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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

066 《蒼牙》のルイス

 蒼霊砲内はセトルのような田舎者から見ても驚くべき技術でできていることがはっきりとわかった。
 いくつもの部屋には必ず何らかの装置がある。そのモニターにはわけのわからない図形が並んでいたり、青い点滅する光が円運動していたりする。扉は全て自動で暗号か何かでロックされている部屋もあったが、その奥からは人の気配はない。
 タマゴの殻のように繋ぎ目が全くない壁に背を預け、T字の曲がり角の向こうに敵がいないか確認し、いないとわかるとそのまま身を乗り出して走った。
 流石に守護機械獣ガーディアンがうようよしていた。途中、何人かの味方が倒れ、事切れているのを見た。それでもセトルたちは止まらずに先へ進んだ。
 階段や転移霊術陣のようなものはなかった。見つけたのは昇降機だった。そういうのは途中で止められる可能性があるため、乗るか乗らないか迷った。
 でも乗った。それしか道がなかった。
 幸い、止められることはなくだいぶ上まで登った。次の昇降機を探している途中に大きな部屋に出た。向こう側に昇降機がある。中央に巨大な柱のような装置があり、七・八階分くらいある天井までずっと伸びている。
 その前で誰かが戦っている。あれは――
「ルイス!?」
 だった。周りには五人ほどの味方が血を流して倒れている。立っているのは三人。どうやら先に乗り込んだ一個小隊の生き残りのようだ。だが、彼らもすぐに床に倒れ伏すこととなる。
 ルイスの大剣が唸りを上げると、三人とも同時に血を噴き出しながら吹き飛んだ。その内の一人、隊長と思われる人がセトルたちの前まで飛んできた。
「大丈夫ですか!?」
 セトルが呼びかけるが、彼はもう生気のない目をしていた。そして最後に、化け物、とだけ呟いて事切れた。
「話にならんな」
 返り血を浴びてもほとんど無表情なルイスをセトルは睨んだ。剣についた赤い液体を払ってルイスは一度それを鞘に納めた。
「今度はお前たちか。退き返すなら見逃してやるぞ?」
「へっ、誰が!」
 アランが吐き捨てる。
「まあそうだろうな。こいつらにも同じことを言ったが、この通りだ。どの道ウェスター・トウェーンには精霊結界を解除してもらわないといけない。ここで死んでもらおう」
 ルイスがそう言った途端、二つの霊術陣が出現し、そこから刃でできた牙を持った豹のような守護機械獣ガーディアンが二体現れた。
「『レオパード』だ。流石にお前たち全員を相手にするには俺一人ではきついからな」
 ルイスは無表情だった顔に酷薄な笑みを浮かべる。その両隣で二体のレオパードが唸る。呼び出されたのがコロサス級のものでないことに安心したかった。だが、あの守護機械獣ガーディアンも相当レベルの高いものには違いない。安心はできない。
「ルイス、ソテラの仇だ!」
 シャルンが吠える。ゼースの時よりかなり興奮しているようだ。彼女にとって、ソテラは家族であり、それ以上の存在だったのだろう。
「ソテラ? ああ、あの時のハーフか……そうか、やはり死んだのだな」
 意外にも、ルイスは一瞬だけ悲しい目をした。彼は人が死ぬということを理解しているのかもしれない。もしそうだとしたら、なぜアルヴァレスの下でこんなことをしているのか、謎だった。初めて会ったときとは随分印象が違う気がした。
 それでも、戦うことになったら彼は容赦しないだろう。
「お前が、お前が殺した……」
「ああ、わかってる」
 シャルンはうなだれ、今にも泣いてしまいそうな声で言うと、ルイスは腕を組んでそれを簡単に認めた。
「ちょっと、シャルン、落ち着いてよ!」
 サニーが彼女を落ち着かせようとするが、もうそんな言葉は聞こえていないようだ。シャルンは素早くトンファーを握ってルイスに飛びかかった。
 しかし、レオパードの一体が道を塞ぎ、彼女目がけて突進してくる。彼女は刃の牙をトンファーで受けたが、そのまま弾き飛ばされてしまった。床に叩きつけられる寸前にアランが彼女を受け止める。
「大丈夫か?」
「……ごめん」
 シャルンはすぐに立ち上がった。今ので彼女は少し冷静さを取り戻したようだ。そこにレオパードが二体とも突進してくる。片方をしぐれが、もう片方をセトルが相手をする。
 まともに組み合えば力負けする。二人とも攻撃を躱しながら斬りつけた。だが、機械でできた体に刃はあまり効果がない。
 普通はそうだが、セトルのレーヴァテインは違った。コロサスには効かなくても、この程度の守護機械獣ガーディアンならその辺の魔物となんら変わりなく斬れる。セトルが一閃するたび、レオパードからおかしな機械音が発せられる。と――
「!?」
