ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

083 合流

 梯子を上った先は洞窟のようになっていた。
 外への出口はすぐそこにあり、久しぶりに感じる日の光がそこに見える。出てみるとそこには波打つ真っ青な世界が視界全体に広がった。
「海だ……」
 セトルは呟き、辺りを見回す。ここはどこかの海岸のようだった。水面に突き出た岩礁に波が打ちつけられ、白い水飛沫を飛ばしている。潮の匂いを纏った風がセトルたちを弄ぶように吹きつける。
「ん~何か気持ちいい♪」
 久しぶりの開放感にサニーは思いっきり背伸びをした。
「それで、これからどうすればいいんだって、あれ?」
 セトルが答えは返ってこないと知りつつひさめを振り向くと、そこにはもう彼女はいなかった。
「いた。あんなところに……」
 セトルたちが開放感に浸っている間に、ひさめは崖を蹴りながら上へとスピーディに登っていた。二人も慌ててついていこうとするが、流石にこの崖を彼女のようには登れない。
「きつい~」
 サニーは悲鳴を上げながらもしっかりとセトルの後についていった。
 そして、ようやくセトルが上まで辿り着き、サニーに手を貸して引き上げる。
「……遅い」
 意外にもひさめは待っていてくれた。
 崖の上には草原が広がっている。位置は恐らく首都とティンバルクの丁度中間といったところだろう。
「ひさめ、二人っていうのは――」
 セトルがそれを訊ねようとした時、その二人は向こうから現れた。
「セトルー! サニー! 無事かいなー?」
 聞き覚えのある声だ。三人が一斉にそちらを見ると、藤色の忍び装束を着た見覚えのありすぎる少女と、茶髪で長身のやはり見覚えのありすぎる青年が手を大きく振りながら駆けてきた。
「しぐれ!? それにアランも!?」
 驚きに目を見開いてサニーはその二人の名前を呼んだ。

