ILIAD ~幻影の彼方~
090 シャルンの両親
ハーフの隠れ里に戻り、薬を子供に飲ませるとすぐに効果が表れた。薬さえ飲ませれば元々たいした病気ではなかったのが幸いだった。
王都とこの村、普通なら往復で十日はかかるところを、その半分で移動できたのは奇跡に近かった。おかげで戻って来た時には皆完全にダウンし、シャルンの家で二日ほど休養をとった。
その間、村の人たちも少しばかり自分たちのことを信頼してくれたみたいで、もう憎々しげな言葉は言われなくなった(それでも睨まれることはあったりする)。
そして再びセイントカラカスブルグに戻り、まずはウェスターの家を訪ねた。
「ふぇ~、でけ」
完全な上流階級の立派な邸を前にして、アランが感嘆の声を発する。セトルやサニーは初めてではないので、特にこれといって新しい感想はなかった。
「どや? びっくりしたか、アラン?」
なぜかしぐれが誇らしげに言うと、玄関の扉が開いた。
「おやおや、アランの顔が前よりアホっぽく見えるのは私の気のせいでしょうか?」
「……うるせぇよ」
邸から出てきたウェスターがいきなりからかうようにそう言うが、アランはそれ以外反応することをしなかった。したら負けだと思ったのだろう。
「それで、どこに行けば会えるのかしら?」
早速本題に入るシャルン。早く会いたいという気持ちはあるようだ。
「わかりました、案内しましょう。向こうにはもう伝えてあるので、いつでも会う準備はできていますよ」
言うと、ウェスターは先頭を切って歩き始めた。一体どこに向かうのか、それはたぶん彼のことだから訊いても「ついてからのお楽しみです」などと言いそうなので、あえて誰も訊かなかった。
☨ ☨ ☨
ウェスターに案内された先、そこを見て皆は目を丸くした。
「何で……城?」
セトルが呟く。そう、ここはかのシルティスラント城の城門前である。
「お城の中にシャルンのパパとママがいるの?」
訝しげに尋ねるサニーに、ウェスターは微笑みながら、ええ、と頷く。
「ここに……わたしの……」
シャルンが拳を握り、力を込める。彼女にとって場所などどこでもよかった。文句を言って、一発殴れればそれでよかった。
しかし、城の中を進むにつれてどうもおかしいことに、セトルたち城へ来たことがある者は感じていた。
真紅の絨毯をこのまままっすぐ進んで行くと見えてくる場所、それは謁見の間である。
シャルンだけはそのことに気づいていない。
謁見の間の大きな扉の前でウェスターは一言断り、両脇に立っている兵士に目配せだけで扉を開けるよう指示を出す。
中に入り、シャルンは明らかに自分が場違いなところに来たということにようやく気がついた。
「え………?」
謁見の間には、シルティスラント国王ウートガルザ・リウィクスとロキ王妃が豪奢な玉座に座り、その横に大臣――はおらず、代わりに重そうな鎧を全身に纏った正規軍の将軍、ウルド・ミュラリークとその副官、アトリー・クローツァが並んでいる。
「どういう……こと?」
シャルンは意味がわからなくなっていた。夢でも見ているような感覚だった。しかしこれは現実。その現実を、ウェスターの口から認識させられる。
「あの方たちが、あなたの本当の御両親です」
ウェスターが指したその人たちは、言うまでもなく、王と王妃である。
「え……あ……」
「ええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇええぇぇ!?」
口をぱくつかせるシャルンの後ろで、サニーが大声で仰天する。
「シャルンの親って……王様やったん!?」
「みたいだね。城に入ってから何となくそうじゃないかと思ってたけど……」
ここまで来るのに、しぐれもセトルも何となく想像していたが、実際にそうだとやはり驚くものである。よくよく見ると、ロキ王妃の髪の色がシャルンそっくりだ。
「今度からシャルン王女様って呼ばねえと」
「アラン、それはやめて」
落ち着いたのか、シャルンは王と王妃の前に出る。驚きを完全に消しさったのか、前に出た彼女はどこか堂々としている。
「まず確認させて、本当にわたしの両親なの?」
