一から始める異世界ギルド

山外大河

21 集う猛者

 アイネさんから依頼を受けた三日後、俺達はハインズ製薬の本社へと足を踏み入れた。

「……広いな」

「まあ大企業の本社だからね。そりゃこれだけ大きな建物建てられるわよ」

 ハインズ製薬の本社は五階建てと、高さこそ地球の高層ビルには届かないけれど、その分横に広い作りとなっている。一体こんなに広くして何に使うんだよとは思うが、それは高層ビルも同じ事だ。果たして内部を全て有効活用できているのだろうか?

 そんなどうでもいい事を考えつつ、俺達は二階中央にある会議室を目指す。
 今日はまずそこに雇われたギルドのメンツが揃う事になっているのだが……正直に言って他のギルドの連中と顔を合わせるのが億劫になっている俺がいる。

 何しろ実力云々は置いておいて、ギルドランク敵に俺達は場違いな訳で、俺達をランク無しギルドだと知った他のギルドの連中がどんな反応を見せるかと考えると、少々気が重くなるのは仕方がない事だろう。
 ……まあだからと言って、あまり情けない姿は見せられないし、見いせたくない。

 場違いだろうと俺達も雇われたんだ。だから堂々としていればそれでいい。
 そしてある程度依頼に関する雑談をアリスと交わしながら歩いていると、会議室の前まで辿りついた。

「此処ね」

「……おう」

 この先に居るのは、俺達よりも遥かに格上な物達。
 この前のアイネさんとの話で把握した情報によると、雇ったギルドの二割程がSランク。そして六割近くがAランクで後はAランクと並んでも遜色の無いBランクだそうだ。俺達を含めて総勢五十名。その何割かが、既にこの扉の先に居るんだ。

「さて、裕也。凄い人達がこの中に居るわけだけど、臆したりしない様に」

「その言葉、そのまま返すよ」

 そんなやりとりをしてから、俺達は扉を開いて会議室へと足を踏み入れる。
 すると既に半数以上は集まっていた他のギルドの面々の多くが、扉の音に反応したのか此方に視線向けてくる。
 そしてその中の何割かの人の視線から伝わってくる言葉。

 ……コイツら誰?

 多分そんな感じだ。
 そして同じ事をアリスも感じたらしい。

「……まあ何処のギルドも有名で、あった事が無くても互いの存在位は知ってる事が多いからね。そりゃ全く知られてない私達が出てくればこうなるわよ」

「……予想はしてたけど、結構こういう視線って痛いもんだな」

 そうやって早くもげんなりしてきた俺達の元に、此方に視線を向けてきた男の一人が歩み寄ってくる。

「見ねえ顔だな。何処のギルドだ」

 巨体である。
 多分二メートルはあるのではないだろうか。人相はヤバいと言っていいぐらい怖い上に、全身が古傷だらけと来たもんだから、正直に言って得る感想はでかくて怖い奴といった感じだ。

 ……で、何処のギルド、ねえ。
 そういやもうこっちにきて大分時間経ってるけど、ウチのギルドって名前とかどうなってんだ? 聞かなかった俺も俺だけど、言わないアリスもアリスだろ。

「シャイニーレイン」

 アリスはそんな聞きなれない単語を口にする。
 だけどこの流れからして、それがウチのギルドの名前だという事は容易に理解できた。

「シャイニーレイン……聞いた事がねえな。つまりは無名に等しいBランクに上がったばっかのギルドって事か? 良く呼ばれたな」

 ……どうやらこの御方。此処に呼ばれているのが最低でもBランク以上のギルドだと思っているらしい。まあそれはそうだろう。見渡す限りは恐らく高ランクのギルドばかり。だとすれば最低でもそのあたりと考えてもおかしくはない。
 だけどそれは違う。俺達は例外だ。

「ランクは無い。私達はノーランクよ」

「ノーランク……だと?」

 一瞬驚愕の表情を見せる男。まあ予想外すぎたんだろう。大方がAランク以上のこの場において、Bランクですら少数派であるにも関わらずその三ランクも下。いや、そもそもランクすら持っていない奴らが此処にいるのだから。

「おいおい冗談だろ? なんでこんな雑魚が呼ばれてんだ。ここはてめぇらの様な雑魚が呼ばれていい場所じゃねえんだよ」

 まるで嘲笑うかのように男はそう言った。
 でもまあ口が良い悪いは置いておいて、俺達が此処に居る事が場違いだと思うのは俺達がノーランクだと知った者の当然の反応なのだろう。多分逆の立場だったら俺だってそう思う。なんだってこんな所に呼ばれてるんだって、同じ事を考えると思う。
 その評価は今の段階で覆す事は出来ない。
 だけどそこは仕事で見返せばいい。ここで変に対抗意識を燃やして言い返すとトラブルになりかねない。

