ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

068 アルヴァレス・L・ファリネウス

 ルイスの言った通り、リフレッシャーというものはあった。セトルは大きなカプセルのようなものを想像していたが、円柱状の機械で、人が入れるようなところはなく、またそれほど大きくはなかった。最初は動かし方がわからなかったが、すぐにウェスターが理解して動かしてしまった。スイッチを押すと上にあるランプが点灯し、次に眩しい光が一瞬だけ放たれたかと思うと、もう傷が治っていた。
 しばらく驚いていたが、次の昇降機を見つけて上へと昇る。そこはもう最上階だった。
 最上階全てが一つの部屋で、戦うには十分すぎるほど広い。それにも関わらず障害物が少なく、重要機器らしきものは向こうの窓際にある一部分だけのように思えた。そこの大きな水槽のようなものに小さな紫色の宝珠が入っている。あれがエリメートコアというものだろうか? もの凄いエネルギーが蒼霊砲へと流れているのを感じる。といっても、あれ自体がエネルギー供給源というわけではないのだろう。だが、その鍵となっていることは間違いなかった。
「ようやく来たか」
 部屋の中央には燃えるように赤い髪をし、青い鎧を纏った男が腕を組んでセトルたちを待っていたかのような言葉を言って立っている。
 アルヴァレス・ルイブラン・ファリネウス――セトルが会うのはこれで三度目だ。そして、これで決着をつける。
「逃げずに待っているとは、余裕ですね」
 ウェスターが皮肉めいた笑みを浮かべると、アルヴァレスも笑った。ただ、その笑いには酷薄さと、セトルたちを嘲るようなものが含まれているように思えた。
「貴公らごときに背を向けるつもりはない」
「へっ、つっても、精霊結界がある以上蒼霊砲は使えないぜ? 降参したらどうだ?」
 アランが勝ち誇った顔をすると、アルヴァレスは哄笑した。全く動揺していない。
「フン、問題はない。さっきのは本来の威力の三分の一もないのだ。エネルギーが最大まで溜まれば、あの程度の結界で防げるようなものではない。知っていよう? かつて星は二つあった。その場を動かずにして片方の星に発射する。そんなものを精霊ごときの力でどうにかできるはずがなかろう?」
 今度は逆にアルヴァレスが勝ち誇った顔をする。はったりだ、とアランは思ったが、反論するまともな言葉が出てこなかった。
「私は必ず完全なるノルティアンの世界――ノルティアを蘇らせてみせる」
「たとえ古代アルヴィディアの兵器を使ってでも……ですか?」
 ウェスターの問いは皮肉のような感じがしたが、彼の口調と表情からは皮肉さを感じなかった。アルヴァレスは黙ってウェスターを睨む。セトルたちは彼の圧倒的な威圧感にうたれたが、誰も一歩も引かなかった。
「アルヴィディアの兵器だろうが、汚らわしいハーフだろうが、理想のために利用できるものは利用する」
 そしていらなくなった途端にゴミのように捨てる。そういうことだろう。シャルンが唇を噛みしめている。セトルは剣の柄に置いた手に力を込めた。熱い何かが体の中を駆け巡る。それを、今はまだ必死に抑えた。
「あなたはなぜそこまでするんですか?」
 今にも飛びかかりそうな姿勢でセトルが訊いた。アルヴァレスはまるで虫けらを見るような目でセトルを見、そして答えた。
「使命だ。貴公らが死ぬ前に教えておこう。私は古代ノルティア王家の血統者。完全なるノルティアンの世界を築くことがまさにその使命。数千年もの時を経て、私がついに実現するのだ!」
「バカみたいやわ……」
 呟いたのはしぐれだ。
「貴公はどうだ? 我が同法よ。貴公もそう思うか?」
 アルヴァレスはウェスターではなくサニーに問うた。彼女は何の迷いもなく即答した。
「当たり前よ! あたしはセトルやアランたちがいない世界なんていらない。あたしはみんながいるこの世界が好きなの!」
 フン、とアルヴァレスは鼻を鳴らすと、剣を抜いた。禍々しい黒紫色の刀身をした片刃の剣。明らかに普通のものとは違った。魔剣かそれに近いものだろう。セトルのレーヴァテインと全く逆の気を感じる。
「お前の好きにはさせないわ!」
 真っ先にシャルンがトンファーを構え、セトルたちもそれぞれの武器を構えた。
「フッ、いいだろう、少し貴公らと遊んでやる」
 アルヴァレスが魔剣を一振りして一喝する。その魔剣を中段に構えた彼に隙が見当たらない。それに向こうからは動かなかった。こちらが飛び込むのを待っているのだろうか?
(いや違う!)
