ILIAD ~幻影の彼方~
051 霧氷牢の神殿
「へ、へ、へっくしょん!!」
フラードルの町全体に響き渡るんじゃないかと思うくらいの大声でアランがクシャミをする。
ニブルヘイム地方唯一の都市であるフラードルは、面積だけで言えば首都よりも広い。年中銀世界のこの町は、アクエリスと並ぶほど美しい町である。その代り、寒さに関しては涼しい環境のアスカリアで育った人でもこの通りである。
ノックスを残し、ティンバルクを発ったセトルたちはここに来る前に一度サンデルクに立ち寄った。ワースは居なかったが、代わりにアイヴィが迎えてくれた。報告だけなので彼女でも十分だった。
寒さでセイルクラフトがダメにならないか心配だったが、長時間外に放置しなければ大丈夫のようだ。
今日は吹雪いていた。セトルたちはすぐさま宿屋――《氷の華》に駆け込んだ。外がこんな状態だから精霊との契約は吹雪が止んでからということで皆了承した。宿の主人によると、明日には止むそうだ。今の時刻は昼。一日近く足止めされるのは久しぶりだ。この間にゆっくり休んでおこう。
アランとシャルンは食料や防寒具などを買いに行っている。吹雪の中、建物の外に出ることをアランは拒んでいたが、サニーが無理やりシャルンと行かせてしまった。ウェスターは部屋で何かの本を読んでいる。
何をしようか。
皆それぞれの休息をとっている。暇なときは何をしていたのだろうか、忙しい日々が続いていたため、セトルはそういったことを忘れていた。二階の廊下の窓から吹雪の街並みを眺めて、村に居たときにどう過ごしていたかを思いだそうとするが、空を眺めていたこと以外思い出せない。
空は――と見上げてみるが、当然、暗く重い雪雲が覆っていて眺める気がしない。
(サニーたちは何をしてるんだろう?)
サニーとしぐれは彼女たちの部屋に籠ってから出てこない。暖炉の前で丸くなっているのが容易に想像できる。
(……剣でも磨いておこうかな)
踵を返し、セトルは自分の部屋に戻った。
✝ ✝ ✝
次の日は宿の主人が言っていた通り、見事に晴れ渡っていた。それでも寒いことはかわらない。
空気が澄んでいる。
アランたちが買ってきた防寒具を身につけ、一行はフラードルから南に飛んだ。《霧氷牢の神殿》に氷精霊が居る。神殿というくらいのものだから、コイロン洞窟よりも簡単に見つけることができた。
「うわぁ……」
「めっちゃ綺麗やん……」
神殿は氷でできているかのように陽の光を反射して神秘的に輝いていた。サニーたちが思わず呟いてしまうのもわかる。正面の外見的な造りは柱が何本も立っているため、《牢》という表現はあながち間違ってはいない。しかし、中に入ってみて別の意味での《牢》がわかった。
神殿内は迷路のようになっていて、広くて寒い。それだけならいいが、ところどころで白い霧が行く手を阻み、雹の嵐が吹き荒れる。下手をすると迷ってしまい、二度と出ることは叶わないかもしれない。事実、ここで行方不明になった者は多いらしい。彼らの死骸は見当たらないが、魔物はいやっていうほどいる。それらを蹴散らすたびに激しく動くので、体はすっかり温まった。
「ここのようです」
ウェスターが立ち止まる。今までで一番広い部屋。両壁の氷かガラスかわからないところから陽が射していて、部屋の奥には氷の祭壇がある。近づくと、床から小さな竜巻が氷の飛礫を巻き上げながら発生した。中心に冷たいイメージの青色をした輝きが浮いている。
『わたしはグラニソ。よくここまで辿り着いたな。褒めてやろう』
頭の中にクールでどこか偉そうな女性の声が響いた。
