ILIAD ~幻影の彼方~
076 サニーの過去
水の都――《アクエリス》。中央大陸とビフレスト地方の間にあるそこは、水の都と言うだけあって美しく、他の町では見られない水関係の様々な物が観光客の目を引く。湖上にあって、町中にはいたるところに水路が張り巡らされているので、移動に渡し船を使う人々も多くいる。
今、セトルとサニーの二人はその町に来ていた。
「でもセトルよかったの? そのまま王都に行かなくて」
北側の港。定期船を下りたところでサニーがそう訊いてくる。
「ああ、中央大陸がどのくらい復興しているのか、自分の目で確かめてみたい。そう言っただろ」
セトルは、今さら、というように、彼女を向いて答えた。
✝ ✝ ✝
時は数日遡る――。
明朝。二人はイセ山道を越えてインティルケープに辿り着いた。流石にマーズ町長のところへあいさつに行くのはまずいので、二人はそのまま港へと向かった。
朝の賑わいを見せ始めている港市場を抜けた先に大きな霊導船が見えた。
独立特務騎士団の船である。
その前には既に今来ることがわかっていたかのようにあの時の兵が立っていた。
「お待ちしておりました。すぐに出航の準備をしますので、少々待っていてください」
兵は礼儀正しく礼をすると、サニーとザンフィがいることには何も言わず、船の上にいる仲間に手で何かの合図を出した。だが、セトルはサニーと顔を見合わせて頷くと、その兵に先程自分たちが決めたことを言った。
「悪いけど、僕たちはこの船には乗らない」
「? なぜですか?」
その言葉に振り返った兵は不思議そうにそう訊ねた。
「イセ山道を越える時に決めたんだけど、僕たちは少し世界を回ってみようと思う。でも、そんなに回り道をするつもりはないから安心して。中央大陸の復興状況をこの目で確認したいだけだから」
「そうですか、わかりました。では、ワース師団長には私から伝えておきます」
「そんな簡単に決めちゃっていいの?」
意外にもあっさり承認してくれた兵にサニーは首を傾げた。彼は特に戸惑うことなく頷く。彼が全く慌てていないところを見ると、既にそういう指示をワースから受けているのだろう。
「それでは僕たちはこれで」
✝ ✝ ✝
その後、二人は定期船に乗り、アクエリスに到着したのだ。
「この街はそれほど被害は出てないみたいだから、もうソルダイ行きの船に乗ろう」
まだアクエリスへ来たばかりだというのに、セトルは無感情とも思える顔でそう言った。すると、サニーがそんな彼を見て眉を顰め、何かを決めたように静かに拳を握る。
「ねぇ、セトル。どうせならもうちょっとこの街を見て回ろうよ!」
「え? いや、でも……」
彼女の明るい言葉にセトルは少し困ったような顔をする。
「いいじゃん! ほら、デートだと思ってさ♪」
「いや、デートって……うわっ!?」
セトルは彼女に手を取られ、強引に街中へと引っ張られていった。
アクエリスは街自体が言わずと知れた観光名所。その美しい街並みは何度来ても人々に飽きさせない。そんな中を二人は歩いていた。
水関係の店を回り、ときにはそうでもない店を回り、小腹がすくと軽食を取り、噴水広場で行っていた水の曲芸などを見ていた。
セトルは街を見て回っているうちに、サニーの明るい笑顔で自分が凄く和んでいることに気がついた。そしてその時には、自然な笑みを彼女に向けていた。
やがて日は落ちかけ、アクエリスの街はオレンジ色に染まった。
二人は広場の噴水の前に腰掛け、世間話的なことをかれこれ二時間ほど話していた。もっとも、話のネタはサニーが一方的だったが、それは仕方のないことである。
「でさ、その時アランが騒いじゃって――」
何でもない会話。心に焦りを抱いていたセトルだが、その会話が嫌になることもなく、楽しそうに語る彼女に安らぎと自分の居場所のようなものを感じていた。
