ILIAD ~幻影の彼方~
034 ダブルデート
サンデルクの中央通りは大学のすぐ目の前を通っており、当然いろいろな店が並び、人通りも多い。セトルとしぐれは冗談ではなくしっかりとサニーを見張っていた。中央通りは一本道。しかし、サニーはここでちょっと目を離した隙にいなくなったことがあるのだ。
「あー! ザンフィ忘れてきちゃった!」
突然立ち止まったサニーが大声を上げた。
「アランが一緒だから大丈夫と思うよ?」
いまごろ気づいたんだ、と言いたげにセトルは嘆息した。
「ここからやったら大学に戻るよりホテルに行ったが近いやろ? やったらこのままホテルに向かえばええやん」
しぐれが提案するとサニーは、そうだね、と微笑んだ。
「でも、もうちょっと買い物してからね♪」
「え~、まだ買うの?」
すっかり荷物持ちにされ、両手に大量の袋を持っているセトルは嫌そうな顔をした。だが、サニーとしぐれはそんなのお構いなしに近くのいろいろなアクセサリーが置いてある店に入った。仕方なくセトルも二人について店に入る。
「あ! これかわいい……見て見てセトル!」
浮かれた様子でしぐれはガラスでできた小さな置物を掌に乗せてセトルに見せた。それは耳が自身の体ほどもあり、首から鳥の翼に似たものが正面に向かって垂れている何かの小動物を模ったものだった。
「はは、本当だね。ええと……『イナーフェアリィ』?」
同じ物が何個も綺麗に並んであるところの商品名にそう書いてあった。
「気にいったかい、お嬢ちゃん?」
すると、店主と思われる、いかにも職人ですといった格好をしたアルヴィディアンの男性が声をかけてきた。
「そいつは心の聖獣と言われていてね、幸運を呼ぶんだ」
へぇ~、と感心したようにしぐれはその置物を見詰めた。目が欲しいと言っているように見える。
「欲しいなら、彼氏に買ってもらいなよ!」
「か、彼氏とちゃいますよ!!」
茶化すわけでもなく純粋にそう思っていたように店主が言ったので、しぐれは顔から火が出たように赤面してそれを否定した。
「おや、違ったのかい? 二人っきりだったから勘違いしちまったよ。ははは!」
店主は豪快に笑った。
「まったく……って二人っきり!? サニーは!?」
しぐれは店の中を見回すが、ここにはサニーどころか自分たち以外の客も見当たらなかった。
「しまった……。あ、あの、赤毛のポニーテールをした女の子を見ませんでしたか? 連れなんです」
セトルもサニーが居ないことを確かめると、店主に訊いてみた。商品を置いてある背の高い棚もあるが、見回せば店全体がわかるほどの広さだ。迷うはずがないと高を括っていたが、油断した。
「ああ、あの子か。あの子ならさっき、何も買わず店を出てったけど?」
「店出たやて!? 流石サニー――やなくて……セトル、捜しに行くで!」
一瞬、感心したように呟いたしぐれは商品を元の場所に戻す。セトルは頷くと、二人で店主に礼を言って駆け足で店を出ていった。
✝ ✝ ✝
「――ここにいたのか……」
夕日に染まるサンデルク港の防波堤の先で、アランはシャルンの姿を認めた。彼女は防波堤に腰を下ろし、日が沈もうとしている海の彼方を眺めている。
辺りに人気はない。
アランはザンフィを頭に乗せたまま、ゆっくりと彼女に近づいていった。
「――アラン、何の用?」
アランの気配に気づいたシャルンは、後ろを振り向かずに冷たい口調で言った。別に気配を消していたわけではないが、振り向かずに自分だとわかった彼女にアランは驚いた。
「よ、よく俺だってわかったな?」
「わかるわよ。アルヴィディアンの匂いで」
「な、何だよ匂いって!? 俺そんなに臭いか?」
気のせいかもしれないが、彼女の横顔に微かな笑みが浮かんだようにアランは見えた。それは『冗談だ』と言っているような感じだった。
