ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

045 銀騎士

 痺れが完全に取れるまで小一時間かかった。
「あーやっと楽んなったわ」
 しぐれはそう言いながら確認するように腕をぐるぐると回した。
「次はどうするんですか?」
 セトルが訊くと、ウェスターは、ふむ、と呟く。
「サンデルクに戻って、スウィフトからセイルクラフトをもらいましょう」
 異存はない。もしかするとワースたちも戻っているかもしれない。次の精霊の情報を集めるためにも、一度サンデルクに戻るのが一番の早道だ。できればソルダイに寄って休みたいが、それは今の状況では敵地に乗り込むようなものである。
「またあの山登るの~」
 やる気のない声でサニーは言った。山とはシグルズ山岳のことだ。確かにあそこは道が険しく、また魔物に襲われない保障もない。正直セトルもできれば避けて通りたいのだが、そうも言ってられない。あそこが一番の近道なのだ。
「砂漠よりは楽だよ」
 とそう思えば何のこともない。それを言うとサニーも、そうね、と微笑んだ。
「動けるようになったし、さっさとここを出ようぜ。こんなところにいつまでもいたら感電死しちまう」
 アランに促され、セトルたちは来た道を戻って遺跡を出た。レランパゴと契約したせいなのかわからないが、遺跡の上空にあった雷雲は消えていた。その時――
「見つけましたよ、――ウェスター・トウェーン! やはりここに来ましたね」
 セトルたちの前に二人の男性が現れた。聞き覚えのある声と、その姿にセトルは目を丸くした。片方は緑色の変わったマークの入った法衣を纏い、ダークブラウンの長髪をした二メートル近くある大男。そしてもう一人は、美しい顔立ちで青い長髪を後ろで結い、銀色に輝く全身鎧を纏った青年だった。
「ザインさん、ハドムさん!」
 セトルは少し懐かしむような声で二人の名を口にした。彼らとは一度、ほんの少ししか会ってはいないのだが、よく覚えている。
「誰? セトル」
 そうか、サニーは知らないんだ。あの二人とあったのは彼女が連行されている時。セトルは簡単にその時のことを説明した。
「久しぶりだね、セトル君。まさかこんな形で再開するとは思わなかったよ」
 ザインの口調は前と同じ優しいものだったが、なぜだろう、彼の瞳には敵意を感じる。
「何、味方じゃないの?」
 セトルの説明から、彼らを完全に味方だと思っていたサニーは、そのただならぬ空気に戸惑った。アランやしぐれもわけがわからないといった様子だ。
(もしかして、サヴィトゥード!?)
 ハッとしセトルはそう思った。サヴィトゥードはあの時確かに砕けたが、一つしかないとは聞いていない。彼らもアルヴィディアンだし、可能性がないわけではない。
 だが二人とも操られているような雰囲気ではない。その瞳には強い意志が感じられ、堂々とそこに立っている。
「まさかあなたまで出てくるとは……自由騎士団騎士団長、銀騎士シルバーナイツ、ザイン・スティンヴァー。あの情報は誤報だと言っても信じてくれませんか?」
 眼鏡のブリッジを押さえ、ウェスターは言った。
「ザインさん自由騎士団の人だったんですか!?」
 セトルは二人の敵意の正体がウェスターの言葉でわかった。そしてサヴィトゥードではないことに安心した。だがそうなると、戦いになったときの彼らは本気だ。力不足を痛感していたセトルたちに不安が渦巻く。この地形・位置では恐らく逃げることはできないだろう。
「そうだよ、セトル君。私は自由騎士団の隊長だ。まさか君たちがウェスター・トウェーンに加担しているとは思わなかった。残念だ」
 ザインは悲しげに目を閉じた。
「だからそれは間違いだって言ってるでしょ! 悪いのは全部アルヴァレスなんだから!」
「やはり無駄ですよ、サニー」とウェスター。「罪人になっている以上、こちら側に発言権はありません。信じてくれと言ったのは無理があったようです」
 彼は言い終わると槍を作りだした。そしてそれをザインに突きつけ、脅すように言う。
「そこを通してくれませんか?」
「それはできない相談です」
 ザインは赤いヘアバンドを締め、背中に背負ってある武器に手をかけた。それは持ち手の両方に巨大な片刃の剣がついてある双刃刀そうばとうだった。同時にハドムも青い宝石を削って作られたような横幅の広い剣を抜く。