 セトルが気づいた時にはルイスの大剣がもうすぐそこまで迫っていた。その振り下ろしを紙一重で躱し、セトルは霊剣を横に薙いだ。ルイスはそれをよけずに籠手で受け止め、突きの姿勢をとってセトルの顔を狙った。一撃で顔が変形する勢いだ。セトルは反射的に体を反らして躱す。そしてバックステップでルイスから距離をとると飛刃衝を放った。ルイスは迫りくる裂風をよけることができなかった。だが、セトルに傷つけられたレオパードが間に入り、ルイスの盾となって崩れた。
「――澄み渡る明光、壮麗たる裁きを天より降らせよ、ディザスター・レイ!!」
 サニーが唱えると、頭上に大きな光球が出現し、そこから無数の光線が四方八方に放たれる。それはルイスの楯となったレオパードを消滅させ、また、しぐれが引きつけていたもう一体の胴体を貫通する。中の機械が剥き出しになり、レオパードの動きが鈍る。すかさずしぐれがそこに苦無を投げた。
「――忍法、氷華ひょうか!!」
氷霊素アイススピリクルを付加させたそれはレオパードの内部から凍結させ、あっという間にレオパードを包む氷の花を形成し、綺麗に砕ける。
 何本もの光線がルイスを襲った。だが、彼は三本をよけ、二本を大剣で弾き、そして一本の光線を両断した。
 光線の雨が止んだと思えば、今度はルイスの足下に赤い霊術陣が現れ、小規模な爆発を起こす。ウェスターのクリムゾンバーストだ。普通はよけられそうにないタイミングだったのだが、ルイスはそれも難なく躱してしまった。レオパードが二体とも倒されてしまったのにも関わらず、彼の表情にはまだ余裕に似たものがあった。
 そこにアランの長斧が振り下ろされる。さらにシャルンがルイスの背後をとった。
牙連弾がれんだん!!」
 トンファーによる打撃が連続して繰り出される。しかし、アランの長斧は左手の籠手をはめた手で止められ、シャルンのトンファーは全て大剣で器用に防がれた。そして――
「――絶刀氷蓮華ぜっとうひょうれんか!!」
 アランの長斧を床に叩きつけ、ルイスは一回転しながら大剣を振り、二人を薙ぎ払う。さらに大剣を床に突き立てるようにし、そこから生まれた尖った氷の塊が周囲に飛散した。それは追い打ちをかけるように二人の体を傷つけ、鮮血を流させた後、消滅した。
 しぐれがその氷を忍刀で弾きながら突っ込む。そして忍刀を脇に固めるようにし、自身が一本の槍となった。だが、またしてもルイスはそれを防いだ。大剣の腹で忍刀を受ける。そしてそのまま何かを唱え始めた。
「貫け! ――アイシクルファング!!」
 無数の巨大なつららがしぐれだけでなく、セトルたちにも襲いかかる。これは彼がソテラを殺した時の術だ。しぐれは咄嗟にその場から離れ、ルイスの目の前にその氷柱が突き刺さる。当然のことだが、彼は眉一つ動かさなかった。
 セトルたちもつららの攻撃を必死によけていた。さっきまでいた所にそれが突き刺さったかと思うと、また頭上から襲いかかってくる。
 サニーの足につつらが掠った。小さな悲鳴を上げて彼女は転倒する。と、そこに別のつららが襲いかかる。サニーはもうだめだと思ったが、間一髪でしぐれが間に合い、忍刀でそれを反らして彼女を助けた。
「あ、ありがとう」
「ええて。それより、立てる?」
 サニーは頷き、しぐれの力を借りて立ち上がった。
 セトルはよけながらルイスとの間合いを縮めていった。術を発動中のルイスは別の攻撃ができない。術が終わった瞬間、セトルは一気にダッシュした。
 ルイスに隙はなかった。術の直後にも関わらず、横薙ぎの一閃でセトルを迎える。セトルはジャンプで躱し、巨大な柱を蹴ってさらに高く飛んだ。そして落下のスピードを加えて霊剣を頭の後ろに引き絞り、振り下ろす。
 ルイスは大剣を両手で支えてそれを受けた。激しい激突音と、青白い光の火花が飛び散る。すると――
 ――パキン! ――
 ルイスの大剣がセトルのレーヴァテインに打ち負け、刃の半分が折れてしまった。それだけではなく、セトルの霊剣はルイスの胴体を斬りつけた。しかし、浅かったのかそれほど血は出ていない。
「今だ! シャルン!」
 セトルが叫び、ルイスが振り向いたときにはもうシャルンが目の前まで迫っていた。彼によけたり、防いだりしている暇はなかった。
 右のトンファーが胸部に打ち込まれる。それだけでルイスは呻き、刀身が半分ない大剣を落とした。まだ彼女の猛攻は終わらない。左右のトンファーが交互に襲い、そこに蹴りも加わってくる。一撃一撃に彼女の怒りが込められていた。徐々に熱くなっていく。いつの間にか火霊素フレアスピリクルが彼女の全身を包んでいた。トンファーに炎が灯る。打ち込むたびに小さな爆発のようなものが起こる。そして彼女はしゃがむと、今までで一番大きな爆発と共に、顎を砕かんばかりの勢いでルイスを高く打ち上げた。
「――屠殺荒宴舞とさつこうえんぶ!!」