王と王妃を睨みながら、シャルンは確かめた。できれば、違うと言ってもらいたかったのだが、残念ながら二人は静かに頷いた。
王が言う。
「そうだ。あれは十数年前になる。生まれたばかりのお前を、私たちはハーフという理由で捨てた。『王家にハーフは生まれない』と、そういうことにしなくてはいけなかったんだ。言い訳にしか聞こえないだろうが、私たちは最後まで反対した」
ウートガルザ王は隣のロキ王妃を見、彼女が頷くのを確認してシャルンに視線を戻す。
「だから何? 今さらわたしと会ってどうするっていうの? わたしが、あなたたちのせいでどんな目に遭ったのか知らないくせに……今さら」
「今さらではない」
そう言ったのはウルドだった。
「あの後、陛下はすぐにあなたを捜された。だが、そこにはもうあなたはいなかったのだ」
「その時私が捜すように頼んだのが、ウェスターだ」
セトルたちがウェスターを振り向く。すると彼は眼鏡の位置を直し、
「まあ、そういうことです。最も、見つからなかった責任を感じて私は軍を辞め、シャルン捜索を今まで行ってきたわけですが。いやぁ、あの頃は私も若かったですねぇ♪」
といつものどこか不敵な笑みを口元に浮かべてそう言った。アランが呆れ顔になる。
「あんた本当は何歳だ?」
「おや、人に年齢を訊くとは失礼ですよ、アラン」
「こいつは……」
溜息をつくアランは置いといて、シャルンが再び口を開く。
「そんなことはどうでもいいわ! わたしの本当の家族はエリエンタール家のみんな、あなたたちじゃない!」
「……」
「……」
実の娘に否定された二人は、悲しい顔をしてお互いの顔を見合わせた。
「シャルン……」
「セトルたちは何も言わないで」
シャルンにはそう言われるが、セトルは実際に何を言ったらいいのかわからなかった。こういうとき兄さんならどうするだろうか。やはりただ見守るだけかもしれない。
「シャルン……今さらだが、私たちの元へ帰る気はないか?」
「!?」
「お前が戻ってくれること、それが私たちの願いだ」
「『王家にハーフは生まれない』じゃなかったの?」
嘲るような笑みを顔に貼りつけて、シャルンは王に向かって言う。
「それはもう昔のことにする。今の時代、ハーフの王族もいるべきだと私は思う」
「……」
シャルンは沈黙した。即答できなかった。
(ハーフの王族が必要? どうせみんなから非難されるに決まってるわ)
それは思い込みではなく、彼女の経験からする紛れもない事実である。ただでさえ『ハーフ』は周りから差別を受ける存在。それが王族になるなど、ほとんどの人が認めるわけがない。
だがその反面、そうなることでハーフ差別をなくす運動が今以上にやりやすくなるだろう。人々の中にハーフの人権を叩き込むには、それも必要かもしれない。
しかし、今は恨みしかない生みの親の元へ転がり込むことは、どうしても抵抗がある。
「……考えさせて」
王の願いに彼女はそれだけ告げると踵を返し、謁見の間を走って出ていった。
即決はできない。しばらくは迷うことになるだろう。本当は自分が王女になることが一番いいことだというのはわかっている。本当の両親、世界中のハーフたち、それに自分にとっても。
だけど怖かった。人々から非難されることもそうだが、王女としていろいろな責任を負うことが怖かった。
だからすぐには答えは出ない。
「シャルン!」
サニーとしぐれが彼女を追おうとするが、それをアランが手で制した。
「今は一人にしてやるべきだ。俺たちが首をつっこむことじゃない」
「せやけど……」
しぐれは何か言おうとして黙った。本当はアランが一番追いかけたいはずなのに、彼はここに踏みとどまっている。
セトルが頷く。
「そうだね。これはシャルンと王様たちの問題だろうから。僕たちは僕たちの問題を片づけないと」
ワースを止める。それが今自分たちがやらなくてはいけないこと。すると――
「たぶん、そのことで君たちに話があるんだが」
セトルたちの前で、真紅のコートを纏ったアトリーが深刻な表情をしてそう言ってきた。
「ワースのこと、何か知っているのでしょう?」
眼鏡のブリッジを押さえながらウェスターも珍しく真剣な顔をしてセトルたちに言う。