 戦いたくはない。でも捕まるわけにはいかない。苦渋の思いでセトルも剣を抜き構える。
「あの二人、強いわね……」
 トンファーを抜いたシャルンの横顔に一滴の汗が流れる。敵から目を離さずアランが、ああ、と相槌を打つ。手加減はできない。
「何であの二人と戦わなあかんねん!」
「ためらってたらやられるよ、しぐれ。僕たちは負けられないんだ!」
 覚悟を決め、セトルはザインを睨んだ。
「どうしても戦うんですね?」
「話は終わりだよセトル君。語りたければ、あとは剣で語るといい。――いくぞ!」
 ザインのそれを合図にセトルは走った。同時にハドムが飛び出す。
「ザイン様、まずは私が」
 ハドムの剛剣がセトルの頭上から降りかかる。受け止めると恐らくこちらの剣が折られる。そう直感したセトルはサイドステップでそれを躱す。だが、ハドムの剣が地面を叩くと、爆発が起きたように地面が吹き飛び、土の弾丸がセトルを襲った。ハドムは素早く次の攻撃態勢をとる。
「おっと、あんたの相手は俺がしてやる!」
 アランの長斧が横薙ぎに一閃される。ハドムは咄嗟に剣でそれを受け流して後ろに跳んだ。そこへシャルンの声が響く――
「――闇よ、オスクリダーブラスト!!」
 ハドムの足下に小規模な闇の霊術陣が出現し、そこから暗黒が立ち昇った。ハドムに悲鳴も呻き声もない。だが確実に効いているはずである。
「――飛雷刃ひらいじん!!」
 途端、ザインの声と共に雷に似た閃光が走った。セトルに向かって、複数の雷撃の刃が翔る。
「うわっ! ――また雷だよ……」
 セトルはそれを器用に躱すと、ザインを見て呟いた。レランパゴと戦ったばかりで、雷の攻撃にはうんざりだった。
「彼の者にさらなる力を、ヴィグール!!」
 体が赤色の光に包まれ、セトルは力がみなぎってくるのを感じた。
「ありがとう、サニー!」
 礼を言って、セトルはそのままザインに飛び込んだ。双刃刀が振られる。セトルは躱さず受け止めた。いや、躱せなかったのだ。剣が折られることはなかったが、衝撃で足が地面に僅かに沈んだ。
「セトル、今行くで!」
 しぐれが加勢に向かう。だが――
「――させませんぞ、爆砕ばくさいけん!!」
 地霊素アーススピリクルを纏ったハドムの剣が襲いかかる。それはしぐれではなくその前の地面を斬りつけると、先程とは比べものにならない爆発が起きる。衝撃が爆風となり、しぐれを数十メートル吹き飛ばした。生じた熱で顔を庇った腕の袖が焼き切れる。地面に叩きつけられた彼女は小さく呻いた。
 すぐにシャルンがヒールを唱え、しぐれを治療する。
「――斬り刻む真空の刃、スラッシュガスト!!」
 セトルとザインの間にウェスターの術が割って入る。ザインはセトルの剣を弾いて、吹き荒れる風刃をよける。しかし、その風刃を突き破ってセトルが突進する。不意をつかれ、彼の体当たりを受けたザインがよろめく。すかさずセトルは剣を振るう。
「ザイン様――!?」
 加勢しようとしたハドムは振りかかる斬撃に気づき、咄嗟に身を躱した。
「あんたの相手は俺だと言ったろ?」
「小癪な……」
 その時、ハドムの足下にしぐれの苦無が刺さる。これは外したわけではない。
「忍法、氷蛇ひょうだ!!」
 苦無から氷霊素アイススピリクルが発せられ、蛇のように巻きつく氷がハドムの両足を地面に張りつけた。
「今や、アラン!」
「ああ!」
 これを好機チャンスにアランは長斧を振ろうとした。だがハドムは凄まじい力で氷を砕き、剣を地面に突き刺した。その瞬間ハドムを中心に衝撃波が走る。
地顎破砕陣ちがくはさいじん!!」
 衝撃波は地面を抉りながらアランとしぐれを吹き飛ばした。二人とも空中で体勢を立て直し、うまく着地する。
「ロックバイ――」
「――させない、ダークフォール!!」
 ハドムの詠唱を遮って、シャルンの術が降りかかる。詠唱中の隙を突かれ、ハドムはよけることができず闇に呑まれた。
「アラン!」
 シャルンに言われる前にアランは走っていた。今度こそはと思い、長斧を掬い上げるように振るいながら飛び上がる。手ごたえはあった。
「――奥義、飛翔崩龍脚ひしょうほうりゅうきゃく!!」
