ILIAD ~幻影の彼方~
060 忍者の決闘
業火に包まれ、町全体が赤く染まっている。
ほとんどの建物が崩壊している。
地震の影響、もしくは既に蒼霊砲が放たれたのだろうか。いや、それにしては被害が小さい。聞く限り、もし蒼霊砲が発射されたのならサンデルクの町など跡形もないはずだ。それに、いくら指向性がついていようとも、町ごと破壊してはノルティアンの人だってひとたまりもない。それはアルヴァレスの目的に反する。
では原因は地震かというと、どうも違うようだ。ウェスターが言うには崩壊の原因はそうかもしれないが、この炎は主に霊術によるものらしい。僅かにその余波があるそうだ。
周りを見ると、何人もの逃げ遅れた人が倒れている。そして、その誰もが既に事切れていた。
「ひどい……」
まるで地獄絵図のような光景にサニーは悲しい表情で呟く。
「まだ生き残りがいるかもしれない」
セトルはそう言うと、誰かいませんか、と大声を上げる。
しかし、返事はない。
生存者を捜しながらセトルたちは歩き回り、そして大学も前まできた。そこが一番ひどい有様だった。建物はもう原型を留めておらず、周りには戦いの痕跡が――警備をしていた独立特務騎士団の兵たちが無残な姿で倒れている。
「ノックスたちはどうなったんだ? まさかやられて――!?」
アランが言っていると、しぐれがシッと人差し指を口の前で立てる。ウェスターも槍を作り出して辺りを目だけで見回す。
「そこや!」
しぐれが横に植えてあるまだ燃えていない木に苦無を投げる。ガサッと音を立ててそれは葉の中に消える。
すると、何かが飛び出した。その何かは空中で回転しながらセトルたちの前に降り立つ。
「ひさめ!?」
驚いたようにしぐれが彼女の名を叫ぶ。
「これはあんたの仕業なの!」
サニーが扇子を構え、その肩の上でザンフィが威嚇するように毛を逆立てる。ひさめは何も答えず忍刀を抜いた。
「やる気か?」
アランが身構える。ひさめの表情からは何も読み取れない。感情のない瞳がじっとこちらを見据えている。
一人対六人、いや、六人と一匹。数では圧倒的にこちらが有利である。この状況で戦うのは無謀だと思われる。
ようやく彼女が口を開いた。
「ロアードの命令、覚悟」
それだけ言ったと思うと、目の前から彼女の姿が消える。次の瞬間にはセトルたちの背後に回っていた。
「忍法――」
ひさめは忍刀を鞘に納めないまま居合のような構えをする。
「あかん! みんな離れてや!」
しぐれが叫んだ途端、ひさめは横薙ぎで空を斬る。
「――金風閃!!」
三日月を思わせる幅広い光の刃が飛ぶ。しぐれの叫びもあって何とか躱すことはできたが、振り向くとそこにひさめはいない。光の刃は崩れた建物に直撃し、残骸を巻き上げる。
「アラン、上です!」
ウェスターに言われ、アランが上を見ると丁度ひさめが刃を下に突きたてて降下していた。アランは長斧の腹でそれを受け流し、彼女が着地したところで横薙ぎに振るう。だが、彼女は身を縮めてそれを躱すと、バックステップでアランから距離をとり、顔の前で掌を組み合わせ、指を立てる。
ひさめの体がぶれる。すると分離するように彼女は二人になった。《写身》だ。
二人のひさめは左右に散った。右のひさめはシャルンに忍刀を振り回す。その後ろにはサニーがいて、シャルンは庇うようにトンファーでそれを受けている。その間にサニーが術を唱える。
「光よ、フィフスレイ!!」
五つの光弾がシャルンの脇を抜け、ひさめを襲う。しかし、当然ひさめはそれを受けてくれない。横に飛んで、そこから次の攻撃を仕掛けようとする。