「雑魚? 言ってくれるわね。言っとくけどウチの裕也は無茶苦茶強いわよ。Sランクに交じったって遜色無く戦えるわ」

 ……いや、ね。そう言ってくれるのはありがたいんだよ。だけど時と場合を考えようなアリス……ほら、見てみろよ。

「はぁ? つーことはお前、この頼りなさそうな男が俺と同等に渡り会えるっていいてえのか。舐めた事言ってんじゃねえぞ」

 明らかに短気そうな男は、早くもちょっとキレちゃってる感じだ。
 いや、まあ俺も一瞬イラって来たけど。頼りねえとか言われると流石にイラっとくる。
 だけどまあその言葉は的を射てしまっている。そう考えると反論する気は失せた。
 だけど俺の隣のリーダーさんにその気は無い様だ。

「いや、渡り会えるわ。ね、裕也」

 その答えを俺に求めますか。
 ……でもまあ、いくら男の言葉が的を得ているとはいえ、アリスが知っている今の状態の俺は決して頼りなくは無い筈だ。なによりここで否定したらアリスの顔に泥を塗る事になる。

「まあある程度はやれんじゃねえのか? 絶対勝てるとは言わねえけど、絶対負けるとも言えねえよ」

「てめぇ……」

 俺にまでそんな事を言われて、男はもう完全にキレちゃってるご様子だ。
 というかアイネさんの採用基準的にこの人はOKなんですか。ちょっと何か言われただけでこの様子って、相当危険人物なんじゃねえの?
 俺がアイネさんの採用基準にやや疑問を覚えていた時、俺達の様子を見かねたのか、細身の男がこちらに向かって歩いてくる。

「そこまでにしておけよ、キース」

 キースと呼ばれた巨体の男は、その声の主である細身の男の方に視線を向ける。

「あ? 冗談じゃねえぞカルロス。コイツらが喧嘩売ってきたんだぞ。引けるかよ」

 いや、売ってないし。寧ろ突っかかってきたのお前だし……と言いたいけど、実際こっちも売ってるよなぁ。
 たがまあキースと呼ばれた男の扱いを、このカルロスという男は熟知しているらしい。落ち着いた様子で、肩に手を置いて語りかける。

「まあ一旦落ち着こう。ほら、平常心だ平常心。普段テディベア編んでいる時を思い出せ」

「てめえそれ外で言うなっていつも言ってんだろうがあああああああああああああッ!」

 ほら、完全に怒りの対象が俺達から仲間らしいカルロスの方に向いて、内輪揉めになる事により、少しはマシな状態に……って、ええええええええええええええええええええええッ!?

「その容姿で……テディ……ッ」

「ま、マズイ、アリス。堪えろ。堪え……テディベア……ッ」

 ギャップありすぎんだろ……やべえ、笑いがこみあげてくるッ!

「笑うなてめえら! おい、カルロス! やっぱ俺、コイツらぶっ飛ばすぞ!」

「だから落ち着けと言ってるだろう。普段クマさんに向けてる優しい視線は何処に行った」

「やっぱてめえからぶっ飛ばすぞカルロスッ!」

「それは後で。まあそもそも出来ればの話だけどね」

「アァッ!?」

「ストップストップ。アンタ落ち着かせる気ねえだろ! 寧ろ煽ってんだろ!」

「そうだよカルロス! なんで仲裁に行ったキミまで参加しちゃってんの!」

 俺が止めに入ったところで、どうやらアチラさんのギルドの方が止めにきてくれたらしい。そう思って声の方に視線を向けて……その先に、凄く場違いな人を見つけた。
 ……なんで小学生がこんな所居んの?