「それで、何の用なの?」
やはり気のせいか、シャルンは元の表情で今度は振り向いてそう言った。
「ん? ああ、ええと、別に用ってわけじゃねぇけどよ……ほら、そろそろ戻らねぇとみんな心配するぜ」
アランは苦笑を浮かべ、頭の後ろを掻いた。
「わたしはもう少しここにいる」
シャルンはそっけなくそう言うと、また海の方を向いた。アランは微笑むと彼女の隣に立った。
「それじゃあ俺も、もう少しここにいようかな」
「わたしは一人でいたいんだ!」
「俺はここで海を見ていたい」
「…………」
シャルンはアランの顔を睨むように見るが、やがて溜息をつき、
「好きにすれば?」
と言った。
しばらく会話のないまま二人は海を見続けた。やがて夕日が沈みかけると、アランが口を開いた。
「なあ、お前さ……もしかして仇のことを考えてるのか? それともソテラのことを?」
「……あんたには関係ないでしょ?」
つんとした態度で、シャルンは冷たい言葉をアランに浴びせた。
「いや、そりゃそうかもしれねぇが、俺らは仲間だろ? 何か悩んでんなら相談に乗るぜ?」
アランは彼女の態度に負けてしまわないように屈託のない笑みを返した。するとシャルンは眉根を吊り上げて彼を振り向いた。
「気安く仲間なんて言わないで! わたしの……わたしの仲間は、ソテラだけ……」
次第に彼女の表情が寂しげになり、彼女は俯いた。なんだよ、と言いかけたアランだが、その表情に言葉を失った。
彼女が行動を共にして日は浅い。まだ自分たちに心を許しきれていないのだろう。心の支えだったソテラが居ない今、自分が、自分たちがその支えになれれば、アランは彼女のその顔を見てそう思った。
「――両方」
その時、シャルンは俯いたまま呟くような小さい声で言った。聞き取れずにアランは、え? と返す。
「だから両方! 奴らのことも、ソテラのことも……両方考えてた。それと……」
そこまで言ってシャルンは口ごもった。アランは首を傾げ、
「それと?」
と詰め寄る。しかしシャルンは首を振り、何でもないわ、と答え、僅かに海に映った夕日を見詰めた。
そうか、彼女は心を許していないわけじゃない。迷ってるんだ。仇のことよりも、ソテラの残した言葉、それに自分たちのことを考えていたのだろう。その考えがなかなか整理できないから、こうして一人で海を眺めている。彼女の横顔がそれを物語っていた。アランはそれに気づき、フッと頭の後ろで腕を組み、微笑した。
「何にせよ、あんまり思い詰めるなよ。俺たちは少なくとも形だけは仲間なんだ。敵じゃない。もっと気を許してもいいんだ」
言うとアランは踵を返し、数歩進んで立ち止まった。
「俺は、いや、俺たちは全員お前を仲間だと認めている。もし俺らがハーフとかいうくだらねぇ理由で人を嫌うなら、ここにセトルはいない。あいつはハーフですらないからな」
「…………」
シャルンは黙ったままアランの言葉に耳を傾けている。
「だけど、あいつは種族がどうのこうの言う前に、俺の親友だ。シャルン、気を置けないまま旅しても、果たせる目的も果たせなくなるぜ?」
とは言ってみたが、こんなことですぐに彼女が閉ざされた心を開くとはアランには思えなかった。しかし――
「フフ……おせっかいね」
シャルンは微笑ではあるが、初めてはっきりと笑った。
「努力はしてみるわ。顔じゅう引っ掻き傷だらけの妙な男を仲間だと思う努力をね」
皮肉めいた、どこか棘のある言葉がアランを刺した。
「こ、この傷はこいつが……」
アランは頭に乗ったザンフィを指差した。
「その子をいじめたの? 最悪ね……」
「違う! 別にいじめて反撃を食らったわけじゃねぇよ! これはサニーが――」
「今度は人のせい?」
「だーもう違う!」