「私はウェスター・トウェーン。あなたとの契約を望む者です」
『わたしと? 面白い、いいだろう』
輝きは女性の形になった。同時に竜巻が収まる。カチューシャをした長い白銀の髪、同じ白銀の瞳に腰マント、雪の白をさらに通り越したような白い肌。見た目だけならこれまでの精霊の中で一番人間に近い。
グラニソは冷たい瞳でセトルたちを見下ろし、ゆっくりと着地する。
「では、武器を構えるがいい!」
言うとグラニソはパチンと指を鳴らした。するとグラニソの隣にまた竜巻が起こり、青い体毛に覆われた狼に似た生き物が現れた。血のような赤い両眼に鋭い牙と爪、まるで魔物のようだ。
「わたしのパートナー、氷の聖獣『グラキエス』だ。わたしはこの子と共に戦う。――いくぞ!」
グラニソとグラキエスは同時に床を蹴った。軽やかなフットワークでグラニソがセトルたちとの距離を縮める。
「くそっ、パートナーがいるなんて聞いてねぇぞ!」
アランがグラキエスの爪の一撃を躱しながら嘆く。
「文句を言っている場合ではありませんよ。セトルたちはできるだけ彼女を抑えていてください。私とアランでグラキエスを片づけます!」
ウェスターが霊術の詠唱を始める。恐らく火属性の術だ。氷の魔物たち相手にそれは絶大な効果があった。グラキエスも氷の聖獣と言われるくらいだから炎に弱いと踏んだのだろう。
グラニソの怒涛の拳は止むことなくセトルに打ち出される。凄まじく速い連続攻撃、セトルは剣で防ぐので精一杯だった。
「どうした? 防いでばかりじゃわたしには勝てないぞ!」
グラニソは口元に笑みを浮かべている。
「くそっ……はっ!」
セトルは押し返すように剣を横薙ぎに一閃した。しかしグラニソは身軽にもバック宙返りでそれを躱し、着地後に両掌に気を溜めて重ねるように掌底を打ち出す。
「――狼吼破!!」
咄嗟に剣で受け止める。だが、グラニソの掌に込められた気が狼の形になって放たれる。衝撃でセトルは数メートル吹き飛んだ。
「――吹き荒べ、アイスゲヴィッター!!」
さらに追い打ちで氷塊を含んだ大嵐がセトルを襲う。凍てつく風はセトルの肌を凍らし、そこに氷塊が砕くように打ちつける。感覚ははっきりしている。ひどい痛みが体中を走る。
「セトル!?」
しぐれが叫び、忍刀を振り下す。しかしグラニソには当たらない。それは虚しく風を切っただけだった。
サニーがセトルに駆け寄り治癒術の詠唱を行う。
「――血を求めし裁きの十字架、ダークネスクロス!!」
シャルンの声が響く。グラニソの足下から禍々しい柱が立ち昇り、捉え、引き裂くように十字を形成する。
氷霊素がほとばしるが、掠り傷程度だった。しぐれが距離を置き、三つの大きめの手裏剣を取り出して、投げる。それは空中で発火し、僅かな隙ができているグラニソを襲う。
「――忍法、桂月!!」
一つ、二つ、身軽なグラニソならそれを躱すことなど簡単だった。躱しながらしぐれへと迫る。だが、三つ目はあたった。いや違う、受けとめた。みるみる炎が凍結していき、氷の手裏剣が完成する。
グラニソはそれを投げた。しぐれはバックステップで躱す。手裏剣は床に突き刺さり、氷が綺麗に割れる。しかし、それはあたらなくてもよかった。あてる気もなかったのだろう。ただ隙を作るための行動にすぎない。グラニソはしぐれの懐に飛び込み、彼女を高く蹴り上げた。同時に飛び、もう一度氷霊素を付加させた蹴りを繰り出す。それは、セトルやシャルンの飛天連蹴に似ていた。
一撃、一撃はそれほど重くはないが、それでも骨は悲鳴を上げる。しぐれはなんとか着地し、蹴られた箇所を押さえる。
