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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

092 極寒の拠点

 ニブルヘイム地方。年中極寒の雪国であるその大陸に、今セトルたち一行は訪れていた。
 この大陸には大きな町である『フラードル』があるのだが、彼らはそこには向かわず、ウェスターのブルーオーブ号で海岸沿いを探索していた。
 実はこの前、ウェスター邸にひさめの式神がやってきた。彼女によって伝えられた情報は、ここニブルヘイムの海岸付近にワースの施設があるというものだった。《アブザヴァルベース》。ワースの部下たちはその施設をそう呼んでいるらしい。
 ようやく入ってきた貴重な情報だったため、セトルたちは時間を無駄にするわけにはいかないと、すぐにそこへ向かって出発したのだ。なお、中に潜入したひさめは他の情報を得る前に負傷し、どうにか脱出はできたものの、今はアキナで療養中であるとのこと。援護は期待できない。
 捜索を開始して僅か一時間、ついにそれらしいところを見つけた。海岸線の岩礁地帯にドーム状の建造物があった。船を大岩の影に隠し、中に潜入する。
 正面に見張りはいなかった。それどころか近づくと扉も自動で開いていた。蒼霊砲も自動だったが、今のシルティスラントの技術ではありえないことだ。ワースたちテュールの民ならそれも可能ということだろう。
「すごい技術ですね。実に興味深い」
 慎重に通路を進みながらウェスターが言う。
「たぶんスラッファさんの知識・技術だと思う。こういうのはあの人の得意分野だから」
 セトルは昔のことを思い出す。テューレンにいたころ、スラッファは古代技術を真似して様々な物を作っていた。彼の武器である弓も、見た目は木製だが少しばかり改造しているようだ。
 セトルは通路の角で一旦止まる。そっと角から向こうを覗いてみると、二人の独立特務騎士団兵が何やら雑談をしている。一人は巨漢の大男で、もう一人はごく普通の体格だが、大男のせいでやけに小さく見える。
「どうするの?」
 サニーが訊くが、ここまで来たからには退くわけにはいかない。答えは一つだ。
「突破しよう」
「おーし、賛成だ」
 セトルとアランが同時に角から飛び出す。兵士が二人に気づいたときにはもう遅かった。腹に凄まじい衝撃が走ったと思うと、兵士二人はがくりとその場に崩れた。
「ふう」
 アランが息をついて笑いながら仲間たちを手招きする。
「『殺さず』はなかなか大変でしょう?」
 ウェスターが指で眼鏡を持ち上げながら皮肉めいた笑みを浮かべる。
「この人たち程度ならそうでもないよ――!?」
 その時、アランがのしたはずの巨漢の兵士が意識を取り戻してセトルに襲いかかった。大剣を大上段に構え、セトルの背の倍はあろうかという高さから斬りつけようとする。
「危ない!」
 しぐれが飛んだ。飛んで巨漢の兵士の顔面に蹴りを入れる。だが、仰け反っただけで倒れない。巨漢なだけにタフだ。
「ザンフィ!」
 サニーが指示を出すと、彼女の足下から黒茶色い物体が飛び出し、兵士の顔面に張りつく。さらに引っ掻き回す。
「うぐっ……」
 最後にシャルンのトンファーが兵士の腹に食い込み、呻いたあと今度こそ倒れた。
「ふむ。見事なコンビネーションですねぇ」
 一人戦っていないウェスターが感心したように言う。
「あんたは何かしたんかい!」
「いやですねぇ、しぐれ。私は力を温存しているんですよ。老体は体力がないので♪」
「〝具現招霊術士スペルシェイパー〟がよう言うわ」
 しぐれは呆れたような顔をする。シャルンが振り向く。
「早く行くわよ」
 階段を上り下り、上り下り、と複雑な構造をしている内部を突き進み、やっとのことで最奥の部屋に辿り着いた。
 そこは雰囲気的に倉庫のような感じだったが、置いてあるものを見てセトルたちは目を瞠った。