左のひさめはセトルを狙っていた。忍刀とレーヴァテインがぶつかる。聞いたことのない金属音に似た音が響く。
レーヴァテインは精霊からもらった剣だ。普通の刃とは格が違う。その剣圧でひさめは後ろに飛ばされる。
そこにウェスターがたたみかける。
「――渦連幻龍破!!」
水が渦巻く槍の一突きをひさめは避けきれず忍刀で器用に防ぐ。しかし、その衝撃には耐えられず――いや、受け流すために自分から飛び退った。
「――これで! 剛破連衝!!」
サニーたちの方のひさめも、シャルンの強烈な連打を躱しきれないと判断して飛び退る。二人のひさめが横に並んだところで、彼女は元の一人に戻る。その僅かな隙にしぐれが全力で走った。
しかし、しぐれが忍刀を薙ぐよりもひさめが完全に元に戻る方が早かった。ひさめはジャンプして瓦礫の上に飛び乗る。
「やはり、しぶといですね」
ウェスターが唸る。
しぐれは彼女を睨むように見上げると、後ろを振り向かずに言った。
「みんな、お願いなんやけど、こっからは手出さんといてもらえへんか?」
感情のない冷めきった瞳でひさめはそんな彼女を見下ろす。サニーが首を振った。
「何で? みんなで戦った方が絶対いいじゃん!」
「……アキナの忍者のことは、同じアキナの忍者が処分する。それが掟やねん」
しぐれの声は少し悲しそうだった。たぶん彼女は、ひさめに聞きたいことが山ほどあるはずだ。それはセトルたちにとっても同じだが、同じ里で育った彼女と比べたら、その思いの大きさは違うはずだ。
でも、とサニーが渋る。しかし、セトルはサニーを手で制してから大きな溜息をつく。
「危なくなったら、手を出すよ?」
「おおきに、セトル」
しぐれが微笑んだことをひさめは瓦礫の上から見て微かに表情を曇らせた。
セトルたちは後ろに下がり、二人はしばらく睨み合う。
「しぐれ、一人で勝てると思てんの?」
ひさめが無感情な声で火口を切る。
「やってみんとわからへんが、うちが負けんことは間違いないで!」
しぐれは堂々と自信ありげに答える。
両者は再び沈黙し、セトルたちにも緊張が走る。
先に動いたのはひさめだった。彼女は勢いよく瓦礫から飛びあがる。ほぼ同時にしぐれも力強く地を蹴って飛んだ。
空中で両者の刃が噛み合い、響く。
着地し、二人は互いに向かって走った。しぐれの忍刀が横薙ぎに大きく振られる。それはひさめの胴を一刀両断する。――はずだったが、忍刀が振られた途端、真っ白な霞がひさめを包み、彼女はその場から消えた。ゆっくりと霞が晴れていく。
(これは……八重霞!?)
しぐれは周囲を見回して警戒する。その時――
「上よ!!」
シャルンが叫んだ。バッとしぐれは上方を向く。そこには忍刀を持ったまま縦に回転しながら降下してくるひさめの姿が。
「――忍法、天穹!!」
刃が空を裂き風が悲鳴に似た声を上げている。咄嗟にしぐれはバックステップをした。はらりと前髪がほんの少しだけ散る。――掠った。あと一瞬反応が遅ければ、と思うとしぐれは息を呑んだ。
だが、そんなことをゆっくりと思っている暇はない。すぐにしぐれの足下に霊術陣が出現する。
直後、爆発が起こる。無意識に腕で顔を庇った彼女はそのまま数メートル吹き飛ばされてしまう。丈夫な忍び装束が焼け切れ、ボロボロになっていく。
ひさめが爆煙を突っ切ってきた。振り翳す刃が周りの炎の光を受けてゆらゆらと赤く輝いている。しぐれも忍刀で防御の構えをとる。だが――
「覚悟、雷迅!!」
ひさめは忍刀を持ってない方の手で雷霊素を付加させた苦無を投げる。しぐれは忍刀ばかり気にしていたためそっちの防御が間に合わない。しぐれの手前に刺さった苦無から電撃が放出される。