 彼は静かに術を唱えていた。セトルは気づいたが、それよりも速くウェスターが気づいていた。
「皆さん、離れてください!」
 皆は彼の言葉を頭で理解する前に体が動いた。同時に散り散りに分かれる。そして同時に赤い輝きを放つ巨大な霊術陣が広がる。
「――パイロクラズム!!」
 紅蓮の業火が陣の中で荒れ狂う。直撃はしなかったが、離れていてもその熱で体が焼けるような思いをした。飛び散った火の粉がセトルの銀髪を僅かに焦がす。術が消えた時、皆はかろうじて無事だった。床や壁はあれだけの術を浴びても焦げつかず、何事もなかったように真っ白だった。
 セトルはすぐにアルヴァレスの姿を視界に捉え、気合を叫びで表現しながら疾走した。何の焦りの色も見せないアルヴァレスに斜め上から一閃する。速かった。だがアルヴァレスは僅かに体を動かしただけでそれをよけた。
 セトルは今の勢いを殺さずそれを突きに繋げる。霊剣の突きはアルヴァレスを頑丈な鎧ごと貫く勢いがあった。しかし次の瞬間、セトルの刃は強烈に弾かれた。危なく剣を放しそうになる。必死で堪えた。
 横から衝撃が来る。アルヴァレスの胴蹴りがセトルに打ち込まれていた。骨が軋む。蹴り飛ばされたセトルは白い壁にしたたか体を打ちつけて呻いた。
(やっぱり、強い!)
 アランとしぐれがアルヴァレスの左右から同時に刃を振るう。アランの重い一撃と、しぐれの連続で放つ素早い突き。討ち取った、と思ったが、そんなにあまいものではなかった。アランの長斧は簡単によけられ、しぐれの突きも必要最小限の動きで躱され、流され、防がれた。
 魔剣から気を感じた。と思うと、なぜかしぐれが吹き飛んだ。斬られてはいないはずなのに服が裂け、赤色の線が走る。アルヴァレスが何かしたのか、それとも剣自体の能力か。たぶんその両方だとアランは直感的に感じた。
「てめぇ!」
 アランの長斧がアルヴァレスの首を斬り落とさんとする。アルヴァレスは魔剣で弾き、そのままアランにそれを突きつけた。リーチの違いで少し距離がある。届くはずがない。だが、またも魔剣に気を感じた。いや、アルヴァレスが魔剣に自分の気を食わせているのだ。あれは奴の闘気。魔剣はそれを食らって斬撃波を放つのだ。
 アランは斬り裂かれながらも、吹き飛ばされまいと堪えた。
 突如、アルヴァレスは後ろに跳んだ。床の霊術陣から黒い十字架が突き上がり、空気を貫いた。シャルンのダークネスクロスだ。アランにかかっていた斬撃波がなくなるが、彼はそのまま膝をついた。
「まだまだぁ! ――シャイニングクロス!!」
 黒い十字架に続いてサニーの白い十字架がアルヴァレスを貫こうとする。アルヴァレスは舌打ちすると、紙一重でそれを躱し、サニーたちの方に疾走する。
「厄介な術士を先に始末するか」
「それは私のことですか?」
 アルヴァレスの横から槍が飛んでくる。魔剣でそれを弾くと槍は飛散して消えてしまった。そしてその槍はウェスターの手元で再構成される。アルヴァレスの足が止まる。無言の睨み合いが始まる。
「サニー、今のうちにみんなを」とシャルン。
「うん、わかった」
 サニーは頷き、二人は傷つき倒れている三人の元へそれぞれ駆け寄った。
「止めなくていいのですか? 皆さん回復してしまいますよ?」
 誘うようにウェスターが言うと、アルヴァレスは鼻で笑った。
「フン、ザコが復活したところで、面倒が増えるだけで何も変わらん」
「言ってくれるぜ……」
 シャルンに治療されながらアランが呟く。アルヴァレスはそのアランを冷酷な横目で見ると、ウェスターに視線を戻し、魔剣を前に翳した。
「馬鹿の一つ覚えですか? それは私には効きませんよ!」
 ウェスターが槍を投げる。魔剣の斬撃波がそれを弾き、そのままウェスターを襲う。だが、そこに彼はいなかった。
 アルヴァレスの背後から突きが飛ぶ。いつの間にかウェスターが回り込んでいた。アルヴァレスはまるで背中に目があるかのようにそれを躱すと、その槍を掴んだ。だが、槍は飛散して霊素スピリクルに戻り、再びウェスターの手元で構成されると、彼は横薙ぎに払った。アルヴァレスは回転の勢いを加えてそれを弾き、そのまま凄まじい突きを放った。
穿吼せんこうけん!!」
 ウェスターはバックステップでよける。アルヴァレスに突かれた空気が歪む。受けていたら確実に風穴が開いていただろう。ウェスターは素早く詠唱する。
「――荒れ狂う大地の怒り、ロックバインド!!」
 アルヴァレスの足下から岩塊が突き上がる。躱す暇はない。アルヴァレスは突き上がる勢いに合わせて高く飛び、岩塊を蹴ってウェスターの方へ一つの弾丸となって襲いかかる。
 よけられない! だが――
「――駆け巡る閃光、スパークバイン!!」
