も悪いんだけど、こういうお客さんが居る場で白羽取りは止めてくんない? そしてドヤ顔浮かべんの止めてくんない? なんか凄い恥ずかしいんだけど。
「なんだか面白いですね、あなた達」
ほら見ろ、アイネさん笑ってるじゃないか。
「ああ、それと、別にそんな慣れない敬語は使わなくても結構ですよ」
「……慣れてないって分かりました?」
「まあ少しぎこちなかったかなと」
……マジでか。不安だったとはいえ、改めて指摘されるとすげえ恥ずかしい」
「じゃあ、あの、えーっと……」
「自然体に、いつも通りの話し方でいいんです。その方が私も話しやすいですから」
そう言って秘書の方は笑みを浮かべる。
「そう言ってくれるとありがたいですけど、流石に目上の人には敬語を使いますよ」
でもまあ敬語にだって段階がある。俺が思い浮かべる営業マン的な敬語を止めて、なんとなく先輩に話す系統の敬語に切り替える。これだけで大分楽になるもんだ。
「あ、ちょっと感じ変わった」
「……お前は常に変わらねえなオイ」
常時同じ様な感じなんだけど……どうなのこれ。一組織のリーダーが客に対して取る態度としてというより社会人としてどうなのさ……というかそもそもなんで自然な流れで俺が応対してんだよ。リーダーお前だろ? おかしいだろ絶対これ。
……まあ今はアリスがどうこうという内輪の話は置いておいて、やるべき事をやらないと。
俺は改めてアイネさんの方を向き、
「……さて、アイネさん。とりあえず仕事の話をしましょうか」
「そうですね……ではとりあえずコレを」
アイネさんは持っていた封筒から数枚の資料を取り出す。
「そちらに書かれている内容が今回の警備依頼における所定位置などの情報になります。順を追って説明していきますので、分からない所があれば、その都度何でも聞いてください」
渡された資料に視線を落とすとアイネさんの言った通り、そこには今回の依頼を遂行する為に必要な情報らしき物が書き巡らされていた。なんか小難しいんだがコレ。
「くれぐれも理解しないまま当日を迎える様な事はない様にお願いします。当日にも説明がありますが……アレには多くのフェイクを交えていますので」
「フェイク? どうしてそんな物を?」
アリスは首を傾げてそう言うが、俺にはなんとなくその意味が理解できた。
そして俺の考えていた事と、全く同じ事口にする。
「万が一、当日ロベルト達が警備の中に紛れ込んでいた場合、こうしてダミーを仕掛けておく事によって炙りだしが可能になります。まあ高ランクのギルドの人間を騙せるレベルの幻術を彼らが持ち合わせているかどうかは分かりませんが」
でももし持っていた場合、誰かと入れ替わる可能性が出てくるからな。妥当な判断だと思う。
……だから事前の打ち合わせをしに来たんだな。
「では説明の方に入らせていただきますが、よろしいですか?」
俺は大丈夫なので頷くけど……なんとなく、隣の奴は心配だ。
「……だ、大丈夫」
とりあえず、余すことなく頑張って暗記しよう。
アリスの言葉を聞いて、俺はそう決意した。
にしてもこの世界にも当たり前の様にチェスがあった事にはやや驚いたが、まあその辺は結局人間考える事は同じという風に考えてもいいんじゃないだろうか。一応外の外観を考えればチェスとかがあってもおかしく無いわけだし。
まあそれはそれとして、時間潰しに始めたチェスはあくまで時間潰しだ。だから俺達は依頼の件も含めた適当な雑談を交わしながら、盤上の駒を動かしていく。
「にしてもさ」
俺はふと気になった事をアリスに尋ねてみた。
「今回狙われてるお偉いさん……企業の社長だっけ? 何をしてる会社なんだ?」
さっきは一々話の腰を折るのもアレだったからという理由で聞かなかったが、一応聞いておきたい。何をしたら誘拐なんかされるのか……いや、ロベルトの考えが意味不明な以上何もしてなくても誘拐されそうだけども。
「ヒント。今ロベルトがやっている事関連」
「……まさか黒点病の薬作ってる所か」
「正解」
アリスはそう言って駒を進める。
「……アイツ黒点病の薬に何か恨みでもあんのか?」
「さあ。やる事成す事全てが突拍子もなく意味の分からない事ばかりだから。分かる人なんて本人達位じゃないの」
「そうだな……で、これでまた俺の勝ちか。七連勝」