「きゃっ!」
目の前で閃光が立ち昇り、体中に衝撃が走る。しぐれは悲鳴を上げ、その場に膝をついた。
「しぐれ!?」
セトルがこれ以上は危ないと判断し彼女を助けに向かおうとする。しかし、肩に手を置かれ、振り向くとウェスターが首を振っていた。
「まだです。彼女を一人で戦わせると決めたのなら、ギリギリまで待ちましょう。サニーも、治癒術は唱えないでくださいよ。そんなことを彼女は望んでないでしょうから」
セトルは歯を食いしばって剣を下げる。くっとサニーも顔をしかめた。
頭上から刃が振り下ろされる。しぐれは転がってそれを躱すと、起き上がりざまに忍刀を振るう。しかし、ひさめもそれを忍刀で防ぐ。
刀のリーチはしぐれの方が長いが、ひさめの方は短い分小回りが利く。
両者は激しく打ち合った。
ひさめの短刀が上段から襲いかかり、しぐれの長刀がそれごと薙ぐように下段から振るわれる。刃が絡み合い、両者とも弾かれる。しぐれが振り切った腕を戻すと、そこにひさめの突きが迫る。刀の腹でそれを受け、しぐれはひさめの足を払った。バランスを崩したところに左手に握った鞘で溝打ちを狙う。
ひさめは声を漏らし、そのまま後ろに跳んだ。同時にしぐれも距離を置く。そして同時に忍刀を構え、
「――強東風!!」
「――強東風!!」
二本の風の矢が交差したかと思うと、二人の立ち位置が入れ替わっていた。両者とも背を向け合っている。
しぐれの頬から血が流れ、ガクンと足にもきた。しぐれはよろめいて倒れそうになるが、刀を杖にして持ちこたえる。
ひさめも装束の脇腹が切り開かれ、その辺りが血で赤く滲んでいた。しかし、痛みを感じないのか、無表情のままだ。
「しぶといな……仲間に手伝ってもらった方がええんちゃう?」
そう言って向き直ったひさめに、しぐれは振り向いてフッと笑みを浮かべる。
「よう喋るな、ひさめ。あんたこそ、アルヴァレスのとこにでも逃げ帰ったらええやん?」
長い沈黙が降りた。
やがて、ひさめが忍刀を下して口を開く。
「うちの家族は、アルヴィディアンに殺された……」
「? いきなり何言うてんの?」
しぐれが目を瞬く。セトルたちにも聞こえているがなぜ突然彼女がそんなことを言い出したのかわからない。ひさめは無視して続けた。
「一人になったうちを拾ってくれた里のみんなには感謝してる。せやけど、それ以上にうちは孤独を感じてたんや。アキナにノルティアンはうちしかいてへん。周りは憎いアルヴィディアンばかり……居心地は最悪やった」
「それが……里を抜けた理由?」
コクンとひさめは頷く。もしかすると、彼女は誰かにそれを聞いてもらいたかったんじゃないかなとセトルは見ていて思う。
「そうか、ノルティアンなのにアキナの忍者だから何か変だと思ってたが、そういうことだったわけか」
納得したようにアランが腕を組む。
「確かに、あんたが笑ってるところなんて見たことあらへんが、うちらと遊んどるとき楽しそうやったやん?」
「……勝手な思い込みや、しぐれ」
ひさめはそう言うが、その間に少しだけ間があった。そして下していた忍刀を構え直す。「次で終わりや。うちの最高の忍術見せたる!」
忍刀を顔の前で立て、ひさめは何かを唱えたように見えた。次の瞬間、しぐれの周りに霊術陣とは違う方陣が出現する。
「な、何やこれ? さ、寒!?」
辺りに冷気が立ち込める。しぐれは思わず身震いした。すると、方陣から何枚もの氷の板が飛び出し、しぐれを囲んだ。氷面に映った彼女の姿が歪み、ひさめの姿へと変わる。
「――忍法秘術、氷面鏡!!」