 ウェスターの詠唱の方が速かった。電撃の球体が両者の間に生じる。放電し続けるそれにアルヴァレスはなすすべなく突っ込んだ。しかし次の瞬間、アルヴァレスはその勢いを殺さず球を突き破った。術が効いていないわけではないが、彼の意識ははっきりし、その鷹のような目もウェスターを捉え続けている。
「ウェスターさん!?」
 起き上がったセトルが叫ぶ。凄まじい衝撃音と共にウェスターは吹き飛んだ。咄嗟に槍でアルヴァレスの魔剣を防いだのはよかったが、やはり堪えきれなかった。背中から床に叩きつけられた上、数メートル体を滑らした。摩擦で厚い服も破れ、皮膚が切れる。
 セトルはウェスターをサニーに頼み、走った。途中で何度かフェイントかけたが、やはりアルヴァレスは動じない。そんなことはわかっていた。かかってくれたらラッキーな程度の気持ちだった。アルヴァレスが何かの構えをとる。居合をするように魔剣を脇にしまい込む。力、もしくは気を溜めているようにも見える。何が来るかわからないが、大振りの一閃だろうと思った。それならこのまま突っ込んでもぎりぎりで躱せる。
「――獣王破じゅうおうは!!」
 やっぱり。そんな単純で何もない攻撃を奴がするわけがない。剣が振られるのと同時に獅子の闘気が前方に飛び出す。確か氷精霊グラニソは闘気を狼に似せたような技を使ってきたのを覚えている。だがあれは獅子。それよりも速く、大きく、そして猛々(たけだけ)しい。
(たぶん、躱せない……)
 そう思ったセトルは霊剣を上段に構え、それに気を送る。
「――虎吼烈破ここうれっぱ!!」
 振り下ろしたのと同時に、アルヴァレスの技と同じように虎を模った闘気が飛び出した。さらに火霊素フレアスピリクルもそれに加わり、虎がオレンジ色に熱く輝く。本来、この技に火霊素フレアスピリクルは付加しないのだが、それにより各段に威力が増している。それはこの剣のおかげでもあった。
 獅子と赤虎が激突する。
 衝撃音が獣の唸り声のように聞こえる。セトルの技はまだ不安定のようだったが、それでも負けてはいない。徐々に押していき、そして打ち破った。と思ったが、それと同時にセトルの虎も消滅した。
 霊剣と魔剣が衝突し、組み合う。凄まじい剣圧で、セトルは肩が抜けかけた。力では完全に負けていた。
 アルヴァレスは背後の気配を感じ取った。アランが鋭く踏み込み、長斧を振るうところだった。鎧をも砕く勢いだ。
 アルヴァレスは突然剣を引いて横に飛んだ。セトルがたたらを踏む。危なくアランの長斧がセトルを斬るところだったが、セトルがどうにか踏みとどまって難を逃れた。
「てめぇ! ――瞬連飛翔斬しゅんれんひしょうざん!!」
 アランは名前の通り、《瞬連斬》と《飛翔斬》を組み合わせた奥義を出す。瞬速で二度斬った後、飛び上がりながら掬いあげるように長斧を振るうものだ。だが、最初の二閃は剣で受け流され、最後飛び上がる前に脇腹を蹴られる。
「消えされ、業火爆砕陣ごうかばくさいじん!!」
 アルヴァレスが掲げた剣にもの凄い炎が宿る。それをアラン目がけて振り下ろした。爆発が起き、アランは業火に包まれ消滅した――かのように見えたが、寸でのところでセトルが助け出していた。
 床を見ると、黒焦げになった上に多少だが罅も入っていた。蒼霊砲の床をここまでする威力だ。受けていたら本当に跡形もなく消えていたかもしれない。
 アルヴァレスはセトルたちを凝視した。その瞳には怒りが見て取れた。その時、しぐれが苦無を投げた。アルヴァレスの後頭部を狙ったそれだが、首だけの動きでそれは躱され、彼の頬を掠めただけだった。つーと頬から血が流れる。
「そろそろ、貴公らに制裁を与えんとな」
 そう言うと、アルヴァレスの姿が消えた。辺りを見回すとセトルたちからずいぶんと離れたところ――エリメートコアの前なのは偶然だろう――に転移していた。どこに転移の古の霊導機アーティファクトを隠し持っていたのか知らないが、何かをする気であるのは間違いない。
 何かを唱えているようだ。
「いけません!」
 とウェスターが叫ぶ前にセトルとアランは阻止しようと走った。が――
「遅い! ジャッジメント・オール!!」
 既に術が完成してしまった。部屋全体に七色の光の柱が雨のように降り注ぐ。セトルたちは必死で躱すが虚しく、サニーが、シャルンが、アランが、しぐれが、次々と柱に呑み込まれた。ウェスターもディフェンスフィールドを張っていたが、それも遂に破られてしまい、彼も柱の餌食となる。
「みんな!?」
 とセトルは倒れている仲間たちを見るが、人の心配をしている暇はなかった。特大の光柱がセトルの頭上に迫っていた。あれは躱せない。剣で守りの構えを取り、自分の周りに気を張り巡らす。
 しかし、虚しいことに巨大な光はそんなものなかったかのようにセトルを呑み込んだ。

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