ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

044 雷の嵐

 アキナを出て一週間半後、一行はソルダイを迂回してようやく目的地である遺跡に辿り着いた。周りを荒廃した断崖絶壁の自然の壁に囲まれており、遺跡の上空はその一点のみ雷雲が立ち籠め、ゴロゴロと音を立てている。
 遺跡の造りは神殿のようなもので、全体的に黒く、避雷針のように先が尖った四角錐型である。
 エスレーラ遺跡はムスペイル遺跡に対なす古代ノルティアの遺跡。エスレーラ言語というものもある通り、昔は神聖な場所だったのだろうと思われる。
 中に入ると、薄暗く、そのせいか全体に雷雨が近い雲のような色で統一されていた。そして轟音と共に青白い閃光が走る。
「ひゃっ!? びっくりしたわぁ……」
 突然の雷にしぐれは驚き転びそうになった。どうやらこの遺跡は中でも帯電しているようだ。雷精霊が居て雷霊素エリクスピリクルが濃いのだ。考えたら当り前のことである。
「雷程度で驚いていたら、げんくうに怒られますよ、しぐれ?」
 からかうウェスターにサニーが、
「誰だって普通はびっくりするわよ」
 と言う。するとウェスターは楽しそうに笑う。さっきの雷で眉一つ動かさなかったのはウェスターくらいだ。
「忍者は普通だといけないと思いますよ?」
 もっともだが、しぐれに関してはそんなこともうどうだっていい気がセトルにはする。彼女は忍者だが忍者らしくない。それがしぐれのいいところでもあるはずだ。
「うちはこれでええんや!」
 しぐれがそう言うと、また閃光が走った。流石に全くとまではいかないが、二度目は皆もそれほど驚いてはいなかった。
「雷だけど、たぶんここは大丈夫と思うわ。ほら、避雷針」
 シャルンに言われて皆は周りを見回すと、閃光が走るたびに、通路の脇にある背の高い突起に雷が落ちていた。
「あれがあるからここは安全ってことだね」
 セトルは内心ほっとした。実はちょっと怖かったのだ。
 そのところどころに避雷針のある通路を進み、放電し続ける電気の柱を囲んだ螺旋階段を昇ると最上階と思われる空間に出た。円形のドーム型で、中央には一本の巨大な避雷針がある。セトルたちはそれを見上げた。
 するとその避雷針にどこからともなく雷が落ちた。眩い閃光にセトルたちは思わず腕で目を庇った。光が収まり、ゆっくりと目を開くと、そこには直径二メートルほどの翼をした半透明の巨鳥が宙に浮かんでいた。その体の中心には核のような不透明な球があって、それを幅広い剣のようなものを手首の先から生やした手が掴んでいる。そして球体の内部では休むことなく放電が繰り返されていた。
「これが、雷精霊『レランパゴ』……かな?」
 セトルは戸惑った。今までの精霊がかろうじて人型であったのに対し、目の前にいるアレはどこをどう見ても鳥だ。
 仮面のように感情のない巨大な目がこちらを見据える。
「我……レランパゴ……召喚士?」
 嘴が開き人語を放つ雷の精霊。放電の音で非常に聞き取りづらかったが、今までの精霊と同じことを言っている。
「私はウェスター・トウェーン、雷精霊レランパゴとの契約を望む者」
 ウェスターはいつも通り前に出て雷音に負けぬよう声を張った。
「我……召喚士……戦え」
 やはり何を言っているのか聞き取りづらいが、レランパゴの中の放電が激しさを増したことから、戦いが始まるのを予測できた。
「来るぞ!」
 アランが言うと共に、皆はそれぞれの武器を手にした。が、少し遅かった。レランパゴの真下から紫色に輝く巨大な霊術陣が出現したのだ。
「これは、ディスチャージフィールド!? 皆さん、陣から離れてください!」