氷に映ったひさめが一斉に苦無を投げる動作をする。すると本当にそこから苦無が投げられていた。氷から放たれた苦無は一瞬で凍りつき、鋭さを増した氷の刃となる。それが四方八方から襲いかかり、逃げ場はない。
苦無の雨が収まる。セトルたちは息を呑んで白いもやのかかった中を見る。
「しぐれ……!?」
もやの中から立ち上がる影をセトルは見た。次第にもやが晴れていく。そこには苦無が刺さりながらも立っているしぐれの姿があった。
「……もう一回や」
鏡の中のひさめは再び苦無を構える。
「しぐれ、とにかくそこから出るんだ!」
セトルが叫ぶ。それが聞こえ、しぐれはダッシュした。鏡の隙間から外に出られる。しかし、もう一歩のところで鏡の包囲から出られたのに、氷の忍刀が近くの鏡から伸びてきて、しぐれは弾かれた。また中央に転がり戻る。
「くそっ、ダメか……」
アランが近くの瓦礫に拳を打ちつける。
「逃げられへんよ」
ひさめの冷酷な声が反響する。するとしぐれの口元が緩んだ。それを見てひさめの手が止まる。
「この状況で笑ってられるとは……頭おかしなったんちゃうか?」
「へへへ、逃げられへんのなら、壊せばええと思てん」
しぐれの顔が完全に笑っている。ひさめの眉がピクリと動く。
「いくで! 忍法、写身、四方分身――」
通常の写身からさらに分身し、四人のしぐれが誕生したかと思った瞬間、その姿が消える。超スピードで動いているようだ。咄嗟にひさめは苦無を投げるが、遅かった。
「――十六夜剣舞!!」
叫んだのと同時に、全ての鏡が砕け散った。
「くっ……」
その衝撃にひさめが吹き飛んで地面に叩きつけられる。
しぐれは分身を解き、走った。ひさめも起き上がり忍刀を構えようとする。だが――
「!?」
血柱が噴き上がった。ひさめの周りに血の雨が降る。そして崩れるようにひさめは膝をついた。
「しぐれ……ごめん……」
彼女は最後にそう呟き、力なくその場に倒れた。
「ひさめ、あんたはやっぱり……」
しぐれの瞳に熱いものが込み上げ、頬に水滴が流れる。そしてしぐれもグラっとして倒れるが、それをセトルが受けとめて支えた。
「おつかれ、やっぱりしぐれはすごいよ」
セトルが微笑んで言うと、彼女も微笑み返した。
「ヒール!」
「ヒール!」
サニーとシャルンが治癒術をかけてくれた。傷口がみるみる塞がっていくと、彼女は緊張の糸が切れたようにその場に座り込んだ。
その時、ひさめの咳き込む声が聞こえた。
「驚いた……まだ意識があったのね」
シャルンが目を丸くする。
「このまま死なせるわけにはいきません。話ができる程度に回復してあげましょう」
ウェスターが言うと、サニーとシャルンは頷き、彼女の治療をする。
やがてひさめは目を開いて、セトルたちを一人ずつ見る。しぐれがほっとしたように息をついた。
「……何でうちを助けた?」
「まだあなたから何も聞いてませんからね。いろいろと話してもらいますよ」
ウェスターが不敵な笑みを浮かべ、セトルはそれを見て苦笑した。
「ここを襲った理由は独立特務騎士団の情報を末梢するためですよね?」
「だいたい……そんな感じや。せやけど、奴らソルダイに拠点を移しててん、ここにはもう何もなかった」
なるほど、とウェスターは呟く。ワースやノックスたちがソルダイに居るのなら、恐らく最終準備に取り掛かっているのだと思う。あそこが蒼霊砲に一番近い村だから。
「でしたら、あとのことは向こうで取り調べた方がいいでしょう」
そうね、とシャルンが頷く。
「ここで話していても仕方ないわ。早く行きましょう」
もうすぐアルヴァレスとの決戦。当然、ゼースやルイスも出てくる。シャルンは焦っているようだが、その気持ちはよくわかった。
