ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

040 不穏な空気

 ソルダイに立ち寄ったセトルたちは、村人たちから避けるような冷たい視線を感じた。いや、避けられているのはセトルたちと言うより、ウェスターただ一人のようだった。最初は青い目をしたセトルや、ハーフのシャルンのことだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。嫌な顔はされるが……。
「すみません、少しよろしいですか?」
 ウェスターがそうやって何人かの村人に声をかけたが、その誰もが「ひぃ」と小さな悲鳴を上げて逃げるように去っていった。
「ウェスターさん、ここの人たちに何かしたんですか?」
 セトルは周りでひそひそと話す村人たちを見回しながらそっと訊いた。
「ここには何度か来たことがありますが、そんなことをした覚えはありませんよ」
 彼は眼鏡のブリッジを押さえるようにして小さく息をついた。
「でも、明らかにみんなから避けられてますよ?」
「まあ、気にしていても仕方ありません。必要な物を調達したら、すぐにアキナに向かいましょう。ああ、私がいるとやりにくいでしょうから、先に村の北口で待ってますね」
 微笑みながらウェスターはそう言うと、一人さっさと歩き始めた。するとセトルが、僕も一緒に行きます、と言って彼を追いかけた。セトルは単にウェスターが心配というだけではないだろう。ここはセトルにとってあまり居心地のいい場所ではない。初めて訪れた時、青い瞳のことで散々ひどいことを言われたのだから――。
「じゃ、さっさと済ましちまおうぜ!」
 アランは言い、残った三人を連れて商店の並ぶ広場の方に向かった。途中、自分を見る村人の視線に不快感を覚えたシャルンは、彼らと別れてセトルたちが待っている村の北口へと走って行った。この村はもともと種族間がうまくいってないと前に聞いていたが、やはりハーフに対してもほとんどの者が差別的な目をしている。そのことに三人は苛立ちを覚えた。
「おい、ウェスター・トウェーンがこの村に来ているらしいぞ!」
 ある程度必要な物を揃え終わり、さあ行こうか、という時にそういう男性の声が聞こえてきた。
「何だろ?」
 サニーが声のした方を見て首を傾げる。そこには軽い武装をした人たちが輪になって何かを話していた。有名なウェスターを一目見ておきたい、というような感じではない。気のせいか、微かに殺気が漂っている。
「まさか、敵なのか?」
 アランは背中の長斧を掴もうとする。だが、それをしぐれが止めた。
「ちょい待ちアラン。あれはたぶん《自由騎士団》の人たちやと思うわ」
「自由騎士団?」
 サニーがしぐれを振り向いて訊く。
「市民が立ち上げた国軍とはまた別の自警集団のことや。何でか知らへんけど、ソルダイを拠点にしてるらしいんやわ。やから、そうやないかなぁと思てん……」
 敵ではない。はたしてそうだろうか? 三人はもう少し様子を見ておこうと思い、気づかれないようにできるだけ彼らに近づいた。近づけば近づくほど殺気や敵意を強く感じる。
「それで、ウェスター・トウェーンはどこに?」
 長槍を持った男が訊く。すると別の男が、北口に向かったようだ、と答える。
「よし、仲間を集めて北口へ向かう。奴を捕えるんだ! 隊長には私が伝える」
 そう言うと、長槍の男は一人どこかに走って行き、残った数人も仲間を集めに一旦散り散りになる。
「マジかよ……」
 誰もいなくなったところでアランが呟く。今の話から彼らが敵だということはわかったが、敵対する理由はわからない。村人がウェスターを避けていることと関係があるのだろうか?
「ちょっとアラン! そんなところに突っ立ってないで、早くセトルたちのところへ行くわよ!」
 サニーに腕を引っ張られ、アランはとりあえず考えることをやめて、村の北口まで全力で走った。もちろんサニーが迷わないように気を配りながら――。

        ✝ ✝ ✝

「おやおや、穏やかではありませんね」
 村の北口では、もう既に何人かの自由騎士団の兵士が集まり、ウェスターを、セトルとシャルンを取り囲んでいた。
 逃げ出すことは簡単にできる。だが、まだアランたちが戻っていない。しぐれがいないとアキナまでの道もわからないので、先に行っておくこともできない。
 話し合いも……できる雰囲気ではない。セトルは息を呑み、目を動かして敵の動きに注意する。
 汗が頬をすべる。
 じりじりと敵の輪が小さくなっていく。流石に敵もウェスターが相手だから慎重だ。迂闊に飛び込むと返り討ちにあうだろうことをよくわかっている。
 その間にも敵の増援が次々とやってくる。
「ウェスター・トウェーン、覚悟!!」
 輪の中から一人の男性が飛び出し、ウェスターに剣を振るった。ウェスターは簡単にそれを躱すと、体勢を崩したその男性に槍で峰打ちし、彼を気絶させる。
 周りが一気にざわつく。
「いきなり斬りかかるとは酷いですね。私が何をしたというのですか?」
 槍を構えたままウェスターは彼らを見回す。すると、剣を抜いた一人の若い男性が前に出る。
「ウェスター・トウェーン、あなたは精霊と契約し、この世界を滅ぼさんとする大罪人だと聞いています。我ら自由騎士団は世界の平和を守るのが役目。あなたはここで捕えます!」
「!?」
 セトルとシャルンは驚愕し、ウェスターを見た。彼は平然とし眼鏡の位置を直していた。
「何かの間違いじゃないですか?」
 セトルがその若い男性を向いて言う。もし彼らの言っていることが本当なら、精霊と契約していくということが世界の滅亡に繋がっているのだろうか?
「間違いではありません」と若い男性。「我々も初めは信じられませんでしたが、これは国からの確かな情報なのです」
 自由騎士団の人々が一斉に武器を構える。その時、ウェスターがセトルの肩を叩いた。シャルンもそれに気づく。
『これは恐らく、アルヴァレスの仕業でしょう。アランたちはもうこの騒ぎに気づいているはずです。彼らが来たら、一気に突破しますよ』
 声を潜めてウェスターは指示を出した。
『……わかりました』
 セトルは頷いた。今はウェスターを信じようと思う。
「君たちも仲間なら一緒に捕え――!?」
「セトルー!!」
 その時、その叫び声と石造りのタイルの道を駆ける足音が響いた。アランたちだ。自由騎士団の注意がそちらにそれる。
「今です!!」
 ウェスターの号令でセトルとシャルンは走った。突然の行動に戸惑った自由騎士団の兵たちのバリケードを突き破り、二人は北口のアーチを抜けた。
「三人とも、説明は後でします。今はここから逃げましょう」
 ウェスターも三人にそう言って走る。
「わかったわ!」
 すぐに状況を呑み込んだサニーたちは、捕えようとする兵たちを振り切って、セトルたちが道を開いた北口から村を出ていった。
「に、逃がすな、追えー!」
 当り前のように自由騎士団の兵たちは追いかけてくる。だが、彼らがセトルたちを見失うのも時間の問題だろう。と――
「逃げられたか……」
 巨大な双剣を持った人影が後ろから現れる。
「た、隊長!?」
 彼らに追う指示を出した兵は振り返って驚いた顔をする。そして、申し訳ありません、というように深々と頭を下げる。
「いい。だが相手はあのウェスターだ。深追いはするなと皆に伝えてくれ」
「隊長は?」
「私も出る」
「ですが、そちらは逆方向です」
「一時は現れないだろうが、奴らの行く場所に心当たりがある。お前たちは捜査を続けろ」
 隊員が、はい、と返事をすると、隊長と呼ばれた者の影はその場から消えていった。

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