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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

116 激戦の行方

 大気が揺れる。
 それに連動して、神の階自体も揺れている。
 そして、赤と青の輝きが、ぶつかる。
 両者相手に向けてそれぞれの神剣を突き出すと、纏っていた輝きが剣を通じて直線状に発射される。それは蒼霊砲の主砲にも引けを取らない威力を秘めていそうなほど凄まじい。
 赤黄色い光線を放ち、ワースが叫ぶ。
「――インディグネイト・ファイナリティ!!」
 青白い光線を放ちつつ、セトルも叫ぶ。
「――エターナル・レディアンティ!!」
 二色が中空で激突する。
 目を開けていられないほどの激しい閃光。
 凄まじい力の衝撃と爆風。
 皆は、立っているのがやっとだった。
「く……」
 セトルが、僅かに押され始めてきた。青が赤に呑まれていく。だめだ。このままでは力負けしてしまう。そうなるとみんなが……世界が……。
『慌てるな。落ち着け。お前はまだ全開じゃない』
 ピアリオンの声。確かにそうだ。自分は焦りすぎている。落ち着いて、力を極限まで引き出すのだ。
 赤の浸食が止まり、再び均衡が取れた状態に戻る。
 だが、それでもワースまでは届かない。
(兄さんの力……やっぱりすごい)
 この状態が続くと、先に力尽きるのはこっちだ。だが、自分はこれ以上力を出せない。今だってどうにか振り絞っているのだ。
 と、肩に温かいものが置かれた。
「がんばれ、セトル。俺らがついてるぜ」
 アランの手だった。さらに、そこへ皆の手が触れる。
「うちらじゃ力不足かもしれへんけど、想いの強さやったら負けへんよ」
「想いが強さに、ですか。なら、我々の強さも受け取ってくれませんか」
「一人だったわたしがもう一人じゃないように、セトルだって一人じゃないのよ」
 しぐれ、ウェスター、シャルン、皆の手から、温かさと強さが伝わってくる。そして――

「セトル、負けたら許さないわよ! 一緒に、一緒にアスカリアへ帰るんだから!」

 ……サニー。
 皆の想いが、力に変わる。
 セトルの最高の神霊術『エターナル・レディアンティ』。その青白い輝きが何倍にも膨れ上がった。
 今度は、赤が呑まれ始める。
 その光景を、ワースは薄らと笑みを浮かべながら眺めていた。
「そうか……。テュールよ。あいつに、いや、あいつらに賭けてみるということか。セルディアス。いい仲間を持ったものだ」
 青白い神霊術の光が迫る中、ワースは感覚を研ぎ澄ませた。
「――アイヴィ、スラッファ、……まだ微かに生きているようだ。オレは消えるかもしれないが、その時はあいつを頼んだぞ」
 そして、彼は光に呑まれた。

        ✝ ✝ ✝

 二つの閃光が消え、衝撃の揺れも収ま――らなかった。
「何で!? どうしてまだ揺れてるのよ!?」
 慌てるサニー。その彼女に、セトルが冷静な声で言う。
「テュールマターが暴走してるんだ。このままだと、ここは崩落してしまう」
「何やて!?」
「おい、セトル、何とかなんねえのか?」
 切羽詰まった表情で問いかけるアラン。すると、セトルは力の暴走が起こっているテュールマターへと歩み寄っていく。
「どうするつもり?」
 シャルンがオレンジの瞳に微かな不安を宿して訊く。
「僕の神霊術でどうにかなると思う。どの道、これを使わないと世界は不完全に分離して消滅するんだ。やってみるよ」
「そして、力を使い果たしたあなたは霊素に分解されて消えてしまう、ということですか」
「『【《――ッッッ!?》】』」
 ウェスターとセトル以外の皆が一斉に驚きの表情をする。
「ダメよセトル! そんなのダメ!!」
 駆け寄ろうとするサニーだが、その動きが唐突に止まった。
 皆の足下に、青白い光を放つ霊術陣が現れる。
「う、動けへん……セトル!」
 しぐれが叫ぶ。見間違えるはずない。これは転移霊術だ。しかも強制転移させるつもりだ。体が金縛りにあったように動かない。
「自分が犠牲になるってのかよ!」
「違うよ、アラン。僕だって消えるつもりはない。でも、結果的に消えるかもしれないってことだよ」
 アランたちを向いたセトルは、実に清々しい顔をしていた。セトルはウェスターを見る。
「私は何も言いません。非情かもしれませんが、世界が助かるならそれでよしと思っています」
「それでいいよ、ウェスター」
 ウェスターは表情を隠すように眼鏡を押さえて、言う。
「ですが、あなたも助かるのなら、断然そちらの方がいい。ですから、待ってますよ」
 セトルが頷くと、ウェスターは光に包まれて消えていった。
「セトル、一つだけ約束」
 シャルンが言う。
「わたしは、もうソテラの時と同じ気持ちにはなりたくない。だから、必ず生きて帰って」
「セトル! 生きて帰んねえと、アランお兄さんが地獄の底まで追いかけてぶん殴ってやる」
「……それは痛そうだね」
 セトルは苦笑。そして、アランとシャルンの二人も光に包まれる。
「みんなも、うちも、セトルのこと大好きや。せやから、消えるなんて許さへん」
「しぐれ……」
 俯いていた彼女が顔を上げると、大粒の涙で顔がくしゃくしゃになっていた。
「また、会えるんや。やから、さよならは言わへんよ」
「うん。僕も言わない」
 しぐれも、転移の光に包まれた。
 そしてセトルは、最後の一人に振り向く。
「サニー……僕は……」
「いい。セトルは何にも言わないで。言いたいことがあるなら帰って来てから聞くから」
 彼女はしぐれのように泣いてはいないものの、その大きなエメラルドグリーンの双眸は潤んでいた。
「あたしも言いたいこといっぱいあるから、助かった世界で、アスカリアで、全部話すから」
 ついに彼女からも涙が零れた。
「最初は、セトルが『ただいま』で、あたしが『おかえり』って言うの」
 セトルは彼女に言われた通り何も言わない。ただ、彼女の言葉を聞いている。
「だから、約束して。ぜったい、ぜったい、ぜ―― ったいに帰ってくるって!」
 そこで、言葉は終わる。セトルは微笑み、うん、とは言わずに頷いた。それを認め、サニーもまた、笑う。
 そして、彼女も転移した。

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