【コラボ企画】シャッフルワールド!!×同居人はドラゴンねえちゃん

夙多史

プロローグ

 異世界トリップ、なんていうジャンルの小説や漫画が流行っている。
 この世界の人間が勇者として異世界に召喚されるアレだ。最近は勇者ってわけじゃなく、単に迷い込んだり、別の目的で召喚されたりすることも多いらしい。どれにしても大概は召喚された主人公がチート級に強くなったりするわけだが、その方がフィクションとして面白いのだろうね。まあ、稀に無力でヘタレな主人公もいるみたいだけど。
 だが現実にそんなことがあったらシャレにならない。地球人はそういう世界では無力だ。地球人の身体能力がその異世界を基準にすると馬鹿みたいに高いってんなら話は別かもしれんがな。
 とにもかくにも、異世界トリップってもんは多くの人にとって一種の夢なんだろうね。
 もっとも『次元の門プレナーゲート』を監視する俺たち異界監査局は、一歩間違えればその夢が叶っちまうから大変だ。
 んで、その夢への扉が今目の前に開いているわけで、俺――白峰零児しらみねれいじは異界監査官として監視任務にあたっている。
 こちらからの行方不明者を出さないために、
 あちらからの来訪者をお出迎えするために、
 異獣と呼ばれる怪物から人々を守るために、
 俺たち異界監査官は人知れず戦っているんだ。
「でもまさか、学園内に出現するとはな」
 見渡せば白い建物が林立するこの場所は、日本異界監査局の総本山にして異世界人の保護教育施設――天下の伊海いかい学園、そのスカイテラスだ。
 現在は五時間目の授業が始まった頃だろう。昼休みには大勢の生徒たちで賑わっていたスカイテラスには誰もいない。
 俺たち三人を除いてな。
「レージ、今度こそは面白いことが起こるんでしょうね?」
 俺の右側に立つ一見小学生とも見間違い兼ねない少女は、リーゼロッテ・ヴァレファール。金細工のごとく細い金髪は腰よりも長く伸びており、小柄な輪郭に収まるくりっとした紅い瞳が期待の眼差しを俺に送っている。魔女のコスプレみたいな黒衣を纏うこの子は、イヴリアという異世界からやってきた〝魔帝〟――要するに魔王の類なんだ。信じられんかもしれんがな。
「できれば何事もない方が平和でいいんだよ、リーゼ」
「そんなの退屈なだけじゃない。わたしは退屈が嫌いなの。見てるだけなんて嫌」
 この魔王さんは困ったことに退屈だからって理由でこの世界に来たんだよな。幸いなのは、征服され、支配された世界が面白くないことを知っている彼女にこの世界をどうこうする気はないってところか。
「履き違えるな、〝魔帝〟リーゼロッテ。なにかが起こった時に被害を最小限に抑えることが我々の使命だ。決して楽しむことではない」
 俺の左側から威圧的な声が投げかけられる。そこには煌めくような綺麗な銀髪をポニーテールに結った少女が凛然と屹立していた。
 学園の制服の上から肩当て・胸当て・ガントレット・白マントを装着した彼女は、セレスティナ・ラハイアン・フェンサリル。異世界ラ・フェルデから迷い込んできた聖剣十二将っていう騎士様だ。彼女は翠色の瞳でリーゼを睨み、自身の背丈ほどもある超長剣――聖剣ラハイアンを突きつける。
「もし退屈だからと私たちの邪魔をしてみろ。その時は貴様を斬り伏せてくれる」
「いいわね、それ。ただ見てるだけなんてつまらないから今すぐに決闘する?」
「ほう、余程聖剣のサビになりたいらしいな、〝魔帝〟」
「お前なんて一瞬で燃やしてあげるわ」
「はいはいはいストップストップ!」
 視殺戦を繰り広げる二人に俺は割って入った。というか、元々俺を挟んで火花を散らしてるからたまった物じゃない。俺は緩衝剤かなんかか?
 簡単に言うと、俺はこの二人の教育係なんだよ。どちらも異界監査官として新人だからな。まったく、魔王と聖騎士を一緒に預けないでほしいぜ。
「決闘はまたの機会な。それよりも――」
 俺は前方に視線をやる。そこには陽炎のような空間の揺らぎがあった。アレが異世界に繋がる扉――『次元の門』だ。
「――来るぞ」
 空間の歪みが激しさを増す。向こうの世界からなにかがやってくる前兆だ。
 俺は体内に蓄えた魔力を練り上げ、右手へと集結させる。すると次の瞬間、俺の右手に棒状の長大な武器が出現した。
 これは〈魔武具生成〉っていう、俺が使える異能力の一つだ。俺は異世界人と地球人のハーフなんでね。
 門から現れた存在は、目と鼻のないゾンビのような怪物だった。それも何十体という大所帯だ。