 ウェスターが看破するのと同時に、レランパゴの周囲に轟音を発する強烈な雷撃が落ち、セトルたちは一人残らず弾き飛ばされてしまった。一瞬のことで悲鳴も上がらない。体が痺れている。
 だが、何とか立つことができた。もう一度くらうと危ないかもしれない。させないためにも、セトルは剣を構えてレランパゴとの間合いを詰める。外側は帯電していないため、剣でも攻撃できそうだ。
 セトルは斜め上から剣を振り下した。翼はあるが手足のないレランパゴにはよける以外防ぐ手立てはない――はずだった。
「な!?」
 レランパゴの体は硬いわけではなかった。だが、軟質すぎてまるでダメージがない。
 するとレランパゴの目と目の間の一点に雷霊素エリクスピリクルが集中する。次の瞬間それは雷撃の光線となってセトル目がけて放たれる。彼は何とかそれを剣の腹で弾いて防いだ。
「――これはどうや!」
 しぐれが鞘に納めていた忍刀を居合斬りの要領で抜く。
「忍法、鎌風かまかぜ!!」
 刀そのものの攻撃にダメージはなかったが、そこから発せられた無数の真空の刃がレランパゴの体を斬り裂きながら交差する。電気が漏れるように飛び散る。
 その時、上空に光霊素ライトスピリクルが集まったと思うと、そこから神秘的な青い輝きが降り注ぎ、皆に触れる。すると優しい光に包まれ、体の痛みや痺れが遠のいていった。これはサニーの治癒術ヒールサークルだ。
「――闇に呑まれろ、ダークフォール!!」
 シャルンが唱える。漆黒の球体がレランパゴに襲いかかろうとする。だが、レランパゴは翼を羽ばたかせて術の届かないところまで素早く移動した。そこへ――
「サニー、さっきは助かったぜ!」
 とアランが走り、長斧を思い切りスイングした。それはたいしたダメージにはならないが、打ちつけられたレランパゴの体はシャルンのダークフォールが落ちる方向へ飛んでいき、見事に直撃する。
 やったか、と思ったが、闇が完全に晴れる前に、そこからアランまでの直線状に連続的な雷が落ち進んできた。《サンダーレイ》、これはそう呼ばれるものらしい。アランは床を転がってそれを躱した。速いが、何とか躱せる。
 闇が晴れてもレランパゴはサンダーレイを乱射した。狙いは正確だった。闇雲ならフレスベルクの時のようにその隙をつけるのだが、とセトルは思ったが、これでは躱すので精一杯だ。
「氷霊の刃よ、吹き荒べ――」
 少し離れたところからウェスターの詠唱が響く。
「――アイシクルファング!!」
 上空から無数の巨大なつららの牙が出現し、渦を成してレランパゴを呑み込んだ。
「…………」
 つららの渦はしばらく続いた。中がどうなっているのかはわからない。やがて渦が消えると、そこにはレランパゴの姿はなかった。代わりに紫色の輝きが浮いている。
『召喚士……契約……承認……』
 その声が頭に響いたとき、レランパゴの形が目の前で具現化された。どうやら今度こそ終わったようだ。ウェスターが前に出て、いつものように堅苦しい言葉を言うと、レランパゴも他の精霊と同じように光に溶け、指輪だけを残した。雷の精霊石――《トルマリン》である。
「さて、これでレランパゴとの契約は終わりました。――おや? 皆さん大丈夫ですか?」
 含みのある笑みを浮かべてウェスターは皆を見回した。セトルたちは床に座り込んだりして動けないでいる。あれだけのサンダーレイの嵐の中にいたのだ。体が痺れて言うことを聞かない。
「ま、まだ、し、しひれる~」
 とサニーが妙な口調で言う。言葉もうまく話せないなら治癒術の詠唱なんてできないだろう。ウェスターはやれやれと肩を竦め、眼鏡の位置を直した。
「……少し休みますか」

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