ほとんどの建物が崩壊している。
地震の影響、もしくは既に蒼霊砲が放たれたのだろうか。いや、それにしては被害が小さい。聞く限り、もし蒼霊砲が発射されたのならサンデルクの町など跡形もないはずだ。それに、いくら指向性がついていようとも、町ごと破壊してはノルティアンの人だってひとたまりもない。それはアルヴァレスの目的に反する。
では原因は地震かというと、どうも違うようだ。ウェスターが言うには崩壊の原因はそうかもしれないが、この炎は主に霊術によるものらしい。僅かにその余波があるそうだ。
周りを見ると、何人もの逃げ遅れた人が倒れている。そして、その誰もが既に事切れていた。
「ひどい……」
まるで地獄絵図のような光景にサニーは悲しい表情で呟く。
「まだ生き残りがいるかもしれない」
セトルはそう言うと、誰かいませんか、と大声を上げる。
しかし、返事はない。
生存者を捜しながらセトルたちは歩き回り、そして大学も前まできた。そこが一番ひどい有様だった。建物はもう原型を留めておらず、周りには戦いの痕跡が――警備をしていた独立特務騎士団の兵たちが無残な姿で倒れている。
「ノックスたちはどうなったんだ? まさかやられて――!?」
アランが言っていると、しぐれがシッと人差し指を口の前で立てる。ウェスターも槍を作り出して辺りを目だけで見回す。
「そこや!」
しぐれが横に植えてあるまだ燃えていない木に苦無を投げる。ガサッと音を立ててそれは葉の中に消える。
すると、何かが飛び出した。その何かは空中で回転しながらセトルたちの前に降り立つ。
「ひさめ!?」
驚いたようにしぐれが彼女の名を叫ぶ。
「これはあんたの仕業なの!」
サニーが扇子を構え、その肩の上でザンフィが威嚇するように毛を逆立てる。ひさめは何も答えず忍刀を抜いた。
「やる気か?」
アランが身構える。ひさめの表情からは何も読み取れない。感情のない瞳がじっとこちらを見据えている。
一人対六人、いや、六人と一匹。数では圧倒的にこちらが有利である。この状況で戦うのは無謀だと思われる。
ようやく彼女が口を開いた。
「ロアードの命令、覚悟」
それだけ言ったと思うと、目の前から彼女の姿が消える。次の瞬間にはセトルたちの背後に回っていた。
「忍法――」
ひさめは忍刀を鞘に納めないまま居合のような構えをする。
「あかん! みんな離れてや!」
しぐれが叫んだ途端、ひさめは横薙ぎで空を斬る。
「――金風閃!!」
三日月を思わせる幅広い光の刃が飛ぶ。しぐれの叫びもあって何とか躱すことはできたが、振り向くとそこにひさめはいない。光の刃は崩れた建物に直撃し、残骸を巻き上げる。
「アラン、上です!」
ウェスターに言われ、アランが上を見ると丁度ひさめが刃を下に突きたてて降下していた。アランは長斧の腹でそれを受け流し、彼女が着地したところで横薙ぎに振るう。だが、彼女は身を縮めてそれを躱すと、バックステップでアランから距離をとり、顔の前で掌を組み合わせ、指を立てる。
ひさめの体がぶれる。すると分離するように彼女は二人になった。《写身》だ。
二人のひさめは左右に散った。右のひさめはシャルンに忍刀を振り回す。その後ろにはサニーがいて、シャルンは庇うようにトンファーでそれを受けている。その間にサニーが術を唱える。
「光よ、フィフスレイ!!」
五つの光弾がシャルンの脇を抜け、ひさめを襲う。しかし、当然ひさめはそれを受けてくれない。横に飛んで、そこから次の攻撃を仕掛けようとする。
左のひさめはセトルを狙っていた。忍刀とレーヴァテインがぶつかる。聞いたことのない金属音に似た音が響く。
