ILIAD ~幻影の彼方~
046 星の語り部
風を切るように飛ぶセイルクラフトは乗り心地抜群だった。
操作方法はそれほど難しいものではなく、セトルもすぐに覚えられた。初めは空を飛んでいるということに驚きと、少し恐怖も感じていたが、何時間か乗っているとすっかり慣れてしまい、飛ぶことが楽しくなってきた。
皆の誤解を解き、ソルダイに戻ったセトルたちは、ソルダイの村長邸――つまりザインの邸――で休息をとった。首都を含め、他の町の誤報はワースたち独立特務騎士団の働きでどうにかなったようだ。
それを伝えたのはアキナの忍者、はくまだった。彼はワースとスウィフトに頼まれて霊導飛行機械の入ったエリアルパックを人数分持って来てくれたのだ。ワースから連絡があって、彼が来るまで数日かかったが、セイルクラフトの他に、重要な情報も持って来てくれた。
一行は今、《ティンバルク》という村を目指し、ソルダイから東に向かって飛んでいる。
「ねぇ、『語り部』って、ホントにそんな人居るの?」
セイルクラフト同士の通信機能を使って、サニーが訊く。雑音はあるが、彼女の声は皆によく聞こえた。霊導船の何倍もの速さで空を翔けているのだ、通信機能がなければろくに会話できなかっただろう。
「さあ? でも、ワースさんの情報だから本当のことだとは思うけど……」
はくまの伝えた情報は、他の精霊のことでもなければ、アルヴァレスの情報でもなかった。それは『星の語り部』と呼ばれる人物の存在であった。
その人物は、このシルティスラントの歴史などを人種戦争以前から完璧に記録しているらしい。その人を訪ねることで精霊の居場所はもちろん、アルヴァレスの目的の一つである古霊子核兵器のことも何かわかるかもしれない。とのことだが、そんなに都合のいい人が本当に居るのだろうか? サニーが疑問に思うのもわかる。
「はくまは嘘言わへんよ」としぐれの声が通信機器から聞こえる。「アキナの忍者は確証のない情報を伝えることはあらへん。語り部っちゅう人は必ず居てるはずや!」
今は信じるしかない、とセトルは思った。
ウェスターが言うには、ティンバルクは歴史の村。広大な《スルトの森》の中にある遺跡を基にその村は造られているらしい。そういった雰囲気なので、そんな人が居てもいい気がする。
六機のセイルクラフトはもの凄いスピードでただ東に向かって突き進む。
✝ ✝ ✝
ティンバルクは森の中にあるため、セイルクラフトで直接村に入ることはできない。セトルたちは一度、その森《スルトの森》の手前に着陸した。
ここはアースガルズ地方、つまり首都がある大陸だ。首都はこの森から南の方角にある。普通歩いて行くなら、首都からでも五日以上はかかるところを、セイルクラフトではソルダイから半日ほどしかかからなかった。
森は迷い霞の密林とは違い、神聖な感じが漂っている。ただ、村まで続く道から外れてしまうと迷ってしまうかもしれない。
「それにしても、こう景色が変わらんと、流石に飽きてくるわぁ……。綺麗な湖とかないんやろか?」
歩きながらしぐれが退屈そうな表情でそう言う。
「そんな、アキナじゃないんだから……。」
セトルは苦笑した。そしてウェスターの方を向く。
「でも、もうだいぶ歩いていますよね? まだ着かないんでしょうか?」
森に入り既に数時間。セトルたちはそれなりに整備されている道をひたすらに進んでいる。ほとんど変わることのない景色にセトルも飽きてきたようだ。
「スルトの森は広いですからね。村まで早くても一日はかかりますよ」
ウェスターは口元に微笑みを浮かべて答えると、それを聞いたサニーが後ろで、うえ~、とだらしない声を上げる。だが、彼女の気持ちはわかる。一日かかるということは森の中で夜を過ごさないといけないということだ。つまり――
「この森にも魔物は居るだろ? 夜とか大丈夫なのかよ?」
とアランが言った通りだ。魔物、それも森に居るようなものは夜行性がほとんど。森の中の野宿はできるだけ避けたいものである。
「それなら心配ないわ」とシャルン。「この森にはいくつか《旅人の小屋》っていう小さな宿があるの。ほら、見えてきたわ。あれがそうよ」
彼女が前方を指差すと、道の向こうに確かに寂れた宿屋のような建物が建っていた。人もそれなりにいるようで、ティンバルクに行く旅人は多いのかもしれない。遺跡を基に造られた村だから観光名所も多いのだろう。
「くわしいですね、シャルン。ここに来たことがあるのですか?」
先頭を行くウェスターは彼女を振り向いてそう訊く。すると彼女はどこか寂しいような、昔を思い出すような顔をして、ええ、とだけ言って天を仰ぐ。
「……?」
そんな彼女にアランは首を傾げるが、別に問い詰める気はなく、流すことにして皆を見回す。
「今日はあそこで休もうぜ」
✝ ✝ ✝
古びたアーチをくぐり、一行はティンバルクの土を踏みしめた。