        ☨ ☨ ☨

「で? 二人とも何でここに?」
 手頃な岩に腰を下ろし、セトルは二人がここにいる理由を訊いた。
 あの後、落ち着ける場所まで移動し、まだ日は高かったがそこでキャンプをすることにした。
「何で? わからねぇか?」
「?」
 質問を質問で返すアランにセトルとサニーは首を傾げた。
「誰かさんたちが村から勝手にいなくなったからよ、俺が追いかけてきたんだ。セトルの無事を確認し、あんな置手紙だけ残したサニーを連れ戻しにな」
 ああ、ととりあえずセトルは納得し、地面に敷いた敷物の上に座っているサニーを見る。彼女はあたふたと明らかに動揺し、顔の前で手を無茶苦茶に振っている。
「サニー、親には言ってきたとか言ってたけど、許可はもらってなかったんだ」
「え? いや……それは……その……」
 手を振るスピードを増してサニーは言い訳を考えているようだが、思いつかずしゅんと萎れる。
 セトルは溜息をつくと、今度はひさめに一方的に話しかけているしぐれに目をやる。
「何となく察しはつくけど、しぐれはどうしてここにいるの?」
「ああ、うちはソルダイでアランに会ってな。そんで頭領の許しもろて一緒に来たんや。んで、首都まで来たんはええんやけど、二人がどこにおるかわからへんでな、首都中を捜してたところに、ひさめから式神が届いたんやー♪」
 と嬉しそうに言いながら彼女はひさめに馴れ馴れしく頬擦りをする。ひさめは特に抵抗する様子はなく、ただ無表情のままそれを受け入れていた。だが、ほんの少しだけ頬が赤くなって見えたのは気のせいだろうか。
「やっぱり……。ひさめが『二人が来てる』って言うから、てっきり他の四鋭刃の生き残りかと思ったよ」
「そうだ! 何でアルヴァレスの残党のひさめがあたしたちを助けてくれたの?」
 サニーが一番訊きたかった疑問を思い出したように口にすると、しぐれは頬擦りを止めてキョトンとした表情をする。
「な~に言ってんのや、サニー。前にひさめはアキナに戻ったって手紙に書いたやん? 今は償いのために世界中回ってるんよな!」
 唐突に振られたにも関わらず、ひさめは無表情のまま頷いた。
「手紙に? えっと、ん? ? ! ?? あっ!?」
 必死に記憶の中を探ったサニーは、思いだしたのかハッとする。だが、
「そ、そんなこと……か、書いてなかったわよ……」
「嘘や」
 誤魔化そうとしたサニーにしぐれは呆れたように目を細めて言った。
「残念だな、サニー。俺が覚えてるよ。まあ、サニーが忘れてたんなら、セトルが知らないのは当然だな」
 皮肉めいた笑みを浮かべながらアランは、メシにするか、と言って立ち上がり、向こうで荷物から材料などを取り出して夕飯の支度に取りかかる。
「サニー……」
 白けた視線でサニーを見るセトル。彼女はそんなセトルに必死で適当な言い訳を並べ立てるが、彼の視線は変わらない。
「でも、それじゃあまだわからないよ。ひさめがあの場所を知ってたのはいいとして、何で来たのか、何で助けたのか、僕はそれが知りたい」
「せやなぁ、何でやろうか?」
 本人が目の前にいるのに三人は直接訊こうとせず考え込んだ。直接訊いたところで答えてくれないような気がするからだ。すると――
「……頭領の命令で、独立特務騎士団の動向を探ってたんや」
 意外にも彼女は自分から答えてくれた。なぜ今になって喋ったのか、と思ったが、彼女の視線はしぐれに向けられていたので、彼女の存在が大きな理由だと思われる。
「うち、世界が分かれるんは嫌やから……」
 どういう心境の変化だろう。ついこの前までアルヴィディアン殲滅に加担していたはずなのに。
 アルヴィディアンは滅んでもいいが、世界が分かれるのは嫌だ。
 ということだろうか? いや、彼女がしぐれに懐いているところを見ると、恐らくアキナにもある程度は解け込んでいることだろう。
(みんなと別れたくないってことかな?)
 それがセトルの最終的に考えついた推論である。しぐれとの様子を見ていると、それはあながち間違いではなさそうだ。
「それで僕たちが捕まったのを見て助けてくれたってこと?」
 一応セトルは訊いてみると、彼女は静かに頷いて見せた。
「じゃあ、しぐれもワースさんの目的知ってるの?」サニーが訊ねる。
「ひさめの式神で教えてくれたんや。あと、うちの頭領も知ってるし、アランにも教えたわ」
 二人の様子はいつもと変わらないが、それを知ってどう思ったのだろうか。
「本当に、兄さんがそんなことすると思った? ああ、兄さんってのはワースのことで――」
「知ってるて! 全部アランから聞いた。でもセトルの本当の名前だけは覚えてなかったみたいや。教えてぇな」
 セトルの本名をアランに覚えてもらってなかったのはちょっとショックだったが、セトルとしてのこの時間ではどうでもいいことだった。
 セトルは少し間を置いて、小さく息を吐いて答える。
「セルディアス・レイ・ローマルケイトだよ」
「な、長いなぁ……うちもセトルでええか?」
 結局はそうなるだろうということは予想していたから、セトルは頷き、本題を訊く。
「それで、兄さんのことどう思った?」
「……最初はやっぱ信じられへんかったなぁ。アルヴァレスの方がまだ現実的や。でも、実際セトルが捕まってる言うやん」
「俺も正直、半信半疑だ」
 とアランが簡単な料理を運んできた。
「セトルから聞いた使命からすると、やっても不思議じゃないかもしれねぇが、俺たちは本人から直接聞いたわけじゃないんだ。でも、お前が真実だと言うんならそうなんだろうな」
 皆の分を配りながらアランはセトルに微笑んだ。
「真実さ。そして、たくさんの人が犠牲になるのもまた、真実。僕は絶対に兄さんを止めるつもりだ」
 沈黙の時が流れる。料理はすでに配り終えていたが、誰も手をつけようとしない。やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、アランが掌に拳をバンと打ちつける。
「よーし、そういうことならアランお兄さんも手伝っちゃうよ。なあに、村のことなら心配するな。適当に理由をつけておけばいい。『二人はまだ見つかりません』とか」
「それじゃあ心配かけるだけだよ」
「そうか。まあ、とりあえず食え。このことはそれから考えよう」
 はにかんだ笑みを浮かべながらアランは、どうぞ、と言わんばかりに両手を広げて、目の前に並べられた料理を勧める。すると、サニーの腹が小さく鳴る。
「あ、あはは、そういえば今日逃げるばっかでなんも食べてないんだった」
 彼女は音を誤魔化すようにさっとパンを取って被りついた。それを引き金に、皆もそれぞれの料理に手をつけ始める。
 何でもない談笑の中、やはりひさめだけは無口無表情のままだった。

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