ILIAD ~幻影の彼方~
086 隠れ里
「ここ……どこだ?」
アランは呆然と、目の前に広がる村の光景を見て呟いた。
式神を辿ってついた場所は、ティンバルクではなかった。そこは〝村〟というのもどうかと思われるほどに小さな集落で、スルトの森のどこかだというのは、まだ森を抜けていないはずなので明らかである。
「人はいるみたいだね」
少し警戒しつつ、セトルが村の周囲を見回す。古びたアーチを入口に、おんぼろの家々が並ぶ。村の周りには鬱葱と生い茂った森の木々が高々と伸びており、村の雰囲気を暗いものへと変えている。人の気配はあるのだが、外には誰も出ている様子はない。
「も、もしかして、『お化け村』とかじゃないわよね」
セトルの背中に隠れながらサニーが震えた声で呟く。暗所や幽霊などが苦手な彼女にとって、この村はもの凄く不気味に見えていることだろう。セトルにしても、十分ここは不気味に見えている。
そこへ他の式神たちが戻ってきた。
「えっと、ティンバルク見つけたみたいやけど……帰る?」
「いや、ちょっと調べてみようぜ。何か気になるしよ」
アランが言うと、サニーがこれ以上ないくらいびくっと肩を震わせる。
「ええ!? あたしは早く帰りたいんだけど」
「サニー、怖いのか?」
「こ、怖くないわよ! いいわ。アランがどうしてもって言うんなら、少しだけ調べることを許す」
急に強気になりながらも、足下は震えているサニーにセトルは苦笑した。
「とにかく、そこの家の人にでも話を聞いてみよう」
セトルが自分たちのいるアーチのところから一番近いボロ屋を指す。そして言ったままに四人はその家へと歩み寄り、セトルが代表してノックとあいさつをする。
「すみません! 誰かいません――!?」
その時、急激に殺気が膨れ上がったの感じ、皆はバッと後ろを振り返った。そこには、いつの間にか十人ほどの村人と思われる人たちが自分たちを囲んでいるところだった。彼らは皆、手に刃物や鈍器を握っており、そして彼ら全員が、
「は、ハーフ……」
とサニーが呟いた通りだった。男性も女性も老人も子供も、確かにその目はハーフ特有の〝赤い瞳〟をしている。それらには恐怖と憎悪が込められており、中には怯えで震えている人もいた。
サニーの肩の上でザンフィが毛を逆立てて威嚇する。
(何なんだ?)
セトルがいつでも剣を抜ける体勢をとる。しかし、アランは降参するように両手を上に挙げて、一歩前に出る。
「えーと、何か知りませんけど、俺らは怪しい者ではありません」
すると、ハーフの男性が憎々しげに答える。
「そんなことは関係ない。アルヴィディアンとノルティアンがよくもこの村に足を踏み入れやがったな」
「……そういうことか」
セトルは一人だけ納得したように手を剣の柄から離す。そしてアランの前まで歩み出ると、そのハーフの男性を見る。
「わかりました。僕たちはすぐにここから消えます」
「あ、青い目……」
セトルの瞳を見た村人たちがざわざわと騒ぎ始める。気持悪がるような者もいるが、自分たちと同類のように彼を見る者もいた。
「セトル、どういうこと?」
「ここは《ハーフの隠れ里》ってことだよ」
先程とはまた別の恐怖を感じているサニーに、セトルは顔だけ彼女に向けて答えた。
「だ、ダメだ! 青目のキサマが何者かは知らないが、見られた以上、生かしてはおけない!」
男が鈍器を構えると、他の村人たちも殺気をさらに膨らまして、それぞれの手に持っている得物を構える。
「何かヤバイって、これ。セトル、どうするん?」
村人たちが徐々に輪を縮めて迫ってきたので、しぐれは後ずさりながら縋るようにそう言う。
じりじりと迫ってくる村人たち。後ろの家からもフライパン片手のハーフ女性が飛び出てきたため、完全に逃げ場はない。
「仕方ない……」
セトルは何かを決断して、胸の前で両掌を向かい合わせる。すると、そこに青白い輝きが生まれ、それが爆発的に村全体を包んだ。
「――神霊術、《温安の麗光》」
強く、優しく、温かい光。セトルがもう何度も見せている光だが、今までのものとは違い、きちんと制御がされている。恐らく、記憶が戻ったためと思われる。
光が収まったとき、村人全員が不思議そうな顔をしていた。もう誰からも殺気のようなものは感じない。傷を治し、気持ちを落ち着かせる、これがセトルの神霊術なのだろう。
「何だ、今の……何をしたんだ?」
「どうやら、落ち着いたようですね」
微笑むセトルを見る村人たちの視線は、皆怪訝なものだった。その時――
「やっぱり……もしかしてと思ったけど、今のはセトルだったのね」
村人の輪の向こうから見覚えのある顔の女性が歩み寄ってきた。オレンジ色の髪に青を基調とした服、そしてハーフの瞳をしたその女性は、
「シャルン!」
である。彼女は村人たちの輪を抜け、呆れたような顔でセトルたちを一人ずつ見る。最後にアランを見ると、手の甲を腰にあてて溜息をつく。
「それで、何しに来たの?」
「それが道に迷ってよ」
「ふーん。まあいいわ」
怪訝そうにしながらも、シャルンは村人たちに視線を向ける。
「こいつらはわたしが何とかするから、みんなは帰ってくれる」
彼女に言われ、村人たちはしばらくざわざわと議論するが、やがてそれも収まると、一人が代表して彼女に言う。
「わかった、シャルンに任せよう。私たちも何か変な気分だし」
「ありがとう」
シャルンが礼を言ったあと、村人たちは解散し、それぞれの家の中に帰っていった。また殺気立って襲ってくる可能性はなくはないが、今日のところは大丈夫だろう。
