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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

112 神の階

 神の階最奥部。
 転移した二人の目に最初に飛び込んできたのは、宙に浮く卵状の物体だった。水晶のように透明で、薄ぼんやりと発光している。神秘的で凄まじい存在感がある。
『ほう、あれがテュールマターとかいうやつか』
「そうだよ」
 ピアリオンの声に、セトルはなにげなく普通に返した。しかしサニーは、聞き慣れない単語に首を傾げる。
「『テュールマター』って、何?」
「テュールの力を宿した神聖な物質だ。これがなければ、世界を一つにすることはできなかったし、また二つに分けることもできない」
 答えは前方から返ってきた。
「兄さん……」
 マターの下、そこにセトルと同じ銀髪蒼眼の青年が立っている。ガルワース・レイ・ローマルケイト。通称ワースだ。
「セルディアス、いつも同じ反応だな。まあ、お前が生きていたことは知っていた。だから、オレはここでお前を待っていたんだ」
「待っていたのなら、何であの二人に邪魔を?」
「ここに来ていいのはセルディアス、お前だけでよかったってことだ。まあ、そううまくはいかなかったようだがな」
 ワースはサニーを見やる。睨みつけているわけではないのに、その眼光には凄みがあった。
「兄さん、今ならまだ間に合う。世界を二つに分けるなんてやめるんだ」
「そうよ。そんなことしてもしょうがないでしょ!」
 サニーもセトルと一緒に説得しようと声を上げる。
「しょうがなくはない。これが世界のためなんだ。お前たちこそ、諦めたらどうだ?」
「嫌だ」
 一言でセトルは断る。
「オレ、いや、僕はこの世界が、今のこの世界が好きなんだ。人は変わる。変わっていく。アルヴィディアンもノルティアンもハーフも、そして僕たちも、みんなで協力し合える。だから、兄さんは早まりすぎなんだ」
 セトルの横でサニーが大きく頷いた。ワースは短く笑う。
「フ、やはりもう話し合いではダメなようだ。――オレは二つの世界を望む。お前たちはこのままの、一つの世界を望んでいる。これがテュールの意志なのかどうかはわからない」
 ワースは剣を抜いた。神テュールに与えられた〝神剣〟デュランダル。
「これが本当に最後の戦いだ。勝った方が、望む世界を創造する。それでいいな」
 セトルとサニーも、それぞれの武器を構えた。それが、肯定の証。

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