 ルイスは床に叩きつけられて血を吐いた。が、驚くべきことにルイスは立ち上がった。そしてバランスを保てなかったのか、ぐらつき、柱に手をついて体を支える。息が荒く、目は虚ろだ。必死に自我を保とうとしているように見える。武器は、傍に落ちている折れた大剣のみ。
「あきらめなさい。あなたの負けです」
 ウェスターが彼の前に立ち、いつでも槍を突きつけられるようにして言う。すると、ルイスはフッと口元に自嘲するような笑みを浮かべた。
「そのようだ。剣も折れたしこの体、俺の負けだ」
 彼は素直に認めた。だが、彼が生きていてはシャルンの気が済まなかった。
「とどめを」
 と彼女はトンファーを振り翳す。しかし、それをウェスターが手で制した。
「待ってください。一つだけ訊いておくことがあります。ルイス、アルヴァレスはどこにいますか?」
 今まで何となく上へ上へと昇ってきたが、アルヴァレスが下にいるようならこれ以上昇る必要はない。ルイスは黙ったまましばらくウェスターを見たが、やがて口を開いた。
「……最上階のコントロールルームだ。移動してなければそこにいる」
 言うと、ルイスの体がふらついた。だが、まだ倒れることはしない。
「それと、ここから二つ昇ったところに《リフレッシャー》がある。それで傷が治るはずだ」
「ほう、なぜそのようなことを敵である私たちに教えるのです?」
 怪訝そうにウェスターは眼鏡のブリッジを押して訊く。
「さあ? 自分でもよくわからないな」
「罠か?」とアラン。
「そう思うなら、そのまま行って死ぬといい……」
 そこまで言うと、ルイスは力なく笑って今度こそ倒れた。もう意識はない。皆が顔を見合わる。
「とりあえず行ってみたらええやん? 何か、嘘ついてるようには見えへんかったし」
「そうだね」
 しぐれが言うと、まずセトルが頷き、続けて皆も同意した。
 だが、シャルンは無言でトンファーを振り上げていた。今、彼女の脳裏にはソテラが死んだときのことが鮮明に蘇っている。別に躊躇っているわけではないが、振り上げたままその手を止めていた。アランがその手を掴んだ。
「アラン、放して!」
 だが、彼はゆっくりと首を横に振った。
「もうそいつは放っておいても死ぬ。そうだろう?」
「でも……こいつはソテラの……」
 彼女はうなだれ、その声は今にも泣きそうに震えていた。本当は人を殺したくない。そんな感情が自分の中にあったことに、彼女は今さらながらに気づいた。
「もう行きましょう。いいですね、シャルン?」
 ウェスターが彼女を見てそう促す。彼女は何も答えなかったが、それが答えだった。
「シャルン……」
 セトルは目を閉じた。そして昇降機の方に踵を返し、歩きだす。サニーたちがそれに続き、アランと、その後ろに隠れるようにしてシャルンが最後尾を歩いた。途中、サニーが振り向くが、アランの大きな背に隠れたシャルンの表情はわからなかった――。
 六人と一匹は昇降機に乗って上へと上がって行った。この巨大な空間には、数人の死体だけが残された。
「へっ、ルイスの奴、くたばったみてぇだな」
 その時、赤いコートを着たボロボロの青年が部屋に入った。
 ゼースだった。彼はこの惨状を見て嘲るように笑った。彼は倒れているルイスの前まで歩み寄ると、冷酷な目線でルイスを見下した。
「う……」
 すると、ルイスが呻いた。そしてゆっくりと目を開き、目の前に立っている男の姿を認める。
「ゼース……」
「何だ。まだ生きてたのか。しぶといやつだな」
「フン、お互い様だ」
 ルイスは上半身を起こしてそう言うと、ゼースは、そりゃそうだ、と笑った。そして、
「掴まれ」
 と手を差し出す。ルイスはきょとんとして目を瞬いた。彼が自ら手を差し出すようなことは今までなかったし、そういうやつだとも思っていなかった。
 少し警戒したが、ルイスはそっと彼の手を取ろうとした。だが――
「!?」
 ルイスは一瞬にして全身を斬り裂かれた。バッと鮮血が周りに飛び散る。悲鳴も上げず、彼はその場に突っ伏した。
「わりぃな。俺、お前嫌いなんだよ」
 哄笑し、ゼースは血のついた爪を嘗めた。そして昇降機の方へと歩いていく。
「あのクソどもは俺が殺す。そしてそのあとはアルヴァレスの奴だ!」
 もう動かないルイスに背を向けたまま、ゼースは高笑いを始めた。と――
「がっ!?」
 何かが体に突き刺さる感じがした。見ると、折れていたルイスの大剣の刀身がゼースの背中から突き刺さり、貫通していた。血を吐き、ゼースは振り返った。
 そこには、大量の血を流しながらも、ルイスは刀身を投げたままの格好でゼースを睨んでいた。
「この……屑野郎……が……」
 ゼースはどさりとその場に倒れ、事切れた。
「あの人は俺の恩人だ。キサマにあの人と戦う資格は……ない。――フフフ、もしかしたら俺は……あの人を……止めたかったのかもな……」
 そしてルイスの命の火も消えた。

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