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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

063 《重鎌》のロアード

 戦いは始まった。
 独立特務騎士団、自由騎士団、そして増援の正規軍。それぞれ三箇所の拠点から同時にときの声を上げる。増援の正規軍にウルドやアトリーの姿はなかった。流石に首都の守備をしないといけないようだ。
 セトル、サニー、アラン、シャルンの四人は戦場となった平原を駆けていた。アスハラ平原は森や山で囲まれ、街道のないところには岩が密集しているところもあれば、小高い丘のようになっているところもある。セトルたちはできるだけ敵のいないところを通り、時には味方を助けながら蒼霊砲を目指す。
 ひさめから得られた情報で、アルヴァレスは元々エリメートコアを持っていたことがわかり、改めて蒼霊砲の危険性を感じた。
 それと敵の数。増援があったとはいえ、向こうには守護機械獣ガーディアンの存在もある。どこの遺跡よりも強力で、今は蒼霊砲をものにしたアルヴァレスの手駒だ。合わせると、こちらの人数の二倍、いや、三倍はあるかもしれない。
 奇襲はほぼ成功だった。あとはこの戦いに勝つだけ。セトルたち四人は独立遊撃隊第十二小隊となり、リーダーは年長者のアラン。一方でウェスターとしぐれは、もしもの時のために精霊の配置を行っている。こちらは移動にセイルクラフトを使っている。セトルたちが遊撃隊となったのは、向こうの人数は少ない方がいいからだ。
 しかし、この二人だけではどこに精霊を置いたらいいかわからないため、ノックスもそれに加わっている。しぐれは嫌がったが、くじで決めたことだから仕方なかった。
 ノックス曰く、精霊をうまく配置することで蒼霊砲の主砲を打ち消すことのできる結界のようなものを作ることができるらしい。
 各精霊を蒼霊砲を囲むように均等に配置する。その位置も重要だった。相反するものを対極に置く。つまり、水――雷、風――地、火――氷、光――闇といった具合だ。
 多少の邪魔はあったが、ここまでは順調に進んだ。あとは光の精霊――センテュリオを置くだけ。それが終了すれば、セトルたちと合流する手筈になっている。
「あーあ、うちもセトルたちの方がよかったんやけどなぁ」
 セイルクラフトを降り、しぐれは何度目かの溜息をついた。
「抽選に見事当選したのですから仕方ありませんよ」
 ウェスターが皮肉めいた笑みを浮かべると、彼女は子供のように頬を膨らました。
「何言ってるんだい、しぐれ君? こっちにはボクがいるのに嬉しくないのかい?」
 ノックスがニコニコと作ったような笑顔を見せる。
「それが嫌なんやけど……」
「う~ん、嫌よ嫌よも好きのうち?」
「あんたはどこのオヤジや!」
 彼女はノックスをひっぱたこうと腕を振るったが、彼はヒョイっと簡単によけた。そして彼女から距離を取ると、いつもの笑みを消す。
「うん、この辺りがいいね。やってくれたまえ」
 そこは蒼霊砲の裏手。少し丘になっていて、後ろにはあの《迷い霞の密林》が広がっている。
「わかりました。では、センテュリオを召喚しますよ」
 ウェスターはセンテュリオとの契約の証、黄色に輝く《ムーンストーン》の指輪を取り出し、素早く左手の中指にはめる。だがその時――
「やはりここに来ましたね、ウェスター・トウェーン」
 突如、霊術陣が輝き、その声と共にそこへ転移してきたのは、色黒の肌にグレーの髪を持つ長身の男、ロアードだった。既に手にはあの大鎌を握っている。
 奴はアルヴァレスの副官、ここで現れることはウェスターも予想していなかった。
「《重鎌》のロアード……よくここがわかりましたね」
 ウェスターが眼鏡を押さえ、その奥の瞳が目の前の敵を睨む。
「あなた方が精霊を置いて回っているのはわかってましたからね」
 ロアードは不敵な笑みを口元に浮かべ、右手を天に掲げる。すると、霊術陣が出現しそこから一体の機械仕掛けの獅子のようなものが現れる。
 あれも守護機械獣ガーディアンの一つだ。
「《レグルス》……今までにないタイプだね」
 ノックスが銃をホルスターから抜いた。これまでも何度か待ち伏せしていたかのように守護機械獣ガーディアンが襲ってきたが、宙に浮く球体状のものや、カマキリのようなものだった。一つ言えることは、あれは今までのよりも強いということだ。
「私はてっきり、あなたは戦いの指揮をしているものと思っていました」
 ビリビリした空気の中、ウェスターは相手の出方を窺いながらそう訊く。既に槍を構築して構えている。
「それは他の四鋭刃に任せました。ですが、私も早く戻らねばいけませんね」
 そう言ったロアードの横でレグルスが唸り声のような機械音を鳴らす。
