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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

095 神槍の振い手

 ライズポイントは上空には乱気流が、海上は大渦が取り囲んでいる小さな島にある。そのためセイルクラフトで特攻しても、気流に捕まって墜落し海の藻屑となる。
 セトルの記憶の通り、闇精霊の島の南西に小さな遺跡があった。本当に小さい上に森の中にあったため、よく探さないと発見は難しい場所だった。
 中に入るとすぐに転移霊術陣が輝いており、一行は頷き合って陣に飛び込んだ。
 転移した先、ライズポイントの内部は――まるで異空間のようだった。黄金色の宇宙が延々と広がっている。サニーやしぐれが思わず、綺麗、と呟いてしまうほど美しい光景でもあった。その中を半透明な床が支える柱などなく浮いているように続いている。見えないもの、空気や重力感などは外の世界と変わらない。
「素晴らしい光景ですね。今度ピクニックにでも来ますか?」
 ウェスターが冗談めいた笑みを浮かべて、興味深げに周囲を見回す。
「あんたはこういうところでメシを食うのが趣味なのか?」
「ははは、いやですねぇ、アラン。冗談に決まっているでしょう。こんな何もないところは私の趣味ではありませんよ」
 笑い飛ばすウェスター。しぐれが同意する。
「まあ、綺麗やけど景色に変化あらへんしなぁ」
 中の異世界っぷりにはセトルも素直に驚いた。ここがワースの言っていた繋留点、世界を繋ぎとめるポイントの一つ。もっと古代技術を駆使した施設か何かだと予想していたが、ここまで神がかっているとは思わなかった。だが、よく考えるとアルヴィディアとノルティアを一つにしたのはテュール神なのだから、寧ろこんな光景の方が納得だ。
「ここにあのワースがいるのね。入れ違いになったってことも考えた方がいいかもしれないけど」
 シャルンがもっともなことを言うが、セトルには確信があった。
「いるよ。僕にはわかるんだ。何となくだけどね」
「じゃあさくっと行って、一発ぶん殴って、セトルのお兄さんの目を覚まさせよう!」
 サニーが拳を天に向かって突き上げる。おー、とは言わないものの、皆はそれに頷いた。
 道はほぼ一本道だった。進んでは転移陣で移動しを繰り返す。どんどん下層へと下っているようだった。上に通ってきたと思われる床が見える。正直、床と重力がなければ上下左右全くわからない空間だったことだろう。
 もちろん邪魔がなかったわけではない。独立特務騎士団兵――ではなく、蒼霊砲にいたような守護ガー機械ディアンたちだった。途中に破損して転がっているものがあったが、それはワースがやったもので間違いないだろう。
「あれは……」
 何度目かの転移を行った先で、セトルは青い巨大な光柱が下方に向かって伸びているのを見つける。その根源はこの道をずっと行った先にあるらしく、ここが最下層だということがわかった。
「あそこに兄さんがいる」
 兄弟の繋がり、とでもいうやつだろう。何となく、それでいてはっきり兄がいるということがわかる。
「行きましょう」
 ウェスターが促す。
 罠などないとわかっていながらも、最後の一直線をこれまで以上に慎重に進んで行く。そして、ついにワースを見つけた。
 円形状の広い床の端、光柱の根源に向かって何かの儀式をするように両手を掲げていた。その後姿には凄まじいまでの存在感と威圧感を感じる。
 彼の三歩後ろにはアイヴィが立っていた。彼女が先にこちらへ気づく。
「ワース、来たみたいよ」
 アイヴィがこちらを振り向く。その手には刀身の付け根に天使の翼のような装飾がされてある槍を握っている。
「ああ、わかっている。解除までもう少しかかりそうだ。その間は任せる」
「わかったわ」
 ワースはそのままに、アイヴィだけがこちらに向かってくる。蒼眼が強い意志を表している。
「アイヴィさん、そこをどいてくれ……と言っても無駄なんだよね」
「ええ、ワースの決定はテュール神の決定よ、弟君」
 彼女は微笑んだ。弟君という呼び方はテューレンのころのものだ。嫌な笑みではなかった。とても温かく優しいもの。彼女らは悪人ではないからそう見えるのだろう。自分たちが世界にできる最善の方法を実行しているだけだ。
(でも、それは間違っている)
 世界の分離、そんなことをしてまで種族を分ける必要などない。ウェスターが前に出る。
「もう少し待ってみる、ということはできなかったのですか?」
「そうや、これからって時やったのに。あのソルダイの人たちだって協力し合ってたんやで!」
 しぐれは自分が復興作業を手伝っていた村のことを思い出す。多少のいがみ合いはあったものの、この一ヶ月をうまくやってきたのだ。
「わたしたちも悩んだのよ。一ヶ月、世界の様子も見てきた。そうして出した結論よ。もう変えられないわ」