「セイルクラフト……」
 最大二人乗りの霊導飛行機械――セイルクラフトが何機も並べられていた。しかもいつでも飛び立てる状態で。と――
「ようこそ、アブザヴァルベースへ。なんてね」
 聞き覚えのある声。振り向くと、そこにはスラッファが口元に笑みを浮かべて立っていた。持っている弓は下しているが、彼の腕ならその状態からでも一瞬で矢を放つところまで持っていけるだろう。
「スラッファさん、兄さんはどこに?」
「言うと思うかい?」
 フフ、と余裕の笑みのスラッファ。しばしの沈黙が降りる。それはそうだ、彼がワースの居場所を言うはずがない。知らない、ということはまずないだろう。当然知っていて隠しているのだ。と思ったのだが、
「『ライズポイント』だよ。今、ガルワースとアイヴィがそこに向かっている」
 前髪に隠れてない方の目をつむって眼鏡のブリッジを押さえ、意外にも簡単に教えてくれた。つまり、ワースはここにはいないということだ。
「ライズポイント……マインタウンから遥か東の海上にある小さな島ですね」
「何でウェスター知ってんの?」
 サニーが首を傾げる。
「前に本で読んだことがあります。ほら、ノックスに見せてもらったものです」
 何となく納得できた。ノックスと訊いてしぐれが僅かに嫌な顔をする。本当にアレが嫌いなのだろう。
「さて、僕がここに残っている意味はわかるかい?」
 唐突にスラッファが訊いてくる。武器を所持しているところから見ると、答えは一つ。それをシャルンが言う。
「ここに攻め込んでくるだろうわたしたちの足止め、もしくは始末かしら? だからわざわざ行き先を話した」
「なるほど、どうせ俺らを消すんなら何を言っても問題ないってことか。六対一なのにたいした自信だな」
 アランがそう言いながら長斧を片手でくるくると器用に回す。スラッファは余裕の笑みを消さずに言う。
「90点。ああ、もちろん100点中のね。足止めは正解だ、始末は別に言われていない。行き先を言ったのは、こそこそと隠れる必要がないからさ」
 アランの言葉ではないが、たいした自信である。だが、ワースにはそれだけの実力がある。セトルはそれを嫌というほど知っていた。
「君たちが来ることは、アキナの侵入者がいたからわかっていた」
 スラッファの口から出た言葉にしぐれが反応する。
「まさか、ひさめをやったのって……」
「僕さ。でも大丈夫。急所は外しておいたから死んじゃいないはずだ」
「!?」
 しぐれは手を強く握りしめた。友人を怪我させた張本人が目の前にいる。しかも彼の言葉は、あのひさめを相手に手を抜いて戦ったように聞こえる。実際そうなのだろう。
「さてと――」
 そう呟くと、スラッファは弓を構えて矢を放った。その一瞬のモーションは見えなかった。矢は神速とも言える速度でセトルたちに向かって飛んでくる。誰も、それに気づいていないように反応がない。否、実際に矢が飛んでくるという危機感をまだ感じられずにいるのだ。――セトル以外は、だが。
 飛んでくる矢を、セトルも一瞬の動きで剣を抜いて弾いた。矢は高く打ち上げられ、離れた鉄の床に突き刺さる。そこでようやくサニーたちは何があったのか理解したようだ。もっとも、どうもウェスターにはわかっていたようだった。
「流石だ、セルディアス君。やはり厄介なのは君だね」
 たぶん、スラッファは防がれるとわかっていて矢を放ったのだろう。全く動揺していない。
「み、見えへんかった……」
 目を丸くしているしぐれに、セトルが一言、
「集中すれば見えるよ」
 と簡単なアドバイスと言えるのかどうかわからないことを告げる。
 後ろの自動ドアからガチャリという音がした。
「な、何!?」
 その音にサニーが本気で驚く。たぶん今のはドアのロック。これでスラッファをどうにかしないかぎり後ろのドアは開かないだろう。

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