町を見回すが、遺跡らしきものは見当たらない。その代り森の中にあるだけに、太い樹があちこちから生えている。木造の建物が並び、その点を除けば極普通の村のようで、観光客と思われる人は多く、村は賑わっている。
土を整備しただけの道を歩き、しばらく村の中を見回していると、巨大な五角形の舞台のような物が目に入った。そこに観光客が集中している。
「何だろう?」
セトルが首を傾げて彼らの方を見る。
「あれがこの村の遺跡よ」とシャルンが答える。「昔はあの台の上で何かの儀式をしていたみたいだけど、今でも年に一度、あそこで踊り子が踊ってるみたい」
セトルは、へぇと言っただけで特に関心はないようだったが、
「踊り子か……綺麗やろうな」
羨望の色を隠さずにしぐれが呟く。
「それより、あそこで観光客の相手をしている人に『語り部』について訊いてみましょう。いろいろと知ってそうです」
眼鏡の位置を直したウェスターに、皆は頷いた。
観光客が居なくなるまで待ち、セトルたちは彼らの相手をしていたアルヴィディアン男性の老人に近づいた。
「すみません、少しよろしいですか?」
声をかけたウェスターに老人は怪訝そうな表情をする。また観光客に面倒な話をしないといけないのか、と言っているようだ。
「この村に『語り部』が住んでいると聞いてきたのですが」
「『語り部』じゃと? ああ、グウィッザさんのことかね?」
本当に居たんだ、と後ろでサニーが呟く。ウェスターは浮かんでしまった笑みを隠すように眼鏡のブリッジを押さえる。
「その人は今どこに?」
すると老人はしばらく沈黙し、やがて口を開いた。
「……あの人はもう亡くなったよ。半月ほど前にな」
皆が、え!? という顔をする。老人が続ける。
「寿命じゃったんだろうな。一人暮らしの元気な婆さんじゃったが、遺跡の前でバッタリ逝っとったんじゃ。見つけたのがわしじゃからよう覚えとる」
「そんなぁ……せっかくここまで来たのに」
がっくりとサニーは肩を落とす。無駄足、かもしれないが、まだ可能性がある。セトルが前に出て、
「その人の家ってわかりますか?」
と訊く。家にさえ入れれば、その人が記録している精霊などの手掛かりが掴めるかもしれない。
「残念じゃが、あの人の家はこの広大なスルトの奥にあっての。わしら村人でもわからんのじゃ」
「……そうですか」
セトルは俯いた。これで完全に無駄足となってしまった。恐らくこの村にその記録は伝わっていないだろう。セトルたちは老人に礼を言って、去っていくその背中を見送った。
「一度宿に向かいましょう」
老人の姿が見えなくなると、ウェスターが皆を促した。
操作方法はそれほど難しいものではなく、セトルもすぐに覚えられた。初めは空を飛んでいるということに驚きと、少し恐怖も感じていたが、何時間か乗っているとすっかり慣れてしまい、飛ぶことが楽しくなってきた。
皆の誤解を解き、ソルダイに戻ったセトルたちは、ソルダイの村長邸――つまりザインの邸――で休息をとった。首都を含め、他の町の誤報はワースたち独立特務騎士団の働きでどうにかなったようだ。
それを伝えたのはアキナの忍者、はくまだった。彼はワースとスウィフトに頼まれて霊導飛行機械の入ったエリアルパックを人数分持って来てくれたのだ。ワースから連絡があって、彼が来るまで数日かかったが、セイルクラフトの他に、重要な情報も持って来てくれた。
一行は今、《ティンバルク》という村を目指し、ソルダイから東に向かって飛んでいる。
「ねぇ、『語り部』って、ホントにそんな人居るの?」
セイルクラフト同士の通信機能を使って、サニーが訊く。雑音はあるが、彼女の声は皆によく聞こえた。霊導船の何倍もの速さで空を翔けているのだ、通信機能がなければろくに会話できなかっただろう。
「さあ? でも、ワースさんの情報だから本当のことだとは思うけど……」
はくまの伝えた情報は、他の精霊のことでもなければ、アルヴァレスの情報でもなかった。それは『星の語り部』と呼ばれる人物の存在であった。
その人物は、このシルティスラントの歴史などを人種戦争以前から完璧に記録しているらしい。その人を訪ねることで精霊の居場所はもちろん、アルヴァレスの目的の一つである古霊子核兵器のことも何かわかるかもしれない。とのことだが、そんなに都合のいい人が本当に居るのだろうか? サニーが疑問に思うのもわかる。
「はくまは嘘言わへんよ」としぐれの声が通信機器から聞こえる。「アキナの忍者は確証のない情報を伝えることはあらへん。語り部っちゅう人は必ず居てるはずや!」
今は信じるしかない、とセトルは思った。
ウェスターが言うには、ティンバルクは歴史の村。広大な《スルトの森》の中にある遺跡を基にその村は造られているらしい。そういった雰囲気なので、そんな人が居てもいい気がする。
六機のセイルクラフトはもの凄いスピードでただ東に向かって突き進む。
✝ ✝ ✝
ティンバルクは森の中にあるため、セイルクラフトで直接村に入ることはできない。セトルたちは一度、その森《スルトの森》の手前に着陸した。