サニーをからかったことによる自業自得のことだが、アランは必死にそれを隠し続けた。
✝ ✝ ✝
アクセサリー店から失踪したサニーは、この町では二度目の迷子を満喫していた。
「あーもう! 何で港に出るのよ!」
あたりはだんだんと暗くなっていき、彼女の心にも不安が満ちてきた。
「う~、お店にいたらいつの間にか外に出ちゃってたし、セトルたちとははぐれちゃうし……?」
自分の独り言でサニーはあることに気がつき、ハッとした。
「もしかして今、セトルとしぐれって……ふ、二人っきり……えぇ~っ!!」
叫ぶようにサニーは大声を上げた。しまった、と思った。
「――ってあれ? アラン……とシャルン?」
その時、サニーは防波堤の先で二人がいるのを見つけた。何か言い争っているようにも見えるが、流石に遠すぎてよくわからない。
「何話してんだろ?」
サニーは二人に気づかれないように木箱の影に隠れながら近づいてみた。
「それに『妙な男』って何だよ!」
話の内容はわからないが、アランがシャルンに何か言われたようだというのはわかった。
(あれ? シャルン、少し明るくなったような……)
サニーは彼女の表情がいつもと違うことに気づき、不思議に思った。さっきまでは暗く、近づきがたい態度をとっていたのが、今はアランと話しているからかそうは見えない。
「あんたのことよ。ほら、もういいでしょ? 帰るわよ!」
(わっ! ヤバ……)
何となく見つかったらいけないと思ったサニーは、咄嗟に身を縮めようとする。しかしその行動で木箱に体があたり、上に乗ってあった小さなタルを落としてしまった。
「誰!?」
シャルンがバッと振り向く。アランも警戒し、長斧を掴んだ。恐る恐るサニーは木箱の影から出ていく。
「あは、あははは……」
「サニー!?」
不自然に笑いながら姿を現したサニーを見てアランは驚き、目を瞬いた。ザンフィがアランから離れ、彼女の肩へと移る。
「何でここに? セトルたちはどうしたんだ?」
「ええと……あ、そうそう、買い物してたらセトルたちどっか行っちゃってさ、捜してたんだけど二人とも見てない?」
置いて行ってごめん、と言うようにザンフィの喉を撫でながら、サニーは明らかに不自然にそう答えた。セトルたちが勝手にサニーから離れるはずはないから、恐らく――
(また迷子か……セトルたち、必死になって捜しているだろうな)
アランは嘆息し、肩を竦め、さらに苦笑を浮かべた。
「見てないわね。ホテルに戻ったらどうかしら?」
サニーが迷子だと気づいてないのか、シャルンは真面目に答えた。
「そ、そうね、セトルたちも戻ってるかもしれないもんね」
アランが疑いの視線を浴びせているが、サニーはそれを無視してシャルンに調子を合わせる。
「俺らも、もう帰るところだ。一緒に帰ろうぜ」
アランが言うと、サニーは頷いた。いやだとは言うわけがない、迷ってるのはサニーなのだから……。
✝ ✝ ✝
翌日、皆は港のブルーオーブ号の前に集まった。
ウェスターはホテルに泊まらず、大学で一夜を過ごしたようだった。知り合いでも居たのだろう。彼は顔が広いから、どこにどんな知り合いが居ても不思議ではない。
そのウェスターが来て、ようやく皆が揃った。見送りは――誰もいない。ワースたちは既に次の仕事へ取り掛かっている。
「お待たせしました。おや? セトルとしぐれはずいぶん疲れているようですが、迷子になったサニーにでも振り回されましたか?」
流石に鋭い。ウェスターの言う通り、セトルとしぐれは何時間も、日が完全に沈んでからもずっとサニーを捜して町中を走り回っていたのだ。アランが呼びに来てくれなかったら一晩中捜していたかもしれない。
「当たりのようですね」
ウェスターはやれやれと肩を竦めた。