「世界の様子を見たんでしょ? なのに何でそうなるのよ!」
「気づいたからよ、サニーちゃん。それは一時的なものだってね。前にスラッファも言ったでしょ?」
 確かに、そんなことを言っていたような気がする。
「それで虐げられてるハーフは全滅? ふざけないで」
 シャルンがトンファーを抜く。
「テューレンみたいに、ハーフだけの居場所を作ることができればいいでしょ?」
「できればってことは、失敗する可能性があるってことじゃねえか」
 アランが吐き捨てるように言う。
「もう少しお話しててもいいけど、どうやらそうも言ってられないみたいね」
 アイヴィは持っている槍を構えた。あれも、ただの槍ではないだろう。
「〝神槍〟フェイムルグ……みんな、気をつけて」
「言われなくてもわかってるよ」
 ニッとアランが唇を吊り上げる。
 アイヴィは走った。人間離れしたスピードで一気にセトルたちとの距離を縮める。槍の間合いに入るまで一秒とかからなかった。
「はあっ!」
 神槍の凄まじい突きがセトルに襲いかかる。躱せない、そう直感が告げレーヴァテインで受け止める。
 金属音。尋常じゃない衝撃に手が痺れる。次の瞬間、体が浮いていた。ふんばりも虚しく衝撃に突き飛ばされる。床を転がり、危うく黄金の宇宙へ放り出されるところだった。
 アイヴィの両脇からアランとしぐれが挟み打ちを仕掛ける。だが、アイヴィは体を回転させて槍を振り、強風を伴って二人を吹き飛ばす。
「みんな!」
 サニーが叫ぶ。シャルンが正面から攻めようとするが、槍を突きつけられ咄嗟にバックステップする。
「――蒼き地象の輝き、アクアスフィア!!」
 ウェスターの詠唱が響く。青光の霊術陣がアイヴィの足下に出現し、水の奔流が噴き上げて水珠を形成する。神壁の虹ヘブンリーミュラルは使われていない。確実に捉えた――はずだった。
「何!?」
 次の瞬間、水の珠が真っ二つに裂けた。その中から槍を縦回転させているアイヴィが現れる。彼女の顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「くっ……澄み渡る明光、壮麗たる裁きを天より降らせよ、ディザスター・レイ!!」
 サニーが叫ぶと、頭上に巨大な光球が出現する。そこから無数の光線を発射させてアイヴィを狙う。が、アイヴィはそれら全ての光線を槍で弾き飛ばした。よく見ると、槍には虹色のオーラが纏ってある。
「何で……」
「神霊術を、付加させてるんだ」
 驚愕しているサニーに、セトルが立ち上がりながらそう言った。
「スラッファさんは僕と同じで呪文系統、アイヴィさんは付加系統の神霊術を使うから」
「そ、そういうことは先に言っといてよ!」
 セトルは足の裏を爆発させたような勢いで疾走する。サニーたちの横を通り過ぎる瞬間に、ごめん、と謝ったが、たぶん聞こえてはいない。
 セトルは高く飛び上がり、蒼眼を煌かせて霊剣を叩き下ろすように振るう。アイヴィは空中にいるセトルに向かって槍を突き出す。
 剣と槍とではリーチが違いすぎた。着地したセトルから鮮血がほとばしる。直前で咄嗟に槍の軌道を変えたのだが、右肩を掠めてしまった。
「剣で戦うなら、ワースくらい強くないとわたしには勝てないわよ、弟君」
 事実、その通りだった。リーチが違う以上、彼女は絶対に剣の間合いに入ってこない。神霊術で戦おうも、この前の追っ手を蹴散らした術は使えない。使った後の疲労が酷く、指向性など関係ないあの術でサニーたちを巻き込まない自身はない。そもそも、彼女が使わしてくれるはずがない。ならば――
「――飛刃衝!!」
 セトルは剣を振って裂風を引き起こす。アイヴィは横に跳んでそれを躱す。しかし、そこにはしぐれが待っていたかのように白刃を振るっていた。槍の刀身でギリギリ受け止める。
「反応ええなぁ」
「ふふ、ありがと♪」
 組み合った状態での力と力の競り合い。当然、しぐれに分はなかった。その後半秒で彼女は床に背をつけられる。直後、彼女はしぐれにとどめを刺そうとはせず身を翻す。
 金属音が高鳴る。アランの長斧がアイヴィの槍と組合い、しっかりと押さえていた。アランならば力で勝っている。その間にセトルが剣の間合いにアイヴィを入れる。
 一閃。胴を真っ二つにするような勢いで剣を薙ぐ。わかっていたことだが、彼女は真っ二つにはならなかった。剣閃に合わせて体を引く。しかし、今ので緑色の軍服が裂け、そこから赤いものが流れる。
「いい仲間を持ったわね」
 そう言いつつ、彼女は槍を下げてアランの長斧を床に叩きつける。さらにそのまま槍を床に突き立て、その反発力を利用して高く飛び上がる。
「――ロックプレス!!」
 詠唱が速い。空中で逆さの状態になっている彼女の前に大岩が出現し、重力も力に変えてセトルたちに落下してくる。『神壁の虹ヘブンリーミュラル』を使う暇がない。だが、避けられないことはない。三人はそれぞれ三方に散って大岩を躱す。砕けた破片が飛散する。