誰もいなくなったところで、シャルンが改めて訊ねる。
「さあ、話してもらうわよ。何でここにいるのかを」
アランは呆然と、目の前に広がる村の光景を見て呟いた。
式神を辿ってついた場所は、ティンバルクではなかった。そこは〝村〟というのもどうかと思われるほどに小さな集落で、スルトの森のどこかだというのは、まだ森を抜けていないはずなので明らかである。
「人はいるみたいだね」
少し警戒しつつ、セトルが村の周囲を見回す。古びたアーチを入口に、おんぼろの家々が並ぶ。村の周りには鬱葱と生い茂った森の木々が高々と伸びており、村の雰囲気を暗いものへと変えている。人の気配はあるのだが、外には誰も出ている様子はない。
「も、もしかして、『お化け村』とかじゃないわよね」
セトルの背中に隠れながらサニーが震えた声で呟く。暗所や幽霊などが苦手な彼女にとって、この村はもの凄く不気味に見えていることだろう。セトルにしても、十分ここは不気味に見えている。
そこへ他の式神たちが戻ってきた。
「えっと、ティンバルク見つけたみたいやけど……帰る?」
「いや、ちょっと調べてみようぜ。何か気になるしよ」
アランが言うと、サニーがこれ以上ないくらいびくっと肩を震わせる。
「ええ!? あたしは早く帰りたいんだけど」
「サニー、怖いのか?」
「こ、怖くないわよ! いいわ。アランがどうしてもって言うんなら、少しだけ調べることを許す」
急に強気になりながらも、足下は震えているサニーにセトルは苦笑した。
「とにかく、そこの家の人にでも話を聞いてみよう」
セトルが自分たちのいるアーチのところから一番近いボロ屋を指す。そして言ったままに四人はその家へと歩み寄り、セトルが代表してノックとあいさつをする。
「すみません! 誰かいません――!?」
その時、急激に殺気が膨れ上がったの感じ、皆はバッと後ろを振り返った。そこには、いつの間にか十人ほどの村人と思われる人たちが自分たちを囲んでいるところだった。彼らは皆、手に刃物や鈍器を握っており、そして彼ら全員が、
「は、ハーフ……」
とサニーが呟いた通りだった。男性も女性も老人も子供も、確かにその目はハーフ特有の〝赤い瞳〟をしている。それらには恐怖と憎悪が込められており、中には怯えで震えている人もいた。
サニーの肩の上でザンフィが毛を逆立てて威嚇する。
(何なんだ?)
セトルがいつでも剣を抜ける体勢をとる。しかし、アランは降参するように両手を上に挙げて、一歩前に出る。
「えーと、何か知りませんけど、俺らは怪しい者ではありません」
すると、ハーフの男性が憎々しげに答える。
「そんなことは関係ない。アルヴィディアンとノルティアンがよくもこの村に足を踏み入れやがったな」
「……そういうことか」
セトルは一人だけ納得したように手を剣の柄から離す。そしてアランの前まで歩み出ると、そのハーフの男性を見る。
「わかりました。僕たちはすぐにここから消えます」
「あ、青い目……」
セトルの瞳を見た村人たちがざわざわと騒ぎ始める。気持悪がるような者もいるが、自分たちと同類のように彼を見る者もいた。
「セトル、どういうこと?」
「ここは《ハーフの隠れ里》ってことだよ」
先程とはまた別の恐怖を感じているサニーに、セトルは顔だけ彼女に向けて答えた。
「だ、ダメだ! 青目のキサマが何者かは知らないが、見られた以上、生かしてはおけない!」
男が鈍器を構えると、他の村人たちも殺気をさらに膨らまして、それぞれの手に持っている得物を構える。
「何かヤバイって、これ。セトル、どうするん?」
村人たちが徐々に輪を縮めて迫ってきたので、しぐれは後ずさりながら縋るようにそう言う。
じりじりと迫ってくる村人たち。後ろの家からもフライパン片手のハーフ女性が飛び出てきたため、完全に逃げ場はない。
「仕方ない……」
セトルは何かを決断して、胸の前で両掌を向かい合わせる。すると、そこに青白い輝きが生まれ、それが爆発的に村全体を包んだ。
「――神霊術、《温安の麗光》」
強く、優しく、温かい光。セトルがもう何度も見せている光だが、今までのものとは違い、きちんと制御がされている。恐らく、記憶が戻ったためと思われる。
光が収まったとき、村人全員が不思議そうな顔をしていた。もう誰からも殺気のようなものは感じない。傷を治し、気持ちを落ち着かせる、これがセトルの神霊術なのだろう。
「何だ、今の……何をしたんだ?」
「どうやら、落ち着いたようですね」
微笑むセトルを見る村人たちの視線は、皆怪訝なものだった。その時――
「やっぱり……もしかしてと思ったけど、今のはセトルだったのね」
村人の輪の向こうから見覚えのある顔の女性が歩み寄ってきた。オレンジ色の髪に青を基調とした服、そしてハーフの瞳をしたその女性は、
「シャルン!」
である。彼女は村人たちの輪を抜け、呆れたような顔でセトルたちを一人ずつ見る。最後にアランを見ると、手の甲を腰にあてて溜息をつく。
「それで、何しに来たの?」
「それが道に迷ってよ」
「ふーん。まあいいわ」
怪訝そうにしながらも、シャルンは村人たちに視線を向ける。
「こいつらはわたしが何とかするから、みんなは帰ってくれる」
彼女に言われ、村人たちはしばらくざわざわと議論するが、やがてそれも収まると、一人が代表して彼女に言う。
「わかった、シャルンに任せよう。私たちも何か変な気分だし」
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