「何でホテルに戻らなかったんだよ?」
アランが腕を組んで少し怒ったように訊く。
「まさかホテルに居るなんて思ってなかったんだよ。それに、サニーから目を離した僕たちの責任だったから……ごめん」
目を伏せ、セトルとしぐれは頭を下げた。
「ほらもういいじゃん! 終わったことなんだし」
特に悪びれた様子を見せず、サニーは明るい笑顔を作って言った。あんたのせいじゃないの、とシャルンは横目で様子を見ながらそう思った。
「サニー、一番に謝らないといけないのはあなたですよ」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
含みのある笑みがどことなく怖いウェスターに、サニーはたじろぎ、軽く俯いて謝った。
「では、サニーも謝ったことですし、出航しましょうか」
気のせいか、ウェスターの口調はこのやりとりを楽しんでいるようにも思われた。
「まずは《ヴァルケン》ってとこに行くんやったな」
確かめるようにしぐれが言う。彼女は疲れを見せないように、なるべく明るく振舞っていた。
「ええ、そうです。そういえばしぐれも一緒に行くんですよね? はくまから聞きました」
ウェスターが言うと、そうか、とサニーが手を叩いた。
「そういえばあのときそんなこと言ってたわね」
「せや、そんなわけやからみんな、改めてよろしく!」
しぐれは疲れているはずの顔に満面の笑みを浮かべた。よろしく、と皆はそれぞれが答えた。
その後、船の乗組員が呼びに来たので、セトルたちはそのままブルーオーブ号に乗船した。
これから向かうところは、しぐれが言ったように《ヴァルケン》という町である。ムスペイル地方の北東に位置するそれは、砂漠にある唯一のオアシスの町でもある。他にもオアシスはいくつもあるらしいのだが、町までは発展していないらしい。
火の精霊が居るという遺跡は砂漠の中にあるという。今まで以上にきつい旅になるのは明らか、まずはヴァルケンでしっかりと準備を整えておかないと……。
「あー! ザンフィ忘れてきちゃった!」
突然立ち止まったサニーが大声を上げた。
「アランが一緒だから大丈夫と思うよ?」
いまごろ気づいたんだ、と言いたげにセトルは嘆息した。
「ここからやったら大学に戻るよりホテルに行ったが近いやろ? やったらこのままホテルに向かえばええやん」
しぐれが提案するとサニーは、そうだね、と微笑んだ。
「でも、もうちょっと買い物してからね♪」
「え~、まだ買うの?」
すっかり荷物持ちにされ、両手に大量の袋を持っているセトルは嫌そうな顔をした。だが、サニーとしぐれはそんなのお構いなしに近くのいろいろなアクセサリーが置いてある店に入った。仕方なくセトルも二人について店に入る。
「あ! これかわいい……見て見てセトル!」
浮かれた様子でしぐれはガラスでできた小さな置物を掌に乗せてセトルに見せた。それは耳が自身の体ほどもあり、首から鳥の翼に似たものが正面に向かって垂れている何かの小動物を模ったものだった。
「はは、本当だね。ええと……『イナーフェアリィ』?」
同じ物が何個も綺麗に並んであるところの商品名にそう書いてあった。
「気にいったかい、お嬢ちゃん?」
すると、店主と思われる、いかにも職人ですといった格好をしたアルヴィディアンの男性が声をかけてきた。
「そいつは心の聖獣と言われていてね、幸運を呼ぶんだ」
へぇ~、と感心したようにしぐれはその置物を見詰めた。目が欲しいと言っているように見える。
「欲しいなら、彼氏に買ってもらいなよ!」
「か、彼氏とちゃいますよ!!」
茶化すわけでもなく純粋にそう思っていたように店主が言ったので、しぐれは顔から火が出たように赤面してそれを否定した。
「おや、違ったのかい? 二人っきりだったから勘違いしちまったよ。ははは!」
