ILIAD ~幻影の彼方~
065 巨像
遂に蒼霊砲の前まで辿り着いた。
白く高い塀がぐるりと囲んでいて、セトルたちはそのぽっかり開いた入口の前で立ち止まっていた。奥に見える観音開きの巨大な扉は、来るなら来い、というように全開している。
辺りに敵の姿はない。それどころか、異様に静かすぎる気がした。
一番乗り――ではないようだ。戦闘の跡と、何人かが中に侵入したような跡が残っている。
「行こう!」
セトルがそう言って一歩踏み入れた。すると――
「みんなー!」
と敵に見つかってしまいそうな大声が聞こえた。
「しぐれ!?」
振り向くと彼女が手を大きく振りながら走ってきている。その後ろにはウェスターとノックスが続く。
「何とか間に合ったようだね」
ノックスは走ってきたためか、少し息を切らしているが、ラッキーと言うように笑っていた。
「セイルクラフトは?」
サニーは三人が走って現れたことに首を傾げた。眼鏡の位置を直し、ウェスターが答える。
「途中で降りました。やはりレランパゴなしではスピードや安定感、持久、全てにおいて劣ってしまいます。乗ってきたら撃ち落とされてたでしょうね」
そう聞くと、やっぱり精霊はすごいんだなとセトルは思った。そして、何にせよ三人とも無事だったことにセトルたちは安心した。
「あ、そうだ!」思い出したようにアランが言う。「途中、ゼースとやりあって、とりあえず倒して来たぜ!」
「それやったらうちらもロアードっちゅう奴と戦ったわ」
誇らしげにしぐれも言う。
「ふむ、《鬼人》のゼースに《重鎌》のロアード、ひさめは捕虜になってますから残りの四鋭刃は――」
「《蒼牙》のルイスですね」
セトルが後を引き取ると、シャルンが聳え立つ蒼霊砲を見上げて、ルイス、と呟く。彼女の仇討はまだ終わってないのだ。ゼースは家族の仇だったが、ルイスは相棒だったソテラを目の前で殺した男だ。
少し空気が重くなった。
恐らく、彼は実力だけでいえば四鋭刃の中でも一番強いと思われる。セトルは少し剣を交えたこともあり、それを強く感じた。次戦えば、流石に彼も本気でくるだろう。
サニーがパンと手を叩き、
「はい、情報交換終わり! さっさと行って、さっさと終わらせるわよ!」
と重い空気を振り払うように言った。そうだね、とセトルは頷き、今度こそ蒼霊砲の敷地内に一歩足を踏み入れ、皆もそれに続いた。
開いた扉の前まで来ると、向こうからドシンという巨大な何かの足音と大きな機械音が聞こえてきた。
「な、何だ!?」
セトルたちは立ち止って身構えた。
(何かが来る!)
そう思った時、赤く光る目のようなものが向こうに浮かんだ。それが目の前に現れた時、皆は驚愕して思わず後ずさってしまう。
それは小山のように大きい守護機械獣だった。蒼霊砲の巨大な扉をぎりぎり通れるか通れないかだ。それが外に出る時、詰まったところの壁が破壊された。
頭部から直接巨大な手足を生やしているような形状で、その頭部は二枚貝のような肩当てに覆われていて、まるで真珠のようだ。四本の鬚みたいなものがあり、それが不規則に動いている。
「『巨像』……とんでもないものが出ちゃったね」
あはは、とノックスが無理に笑うが、とても笑える状況ではない。生身の人があんなものに勝てるのか。まず無理だろう。
「おいおい、こりゃやべぇんじゃね?」
アランは汗がどんどん冷えていくのを感じた。
「どうにか躱せないかな?」
セトルはダッシュしてコロサスの股をくぐろうとした。だが、赤い目のようなものが光ったと思うと、そこから光線が発射され、セトルの行く手を遮った。
「うわっ! ダメだ……」
セトルが皆のところまで下がると、コロサスも動き始めた。一歩歩くたびに、地震が起きたように地面が揺れる。
コロサスの巨大な腕が振り下ろされる。皆はさらに後ろへ下がってよけた。腕の先端は鉤爪のようになっており、それが地面を深く抉った。あれの攻撃を一度でもくらうと、即死は免れないだろう。
「困りましたね」
「ウェスター、何かいい手はないのかよ!」