レーヴァテインは精霊からもらった剣だ。普通の刃とは格が違う。その剣圧でひさめは後ろに飛ばされる。
そこにウェスターがたたみかける。
「――渦連幻龍破!!」
水が渦巻く槍の一突きをひさめは避けきれず忍刀で器用に防ぐ。しかし、その衝撃には耐えられず――いや、受け流すために自分から飛び退った。
「――これで! 剛破連衝!!」
サニーたちの方のひさめも、シャルンの強烈な連打を躱しきれないと判断して飛び退る。二人のひさめが横に並んだところで、彼女は元の一人に戻る。その僅かな隙にしぐれが全力で走った。
しかし、しぐれが忍刀を薙ぐよりもひさめが完全に元に戻る方が早かった。ひさめはジャンプして瓦礫の上に飛び乗る。
「やはり、しぶといですね」
ウェスターが唸る。
しぐれは彼女を睨むように見上げると、後ろを振り向かずに言った。
「みんな、お願いなんやけど、こっからは手出さんといてもらえへんか?」
感情のない冷めきった瞳でひさめはそんな彼女を見下ろす。サニーが首を振った。
「何で? みんなで戦った方が絶対いいじゃん!」
「……アキナの忍者のことは、同じアキナの忍者が処分する。それが掟やねん」
しぐれの声は少し悲しそうだった。たぶん彼女は、ひさめに聞きたいことが山ほどあるはずだ。それはセトルたちにとっても同じだが、同じ里で育った彼女と比べたら、その思いの大きさは違うはずだ。
でも、とサニーが渋る。しかし、セトルはサニーを手で制してから大きな溜息をつく。
「危なくなったら、手を出すよ?」
「おおきに、セトル」
しぐれが微笑んだことをひさめは瓦礫の上から見て微かに表情を曇らせた。
セトルたちは後ろに下がり、二人はしばらく睨み合う。
「しぐれ、一人で勝てると思てんの?」
ひさめが無感情な声で火口を切る。
「やってみんとわからへんが、うちが負けんことは間違いないで!」
しぐれは堂々と自信ありげに答える。
両者は再び沈黙し、セトルたちにも緊張が走る。
先に動いたのはひさめだった。彼女は勢いよく瓦礫から飛びあがる。ほぼ同時にしぐれも力強く地を蹴って飛んだ。
空中で両者の刃が噛み合い、響く。
着地し、二人は互いに向かって走った。しぐれの忍刀が横薙ぎに大きく振られる。それはひさめの胴を一刀両断する。――はずだったが、忍刀が振られた途端、真っ白な霞がひさめを包み、彼女はその場から消えた。ゆっくりと霞が晴れていく。
(これは……八重霞!?)
しぐれは周囲を見回して警戒する。その時――
「上よ!!」
シャルンが叫んだ。バッとしぐれは上方を向く。そこには忍刀を持ったまま縦に回転しながら降下してくるひさめの姿が。
「――忍法、天穹!!」
刃が空を裂き風が悲鳴に似た声を上げている。咄嗟にしぐれはバックステップをした。はらりと前髪がほんの少しだけ散る。――掠った。あと一瞬反応が遅ければ、と思うとしぐれは息を呑んだ。
だが、そんなことをゆっくりと思っている暇はない。すぐにしぐれの足下に霊術陣が出現する。
直後、爆発が起こる。無意識に腕で顔を庇った彼女はそのまま数メートル吹き飛ばされてしまう。丈夫な忍び装束が焼け切れ、ボロボロになっていく。
ひさめが爆煙を突っ切ってきた。振り翳す刃が周りの炎の光を受けてゆらゆらと赤く輝いている。しぐれも忍刀で防御の構えをとる。だが――
「覚悟、雷迅!!」
ひさめは忍刀を持ってない方の手で雷霊素を付加させた苦無を投げる。しぐれは忍刀ばかり気にしていたためそっちの防御が間に合わない。しぐれの手前に刺さった苦無から電撃が放出される。
「きゃっ!」
目の前で閃光が立ち昇り、体中に衝撃が走る。しぐれは悲鳴を上げ、その場に膝をついた。