これはもう、全て話すしかないだろう。セトルはそう思い、今知っていることを彼らに話す決意をした。
「わかりました。お話します」
王都とこの村、普通なら往復で十日はかかるところを、その半分で移動できたのは奇跡に近かった。おかげで戻って来た時には皆完全にダウンし、シャルンの家で二日ほど休養をとった。
その間、村の人たちも少しばかり自分たちのことを信頼してくれたみたいで、もう憎々しげな言葉は言われなくなった(それでも睨まれることはあったりする)。
そして再びセイントカラカスブルグに戻り、まずはウェスターの家を訪ねた。
「ふぇ~、でけ」
完全な上流階級の立派な邸を前にして、アランが感嘆の声を発する。セトルやサニーは初めてではないので、特にこれといって新しい感想はなかった。
「どや? びっくりしたか、アラン?」
なぜかしぐれが誇らしげに言うと、玄関の扉が開いた。
「おやおや、アランの顔が前よりアホっぽく見えるのは私の気のせいでしょうか?」
「……うるせぇよ」
邸から出てきたウェスターがいきなりからかうようにそう言うが、アランはそれ以外反応することをしなかった。したら負けだと思ったのだろう。
「それで、どこに行けば会えるのかしら?」
早速本題に入るシャルン。早く会いたいという気持ちはあるようだ。
「わかりました、案内しましょう。向こうにはもう伝えてあるので、いつでも会う準備はできていますよ」
言うと、ウェスターは先頭を切って歩き始めた。一体どこに向かうのか、それはたぶん彼のことだから訊いても「ついてからのお楽しみです」などと言いそうなので、あえて誰も訊かなかった。
☨ ☨ ☨
ウェスターに案内された先、そこを見て皆は目を丸くした。
「何で……城?」
セトルが呟く。そう、ここはかのシルティスラント城の城門前である。
「お城の中にシャルンのパパとママがいるの?」
訝しげに尋ねるサニーに、ウェスターは微笑みながら、ええ、と頷く。
「ここに……わたしの……」
シャルンが拳を握り、力を込める。彼女にとって場所などどこでもよかった。文句を言って、一発殴れればそれでよかった。
しかし、城の中を進むにつれてどうもおかしいことに、セトルたち城へ来たことがある者は感じていた。
真紅の絨毯をこのまままっすぐ進んで行くと見えてくる場所、それは謁見の間である。
シャルンだけはそのことに気づいていない。
謁見の間の大きな扉の前でウェスターは一言断り、両脇に立っている兵士に目配せだけで扉を開けるよう指示を出す。
中に入り、シャルンは明らかに自分が場違いなところに来たということにようやく気がついた。
「え………?」
謁見の間には、シルティスラント国王ウートガルザ・リウィクスとロキ王妃が豪奢な玉座に座り、その横に大臣――はおらず、代わりに重そうな鎧を全身に纏った正規軍の将軍、ウルド・ミュラリークとその副官、アトリー・クローツァが並んでいる。
「どういう……こと?」
シャルンは意味がわからなくなっていた。夢でも見ているような感覚だった。しかしこれは現実。その現実を、ウェスターの口から認識させられる。
「あの方たちが、あなたの本当の御両親です」
ウェスターが指したその人たちは、言うまでもなく、王と王妃である。
「え……あ……」
「ええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇええぇぇ!?」
口をぱくつかせるシャルンの後ろで、サニーが大声で仰天する。
「シャルンの親って……王様やったん!?」
「みたいだね。城に入ってから何となくそうじゃないかと思ってたけど……」
ここまで来るのに、しぐれもセトルも何となく想像していたが、実際にそうだとやはり驚くものである。よくよく見ると、ロキ王妃の髪の色がシャルンそっくりだ。
「今度からシャルン王女様って呼ばねえと」
「アラン、それはやめて」
落ち着いたのか、シャルンは王と王妃の前に出る。驚きを完全に消しさったのか、前に出た彼女はどこか堂々としている。
「まず確認させて、本当にわたしの両親なの?」