「引っこんでろチビ!」

「あーもう! またチビって言った! チビって言った方がチビなんだよ!」

 いや、どう考えてもチびって言ってる奴巨人なんですけども……まあそんな事はいい。
 なんだこのちっちゃい子。流れを察するにキースやカルウロスと同じギルドの人間っぽいけど……

「うるせえチビ! ちょっと引っこんでろ!」

「あーもう、また言った! ってまだやる気なの? この前匿名で出したデディベアの評論会で準入選になった時の優しいキースはどこに行ったの?」

「だからそういう話を外ですんなって言ってんだろうが!」

「まあまあ流石にもう止めようよ森のクマさん」

「なんだその愉快で不愉快なあだ名はよ! 広まったらどうしてくれんだ!」

「あ、いや、僕が発案じゃねえんだ。結構広まってるみたいだよコレ」

「……ッ!? ……マジでか?」

「……マジだ。流石の僕も少し可哀想だと思った」

「……マジかよぉ……ッ」

 おい、急に大人しくなったぞ。どんだけショック受けてんだよ森のクマさん。

「……それマジなのか? 森のクマさんマジなのか?」

 キースの問いにコクリと頷くカルロスに、キースは頭を抱える。
 ……すげえ静かになった。静かになった所であのちっちゃい子が「私は凄く可愛いと思うよ」とか言ってるけど、多分追い打ちにしかなってないので止めてあげてくださいお願いします。

 ……まあ、静かになった事だけは間違いないから、とりあえずはコレでいいか。
 そう考えた所で、カルロスは深刻そうに頭を抱えるキースから一旦視線を外して俺達の方に向ける。

「ウチのギルドの者が迷惑掛けたね。すまない」

「あ、いえ、多分此方にも非はあるんで……」

「そうかい? そう言ってもらえると助かるよ」

 カルロスはキースを煽っている時の様な物ではなく、あくまで社交辞令的な笑みを浮かべる。
 そんなカルロスに俺は尋ねた。

「えーっと……あの子、お宅のギルドの?」

「ええ、ウチのリーダーです」

「……流石に嘘だろ」

「本当です。よく言われますが、アイリスがウチのギルドのトップなんですよ」

 えーっと、つまり、実質的にあのアイリスって子の部下って事になるのかこの二人は。

「……失礼だけど、子供が自分の上司って嫌じゃね?」

「寧ろ興奮するじゃないですか」

 ……ああ、うん。アレだよね……聞かなかった事にしよう。

「いや、まあしかし、やっぱりキミ達が此処に居るというのは異様の光景だね」

 そう言って意図的か無意識か、カルロスは話の流れを変える。
 異様とはいうものの、その言葉にはキースの時の様な見下している感じがしなかった。

「アンタも私達を馬鹿にする?」

「いやまさか。寧ろノーランクでこの場に呼ばれたという事は特別な何かがキミ達にはあるのだろう。ランクに縛られない何かが。所謂ダークホースとでも言うべきなのかな」

 ダークホース……ねぇ。
 まあそういうポジションで正しいのか俺達は。

「ちなみに聞くのは野暮かもしれないけど、キミ達は一体何をして此処に呼ばれる様な事になったんだい?」

「裕也がこの前ロベルトをぶっ飛ばしたからよ」

 アリスは俺に人差し指を向けて言うと、それを聞いたカルロスは一瞬驚いた様な表情を浮かべた後、落ち着いた表情で尋ねてくる。

「ロベルトに勝ったのかい? それも一人で」

「ええ、まあ……とりあえず仲間が助けにきて逃げられはしましたけどね」

「ふむ……まあ勝ったという事が本当ならば、これはそこの嬢ちゃんが言っている事も間違いではないか……」

「というと?」

「Sランクでも充分にやっていけるっていう事だよ。ロベルトの強さはSランクギルド所属の僕からしても、無茶苦茶と称したくなる程だからね。それを倒したとなればキミの実力も同等かそれ以上だという事になるだろう?」

 その言葉を聞いて何故かアリスが胸を張っている。この人どんだけ俺が評価されるの嬉しがってんの? そっちの方が嬉しんだけど。

 ……とはいえほんの少しだけ、いや、大いにカルロスの言葉に違和感を覚えた。
 正確にはその言葉を聞いた事によって、ロベルトとの戦いに明確な違和感が生じたというべきかもしれない。

 Sランクギルドの構成員が、地球でいうトップクラスの魔術師と同等の力を持っているとすれば、はっきり言って今俺が得ている最強に近い力をもってしても圧倒する事はできないだろう。場合によっては負けることだってあり得る。

 そんなSランクが無茶苦茶と評するロベルトに、俺は前半押されながらも最終的には勝利した。だが押されていたのは俺が攻撃する事を躊躇っていたからだ。最初からアイツを本気でぶっ飛ばすつもりだったとすれば、もっと一方的な戦いになっていたかもしれない。