「ぐぬぬ……強い、裕也強すぎる」
「……お前が弱いだけだと思うぞ」
「ぐぬぬ……」
だって俺、先週偶々やる事なくてチェスのオンラインゲームにログインしたのが、人生の初チェスだぞ。正直に言ってルールを辛うじて覚えてるレベル。
それなのにお前……始める前に「私、結構強いわよ」とか言ってたのは何だったのだろうか。
言っちゃ悪いが自ら見えている地雷原に突っ込んでいる様な無茶苦茶なプレーでしたよ。
「ま、まあこの失態は仕事で返すから」
「……そこの所は真剣に頼むぞ」
もう嫌だからな。始めて会った時の様な、生死を彷徨う様な状態のお前を見るのは。
でもまああの時とは状況が違う。仮にそうなりそうな事態に陥っても今は俺が居る。一人より二人だ。人数が増えれば状況も変わってくるだろうし、そう簡単にああいう事にはならない筈だ。
……というか絶対にさせない。
アイツらが何をしようとしているのかは分からなくても、それだけは絶対に回避する。どんな理由があろうと関係ない。
そのためにもしっかりと依頼主の話を聞いておかねえとな。
「……で、そろそろ二時だな」
途中で昼食を交えたのと、アリスがやたらと長考する為気が付けばもう二時である。
「そうね。もう来てもいい頃かしら」
その人が十分前行動を心掛けているとすれば、そろそろ依頼主がやって来てもおかしく無いだろう。
チェス中の会話で出た話だが、今回依頼の電話を掛けてきたのは秘書の女性だそうだ。
アリスはその人の事を律儀と言ったけど、チェス中にアリスが言っていた事を思い返すと、確かにそれは間違っていないのかなという感想を浮かべた。
アリス曰く、警備などの依頼、それに複数のギルドに同時に依頼するとなれば、詳細は電話や当日などの口頭説明で済まされる事も多いらしい。
にも関わらずこうして出向いてくれるというのは、律儀と言ってもいいのではないだろうか。
……折角態々来てくれるんだ。あまり失礼な対応は出来ないなと思う。
「ちなみに一応聞いとくけど、茶菓子の準備とか出来てる?」
いや、聞いといてなんだけど、この世界にそういう文化があるのかは分かんねえけどな。
「し、しまったぁ……ッ」
文化あんのかよ。そして茶菓子はねえのかよ。
「……何してんだよお前」
「いや、だって慣れてないし……普段殆ど依頼ないし……」
額を抑えて俯くアリスに、俺は思わずため息を付く。
慣れる慣れない以前の問題じゃありませんかねソレ。
「……大丈夫かな?」
「多少心象は悪くなるんじゃねえの?」
「……やっちゃったぁ……ッ」
本当にしっかりしてほしい所だが、もう嘆いても仕方が無い。時間も無いし。
ここで失敗した分は仕事で挽回するしかない。
そんなやりとりがあった直後、玄関の扉がノックされる。
「来たぜ、依頼人」
「……買っておけばよかった」
「もうそんな事言ったって仕方がねえだろ。ほら、行くぞ」
俺はアリスを促して立ち上がり、共に玄関へと足取りを進めた。
ギルドは本来、所謂事務所の様な場所を構えているらしい。
だが残念な事に俺達には事務所を借りるようなお金が無いので、アリスの家が実質事務所の様な機能を果たす事になる。
となれば応対するのは客間という訳だ。
「すみません。茶菓子の一つも用意できなくて。なにぶん急でしたから」
「あ、いえいえお構いなく。こちらも急に押し掛けてすみません」
「いえいえ。充分時間があったのになんのご用意も出来なかったのは此方の落ち度です。誠に申し訳ございませんでした」
俺は依頼人である二十代前半程の女性に対して、とりあえず腰を低くしてそう頭を下げる。
本当になんの用意も出来なかった。茶菓子は勿論、コーヒーですらさっき俺達が飲んだ分で切れてしまっている始末。
挙句の果てに名刺交換の様な流れになった訳だが、それもまあ無かった訳で。こちらだけが一方的に貰う事になってしまった。流石にそこは作っておけよマジで。
ハインズ製薬。アイネ・フランツ。
文字を読めない為本当にそう書いてあるかは分からないが、アリスから事前に聞かされていた情報を考えるにそう書かれているのだろう。
本当はこっちもこういうのを用意しとかなくちゃいけないんだよな。そこは俺の世界もこの世界も変わらない。
……ところでえーっと、こんな感じでいいのか? これお客さんに対する言葉使いであってんのか?