「一つ訊いてもいい?」
彼女の会話が一区切りついたところで、セトルは唐突にそう言った。
「何?」
「サニーは何で光霊術を学んだの?」
すると、彼女は昔を思い出すように目を閉じ、開いたと思うと天を見上げて、足をバタバタと交互に動かした。
「昔、まだあたしが小さかったころなんだけど、カノーネたちをつれて村の外に出たことがあるの。それでたまたまいい感じの洞窟を見つけてさ……あ、べ、別に迷ったってわけじゃないんだからね!」
いい雰囲気で話に入っていったのが最後の言葉で台無しになった。セトルは苦笑すると、慌てて何かを否定しようとしている彼女を見る。
「ははは、わかってるよ。続けて」
「あーもう、絶対迷ったって思ってるでしょ! ……えっと、洞窟に入ったのはいいんだけど、中がちょっと入り組んでて、その……」
「迷ったんだ」
セトルは思わず噴き出した。彼女は顔を真っ赤にすると手をブンブンと振り回す。
「あーもう! 違うって! で、中は暗くって狭くって、出口もわかんないからみんな怖くなって泣きだしたの。あたしも必死になってみんなを慰めようとしたんだけど、その時洞窟の奥から魔獣が出てきたの。エッジベアだったかな? とにかくみんな慌てて逃げた。だけどやっぱり魔獣の方が速くてさ、一人が大怪我をした。その後のことはあんまり覚えてないけど、村の人が来て助かったみたい。大怪我をした子も何とか助かった」
そこまで言うと、彼女は俯いた。彼女の赤い髪が下がりその表情はわからないが、恐らく悲しげな表情をしているものと思われた。
「だから光霊術を?」
「うん。暗いのも何とかできるし、怪我だって治せるもん」
サニーは隣で丸まっているザンフィの背中を撫でながら答えた。
「そのおかげでサニーにはずいぶんと助けられたと思う。感謝してるよ」
「本当?」
セトルは微笑んだ。その微笑みは記憶をなくしていた時のセトルのものと同じだった。サニーは輝くように笑うと、突然勢いをつけて立ち上がり、セトルを向いた。
「ありがと、セトル」
二人はそのままアクエリスで一泊し、明朝にソルダイ行きの定期船に乗った。
今、セトルとサニーの二人はその町に来ていた。
「でもセトルよかったの? そのまま王都に行かなくて」
北側の港。定期船を下りたところでサニーがそう訊いてくる。
「ああ、中央大陸がどのくらい復興しているのか、自分の目で確かめてみたい。そう言っただろ」
セトルは、今さら、というように、彼女を向いて答えた。
✝ ✝ ✝
時は数日遡る――。
明朝。二人はイセ山道を越えてインティルケープに辿り着いた。流石にマーズ町長のところへあいさつに行くのはまずいので、二人はそのまま港へと向かった。
朝の賑わいを見せ始めている港市場を抜けた先に大きな霊導船が見えた。
独立特務騎士団の船である。
その前には既に今来ることがわかっていたかのようにあの時の兵が立っていた。
「お待ちしておりました。すぐに出航の準備をしますので、少々待っていてください」
兵は礼儀正しく礼をすると、サニーとザンフィがいることには何も言わず、船の上にいる仲間に手で何かの合図を出した。だが、セトルはサニーと顔を見合わせて頷くと、その兵に先程自分たちが決めたことを言った。
「悪いけど、僕たちはこの船には乗らない」
「? なぜですか?」
その言葉に振り返った兵は不思議そうにそう訊ねた。
「イセ山道を越える時に決めたんだけど、僕たちは少し世界を回ってみようと思う。でも、そんなに回り道をするつもりはないから安心して。中央大陸の復興状況をこの目で確認したいだけだから」
「そうですか、わかりました。では、ワース師団長には私から伝えておきます」
「そんな簡単に決めちゃっていいの?」