 いや、怪物と決めつけるのは早計だな。あんな風に見えても〝人〟という可能性がある。なにせ俺の知り合いにはピンク色のスライムがいるくらいだ。
 対話を試みる。
「あーあー、俺の言葉がわかりますか?」
 俺はブレザーの内ポケットに意思疎通魔導具の〈言意の調べ〉を所持している。これにより相手が意思を持つ〝人〟であれば言葉が異なろうと会話は成立するのだ。
 だが相手のゾンビもどきたちに反応はなかった。それどころか唸りを上げて俺たちに襲いかかってきたんだ。
「異獣のようだぞ、零児。どうする?」
 聖剣を構え、セレスが訊ねてくる。
「決まってる。門が開いてるうちに追い返すんだ」
 それが俺たちの仕事だからな。異世界の生物だからといって無闇に殺したりはしない。
「雑魚魔獣っぽいけど、退屈凌ぎにはなりそうね」
 リーゼが獰猛な笑みを浮かべて掌に黒炎を灯した。彼女の魔力を燃焼させた〝魔帝〟の炎だ。
「リーゼ、わかってると思うけど殺すなよ」
「わかってる。手足焼き切ってあそこに叩き込めばいいんでしょ?」
 もっと穏便にお願いします!
 そうこう言っている間にもゾンビもどきの群れが迫ってくる。動きは見た目通り緩慢だ。俺は棍を振るい、セレスは聖剣を薙ぎ、リーゼは炎で押し返す。
 駆逐するだけなら一瞬で終わっていただろう。だが、この数を殺さずに全て追い返すにはどうしても時間がかかってしまう。
 と、再び『次元の門』が大きく揺らいだ。
「おいおい、まだ出てくるのかよ!」
 今度はゾンビもどきではなく、二体の巨大なトンボ型の怪物だった。やはり意思疎通は叶わず、そいつらも俺たちに襲いかかってくる。
 トンボの怪物は羽を激しく振動させてソニックブームを放つ。腕で顔を庇い、俺たちがそれに堪えていると――
「あっ」
 フッと、『次元の門』の揺らぎが消え去った。門が閉じたのだ。これでは追い返すことができない。
 人を襲う怪物を野放しにするわけにもいかない。
 切り替え時か。
「リーゼ、セレス、門が閉じた。早急に殲滅するぞ」
「了解した」
「最初からそうすればいいのよ」
 聖剣が光輝き、セレスは一薙ぎで何体ものゾンビもどきを斬り伏せる。リーゼは楽しそうに哄笑して黒炎でゾンビもどきを焼き払っていく。
 俺は地面を蹴って跳躍し、上空のトンボの脳天に棍を叩き込んだ。複眼がスパークするように光る。だが、それだけでは倒せなかった。トンボは体勢を立て直しながら再び羽を振動させようとする。
 俺は棍を捨て、新たに身の丈以上の大剣を生成した。そして落下が始まる前に一閃。トンボを両断する。
 トンボの破片と共に落下する。着地してもう一体の方を見ると……なっ! あいつ逃げやがった!
 二体目のトンボは既に空の彼方に点となっていたのだ。人を襲う異獣を逃がしちまった。始末書どころの話じゃないぞこれ。
「零児、こちらは終わったぞ」
「呆気なかったけど楽しかったわ」
 見ると、ゾンビもどきたちは一匹たりとも残っていなかった。この二人は流石だな。
「悪い、一匹逃がしちまった。すぐに誘波に連絡して捜索を――ん?」
 言いかけた時、俺は死骸となったトンボの怪物の傍になにか輝く物体が落ちていることに気がついた。
「なんだこれ?」
 拾ってみる。それは光を虹色に反射する、水晶みたいに透明な石だった。
「異世界の物質か? あ、なんか文字っぽいものが刻まれてる」
 知らない字だが、不思議と読むことができた。
 虹色の水晶にはこう刻まれていた。

【同居人はドラゴンねえちゃん 世界コード:n1403p】

 なんのこっちゃ? つっこんでほしいのか?
 その時、水晶から強烈な輝きが発せられた。
「うわっ!?」
 すると突然、この場が無重力になったかのように体が持ち上がる。足場の感覚がなくなり、水流に押し流されるように後ろに引っ張られる。
 振り向き見ると、そこにはブラックホールのような黒い穴が空間に穿たれていた。『次元の門』とも、前に見た『混沌の闇』とも違うなにかだ。
「え? ちょ、嘘だよな?」
 呆然とする間もなく、俺は穴へと吸い込まれてしまった。
「レージ!?」
「零児!?」
 リーゼとセレスの悲鳴が聞こえたのを最後に、異空間に呑まれた俺の視界は暗闇に覆われた。
 落ちているのか昇っているのかわからない感覚に襲われる。と、一度俺の隣をなにかが通り過ぎたような気配があった。気のせいだったかもしれない。
 ほどなくして、俺の視界に光が戻った。
 そこは――

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