「やべぇな。早くこいつを倒して加勢しないと……」
セトルたちの様子をアランは横目で見ていた。グラキエスは唸り声を上げ、赤い両眼がアランをロックオンし、隙を窺うように体勢を低くしてじりじりと迫っている。
グラキエスの肉薄のスピードはグラニソよりも速く、反応速度も異常に速い。アランが多少隙を作らせたところであたりはしなかった。
グラキエスは全身をばねにして飛びかかった。
迫りくる牙をアランは左手の籠手で防ぎ、動きを捉える。右手の長斧で斬りつける。咄嗟にグラキエスは飛び退った。左前脚のつけ根の辺りから鮮血が流れる。ようやくあたった。左手の籠手を見ると噛みつかれた痕がくっきりと残っており、あと寸前で貫かれていた。次に同じことはできない。
「――斬り刻む真空の刃、スラッシュガスト!!」
ウェスターが素早く隙のない霊術に切り替えた。時間がかかるだろうが、まずは動きを止めるところから始めなければ勝てない。
決定打は与えられなかったが、無数の風刃にグラキエスはひるみ、一瞬だけ動きが止まる。十分だった。アランは一気に駆けだし、長斧を突き出してそのままグラキエスを打ち上げる。空中で体勢を立て直そうとするグラキエスをアランは飛び上がってさらに斬りつける。
「――天翔皇刃撃!!」
流石のグラキエスも空中では躱せない。横薙ぎに一閃し、さらに叩き落とすように降り下す。
「――終焉の紅き業火よ、クリムゾンバースト!!」
落ちてくるのを待っていたかのように赤い霊術陣が床に出現する。グラキエスは悲鳴に似た叫びを上げていたが、次の瞬間、クリムゾンバーストの爆発に呑まれ、それは断末魔の叫びと化した。
魔物が焦げた臭いとはまた違う臭いが漂う。
グラキエスは横倒しに床に転がっていた。美しかった青い体毛も今では縮れ爛れている。霊素に還らないということはまだ生きているということ。聖獣と呼ばれるものだ。これくらいでは死なないのかもしれない。しかし苦しそうに唸っている。もう動けないことは明らかだ。精霊のパートナーをこれ以上無意味に痛めつけるわけにはいかない。思いだしたようにアランはセトルたちの方を向く。
「――凍龍連舞!!」
凍気の籠った拳が容赦なく打ち出される。サニーのおかげで回復したセトルは一打一打を剣で防ぎ、グラニソの隙を窺っている。
シャルンが背後を取り、体を捻ってトンファーを打ち込む。グラニソはそれに気づいたが肩を殴打される。しかしひるまず、掌に闘気と冷気を纏わせて、放つ。
「――狼牙氷槍陣!!」
狼の気が放たれたかと思うと、グラニソの周囲から無数の氷の槍が突き出した。鋼よりも硬い氷でできているそれは、セトルを鎧ごと貫くことなど簡単にできるだろう。今の剣――バスターソードですらまともに受け止めると折れてしまう恐れがある。狼の気をかろうじて躱し、氷の槍は受け流すようにして防いだ。シャルンは後ろに跳んで、槍の間合いから離れる。
うっ、とグラニソの表情が僅かに引き攣る。肩のダメージは意外と大きかったようだ。
「――翼無き者に一瞬の幻夢を与えん、グラビティ・ゼロ!!」
そこへサニーの声と共に透通った白い輝きを放つ霊術陣が広がる。陣と同じ大きさの光の輪がいくつも浮き上がり、それにつられてグラニソも引っ張られるように上昇する。まるでその空域だけが無重力にでもなったかのようだ。光の輪がグラニソを包む。直後、星の重力を何倍にもしたようなスピードで落下する。
床に叩きつけられたのと同時にグラニソは呻き、苦悶の表情を浮かべた。