「しぐれ!?」
セトルがこれ以上は危ないと判断し彼女を助けに向かおうとする。しかし、肩に手を置かれ、振り向くとウェスターが首を振っていた。
「まだです。彼女を一人で戦わせると決めたのなら、ギリギリまで待ちましょう。サニーも、治癒術は唱えないでくださいよ。そんなことを彼女は望んでないでしょうから」
セトルは歯を食いしばって剣を下げる。くっとサニーも顔をしかめた。
頭上から刃が振り下ろされる。しぐれは転がってそれを躱すと、起き上がりざまに忍刀を振るう。しかし、ひさめもそれを忍刀で防ぐ。
刀のリーチはしぐれの方が長いが、ひさめの方は短い分小回りが利く。
両者は激しく打ち合った。
ひさめの短刀が上段から襲いかかり、しぐれの長刀がそれごと薙ぐように下段から振るわれる。刃が絡み合い、両者とも弾かれる。しぐれが振り切った腕を戻すと、そこにひさめの突きが迫る。刀の腹でそれを受け、しぐれはひさめの足を払った。バランスを崩したところに左手に握った鞘で溝打ちを狙う。
ひさめは声を漏らし、そのまま後ろに跳んだ。同時にしぐれも距離を置く。そして同時に忍刀を構え、
「――強東風!!」
「――強東風!!」
二本の風の矢が交差したかと思うと、二人の立ち位置が入れ替わっていた。両者とも背を向け合っている。
しぐれの頬から血が流れ、ガクンと足にもきた。しぐれはよろめいて倒れそうになるが、刀を杖にして持ちこたえる。
ひさめも装束の脇腹が切り開かれ、その辺りが血で赤く滲んでいた。しかし、痛みを感じないのか、無表情のままだ。
「しぶといな……仲間に手伝ってもらった方がええんちゃう?」
そう言って向き直ったひさめに、しぐれは振り向いてフッと笑みを浮かべる。
「よう喋るな、ひさめ。あんたこそ、アルヴァレスのとこにでも逃げ帰ったらええやん?」
長い沈黙が降りた。
やがて、ひさめが忍刀を下して口を開く。
「うちの家族は、アルヴィディアンに殺された……」
「? いきなり何言うてんの?」
しぐれが目を瞬く。セトルたちにも聞こえているがなぜ突然彼女がそんなことを言い出したのかわからない。ひさめは無視して続けた。
「一人になったうちを拾ってくれた里のみんなには感謝してる。せやけど、それ以上にうちは孤独を感じてたんや。アキナにノルティアンはうちしかいてへん。周りは憎いアルヴィディアンばかり……居心地は最悪やった」
「それが……里を抜けた理由?」
コクンとひさめは頷く。もしかすると、彼女は誰かにそれを聞いてもらいたかったんじゃないかなとセトルは見ていて思う。
「そうか、ノルティアンなのにアキナの忍者だから何か変だと思ってたが、そういうことだったわけか」
納得したようにアランが腕を組む。
「確かに、あんたが笑ってるところなんて見たことあらへんが、うちらと遊んどるとき楽しそうやったやん?」
「……勝手な思い込みや、しぐれ」
ひさめはそう言うが、その間に少しだけ間があった。そして下していた忍刀を構え直す。「次で終わりや。うちの最高の忍術見せたる!」
忍刀を顔の前で立て、ひさめは何かを唱えたように見えた。次の瞬間、しぐれの周りに霊術陣とは違う方陣が出現する。
「な、何やこれ? さ、寒!?」
辺りに冷気が立ち込める。しぐれは思わず身震いした。すると、方陣から何枚もの氷の板が飛び出し、しぐれを囲んだ。氷面に映った彼女の姿が歪み、ひさめの姿へと変わる。
「――忍法秘術、氷面鏡!!」
氷に映ったひさめが一斉に苦無を投げる動作をする。すると本当にそこから苦無が投げられていた。氷から放たれた苦無は一瞬で凍りつき、鋭さを増した氷の刃となる。それが四方八方から襲いかかり、逃げ場はない。