「アランが囮にでもなっていただけるのなら、我々だけは抜けることができるかもしれません」
「じょ、冗談じゃねぇ」
アランは首を大きく振って拒否した。囮=死であることは間違いないのだ。
コロサスの両目から光線が放たれるのを躱し、振るわれる腕から逃げ、踏みつぶされないように走る。隙を見て剣撃をくらわすも、セトルのレーヴァテインでやっと傷がつく程度だ。霊術にしても、ほとんど効いているようすが見られない。すると――
「さっきの話だけど、ボクが囮になるよ」
何を思ったのか、ノックスがそう言ってきた。
「でも、それじゃあノックスさんが……」
セトルが振り向くと、彼はいつもの笑みを浮かべていた。
「何か考えがあるの?」
とシャルン。
「パターンが読めてきたんだ。ボク一人なら囮になった上で逃げられるさ」
「だけど……」
セトルはそう言いかけてそのあとの言葉に詰まった。そして、それ以外にこの状況を打破することができそうにないとわかった。他にも方法があるかもしれないが、それを考えている余裕などない。もう彼に頼むしかないのだ。
「……わかりました。ここはノックスさんに任せます」
「セトル!?」
サニーとアランが同時に叫んだ。すると、ウェスターが眼鏡のブリッジを押さえ、
「今はそれしか方法がありませんよ」
と言う。サニーはすがるような目でセトルを見る。セトルは彼女の視線を受け止めつつ、彼女にまっすぐ視線を向けた。
「ノックスさんを信じよう、サニー。僕たちは何としてもアルヴァレスを止めないといかないから」
そう言われては、二人とも納得しないわけにはいかなかった。二人がしぶしぶ頷くと、しぐれがノックスに向かって言った。
「あんたのこと嫌いやけど、後味悪いから死なんといてな」
「心配しなくても大丈夫さ。この天才を失うことは世界の大損だからね♪」
愉快そうに笑うノックスには、しぐれだけでなくこの場の全員が嘆息した。しぐれが呆れたように言う。
「せやな。あんたは殺したって死なへんやろうから、心配するだけ損や」
するとノックスの笑顔が少し焦ったようになる。
「あーでも、心配してくれたって大いに構わないよ」
どっちなんだ、とセトルは思った。そして――
「ではいきますよ!」
ウェスターの号令に皆は頷き、一斉に走り出した。セトルはもう一度コロサスの股を、サニーたちはその脇を駆け抜けようとする。それを感知したコロサスは攻撃を開始する。だが、邪魔される前にノックスが霊導銃でコロサスの頭部を撃つ。コロサスは攻撃された時、その攻撃者を優先して狙うようだ。そのことにノックスは気づいていた。そして思った通り、コロサスはセトルたちを無視して彼の方にその重量な足を動かした。
何度も何度も銃が吠える。ほとんど効いてはいないが、確実に蒼霊砲から引き離している。
セトルたちは振り返らず、蒼霊砲内に突入した。
(さてと)
ノックスはそれを認めると、身を翻して逆走した。後ろからコロサスが追いかけてくる足音が響く。あれは死の足音だ。捕まれば、それで終わりである。
何か考えがあるように、ノックスは一直線に平原を駆けた。
✝ ✝ ✝
――時と場所は少し戻る。
大岩に血のついた手が強く押しあてられる。そうやって体を支え、所々破れたボロボロの赤いコートを纏った青年は血反吐を吐いて、怒りに満ちた目を前に向けていた。
「クソが……このままで終わるかよ……」
コートの袖で口を拭き、青年は一歩一歩向こうに見える塔を目指して足を進めた――
✝ ✝ ✝
「ワース師団長!」
独立特務騎士団の西側拠点。ワースは外に出て戦火が広がる平原を見ていた。
「どうした?」
「はい。たった今、独立遊撃隊第十二小隊が蒼霊砲突入に成功したと報告がありました」
セトルたちのことだ。ワースは微笑みそうになったのを抑え、威厳を保ったままの瞳で報告してきた部下を見た。
「わかった。ではオレも出る。アイヴィとスラッファにそう伝えろ」
言うと、部下は敬礼して踵を返し、そして走って行った。
ワースは天を仰いだ。夜明けがもうすぐそこまで来ている。