一瞬の暇も与えずに左右から駆ける足音が聞こえる。
「!?」
右からアランの長斧が、左からウェスターの槍がグラニソを捉え、血の代わりの氷霊素を大量に散らした。
「今だ、セトル!」
アランが叫び、セトルは頷いてそれに答えた。脚に火霊素付加させグラニソを蹴り上げる。セトルも跳んだ。
「――昇牙炎龍脚!!」
一発、二発……纏った炎で何度蹴りを繰り出しているのかわからない。飛天連蹴の奥義なので最後には剣を振るう。もちろんそれも炎を纏っている。
きゃあああ、という人の女性らしい悲鳴を上げ、彼女は飛散した。青い光粒は陽光に照らされてそれは感動を覚えるほど美しかった。
いつの間にかグラキエスの姿も消えている。
再び輝きが集結し、グラニソが姿を現す。
「わたしの負けだ。契約を結んでやる」
負けたのがくやしいのか、その声は投げやりになっている。いつものようにウェスターが前に出て契約の言葉を言う。一条の光にグラニソは同化した。残された指輪は《サファイア》だった。これも本などで見たことがある。
光が消え、契約の儀が終わったかと思うと、眩い輝きが天からゆっくりと降りてきた。
「な、何だ!?」
驚いているセトルたちの目の前でその輝きは優しく明滅している。その輝きは精霊のそれと似ている。
その通りだった。
輝きは徐々に形を変え、女性の姿になった。女性と言ってもグラニソほど人に近い容姿ではない。背中からぼんやりと輝く美しい翼が生えていて中に浮いている。翼の力で浮かんでいるわけではないのは明らかだが、その容姿はまるで天使のようで神々しい。緑色のワンピースに似た服、ショートの茶髪に尖った耳、ノルティアンのようなグリーンの瞳は威厳さえ感じられる。ただの精霊ではないということがすぐにわかった。
「我が名はセンテュリオ。光の精霊にして、古代アルヴィディアの統括精霊だ」
フラードルの町全体に響き渡るんじゃないかと思うくらいの大声でアランがクシャミをする。
ニブルヘイム地方唯一の都市であるフラードルは、面積だけで言えば首都よりも広い。年中銀世界のこの町は、アクエリスと並ぶほど美しい町である。その代り、寒さに関しては涼しい環境のアスカリアで育った人でもこの通りである。
ノックスを残し、ティンバルクを発ったセトルたちはここに来る前に一度サンデルクに立ち寄った。ワースは居なかったが、代わりにアイヴィが迎えてくれた。報告だけなので彼女でも十分だった。
寒さでセイルクラフトがダメにならないか心配だったが、長時間外に放置しなければ大丈夫のようだ。
今日は吹雪いていた。セトルたちはすぐさま宿屋――《氷の華》に駆け込んだ。外がこんな状態だから精霊との契約は吹雪が止んでからということで皆了承した。宿の主人によると、明日には止むそうだ。今の時刻は昼。一日近く足止めされるのは久しぶりだ。この間にゆっくり休んでおこう。
アランとシャルンは食料や防寒具などを買いに行っている。吹雪の中、建物の外に出ることをアランは拒んでいたが、サニーが無理やりシャルンと行かせてしまった。ウェスターは部屋で何かの本を読んでいる。
何をしようか。
皆それぞれの休息をとっている。暇なときは何をしていたのだろうか、忙しい日々が続いていたため、セトルはそういったことを忘れていた。二階の廊下の窓から吹雪の街並みを眺めて、村に居たときにどう過ごしていたかを思いだそうとするが、空を眺めていたこと以外思い出せない。
空は――と見上げてみるが、当然、暗く重い雪雲が覆っていて眺める気がしない。
(サニーたちは何をしてるんだろう?)