店主は豪快に笑った。
「まったく……って二人っきり!? サニーは!?」
しぐれは店の中を見回すが、ここにはサニーどころか自分たち以外の客も見当たらなかった。
「しまった……。あ、あの、赤毛のポニーテールをした女の子を見ませんでしたか? 連れなんです」
セトルもサニーが居ないことを確かめると、店主に訊いてみた。商品を置いてある背の高い棚もあるが、見回せば店全体がわかるほどの広さだ。迷うはずがないと高を括っていたが、油断した。
「ああ、あの子か。あの子ならさっき、何も買わず店を出てったけど?」
「店出たやて!? 流石サニー――やなくて……セトル、捜しに行くで!」
一瞬、感心したように呟いたしぐれは商品を元の場所に戻す。セトルは頷くと、二人で店主に礼を言って駆け足で店を出ていった。
✝ ✝ ✝
「――ここにいたのか……」
夕日に染まるサンデルク港の防波堤の先で、アランはシャルンの姿を認めた。彼女は防波堤に腰を下ろし、日が沈もうとしている海の彼方を眺めている。
辺りに人気はない。
アランはザンフィを頭に乗せたまま、ゆっくりと彼女に近づいていった。
「――アラン、何の用?」
アランの気配に気づいたシャルンは、後ろを振り向かずに冷たい口調で言った。別に気配を消していたわけではないが、振り向かずに自分だとわかった彼女にアランは驚いた。
「よ、よく俺だってわかったな?」
「わかるわよ。アルヴィディアンの匂いで」
「な、何だよ匂いって!? 俺そんなに臭いか?」
気のせいかもしれないが、彼女の横顔に微かな笑みが浮かんだようにアランは見えた。それは『冗談だ』と言っているような感じだった。
「それで、何の用なの?」
やはり気のせいか、シャルンは元の表情で今度は振り向いてそう言った。
「ん? ああ、ええと、別に用ってわけじゃねぇけどよ……ほら、そろそろ戻らねぇとみんな心配するぜ」
アランは苦笑を浮かべ、頭の後ろを掻いた。
「わたしはもう少しここにいる」
シャルンはそっけなくそう言うと、また海の方を向いた。アランは微笑むと彼女の隣に立った。
「それじゃあ俺も、もう少しここにいようかな」
「わたしは一人でいたいんだ!」
「俺はここで海を見ていたい」
「…………」
シャルンはアランの顔を睨むように見るが、やがて溜息をつき、
「好きにすれば?」
と言った。
しばらく会話のないまま二人は海を見続けた。やがて夕日が沈みかけると、アランが口を開いた。
「なあ、お前さ……もしかして仇のことを考えてるのか? それともソテラのことを?」
「……あんたには関係ないでしょ?」
つんとした態度で、シャルンは冷たい言葉をアランに浴びせた。
「いや、そりゃそうかもしれねぇが、俺らは仲間だろ? 何か悩んでんなら相談に乗るぜ?」
アランは彼女の態度に負けてしまわないように屈託のない笑みを返した。するとシャルンは眉根を吊り上げて彼を振り向いた。
「気安く仲間なんて言わないで! わたしの……わたしの仲間は、ソテラだけ……」
次第に彼女の表情が寂しげになり、彼女は俯いた。なんだよ、と言いかけたアランだが、その表情に言葉を失った。
彼女が行動を共にして日は浅い。まだ自分たちに心を許しきれていないのだろう。心の支えだったソテラが居ない今、自分が、自分たちがその支えになれれば、アランは彼女のその顔を見てそう思った。
「――両方」
その時、シャルンは俯いたまま呟くような小さい声で言った。聞き取れずにアランは、え? と返す。
「だから両方! 奴らのことも、ソテラのことも……両方考えてた。それと……」
そこまで言ってシャルンは口ごもった。アランは首を傾げ、
「それと?」
と詰め寄る。しかしシャルンは首を振り、何でもないわ、と答え、僅かに海に映った夕日を見詰めた。