ここはアースガルズ地方、つまり首都がある大陸だ。首都はこの森から南の方角にある。普通歩いて行くなら、首都からでも五日以上はかかるところを、セイルクラフトではソルダイから半日ほどしかかからなかった。
森は迷い霞の密林とは違い、神聖な感じが漂っている。ただ、村まで続く道から外れてしまうと迷ってしまうかもしれない。
「それにしても、こう景色が変わらんと、流石に飽きてくるわぁ……。綺麗な湖とかないんやろか?」
歩きながらしぐれが退屈そうな表情でそう言う。
「そんな、アキナじゃないんだから……。」
セトルは苦笑した。そしてウェスターの方を向く。
「でも、もうだいぶ歩いていますよね? まだ着かないんでしょうか?」
森に入り既に数時間。セトルたちはそれなりに整備されている道をひたすらに進んでいる。ほとんど変わることのない景色にセトルも飽きてきたようだ。
「スルトの森は広いですからね。村まで早くても一日はかかりますよ」
ウェスターは口元に微笑みを浮かべて答えると、それを聞いたサニーが後ろで、うえ~、とだらしない声を上げる。だが、彼女の気持ちはわかる。一日かかるということは森の中で夜を過ごさないといけないということだ。つまり――
「この森にも魔物は居るだろ? 夜とか大丈夫なのかよ?」
とアランが言った通りだ。魔物、それも森に居るようなものは夜行性がほとんど。森の中の野宿はできるだけ避けたいものである。
「それなら心配ないわ」とシャルン。「この森にはいくつか《旅人の小屋》っていう小さな宿があるの。ほら、見えてきたわ。あれがそうよ」
彼女が前方を指差すと、道の向こうに確かに寂れた宿屋のような建物が建っていた。人もそれなりにいるようで、ティンバルクに行く旅人は多いのかもしれない。遺跡を基に造られた村だから観光名所も多いのだろう。
「くわしいですね、シャルン。ここに来たことがあるのですか?」
先頭を行くウェスターは彼女を振り向いてそう訊く。すると彼女はどこか寂しいような、昔を思い出すような顔をして、ええ、とだけ言って天を仰ぐ。
「……?」
そんな彼女にアランは首を傾げるが、別に問い詰める気はなく、流すことにして皆を見回す。
「今日はあそこで休もうぜ」
✝ ✝ ✝
古びたアーチをくぐり、一行はティンバルクの土を踏みしめた。
町を見回すが、遺跡らしきものは見当たらない。その代り森の中にあるだけに、太い樹があちこちから生えている。木造の建物が並び、その点を除けば極普通の村のようで、観光客と思われる人は多く、村は賑わっている。
土を整備しただけの道を歩き、しばらく村の中を見回していると、巨大な五角形の舞台のような物が目に入った。そこに観光客が集中している。
「何だろう?」
セトルが首を傾げて彼らの方を見る。
「あれがこの村の遺跡よ」とシャルンが答える。「昔はあの台の上で何かの儀式をしていたみたいだけど、今でも年に一度、あそこで踊り子が踊ってるみたい」
セトルは、へぇと言っただけで特に関心はないようだったが、
「踊り子か……綺麗やろうな」
羨望の色を隠さずにしぐれが呟く。
「それより、あそこで観光客の相手をしている人に『語り部』について訊いてみましょう。いろいろと知ってそうです」
眼鏡の位置を直したウェスターに、皆は頷いた。
観光客が居なくなるまで待ち、セトルたちは彼らの相手をしていたアルヴィディアン男性の老人に近づいた。
「すみません、少しよろしいですか?」
声をかけたウェスターに老人は怪訝そうな表情をする。また観光客に面倒な話をしないといけないのか、と言っているようだ。
「この村に『語り部』が住んでいると聞いてきたのですが」
「『語り部』じゃと? ああ、グウィッザさんのことかね?」
本当に居たんだ、と後ろでサニーが呟く。ウェスターは浮かんでしまった笑みを隠すように眼鏡のブリッジを押さえる。
「その人は今どこに?」
すると老人はしばらく沈黙し、やがて口を開いた。
「……あの人はもう亡くなったよ。半月ほど前にな」
皆が、え!? という顔をする。老人が続ける。
「寿命じゃったんだろうな。一人暮らしの元気な婆さんじゃったが、遺跡の前でバッタリ逝っとったんじゃ。見つけたのがわしじゃからよう覚えとる」
「そんなぁ……せっかくここまで来たのに」
がっくりとサニーは肩を落とす。無駄足、かもしれないが、まだ可能性がある。セトルが前に出て、
「その人の家ってわかりますか?」
と訊く。家にさえ入れれば、その人が記録している精霊などの手掛かりが掴めるかもしれない。
「残念じゃが、あの人の家はこの広大なスルトの奥にあっての。わしら村人でもわからんのじゃ」
「……そうですか」
セトルは俯いた。これで完全に無駄足となってしまった。恐らくこの村にその記録は伝わっていないだろう。セトルたちは老人に礼を言って、去っていくその背中を見送った。
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