王と王妃を睨みながら、シャルンは確かめた。できれば、違うと言ってもらいたかったのだが、残念ながら二人は静かに頷いた。
王が言う。
「そうだ。あれは十数年前になる。生まれたばかりのお前を、私たちはハーフという理由で捨てた。『王家にハーフは生まれない』と、そういうことにしなくてはいけなかったんだ。言い訳にしか聞こえないだろうが、私たちは最後まで反対した」
ウートガルザ王は隣のロキ王妃を見、彼女が頷くのを確認してシャルンに視線を戻す。
「だから何? 今さらわたしと会ってどうするっていうの? わたしが、あなたたちのせいでどんな目に遭ったのか知らないくせに……今さら」
「今さらではない」
そう言ったのはウルドだった。
「あの後、陛下はすぐにあなたを捜された。だが、そこにはもうあなたはいなかったのだ」
「その時私が捜すように頼んだのが、ウェスターだ」
セトルたちがウェスターを振り向く。すると彼は眼鏡の位置を直し、
「まあ、そういうことです。最も、見つからなかった責任を感じて私は軍を辞め、シャルン捜索を今まで行ってきたわけですが。いやぁ、あの頃は私も若かったですねぇ♪」
といつものどこか不敵な笑みを口元に浮かべてそう言った。アランが呆れ顔になる。
「あんた本当は何歳だ?」
「おや、人に年齢を訊くとは失礼ですよ、アラン」
「こいつは……」
溜息をつくアランは置いといて、シャルンが再び口を開く。
「そんなことはどうでもいいわ! わたしの本当の家族はエリエンタール家のみんな、あなたたちじゃない!」
「……」
「……」
実の娘に否定された二人は、悲しい顔をしてお互いの顔を見合わせた。
「シャルン……」
「セトルたちは何も言わないで」
シャルンにはそう言われるが、セトルは実際に何を言ったらいいのかわからなかった。こういうとき兄さんならどうするだろうか。やはりただ見守るだけかもしれない。
「シャルン……今さらだが、私たちの元へ帰る気はないか?」
「!?」
「お前が戻ってくれること、それが私たちの願いだ」
「『王家にハーフは生まれない』じゃなかったの?」
嘲るような笑みを顔に貼りつけて、シャルンは王に向かって言う。
「それはもう昔のことにする。今の時代、ハーフの王族もいるべきだと私は思う」
「……」
シャルンは沈黙した。即答できなかった。
(ハーフの王族が必要? どうせみんなから非難されるに決まってるわ)
それは思い込みではなく、彼女の経験からする紛れもない事実である。ただでさえ『ハーフ』は周りから差別を受ける存在。それが王族になるなど、ほとんどの人が認めるわけがない。
だがその反面、そうなることでハーフ差別をなくす運動が今以上にやりやすくなるだろう。人々の中にハーフの人権を叩き込むには、それも必要かもしれない。
しかし、今は恨みしかない生みの親の元へ転がり込むことは、どうしても抵抗がある。
「……考えさせて」
王の願いに彼女はそれだけ告げると踵を返し、謁見の間を走って出ていった。
即決はできない。しばらくは迷うことになるだろう。本当は自分が王女になることが一番いいことだというのはわかっている。本当の両親、世界中のハーフたち、それに自分にとっても。
だけど怖かった。人々から非難されることもそうだが、王女としていろいろな責任を負うことが怖かった。
だからすぐには答えは出ない。
「シャルン!」
サニーとしぐれが彼女を追おうとするが、それをアランが手で制した。
「今は一人にしてやるべきだ。俺たちが首をつっこむことじゃない」
「せやけど……」
しぐれは何か言おうとして黙った。本当はアランが一番追いかけたいはずなのに、彼はここに踏みとどまっている。
セトルが頷く。
「そうだね。これはシャルンと王様たちの問題だろうから。僕たちは僕たちの問題を片づけないと」
ワースを止める。それが今自分たちがやらなくてはいけないこと。すると――
「たぶん、そのことで君たちに話があるんだが」
セトルたちの前で、真紅のコートを纏ったアトリーが深刻な表情をしてそう言ってきた。
「ワースのこと、何か知っているのでしょう?」
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