そうか、彼女は心を許していないわけじゃない。迷ってるんだ。仇のことよりも、ソテラの残した言葉、それに自分たちのことを考えていたのだろう。その考えがなかなか整理できないから、こうして一人で海を眺めている。彼女の横顔がそれを物語っていた。アランはそれに気づき、フッと頭の後ろで腕を組み、微笑した。
「何にせよ、あんまり思い詰めるなよ。俺たちは少なくとも形だけは仲間なんだ。敵じゃない。もっと気を許してもいいんだ」
言うとアランは踵を返し、数歩進んで立ち止まった。
「俺は、いや、俺たちは全員お前を仲間だと認めている。もし俺らがハーフとかいうくだらねぇ理由で人を嫌うなら、ここにセトルはいない。あいつはハーフですらないからな」
「…………」
シャルンは黙ったままアランの言葉に耳を傾けている。
「だけど、あいつは種族がどうのこうの言う前に、俺の親友だ。シャルン、気を置けないまま旅しても、果たせる目的も果たせなくなるぜ?」
とは言ってみたが、こんなことですぐに彼女が閉ざされた心を開くとはアランには思えなかった。しかし――
「フフ……おせっかいね」
シャルンは微笑ではあるが、初めてはっきりと笑った。
「努力はしてみるわ。顔じゅう引っ掻き傷だらけの妙な男を仲間だと思う努力をね」
皮肉めいた、どこか棘のある言葉がアランを刺した。
「こ、この傷はこいつが……」
アランは頭に乗ったザンフィを指差した。
「その子をいじめたの? 最悪ね……」
「違う! 別にいじめて反撃を食らったわけじゃねぇよ! これはサニーが――」
「今度は人のせい?」
「だーもう違う!」
サニーをからかったことによる自業自得のことだが、アランは必死にそれを隠し続けた。
✝ ✝ ✝
アクセサリー店から失踪したサニーは、この町では二度目の迷子を満喫していた。
「あーもう! 何で港に出るのよ!」
あたりはだんだんと暗くなっていき、彼女の心にも不安が満ちてきた。
「う~、お店にいたらいつの間にか外に出ちゃってたし、セトルたちとははぐれちゃうし……?」
自分の独り言でサニーはあることに気がつき、ハッとした。
「もしかして今、セトルとしぐれって……ふ、二人っきり……えぇ~っ!!」
叫ぶようにサニーは大声を上げた。しまった、と思った。
「――ってあれ? アラン……とシャルン?」
その時、サニーは防波堤の先で二人がいるのを見つけた。何か言い争っているようにも見えるが、流石に遠すぎてよくわからない。
「何話してんだろ?」
サニーは二人に気づかれないように木箱の影に隠れながら近づいてみた。
「それに『妙な男』って何だよ!」
話の内容はわからないが、アランがシャルンに何か言われたようだというのはわかった。
(あれ? シャルン、少し明るくなったような……)
サニーは彼女の表情がいつもと違うことに気づき、不思議に思った。さっきまでは暗く、近づきがたい態度をとっていたのが、今はアランと話しているからかそうは見えない。
「あんたのことよ。ほら、もういいでしょ? 帰るわよ!」
(わっ! ヤバ……)
何となく見つかったらいけないと思ったサニーは、咄嗟に身を縮めようとする。しかしその行動で木箱に体があたり、上に乗ってあった小さなタルを落としてしまった。
「誰!?」
シャルンがバッと振り向く。アランも警戒し、長斧を掴んだ。恐る恐るサニーは木箱の影から出ていく。
「あは、あははは……」
「サニー!?」
不自然に笑いながら姿を現したサニーを見てアランは驚き、目を瞬いた。ザンフィがアランから離れ、彼女の肩へと移る。
「何でここに? セトルたちはどうしたんだ?」
「ええと……あ、そうそう、買い物してたらセトルたちどっか行っちゃってさ、捜してたんだけど二人とも見てない?」