彼は、何か決心がついたような顔をしていた。
白く高い塀がぐるりと囲んでいて、セトルたちはそのぽっかり開いた入口の前で立ち止まっていた。奥に見える観音開きの巨大な扉は、来るなら来い、というように全開している。
辺りに敵の姿はない。それどころか、異様に静かすぎる気がした。
一番乗り――ではないようだ。戦闘の跡と、何人かが中に侵入したような跡が残っている。
「行こう!」
セトルがそう言って一歩踏み入れた。すると――
「みんなー!」
と敵に見つかってしまいそうな大声が聞こえた。
「しぐれ!?」
振り向くと彼女が手を大きく振りながら走ってきている。その後ろにはウェスターとノックスが続く。
「何とか間に合ったようだね」
ノックスは走ってきたためか、少し息を切らしているが、ラッキーと言うように笑っていた。
「セイルクラフトは?」
サニーは三人が走って現れたことに首を傾げた。眼鏡の位置を直し、ウェスターが答える。
「途中で降りました。やはりレランパゴなしではスピードや安定感、持久、全てにおいて劣ってしまいます。乗ってきたら撃ち落とされてたでしょうね」
そう聞くと、やっぱり精霊はすごいんだなとセトルは思った。そして、何にせよ三人とも無事だったことにセトルたちは安心した。
「あ、そうだ!」思い出したようにアランが言う。「途中、ゼースとやりあって、とりあえず倒して来たぜ!」
「それやったらうちらもロアードっちゅう奴と戦ったわ」
誇らしげにしぐれも言う。
「ふむ、《鬼人》のゼースに《重鎌》のロアード、ひさめは捕虜になってますから残りの四鋭刃は――」
「《蒼牙》のルイスですね」
セトルが後を引き取ると、シャルンが聳え立つ蒼霊砲を見上げて、ルイス、と呟く。彼女の仇討はまだ終わってないのだ。ゼースは家族の仇だったが、ルイスは相棒だったソテラを目の前で殺した男だ。
少し空気が重くなった。
恐らく、彼は実力だけでいえば四鋭刃の中でも一番強いと思われる。セトルは少し剣を交えたこともあり、それを強く感じた。次戦えば、流石に彼も本気でくるだろう。
サニーがパンと手を叩き、
「はい、情報交換終わり! さっさと行って、さっさと終わらせるわよ!」
と重い空気を振り払うように言った。そうだね、とセトルは頷き、今度こそ蒼霊砲の敷地内に一歩足を踏み入れ、皆もそれに続いた。
開いた扉の前まで来ると、向こうからドシンという巨大な何かの足音と大きな機械音が聞こえてきた。
「な、何だ!?」
セトルたちは立ち止って身構えた。
(何かが来る!)
そう思った時、赤く光る目のようなものが向こうに浮かんだ。それが目の前に現れた時、皆は驚愕して思わず後ずさってしまう。
それは小山のように大きい守護機械獣だった。蒼霊砲の巨大な扉をぎりぎり通れるか通れないかだ。それが外に出る時、詰まったところの壁が破壊された。
頭部から直接巨大な手足を生やしているような形状で、その頭部は二枚貝のような肩当てに覆われていて、まるで真珠のようだ。四本の鬚みたいなものがあり、それが不規則に動いている。
「『巨像』……とんでもないものが出ちゃったね」
あはは、とノックスが無理に笑うが、とても笑える状況ではない。生身の人があんなものに勝てるのか。まず無理だろう。
「おいおい、こりゃやべぇんじゃね?」
アランは汗がどんどん冷えていくのを感じた。
「どうにか躱せないかな?」
セトルはダッシュしてコロサスの股をくぐろうとした。だが、赤い目のようなものが光ったと思うと、そこから光線が発射され、セトルの行く手を遮った。
「うわっ! ダメだ……」
セトルが皆のところまで下がると、コロサスも動き始めた。一歩歩くたびに、地震が起きたように地面が揺れる。
コロサスの巨大な腕が振り下ろされる。皆はさらに後ろへ下がってよけた。腕の先端は鉤爪のようになっており、それが地面を深く抉った。あれの攻撃を一度でもくらうと、即死は免れないだろう。
「困りましたね」
「ウェスター、何かいい手はないのかよ!」
「アランが囮にでもなっていただけるのなら、我々だけは抜けることができるかもしれません」