「――光燐閃こうりんせん!!」
 気づくと、既にアイヴィは着地して槍を薙いでいた。光霊素ライトスピリクルが付加して白い鱗粉を撒き散らしている槍が、横薙ぎにセトルへ襲いかかる。レーヴァテインで受け流しつつ飛んで躱し、目で、彼女には気づかれないようにサニーへ合図を送る。
「!」
 サニーはその合図を受け取ると、すぐにセトルが何をしたいのかわかった。頷き、セトルと鼓動を合せるように息を吸い、詠唱を始める。
「聖霊の輝き、その御心のまま彼の者の剣とならん――」
 セトルの周囲を囲うように、いくつもの光の点が現れる。その中から一斉に眩い輝きを放つ槍が回転しながら飛び出し、彼にその矛先を向けた状態で停止する。
「――時霊の雨の加護を受け、今こそ穿て」
 セトルの掲げたレーヴァテインを、周囲を取り囲んでいた輝槍が次々に貫いていく。一つ、また一つ貫くごとに、彼の霊剣は輝きを増していく。
「連携!?」
 流石のアイヴィも顔から余裕が消えていた。
「――聖霊光雨衝せいれいこううしょう!!」
「――聖霊光雨衝せいれいこううしょう!!」
 剣を刺突の構えにし、一瞬でアイヴィとの間合いを詰めたセトルは、連続して突きを放った。残像が鮮明に残るほど素早く突きだされ続けるそれは、まるで百の刃を同時に突き出しているように見える。
 だが、流血は起こらなかった。アイヴィに躱した様子はないし、槍で防いでいる様子もない。それなのに先程から特殊な武器同士がぶつかり合う金属音が、雨音のように聞こえている。
 刹那、セトルは連携で力を増したはずの霊剣を弾かれた。突然のことで手を放してしまい、レーヴァテインは天高く舞って床に叩きつけられる。
「兄さん……」
 セトルは、アイヴィの前に立つ実の兄を忌々しげに睨んだ。あの攻撃をこうも簡単に防がれた。
 ワースの澄んだ蒼眼にセトルの姿が映る。
「完了だ。これ以上の戦いは無用。アイヴィ、次へ行くぞ」
「ワース兄さん!」
 セトルが叫ぶ。今しがたの瞳に込められた忌々しさは消えていた。
「セルディアス、オレたちを止めようと思うのならそうするといい。半端だが、神霊術を扱えるお前がオレとは違う考えを持っている。それもテュール神の意向なのかもしれない。だが、オレたちはここで止まるわけにはいかない。わかるな?」
 今のワースを前にすると、風はないのにもの凄い風圧を受けているような感覚に陥る。それだけの存在感と威圧感を彼は持っていた。
「……わからないよ」
「そうか。まあ、それでもいい。何度も言うが、オレはお前を殺すつもりはない。だが、これ以上邪魔をするというのなら、オレも本気で相手をしてやる」
 言うと、彼らを転移霊術陣が包んだ。
「逃げるのですか?」
 挑発的にウェスターが言う。だが、ワースは彼のことなど空気のように無視し、セトルに対して言葉を続ける。
「イクストリームポイントで待っている。来るのなら、正面から全力でぶつかってこい」
「ワース……」
「いいんだ、アイヴィ。これがオレの決断だ」
 そのまま二人の姿は一瞬で景色に溶けていった。
「逃げられちゃった」
 サニーがポカンとして呟く。連携を防がれた辺りから、何が起こったのかわからなくなっているようだった。
「完了って言ってたけど、ワースは何をしていたの?」
 シャルンがトンファーをしまいながら訊く。セトルは光柱の根源の方を向いて顎をしゃくった。
「な、なくなってるやん! これどういうことなん?」
「兄さんの神霊術とスピリチュアキーを使って、世界を繋いでいる一柱を外したんだ」
 セトルは諦めたように皆の方を向く。こうなってしまっては、今の自分では修復不可能だった。
「スピリチュアキーって、蒼霊砲の鍵のことじゃねえのか?」
 その単語に聞き覚えのあったアランは確かめるようにそう言う。
「本来、スピリチュアキーは繋留点をロックするためにテュール神が作ったものなんだ」
「でもそれっておかしくない?」
 サニーが疑問を投げかける。
「蒼霊砲って、ここができる前に造られたんじゃ……?」
「それよりも前から、繋留点はあったということでしょう」
 眼鏡の位置を直してウェスターが考えを述べる。セトルは頷いた。
「うん。元からこの世界は一つだったんだ。それを遥か昔に二つに分け、そしてまた戻した。それを今度は兄さんが二つに分けようとしている」
「ふむ。あなたが言うのなら本当でしょう。何となく、連鎖が起こっている気がしますね」
「考えるのはあとにして、一度ここから出た方がいい」
 ワースたちがいなくなった以上、もうここにいる必要はない。そうですね、とウェスターは頷き、一行はライズポイントを後にした。

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