「戦う前に一つ訊いておきます。――最後の封印、どうやって解いたのですか?」
「知っていたのですね。もちろんハーフを使いましたよ。捕えてきたのはルイスですが」
「そのハーフは?」
「質問は一つだけのはずでしたよ? おしゃべりは終わりです。そろそろ閣下のために死んでいただけますかね?」
 ロアードは巨大な大鎌を振り上げた。恐らく、その使われたハーフは生きてはいないだろう。
「来るで!」
 しぐれが言い、三人は身構えた。同時にレグルスが全身をばねにして躍りかかる。ノックスが霊導銃を撃つ。それはレグルスの頭部に直撃し、機械の頭を僅かにへこました。今までの守護機械獣ガーディアンならその一発で風穴が開いて爆発したり停止したりするのだが、やはり、あれは他のとは違う。
 レグルスはまるで本物の生物のような動きで爪のような刃物のついた前足を振り下ろす。三人はそれぞれ飛び退ってそれを躱す。地面が抉れ、土埃が舞い上がる。
「――くらいなさい、ロックプレス!!」
 ロアードが詠唱を終えると、ウェスターの上空に巨大な岩が出現する。重力加速も加わり、その岩は凄まじい勢いで落下した。霊術で防ぐ時間はない。
 潰された――と思いきや、彼は紙一重で躱していたようだった。しかし、そこにレグルスが迫る。
「――リクウィッドスナイプ!!」
 ノックスの霊導銃から水の弾丸が発射され、レグルスを横から吹き飛ばす。水が思ったより効いたのか、レグルスがおかしな機械音を発する。
「助かりました!」
 ウェスターは礼を言うと術の詠唱を始めた。その間にしぐれがロアードとの間合いを縮める。
 左右に素早く動いて相手を撹乱する。それは重量系の相手に対しては有効だろうし、アキナの忍者が得意とする戦い方の一つだ。しかし、あの大鎌のおかげで鈍そうに見えるロアードだが、実際はそうでもなく、意外と素早い。しぐれが攻撃を仕掛けようとした瞬間、大鎌の刃が飛んでくる。
 速くてとんでもなく重い一撃。しぐれはどうにか寸前でよけた。もしあのままよけなかったらどうなるか、ただ胴がまっ二つになっただけではないだろう。原型すら留めてなかったかもしれない。よけたところに次の攻撃がくる。
「――崩斬月破衝ほうざんげっぱしょう!!」
 振り下ろされた大鎌が大地を抉る。その破片がしぐれの顔面に直撃した。さらにロアードは大鎌を振り上げて三日月状の軌跡を描く。斬られたしぐれから血が噴き出す。しかし、それほど大量ではない。ノックスが霊導銃で大鎌の軌道を変えたのが幸いした。
 そのノックスにレグルスが飛びかかる。ヒラリと躱した彼はもう一度レグルスに水の弾丸を撃ち込んだ。そしてウェスターの詠唱が響く。
「――白銀の抱擁を受け、砕けよ、アブソリュート・クラッシュ!!」
 霊術陣がレグルスを囲むように広がり、白い冷気が満ちたかと思うと、巨大な氷の結晶がレグルスを呑み込んだ。そして次の瞬間、結晶に罅が入ってレグルスごと一瞬にして砕け散った。
「お見事♪」
 砕け散ったレグルスを見てノックスが拍手をする。が、その時――
「きゃ!」
 血を流したままのしぐれは大鎌の一撃で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「大丈夫ですか、しぐれ!?」
 ウェスターは駆け寄ろうとしたがそれは叶わず、いつの間にか迫っていたロアードの大鎌を槍で受け止めた。凄まじい衝撃が槍を通じて体に伝わってくる。危なく槍を放すところだった。
「流石、具現招霊術士スペルシェイパーと言われることだけはありますね。すばらしいの術でしたよ」
「お褒めいただき光栄です」
「ですが、もう術は使わせませんよ!」
 ロアードは組み合った状態から力を込めてウェスターを薙ぎ払う。力では彼の方が何倍も上だ。受け身を取ったウェスターの目の前にはもう次の刃が襲いかかっていた。咄嗟の反応で横に転がって大鎌の一撃を躱すと、地面を強く蹴って槍を突く。大鎌と槍がにぶい激突音を上げる。二つの刃は火花を散らしてぶつかり合い、お互いに弾かれた。
「――空破氷刃槍くうはひょうじんそう!!」
 ウェスターの槍の刃が凍りつき、一回り大きくなった氷槍が氷の飛礫つぶてを周囲に散らしながらロアードを襲う。
 恐らく受けてはまずい、と思ったのだろう。ロアードは身軽にもバックステップで後ろへ大きく跳んだ。
「――清廉されし癒しの力、ヒーリングフォース!!」
 意識はあるが、今も倒れているしぐれの周りに治癒の霊術陣が出現する。ノックスが唱えたものだった。サニーやシャルンが扱うものほどではないが、傷が塞がり、痛みがどんどん消えていく。
 しぐれは上半身を起こすと、驚いたような顔でノックスを見た。
「あんた、治癒術も使えるんやな」
 感心して言うと、彼は、フフフ、と笑って前髪を払った。
「惚れ直したかい?」
「誰が!」