意外にもあっさり承認してくれた兵にサニーは首を傾げた。彼は特に戸惑うことなく頷く。彼が全く慌てていないところを見ると、既にそういう指示をワースから受けているのだろう。
「それでは僕たちはこれで」
✝ ✝ ✝
その後、二人は定期船に乗り、アクエリスに到着したのだ。
「この街はそれほど被害は出てないみたいだから、もうソルダイ行きの船に乗ろう」
まだアクエリスへ来たばかりだというのに、セトルは無感情とも思える顔でそう言った。すると、サニーがそんな彼を見て眉を顰め、何かを決めたように静かに拳を握る。
「ねぇ、セトル。どうせならもうちょっとこの街を見て回ろうよ!」
「え? いや、でも……」
彼女の明るい言葉にセトルは少し困ったような顔をする。
「いいじゃん! ほら、デートだと思ってさ♪」
「いや、デートって……うわっ!?」
セトルは彼女に手を取られ、強引に街中へと引っ張られていった。
アクエリスは街自体が言わずと知れた観光名所。その美しい街並みは何度来ても人々に飽きさせない。そんな中を二人は歩いていた。
水関係の店を回り、ときにはそうでもない店を回り、小腹がすくと軽食を取り、噴水広場で行っていた水の曲芸などを見ていた。
セトルは街を見て回っているうちに、サニーの明るい笑顔で自分が凄く和んでいることに気がついた。そしてその時には、自然な笑みを彼女に向けていた。
やがて日は落ちかけ、アクエリスの街はオレンジ色に染まった。
二人は広場の噴水の前に腰掛け、世間話的なことをかれこれ二時間ほど話していた。もっとも、話のネタはサニーが一方的だったが、それは仕方のないことである。
「でさ、その時アランが騒いじゃって――」
何でもない会話。心に焦りを抱いていたセトルだが、その会話が嫌になることもなく、楽しそうに語る彼女に安らぎと自分の居場所のようなものを感じていた。
「一つ訊いてもいい?」
彼女の会話が一区切りついたところで、セトルは唐突にそう言った。
「何?」
「サニーは何で光霊術を学んだの?」
すると、彼女は昔を思い出すように目を閉じ、開いたと思うと天を見上げて、足をバタバタと交互に動かした。
「昔、まだあたしが小さかったころなんだけど、カノーネたちをつれて村の外に出たことがあるの。それでたまたまいい感じの洞窟を見つけてさ……あ、べ、別に迷ったってわけじゃないんだからね!」
いい雰囲気で話に入っていったのが最後の言葉で台無しになった。セトルは苦笑すると、慌てて何かを否定しようとしている彼女を見る。
「ははは、わかってるよ。続けて」
「あーもう、絶対迷ったって思ってるでしょ! ……えっと、洞窟に入ったのはいいんだけど、中がちょっと入り組んでて、その……」
「迷ったんだ」
セトルは思わず噴き出した。彼女は顔を真っ赤にすると手をブンブンと振り回す。
「あーもう! 違うって! で、中は暗くって狭くって、出口もわかんないからみんな怖くなって泣きだしたの。あたしも必死になってみんなを慰めようとしたんだけど、その時洞窟の奥から魔獣が出てきたの。エッジベアだったかな? とにかくみんな慌てて逃げた。だけどやっぱり魔獣の方が速くてさ、一人が大怪我をした。その後のことはあんまり覚えてないけど、村の人が来て助かったみたい。大怪我をした子も何とか助かった」
そこまで言うと、彼女は俯いた。彼女の赤い髪が下がりその表情はわからないが、恐らく悲しげな表情をしているものと思われた。
「だから光霊術を?」
「うん。暗いのも何とかできるし、怪我だって治せるもん」
サニーは隣で丸まっているザンフィの背中を撫でながら答えた。
「そのおかげでサニーにはずいぶんと助けられたと思う。感謝してるよ」
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