「じょ、冗談じゃねぇ」
アランは首を大きく振って拒否した。囮=死であることは間違いないのだ。
コロサスの両目から光線が放たれるのを躱し、振るわれる腕から逃げ、踏みつぶされないように走る。隙を見て剣撃をくらわすも、セトルのレーヴァテインでやっと傷がつく程度だ。霊術にしても、ほとんど効いているようすが見られない。すると――
「さっきの話だけど、ボクが囮になるよ」
何を思ったのか、ノックスがそう言ってきた。
「でも、それじゃあノックスさんが……」
セトルが振り向くと、彼はいつもの笑みを浮かべていた。
「何か考えがあるの?」
とシャルン。
「パターンが読めてきたんだ。ボク一人なら囮になった上で逃げられるさ」
「だけど……」
セトルはそう言いかけてそのあとの言葉に詰まった。そして、それ以外にこの状況を打破することができそうにないとわかった。他にも方法があるかもしれないが、それを考えている余裕などない。もう彼に頼むしかないのだ。
「……わかりました。ここはノックスさんに任せます」
「セトル!?」
サニーとアランが同時に叫んだ。すると、ウェスターが眼鏡のブリッジを押さえ、
「今はそれしか方法がありませんよ」
と言う。サニーはすがるような目でセトルを見る。セトルは彼女の視線を受け止めつつ、彼女にまっすぐ視線を向けた。
「ノックスさんを信じよう、サニー。僕たちは何としてもアルヴァレスを止めないといかないから」
そう言われては、二人とも納得しないわけにはいかなかった。二人がしぶしぶ頷くと、しぐれがノックスに向かって言った。
「あんたのこと嫌いやけど、後味悪いから死なんといてな」
「心配しなくても大丈夫さ。この天才を失うことは世界の大損だからね♪」
愉快そうに笑うノックスには、しぐれだけでなくこの場の全員が嘆息した。しぐれが呆れたように言う。
「せやな。あんたは殺したって死なへんやろうから、心配するだけ損や」
するとノックスの笑顔が少し焦ったようになる。
「あーでも、心配してくれたって大いに構わないよ」
どっちなんだ、とセトルは思った。そして――
「ではいきますよ!」
ウェスターの号令に皆は頷き、一斉に走り出した。セトルはもう一度コロサスの股を、サニーたちはその脇を駆け抜けようとする。それを感知したコロサスは攻撃を開始する。だが、邪魔される前にノックスが霊導銃でコロサスの頭部を撃つ。コロサスは攻撃された時、その攻撃者を優先して狙うようだ。そのことにノックスは気づいていた。そして思った通り、コロサスはセトルたちを無視して彼の方にその重量な足を動かした。
何度も何度も銃が吠える。ほとんど効いてはいないが、確実に蒼霊砲から引き離している。
セトルたちは振り返らず、蒼霊砲内に突入した。
(さてと)
ノックスはそれを認めると、身を翻して逆走した。後ろからコロサスが追いかけてくる足音が響く。あれは死の足音だ。捕まれば、それで終わりである。
何か考えがあるように、ノックスは一直線に平原を駆けた。
✝ ✝ ✝
――時と場所は少し戻る。
大岩に血のついた手が強く押しあてられる。そうやって体を支え、所々破れたボロボロの赤いコートを纏った青年は血反吐を吐いて、怒りに満ちた目を前に向けていた。
「クソが……このままで終わるかよ……」
コートの袖で口を拭き、青年は一歩一歩向こうに見える塔を目指して足を進めた――
✝ ✝ ✝
「ワース師団長!」
独立特務騎士団の西側拠点。ワースは外に出て戦火が広がる平原を見ていた。
「どうした?」
「はい。たった今、独立遊撃隊第十二小隊が蒼霊砲突入に成功したと報告がありました」
セトルたちのことだ。ワースは微笑みそうになったのを抑え、威厳を保ったままの瞳で報告してきた部下を見た。
「わかった。ではオレも出る。アイヴィとスラッファにそう伝えろ」
言うと、部下は敬礼して踵を返し、そして走って行った。
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