 斬り上げ、鮮血がほとばしったハドムを、今度は霊素スピリクルと落下の勢いを付加させた足が捉え、踏みつけるように思い切り蹴る。
「がはっ!」
 吐血し、ハドムは倒れた。まだ意識があるのには驚いたが、もう動けるような体ではない。
「決まったぜ!」
 キザっぽくポーズをつけてアランは着地する。
 ――セトルはザインと再び組み合っていた。
 刃と刃が噛み合い、きしんだ音を立てている。
「ザインさん、やはり退いてはくれませんか?」
「甘いな、セトル君は」
 ザインは体を回転させセトルの剣を弾いた。さらにその遠心力を加えてもう一方の刃でセトルを薙ぎ払う。咄嗟にセトルは剣の腹で防いだが、その威力は凄まじく、吹き飛んでしまう。
 地面に叩きつけられる前に受け身を取り、どうにかダメージを軽減したが、次に飛んできた飛雷刃が腕をかすめた。それだけでも体に電撃が走る。
「セトル!」
 サニーが駆け寄ってくる。しかしザインも治癒術を使わしてはくれないだろう。彼がその邪魔に入ろうとする。その時――
「!?」
 突如、後ろから槍の突きが飛んでくる。彼は体を捻ってそれを躱すと、そのまま双刃刀を振るう。金属音がし、不意の一撃を躱されたにも関わらず、どこか余裕そうな表情のウェスターが双刃刀を防いでそこに立っていた。
「流石は銀騎士シルバーナイツ、いい反応です」
「その余裕、相変わらずですね……具現招霊術士スペルシェイパーウェスター」
 双刃刀に電撃が走ったので、ウェスターは僅かに顔を引き攣らせてその場から飛び退いた。見ると、ザインはあの巨大な双刃刀を頭上で軽々と回転させている。回転の速度が増すにつれて雷に似た閃光が渦巻き、回転する双刃刀を染める。そして彼は高く飛び上がった。
「――招雷爆撃陣しょうらいばくげきじん!!」
 ウェスターの頭上からザインは雷撃を纏った双刃刀を突き立てるようにして落ちてくる。ウェスターはバックステップでそれを躱すも、ザインが地面に着地した瞬間、雷撃の衝撃波が周囲広範囲に放電される。レランパゴのディスチャージフィールドに似た轟音が響く。ウェスターは弾き飛ばされ、突き出た岩に激突する。骨が軋む。服や肌が焦げた臭いがする。
「みんなを助けて、ヒー――!?」
 ウェスターが岩に叩きつけられたのを見て、サニーは立ち止って治癒術を唱えようとしたが、そこにザインの飛雷刃が飛んでくる。隙のできた彼女にあれは躱せない。
 セトルは走った。どうにか間に合うんだ、と自分に言い聞かせる。
「サニー!」
 ――間一髪だった。あと一秒でも出遅れていたら、彼女は雷撃の刃をもろに受けているところだった。セトルは庇うように彼女の前に立ち、剣でそれを空に弾いた。
「セトル、ありが――!?」
 サニーが礼を言おうとしたのも束の間、二人を囲むように円錐状の結界みたいなものが出現する。その頂点にかなりの量のエリク霊素スピリクルが集まり、どんどん膨れ上がる。
「――ヘブンズレイジ!!」
 次の瞬間、恐ろしいまでの威力を持った雷が結界の中に落ちる。
「セトル! サニー!」
 アランは叫ぶが、返事はない。衝撃で土煙が巻き上がり、中の様子はまるでわからない。《ヘブンズレイジ》は雷属性の霊術の中でも最強クラスのもの。まともにくらったのなら助からないかもしれない。
 アランは怒りのままザインに向かっていった。そして頭を割る勢いで長斧を振るう。やはりザインはそれを易々と受け止める。
「では、こちらもハドムの無念を晴らそう」
 ザインはその状態からアランを押しのけた。彼が力で負けたのだ。
剣舞けんぶ蒼雷華そうらいか!!」
 ザインは青白い閃光を纏った双刃刀を連舞する。アランはそれを防ぐので一杯一杯で反撃ができない。しかも刃を防ぐたびに体に電撃が走る。直撃を受けたら命はないかもしれない。
「――渦連幻龍破かれんげんりゅうは!!」
 いつの間にか背後に回っていたウェスターの槍がザインを捉えた。水の渦巻いたその槍は彼の銀色に輝く鎧を砕き、彼に膝をつかせた。
「まったく、人の不意を突くのが得意ですね……」
「どうも♪」
 ザインはすぐに立ち上がると双刃刀を振りまわして二人を自分から遠ざけた。
「セトル!」
 その時、しぐれの歓喜の叫びが聞こえる。土煙が晴れたところにセトルとサニーは無事に立っていた。だがあの位置はもろに術をくらうところ、なぜ助かったのかは、サニー以外はわからなかった。