サニーとしぐれは彼女たちの部屋に籠ってから出てこない。暖炉の前で丸くなっているのが容易に想像できる。
(……剣でも磨いておこうかな)
踵を返し、セトルは自分の部屋に戻った。
✝ ✝ ✝
次の日は宿の主人が言っていた通り、見事に晴れ渡っていた。それでも寒いことはかわらない。
空気が澄んでいる。
アランたちが買ってきた防寒具を身につけ、一行はフラードルから南に飛んだ。《霧氷牢の神殿》に氷精霊が居る。神殿というくらいのものだから、コイロン洞窟よりも簡単に見つけることができた。
「うわぁ……」
「めっちゃ綺麗やん……」
神殿は氷でできているかのように陽の光を反射して神秘的に輝いていた。サニーたちが思わず呟いてしまうのもわかる。正面の外見的な造りは柱が何本も立っているため、《牢》という表現はあながち間違ってはいない。しかし、中に入ってみて別の意味での《牢》がわかった。
神殿内は迷路のようになっていて、広くて寒い。それだけならいいが、ところどころで白い霧が行く手を阻み、雹の嵐が吹き荒れる。下手をすると迷ってしまい、二度と出ることは叶わないかもしれない。事実、ここで行方不明になった者は多いらしい。彼らの死骸は見当たらないが、魔物はいやっていうほどいる。それらを蹴散らすたびに激しく動くので、体はすっかり温まった。
「ここのようです」
ウェスターが立ち止まる。今までで一番広い部屋。両壁の氷かガラスかわからないところから陽が射していて、部屋の奥には氷の祭壇がある。近づくと、床から小さな竜巻が氷の飛礫を巻き上げながら発生した。中心に冷たいイメージの青色をした輝きが浮いている。
『わたしはグラニソ。よくここまで辿り着いたな。褒めてやろう』
頭の中にクールでどこか偉そうな女性の声が響いた。
「私はウェスター・トウェーン。あなたとの契約を望む者です」
『わたしと? 面白い、いいだろう』
輝きは女性の形になった。同時に竜巻が収まる。カチューシャをした長い白銀の髪、同じ白銀の瞳に腰マント、雪の白をさらに通り越したような白い肌。見た目だけならこれまでの精霊の中で一番人間に近い。
グラニソは冷たい瞳でセトルたちを見下ろし、ゆっくりと着地する。
「では、武器を構えるがいい!」
言うとグラニソはパチンと指を鳴らした。するとグラニソの隣にまた竜巻が起こり、青い体毛に覆われた狼に似た生き物が現れた。血のような赤い両眼に鋭い牙と爪、まるで魔物のようだ。
「わたしのパートナー、氷の聖獣『グラキエス』だ。わたしはこの子と共に戦う。――いくぞ!」
グラニソとグラキエスは同時に床を蹴った。軽やかなフットワークでグラニソがセトルたちとの距離を縮める。
「くそっ、パートナーがいるなんて聞いてねぇぞ!」
アランがグラキエスの爪の一撃を躱しながら嘆く。
「文句を言っている場合ではありませんよ。セトルたちはできるだけ彼女を抑えていてください。私とアランでグラキエスを片づけます!」
ウェスターが霊術の詠唱を始める。恐らく火属性の術だ。氷の魔物たち相手にそれは絶大な効果があった。グラキエスも氷の聖獣と言われるくらいだから炎に弱いと踏んだのだろう。
グラニソの怒涛の拳は止むことなくセトルに打ち出される。凄まじく速い連続攻撃、セトルは剣で防ぐので精一杯だった。
「どうした? 防いでばかりじゃわたしには勝てないぞ!」
グラニソは口元に笑みを浮かべている。
「くそっ……はっ!」
セトルは押し返すように剣を横薙ぎに一閃した。しかしグラニソは身軽にもバック宙返りでそれを躱し、着地後に両掌に気を溜めて重ねるように掌底を打ち出す。
「――狼吼破!!」