 ……もしカルロスの言う通り、ロベルトの強さが無茶苦茶なのだとすれば、そもそもそんな感想を抱く事は出来ないだろう。

 躊躇い無く攻撃してもある程度相対してくるだろうし、俺が躊躇った時点で致命的なダメージを負わされる。そうなった時点で負けていた可能性だって大いにあり得る訳だ。

 だけどそうはならなかった。致命的なダメージは与えられず、重力変動の後の追撃として使われたのは、強者が攻撃に組み込まないであろう暴徒鎮圧用の魔術弾。そこの部分だけ見れば、トップクラスが無茶苦茶と評する様な実力者には見えないし、俺も一方的な戦いになったなんて感想を抱いても無理は無いんだと思う。

 だから考えられる可能性は二つ。

 カルロスの見立てが間違っているか……それとも、あの戦いでロベルトが手を抜いていたか。

 後者だとすれば、もし本気のアイツと対峙した場合……俺はアイツに勝てるのだろうか?
 それは情けない話だけど、やってみない事には分からない。
 分からないけどやるしかない。不安だけど、もう後には引けないんだ。

「だからキミには期待してるよ。少しでも楽をさせてくれ」

 俺の不安とは裏腹に、カルロスはそう期待の言葉を向けて来る。
 今回の依頼は、別に活躍した一個人に追加報酬が与えられる訳ではない。依頼の成功により参加者に事前に渡された前金に上乗せする形で報酬が支払われる。だから誰が倒したって報酬の面で見れば別にいいのだ。

 カルロスが俺に言葉を掛けてすぐに、俺達が入ってきた所から反対側にある扉がゆっくりと開かれた。
 そこから現れたのは……アイネさん。そして取り巻きであろう部下たちだ。

「……どうやらおしゃべりは此処までの様だね」

「みたいですね」

 アイネさんが現れたと言う事は、そろそろダミーを交えた作戦説明が行われるという事だ。

「ほら、いくよクマさん」

「……あとでマジでぶっ殺す」

「落ち着いてクマさん」

「……後でゲンコツな」

 流石に依頼主の前だからだろうか。小さな声でキースがそう呟き、三人は俺達の元から離れて行く。
 そしてそんな三人の後ろ姿を見ながら、俺はふとこんな事を考えてしまう。

 ……ロベルトに勝てるかどうかは分からない。

 その前にそもそも、俺は本当にアイツらに勝つ事ができるのだろうか?
 場合によっては負ける事もある。そんな限定的な話なのだろうか。

 思い返すと俺がこの力を手に入れて戦った相手は、ゴリ押しでどうにかなったドラゴンとトロール。そして手を抜いていたかもしれないロベルトだけだ。
 ただ気合いと力だけを振るっていれば、勝てていた相手だけなのだ。

 だけど……此処でもそれは通用するのだろうか?
 出力だけはきっと最強に近いものと言っていいだろう。ミラを追って全力疾走した時の事を思い出せば、それには頷ける。だけどその強力な力を、俺が十分に使えているかとなると、首を傾げざるを得ない。

「何今になって不安そうな顔してんのよ。おじけづいた?」

 アリスが少し心配そうに、俺にそう声を掛けてくる。

「何が不安なのかは分からないけど安心しなさい。裕也は強いから。私が保証する。だから今、不安な気持ちを抱く必要なんてないわ」

「アリス……」

 そうは言われても、不安な気持ちは拭えない。
 だけど、拭えなくても前に進まなくてはいけないという事は変わりはしない。
 アリスの期待を……裏切りたくない。

「……そうだな」

 裏切らない為にどうすればいいかと問われれば、答えられるのは、今はどうする事もできないという回答だけだ。

 偶然力を得た事による背徳感も、そうして得た力を使いこなせないのも。それによってアリスの期待を裏切るかもしれないという事も。今すぐにどうこうできる様な問題では無いんだ。
 だから今やれる事は一つ。

「ロベルトの野郎をぶっ飛ばす。今はそれだけ考える」

 とにかく今できる事を全力でやるしかない。
 結果がどう転ぶかは分からないが、出来ない事を悲観するよりも先に出来る事に。出来るかもしれない事に全力を注がなければならない。
 だからあの時のロベルトが手を抜いていたか、そうでないのか。アイツが俺より格下か、格上か。そんな事は考えるな。

 とにかく……全力を尽くすんだ。今出せる全力を、ぶつけてやるんだ。
 俺はそう心に刻み込み、拳を握りしめる。


 そしてダミー交じりの依頼の説明が終わり、格人それぞれの持ち場への移動を開始する。


 さあ……ミッションスタートだ。

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