「セトル……今の何?」
 サニーが見たもの、それは切羽詰まった状況でセトルから放たれた虹色の光がヘブンズレイジの雷を防ぐ光景だった。
 セトルは何も答えない。いや、今の彼は意識がないような目をしている。となれば、恐らく彼自身に訊いてもわからないだろう。
 サニーはセトルの体を激しく揺らした。やがてセトルはハッとし我に帰る。
「あれ? 僕は……」
「無事だったようですね、セトル。まだ戦えますか?」
 ウェスターにそう言われ、セトルは記憶が途切れていることをひとまず後にして、はい、と答える。
「では、連携をやりましょう」
 連携!? セトルは戸惑った。今までそれはサニー以外の人とはやったことがない。うまくいくのか心配だ。
「大丈夫でしょうか?」
「自分を、そして私を信じてください」
 するとセトルは決心したように頷き。剣を地面に引きずるようにしてザインに向かって走った。後ろでウェスターが詠唱を始める。
「――燃え盛れ、焔の煌き!」
 火霊素フレアスピリクルがセトルに収束する。
「真紅の灯火に照らされ、終焉の歌を奏でよ!」
 ザインはよけられないと知り、双刃刀で防御の構えを取る。セトル全体に輝いていた霊素スピリクルの光が剣に集中する。そして――
「――空破絶炎衝くうはぜつえんしょう!!」
「――空破絶炎衝くうはぜつえんしょう!!」
 剣を薙ぎ、もの凄い爆風と熱がザインを包んだ。中で悲鳴が上がる。これを受けて立ち上がれることはまずないはずだ。
 しかし、ザインは立っていた。それでも鎧は完全に砕け散り、息使いもそうとう荒い。やがて、膝をつき、双刃刀を杖にして倒れるの何とか持ちこたえた。
「ぐ、ここで負けるわけには……」
 彼は必死に立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。
「ザイン、もう止めましょう」
 ウェスターが彼に近づき、優しげな口調で話す。
「少し、話を聞いてくれませんか?」
 ザインはしばらく黙ったままだったが、やがて頷いた。それを認めたウェスターはアルヴァレスの真実を話し始める。最初は訝しみながら聞いていたザインだが、本当のことだとわかってくると、顔を引き締め、真剣な表情で聞いていた。
「どうですか? まだ僕たちのことを信じられませんか?」
「確証がない――と言いたいところだが、セトル君、君たちを見た時、正直私は迷っていた。ソルダイの争いを止めようとしてくれた君たちが世界を滅ぼすなどと、信じたくはなかった。どうやら、私の本心の方が正しかったようだ」
 ザインは目を閉じて微笑んだ。それは信じてくれたということだ。
 セトルは自分の胸に手をあてた。自分の中にまだあの時の不思議な感覚が残っていることに気がついた。ヘブンズレイジを防いだ時のことは覚えていない。だが、自分の中に新しい何かが生まれたような感覚だけは覚えている。それが何なのかわからない。でも、それを追求することで強くなれる。そんな気がした。
「ザイン様……」
 するとハドムがよろけながらも剣を杖代わりに使って歩み寄ってくる。話は彼にも聞こえていたはずだ。この二人にはもう戦意はない。
「私たちが間違っていたようだ。ハドム、ソルダイの兵たちに連絡はつくか?」
「……やってみます」
 ハドムが通信機と思われる物を取り出し、ザインの言ったようにソルダイの兵と連絡をとっている間に、サニーとシャルンは皆の治療に励んだ。もちろん、ザインたち二人も含めて――。
 やがて自由騎士団の兵士が数人やってきた。隊長がボロボロになっていることを認めると、驚愕しウェスターに向かって身構えるが、何もされないとわかると安心したような表情をする。
 ソルダイからここまではたいして距離は離れてないらしい。徒歩で数時間と言ったところだ。後でザインから聞いたが、精霊と契約しているセトルたちがここに来ることはわかっていたらしい。ソルダイ~アキナ間を封鎖することで、いつごろ来るかもわかっていたとのことだ。
 セトルたちは一度ソルダイへ戻ることにした――。

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