チラリとアリスの方を見ているが、当のアリスは呆けた表情で俺の方を見てボソリと呟く。
「裕也のキャラが……変わった」
「馬鹿野郎、社交辞令ってのを知らねえのか」
俺は隣に座るアリスに軽く突っ込むように、ポンと手刀を頭に……あの出した方も悪いんだけど、こういうお客さんが居る場で白羽取りは止めてくんない? そしてドヤ顔浮かべんの止めてくんない? なんか凄い恥ずかしいんだけど。
「なんだか面白いですね、あなた達」
ほら見ろ、アイネさん笑ってるじゃないか。
「ああ、それと、別にそんな慣れない敬語は使わなくても結構ですよ」
「……慣れてないって分かりました?」
「まあ少しぎこちなかったかなと」
……マジでか。不安だったとはいえ、改めて指摘されるとすげえ恥ずかしい」
「じゃあ、あの、えーっと……」
「自然体に、いつも通りの話し方でいいんです。その方が私も話しやすいですから」
そう言って秘書の方は笑みを浮かべる。
「そう言ってくれるとありがたいですけど、流石に目上の人には敬語を使いますよ」
でもまあ敬語にだって段階がある。俺が思い浮かべる営業マン的な敬語を止めて、なんとなく先輩に話す系統の敬語に切り替える。これだけで大分楽になるもんだ。
「あ、ちょっと感じ変わった」
「……お前は常に変わらねえなオイ」
常時同じ様な感じなんだけど……どうなのこれ。一組織のリーダーが客に対して取る態度としてというより社会人としてどうなのさ……というかそもそもなんで自然な流れで俺が応対してんだよ。リーダーお前だろ? おかしいだろ絶対これ。
……まあ今はアリスがどうこうという内輪の話は置いておいて、やるべき事をやらないと。
俺は改めてアイネさんの方を向き、
「……さて、アイネさん。とりあえず仕事の話をしましょうか」
「そうですね……ではとりあえずコレを」
アイネさんは持っていた封筒から数枚の資料を取り出す。
「そちらに書かれている内容が今回の警備依頼における所定位置などの情報になります。順を追って説明していきますので、分からない所があれば、その都度何でも聞いてください」
渡された資料に視線を落とすとアイネさんの言った通り、そこには今回の依頼を遂行する為に必要な情報らしき物が書き巡らされていた。なんか小難しいんだがコレ。
「くれぐれも理解しないまま当日を迎える様な事はない様にお願いします。当日にも説明がありますが……アレには多くのフェイクを交えていますので」
「フェイク? どうしてそんな物を?」
アリスは首を傾げてそう言うが、俺にはなんとなくその意味が理解できた。
そして俺の考えていた事と、全く同じ事口にする。
「万が一、当日ロベルト達が警備の中に紛れ込んでいた場合、こうしてダミーを仕掛けておく事によって炙りだしが可能になります。まあ高ランクのギルドの人間を騙せるレベルの幻術を彼らが持ち合わせているかどうかは分かりませんが」
でももし持っていた場合、誰かと入れ替わる可能性が出てくるからな。妥当な判断だと思う。
……だから事前の打ち合わせをしに来たんだな。
「では説明の方に入らせていただきますが、よろしいですか?」
俺は大丈夫なので頷くけど……なんとなく、隣の奴は心配だ。
「……だ、大丈夫」
とりあえず、余すことなく頑張って暗記しよう。
アリスの言葉を聞いて、俺はそう決意した。
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