苦無の雨が収まる。セトルたちは息を呑んで白いもやのかかった中を見る。
「しぐれ……!?」
もやの中から立ち上がる影をセトルは見た。次第にもやが晴れていく。そこには苦無が刺さりながらも立っているしぐれの姿があった。
「……もう一回や」
鏡の中のひさめは再び苦無を構える。
「しぐれ、とにかくそこから出るんだ!」
セトルが叫ぶ。それが聞こえ、しぐれはダッシュした。鏡の隙間から外に出られる。しかし、もう一歩のところで鏡の包囲から出られたのに、氷の忍刀が近くの鏡から伸びてきて、しぐれは弾かれた。また中央に転がり戻る。
「くそっ、ダメか……」
アランが近くの瓦礫に拳を打ちつける。
「逃げられへんよ」
ひさめの冷酷な声が反響する。するとしぐれの口元が緩んだ。それを見てひさめの手が止まる。
「この状況で笑ってられるとは……頭おかしなったんちゃうか?」
「へへへ、逃げられへんのなら、壊せばええと思てん」
しぐれの顔が完全に笑っている。ひさめの眉がピクリと動く。
「いくで! 忍法、写身、四方分身――」
通常の写身からさらに分身し、四人のしぐれが誕生したかと思った瞬間、その姿が消える。超スピードで動いているようだ。咄嗟にひさめは苦無を投げるが、遅かった。
「――十六夜剣舞!!」
叫んだのと同時に、全ての鏡が砕け散った。
「くっ……」
その衝撃にひさめが吹き飛んで地面に叩きつけられる。
しぐれは分身を解き、走った。ひさめも起き上がり忍刀を構えようとする。だが――
「!?」
血柱が噴き上がった。ひさめの周りに血の雨が降る。そして崩れるようにひさめは膝をついた。
「しぐれ……ごめん……」
彼女は最後にそう呟き、力なくその場に倒れた。
「ひさめ、あんたはやっぱり……」
しぐれの瞳に熱いものが込み上げ、頬に水滴が流れる。そしてしぐれもグラっとして倒れるが、それをセトルが受けとめて支えた。
「おつかれ、やっぱりしぐれはすごいよ」
セトルが微笑んで言うと、彼女も微笑み返した。
「ヒール!」
「ヒール!」
サニーとシャルンが治癒術をかけてくれた。傷口がみるみる塞がっていくと、彼女は緊張の糸が切れたようにその場に座り込んだ。
その時、ひさめの咳き込む声が聞こえた。
「驚いた……まだ意識があったのね」
シャルンが目を丸くする。
「このまま死なせるわけにはいきません。話ができる程度に回復してあげましょう」
ウェスターが言うと、サニーとシャルンは頷き、彼女の治療をする。
やがてひさめは目を開いて、セトルたちを一人ずつ見る。しぐれがほっとしたように息をついた。
「……何でうちを助けた?」
「まだあなたから何も聞いてませんからね。いろいろと話してもらいますよ」
ウェスターが不敵な笑みを浮かべ、セトルはそれを見て苦笑した。
「ここを襲った理由は独立特務騎士団の情報を末梢するためですよね?」
「だいたい……そんな感じや。せやけど、奴らソルダイに拠点を移しててん、ここにはもう何もなかった」
なるほど、とウェスターは呟く。ワースやノックスたちがソルダイに居るのなら、恐らく最終準備に取り掛かっているのだと思う。あそこが蒼霊砲に一番近い村だから。
「でしたら、あとのことは向こうで取り調べた方がいいでしょう」
そうね、とシャルンが頷く。
「ここで話していても仕方ないわ。早く行きましょう」
もうすぐアルヴァレスとの決戦。当然、ゼースやルイスも出てくる。シャルンは焦っているようだが、その気持ちはよくわかった。
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