咄嗟に剣で受け止める。だが、グラニソの掌に込められた気が狼の形になって放たれる。衝撃でセトルは数メートル吹き飛んだ。
「――吹き荒べ、アイスゲヴィッター!!」
さらに追い打ちで氷塊を含んだ大嵐がセトルを襲う。凍てつく風はセトルの肌を凍らし、そこに氷塊が砕くように打ちつける。感覚ははっきりしている。ひどい痛みが体中を走る。
「セトル!?」
しぐれが叫び、忍刀を振り下す。しかしグラニソには当たらない。それは虚しく風を切っただけだった。
サニーがセトルに駆け寄り治癒術の詠唱を行う。
「――血を求めし裁きの十字架、ダークネスクロス!!」
シャルンの声が響く。グラニソの足下から禍々しい柱が立ち昇り、捉え、引き裂くように十字を形成する。
氷霊素がほとばしるが、掠り傷程度だった。しぐれが距離を置き、三つの大きめの手裏剣を取り出して、投げる。それは空中で発火し、僅かな隙ができているグラニソを襲う。
「――忍法、桂月!!」
一つ、二つ、身軽なグラニソならそれを躱すことなど簡単だった。躱しながらしぐれへと迫る。だが、三つ目はあたった。いや違う、受けとめた。みるみる炎が凍結していき、氷の手裏剣が完成する。
グラニソはそれを投げた。しぐれはバックステップで躱す。手裏剣は床に突き刺さり、氷が綺麗に割れる。しかし、それはあたらなくてもよかった。あてる気もなかったのだろう。ただ隙を作るための行動にすぎない。グラニソはしぐれの懐に飛び込み、彼女を高く蹴り上げた。同時に飛び、もう一度氷霊素を付加させた蹴りを繰り出す。それは、セトルやシャルンの飛天連蹴に似ていた。
一撃、一撃はそれほど重くはないが、それでも骨は悲鳴を上げる。しぐれはなんとか着地し、蹴られた箇所を押さえる。
「やべぇな。早くこいつを倒して加勢しないと……」
セトルたちの様子をアランは横目で見ていた。グラキエスは唸り声を上げ、赤い両眼がアランをロックオンし、隙を窺うように体勢を低くしてじりじりと迫っている。
グラキエスの肉薄のスピードはグラニソよりも速く、反応速度も異常に速い。アランが多少隙を作らせたところであたりはしなかった。
グラキエスは全身をばねにして飛びかかった。
迫りくる牙をアランは左手の籠手で防ぎ、動きを捉える。右手の長斧で斬りつける。咄嗟にグラキエスは飛び退った。左前脚のつけ根の辺りから鮮血が流れる。ようやくあたった。左手の籠手を見ると噛みつかれた痕がくっきりと残っており、あと寸前で貫かれていた。次に同じことはできない。
「――斬り刻む真空の刃、スラッシュガスト!!」
ウェスターが素早く隙のない霊術に切り替えた。時間がかかるだろうが、まずは動きを止めるところから始めなければ勝てない。
決定打は与えられなかったが、無数の風刃にグラキエスはひるみ、一瞬だけ動きが止まる。十分だった。アランは一気に駆けだし、長斧を突き出してそのままグラキエスを打ち上げる。空中で体勢を立て直そうとするグラキエスをアランは飛び上がってさらに斬りつける。
「――天翔皇刃撃!!」
流石のグラキエスも空中では躱せない。横薙ぎに一閃し、さらに叩き落とすように降り下す。
「――終焉の紅き業火よ、クリムゾンバースト!!」
落ちてくるのを待っていたかのように赤い霊術陣が床に出現する。グラキエスは悲鳴に似た叫びを上げていたが、次の瞬間、クリムゾンバーストの爆発に呑まれ、それは断末魔の叫びと化した。
魔物が焦げた臭いとはまた違う臭いが漂う。