 勢いよく彼女は立ち上がった。ノックスはわざと傷ついたような溜息をつく。それらをロアードは横目で見ていて軽く舌打ちをする。
「やはりあの男、甘く見ない方がいいですね」
 その隙にウェスターは術の詠唱を試みた。だが、ロアードはそれを見逃さず、その場で大鎌を横に大きく振り被った。
「術は使わせないといいましたよ!」
 突如、大鎌の刃が超巨大化した。いや、そう見えるだけで実際は大鎌に闇霊素ダークスピリクルが纏い、それが巨大な鎌の形を作っているのだ。もちろん、触れれば痛いじゃ済まないだろう。
「――こう鎌刃れんじん!!」
 巨大な魔鎌は後ろの木々を斬り倒しながらウェスターに襲いかかる。だが一瞬、その動きが鈍った。紅い光線がその闇の刃を鈍らせていた。ノックスの《クリムゾンロアー》だ。
 それでも長くは持たないが、よけるための時間は稼げた。
 魔鎌は見事に空振りをし、空気だけに悲鳴を上げさせた。ウェスターは二人のところに戻る。
「手強いねぇ。どうするんだい?」
 全く緊張感を感じさせない声でノックスが訊くと、ウェスターは眼鏡の位置を直してから答えた。
「センテュリオを召喚します。それまでどうにか時間を稼いでくれませんか?」
「了解♪」
 あっさりとノックスは答える。
「しぐれも頼めますか」
 ウェスターはしぐれを向くと、彼女は大きく頷いて見せた。
「行くよ、しぐれ君」
「言われんでも」
 二人は走った。しぐれはそのまま突っ込み、ノックスは敵が銃の射程に入ったところで止まる。
「何をするつもりかわかりませんが、させませんよ!」
 ロアードは向かってくるしぐれに大鎌を叩きつける。しかし、ロアードも何か大きな術を使おうとしているウェスターを見て焦っているのか、その攻撃は単調すぎて簡単によけられた。完全に懐に入ったしぐれの刃を咄嗟に籠手で受けて、彼女ごと突き飛ばす。追い打ちをかけようとするが、それはノックスの銃で阻まれた。
「――忍法、雷迅らいじん!!」
 しぐれの投げた苦無に雷が落ちる。その雷撃がロアードの大鎌に伝わり、彼はそれを手放してしまう。
「万物を照らす光華なる白の使いよ――」
 召喚術の詠唱が聞こえた。ロアードがすごい形相でウェスターを向く。
「――指輪の盟約の下、我に力を与えたまえ、出でよ、光精霊センテュリオ!!」
 ムーンストーンの指輪が激しく輝く。しまった、とロアードが叫ぶが時既に遅し。夜闇を眩い光で照らしながらセンテュリオが降臨した。
『光の裁きを』
 頭の中に声が響く。途端、何本もの巨大な光の柱が天から降り注いだ。その光柱はロアードだけを捉え、悲鳴も上げささずに制裁を加えた。何もかもが無に帰してしまいそうだ。
 光柱が消えたとき、ロアードはまだ立っていた。しかし、服は焼けちぎれ、ただでさえ色黒の肌も真っ黒に焼け焦げていてもう誰だかわからないくらいだ。
 既に虫の息である。
「私は……閣下のために……閣下の理想を……う、うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 ロアードは吠えた。白目を向いて大鎌を掴もうとする。しぐれとウェスターは前に出て身構える。
 できれば情報を聞き出したい。副官であるロアードなら恐らくこちらが知りたいこと全てを知っているだろう。だが、ノックスは二人の後ろで冷酷な目をしてロアードを見ていた。
(もう、意識はないようだね)
 ノックスは静かに銃口を彼に向け、彼が大鎌を掴む瞬間に銃の引き金を引いた。
 パン! と銃声が響き、ロアードの額から真っ赤なものが噴き出した。そして彼はその場に崩れた。
「な、何て事したんや!? まだ聞かなあかんことが山ほどあるんやで!」
 怒鳴るしぐれにノックスは真面目な顔をして言う。
「あれじゃあもう無理だよ。どの道彼は吐かないだろうし」
「せやけど……」
 しぐれはそう呟いたあと何も言わなかった。どんな悪党でも、人を殺すことはしたくなかった。ただ、『これは戦争、非情になれ』と頭の中で反芻させた。
「では、頼みますよ、センテュリオ」
「承知した」
 召喚されたままのセンテュリオはそのままウェスターの指示した場所まで移動しようとする。だがその時、妙な輝きが蒼霊砲の高峰に集まる。
 その前方にいたセトルたちはそれが何なのか見えていた。蒼霊砲から伸びる一つの巨大な砲。そこに光が集まっている。主砲の一本だということがすぐにわかった。
 大気が震え、その空気が肌にビリビリと何かを訴えている。

        ✝ ✝ ✝

「――準備完了」
 アルヴァレスは蒼霊砲の最上階から戦場と化している大地を見下した。
「早速王都を狙ってもいいが、まずは邪魔者の巣であるソルダイから見せしめに潰しておくか」
 不気味な笑みを浮かべ、アルヴァレスは最後のボタンを押した。

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