ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

106 セトルVSノックス

 セトルは中段に神剣を構え、間合いを詰める隙を窺う。
 ピアリオンは黙ったまま何も言ってこない。ここではあくまで中立を決め込むつもりなのだろう。
 ノックスもすぐには撃とうとはせずにセトルの動きを窺っているようだ。一発目を撃った瞬間の僅かな隙をつくつもりだったが、どうもそう簡単にはいかないらしい。
 じりじりと互いの睨み合いが続く。
 霊導銃、それもノックスほどの使い手だ。苦戦は覚悟しなければならない。
(迂闊に飛び込めばやられる)
 銃と剣では間合いが全く違う。しかもノックスの霊導銃は連射可能な上に弾切れは起こらない。かなり厄介である。
(神霊術を)
 セトルが左手で剣を構えたままそっと右手を開いて意識を集中させる。しかしノックスはそれを見逃さなかった。セトルに動きがあったとみて即座に銃の引き金を引く。発射された緑色に輝く弾丸がまっすぐにセトル目がけて飛んでくる。
 セトルは右手に意識を集中させつつノックスから目を離さなかったため、すぐに対処行動を取ることができた。神剣で銃弾を弾き、続けて連射された霊導弾は右手に集中させていた神霊術を『神壁のヘブンリーミュラル』として発動させ、その虹色で全てを防いだ。
 術を解くと、ノックスの姿が消えていた。いつの間にか横に回っていたのだ。しかも一丁だった銃が二丁に増えている。
「――フ、次は防げまい、ディマリッシュトリガー!!」
 二丁の銃口から放たれたのは漆黒の弾丸。恐らくは闇霊素ダークスピリクルでできているものだ。それなら神壁の虹ヘブンリーミュラルで防げるのだが、残念ながら解いたばかりで間に合いそうにない。
 避けられないとも悟り、セトルは弾丸を神剣で弾くことにした。それ以外に方法はない。が、黒い弾丸はセトルの直前で炸裂し、無数の小さな黒弾となって様々な方向から襲いかかってきた。
「チッ!」
 と舌打ちし、セトルはもの凄い勢いで回転を始める。それで大方弾き飛ばしたが、僅かに叶わなかったものがその場爆発を起こす。耳が痛くなるほどの爆音が鳴り響き、セトルの姿は爆煙によって隠されどうなっているかわからない。
「……」
 ノックスは銃を下げないまま爆煙が晴れるのを見守る。
 やがて晴れた爆煙の中からほとんど無傷の状態のセトルが姿を見せた。神剣に透明なオーラが纏ってあり、セトル自身もそれに驚いているようだった。
「精霊神は君の味方のようだね」
 精霊神……ピアリオンのことだ。中立の立場から見守るのではなかったのだろうか。
 そのピアリオンが神剣ミスティルテインから喋る。
『私は別に何もしていない。今のは神剣が持ち主を守っただけだ。それと、私は〝王〟だと言っただろう。〝神〟だと格が下がってしまうではないか』
 普通は逆だろ、と言いたいが今はそれどころじゃないし、何かもう彼の思考について考えるのは負けな気がしてきた。
「とにかく、僕はここで止まっているわけにはいかない。それに、僕はこれ以上仲間と戦いたくはないんだ。おとなしく退いてくれないか?」
「ん~、セトル君に頼まれると頷きたくなるけど、残念その頼みは聞けないな」
 真面目な顔を崩してそう言うノックス。セトルはそんな彼を睨んでから、
「先に謝っておくよ……ごめん」
 と言って足下に転移霊術を展開。輝きを増して転移した先はノックスの背後。
「――!?」
 ノックスが気づいた時には既に遅かった。体に痛みと浮遊感を覚える。セトルは神剣の柄で振り返ろうとするノックスの突き飛ばしたのだ。さらに右手を前に翳し掌を広げて力を集中させる。青白い輝きが掌の中心に集い、それが弾丸のように発射されノックスに追い打ちをかける。
「――蒼煌破テュラーブレッド!!」
 ノックスは空中で何とか二丁の霊導銃を構え、飛んでくる青白い弾丸に向けて引き金を絞る。
「――く、クリムゾンロアー!!」
 銃が咆哮する。放たれた二本の赤い光線の融合体がセトルの弾丸と激突。少しの押し合い圧し合いの後、大爆発を引き起こす。
 セトルは腕で爆風から顔を庇い、吹き飛ばされないようにふんばりを利かす。しかし空中にいたノックスはなすすべなく吹っ飛び、神殿の壁が陥没する勢いで背中から叩きつけられた。そのまま力なくずり落ちるが、まだ意識はあった。
「こりゃ、アバラ何本折れたかな、ハハハ……」
 自嘲気味に力のない笑みを浮かべるノックス。口の中を切ったのか、口から血が流れている。
 セトルは剣を納め、ゆっくりとノックスの方へと歩み寄っていく。
「さあ、もう終わりだよ。すぐにフラードルにでも転移させるから、早く治療してもらった方がいい。長距離転移は難しいからティンバルクには送れないけど、それは許して」
「フ、その必要はないな」
「?」
 何を言っているんだ? どう見ても自分一人では動けそうにないのに。ノックスは、やってやった、と言わんばかりの顔をセトルに向ける。
 まさか、と思った時、そのまさかが現実になった。
「セトル――――――!!」
 叫び声を響かせながら走ってくるサニーの姿が見えた。

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