グラキエスは横倒しに床に転がっていた。美しかった青い体毛も今では縮れ爛れている。霊素に還らないということはまだ生きているということ。聖獣と呼ばれるものだ。これくらいでは死なないのかもしれない。しかし苦しそうに唸っている。もう動けないことは明らかだ。精霊のパートナーをこれ以上無意味に痛めつけるわけにはいかない。思いだしたようにアランはセトルたちの方を向く。
「――凍龍連舞!!」
凍気の籠った拳が容赦なく打ち出される。サニーのおかげで回復したセトルは一打一打を剣で防ぎ、グラニソの隙を窺っている。
シャルンが背後を取り、体を捻ってトンファーを打ち込む。グラニソはそれに気づいたが肩を殴打される。しかしひるまず、掌に闘気と冷気を纏わせて、放つ。
「――狼牙氷槍陣!!」
狼の気が放たれたかと思うと、グラニソの周囲から無数の氷の槍が突き出した。鋼よりも硬い氷でできているそれは、セトルを鎧ごと貫くことなど簡単にできるだろう。今の剣――バスターソードですらまともに受け止めると折れてしまう恐れがある。狼の気をかろうじて躱し、氷の槍は受け流すようにして防いだ。シャルンは後ろに跳んで、槍の間合いから離れる。
うっ、とグラニソの表情が僅かに引き攣る。肩のダメージは意外と大きかったようだ。
「――翼無き者に一瞬の幻夢を与えん、グラビティ・ゼロ!!」
そこへサニーの声と共に透通った白い輝きを放つ霊術陣が広がる。陣と同じ大きさの光の輪がいくつも浮き上がり、それにつられてグラニソも引っ張られるように上昇する。まるでその空域だけが無重力にでもなったかのようだ。光の輪がグラニソを包む。直後、星の重力を何倍にもしたようなスピードで落下する。
床に叩きつけられたのと同時にグラニソは呻き、苦悶の表情を浮かべた。
一瞬の暇も与えずに左右から駆ける足音が聞こえる。
「!?」
右からアランの長斧が、左からウェスターの槍がグラニソを捉え、血の代わりの氷霊素を大量に散らした。
「今だ、セトル!」
アランが叫び、セトルは頷いてそれに答えた。脚に火霊素付加させグラニソを蹴り上げる。セトルも跳んだ。
「――昇牙炎龍脚!!」
一発、二発……纏った炎で何度蹴りを繰り出しているのかわからない。飛天連蹴の奥義なので最後には剣を振るう。もちろんそれも炎を纏っている。
きゃあああ、という人の女性らしい悲鳴を上げ、彼女は飛散した。青い光粒は陽光に照らされてそれは感動を覚えるほど美しかった。
いつの間にかグラキエスの姿も消えている。
再び輝きが集結し、グラニソが姿を現す。
「わたしの負けだ。契約を結んでやる」
負けたのがくやしいのか、その声は投げやりになっている。いつものようにウェスターが前に出て契約の言葉を言う。一条の光にグラニソは同化した。残された指輪は《サファイア》だった。これも本などで見たことがある。
光が消え、契約の儀が終わったかと思うと、眩い輝きが天からゆっくりと降りてきた。
「な、何だ!?」
驚いているセトルたちの目の前でその輝きは優しく明滅している。その輝きは精霊のそれと似ている。
その通りだった。
輝きは徐々に形を変え、女性の姿になった。女性と言ってもグラニソほど人に近い容姿ではない。背中からぼんやりと輝く美しい翼が生えていて中に浮いている。翼の力で浮かんでいるわけではないのは明らかだが、その容姿はまるで天使のようで神々しい。緑色のワンピースに似た服、ショートの茶髪に尖った耳、ノルティアンのようなグリーンの瞳は威厳さえ感じられる。ただの精霊ではないということがすぐにわかった。
「我が名はセンテュリオ。光の精霊にして、古代アルヴィディアの統括精霊だ」
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