置いて行ってごめん、と言うようにザンフィの喉を撫でながら、サニーは明らかに不自然にそう答えた。セトルたちが勝手にサニーから離れるはずはないから、恐らく――
(また迷子か……セトルたち、必死になって捜しているだろうな)
アランは嘆息し、肩を竦め、さらに苦笑を浮かべた。
「見てないわね。ホテルに戻ったらどうかしら?」
サニーが迷子だと気づいてないのか、シャルンは真面目に答えた。
「そ、そうね、セトルたちも戻ってるかもしれないもんね」
アランが疑いの視線を浴びせているが、サニーはそれを無視してシャルンに調子を合わせる。
「俺らも、もう帰るところだ。一緒に帰ろうぜ」
アランが言うと、サニーは頷いた。いやだとは言うわけがない、迷ってるのはサニーなのだから……。
✝ ✝ ✝
翌日、皆は港のブルーオーブ号の前に集まった。
ウェスターはホテルに泊まらず、大学で一夜を過ごしたようだった。知り合いでも居たのだろう。彼は顔が広いから、どこにどんな知り合いが居ても不思議ではない。
そのウェスターが来て、ようやく皆が揃った。見送りは――誰もいない。ワースたちは既に次の仕事へ取り掛かっている。
「お待たせしました。おや? セトルとしぐれはずいぶん疲れているようですが、迷子になったサニーにでも振り回されましたか?」
流石に鋭い。ウェスターの言う通り、セトルとしぐれは何時間も、日が完全に沈んでからもずっとサニーを捜して町中を走り回っていたのだ。アランが呼びに来てくれなかったら一晩中捜していたかもしれない。
「当たりのようですね」
ウェスターはやれやれと肩を竦めた。
「何でホテルに戻らなかったんだよ?」
アランが腕を組んで少し怒ったように訊く。
「まさかホテルに居るなんて思ってなかったんだよ。それに、サニーから目を離した僕たちの責任だったから……ごめん」
目を伏せ、セトルとしぐれは頭を下げた。
「ほらもういいじゃん! 終わったことなんだし」
特に悪びれた様子を見せず、サニーは明るい笑顔を作って言った。あんたのせいじゃないの、とシャルンは横目で様子を見ながらそう思った。
「サニー、一番に謝らないといけないのはあなたですよ」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
含みのある笑みがどことなく怖いウェスターに、サニーはたじろぎ、軽く俯いて謝った。
「では、サニーも謝ったことですし、出航しましょうか」
気のせいか、ウェスターの口調はこのやりとりを楽しんでいるようにも思われた。
「まずは《ヴァルケン》ってとこに行くんやったな」
確かめるようにしぐれが言う。彼女は疲れを見せないように、なるべく明るく振舞っていた。
「ええ、そうです。そういえばしぐれも一緒に行くんですよね? はくまから聞きました」
ウェスターが言うと、そうか、とサニーが手を叩いた。
「そういえばあのときそんなこと言ってたわね」
「せや、そんなわけやからみんな、改めてよろしく!」
しぐれは疲れているはずの顔に満面の笑みを浮かべた。よろしく、と皆はそれぞれが答えた。
その後、船の乗組員が呼びに来たので、セトルたちはそのままブルーオーブ号に乗船した。
これから向かうところは、しぐれが言ったように《ヴァルケン》という町である。ムスペイル地方の北東に位置するそれは、砂漠にある唯一のオアシスの町でもある。他にもオアシスはいくつもあるらしいのだが、町までは発展していないらしい。
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1.6万
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