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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

033 再会

 サンデルクに到着すると、一行はワースたち三人に連れられて、サンデルク大学の地下に設けられた独立特務騎士団の施設に招かれた。
 大学の警備をしていたのは独立特務騎士団の人たちだが、施設内の人は特に規律に厳しい様子もなく、本を読んだり、ソファで寝ていたりと自由気ままに過ごしている。彼らはワースたち三人が選抜したアルヴィディアン・ノルティアンの入り混じる一師団で、ワースが言うには、普段はこうでも仕事はきちんとする優秀な部下らしい。その証拠かどうかわからないが、警備をしていた兵士は皆真剣に取り組んでいたし、ここでもワースたちの姿を認めるとしっかりと敬礼をする。
「アイヴィ、アキナの方たちは?」
 通路を進みながらワースが尋ねる。アキナってことはしぐれのことだろうが、『たち』ということは他にも誰か居るのだろうか?
「あなたの部屋で待つように言ってるわ」
「なっ!? なぜオレの部屋に?」
「この人数で話をするには、あなたの部屋じゃないと無理だと思ったのよ」
 嘆息したようにアイヴィが答えると、ワースは得心したのか、わかった、と言った。
 ワースの部屋は地下二階の一番奥にあった。中には既に人がいるので彼はノックをし、返事があってからドアノブを回した。
「あっ! ワースはん、いま戻ったんやな……ってセトル!?」
 ドアを開けると、濃い藤色の変わった服を着た黒髪の少女――雨森あめのもりしぐれが居て、セトルたちを見るなり目を丸くした。彼女の隣には、似たような格好の男女二人が立っている。
その格好やアキナ特有の黒髪から彼らが彼女の仲間だということはわかる。
「しーぐれ、久しぶり♪」
 サニーは無邪気な笑顔を浮かべる。するとアキナの男性が、
「しぐれ、こいつらが前に言ってた人やな?」
 と訛った声で言う。彼は二十歳くらいで、前髪は右目が隠れるほど長く、襟足を短く刈っている。上下紫色のややぴったりとした忍び装束で、しぐれとは違い忍刀は短く、腰の白い帯に挿している。
「せや、彼がセトル、こっちがサニーで、背が高いんがアランで……!?」
 頷いたしぐれはセトルたちを順に紹介していったが、意外な人物の姿を認めると再び目を丸くした。
「シャ、シャルン!? 何でここにおるんや!?」
「……わたしがいちゃ悪い?」
 シャルンの刺々しい言葉がしぐれを刺す。
「そ、そんなことあらへんけど……せや、ソテラはどうしたん? おらんみたいやけど」
 慌ててしぐれがそう言うと、シャルンは寂しげな表情をしてうなだれた。
「ん?」
 事情を知らないしぐれは首を傾げ、訊いてはいけないことだったのか、と思い戸惑ってしまう。
 実は、とアランがこれまでの経緯いきさつを語った。重たい空気が部屋に満ちる。
「そんな……シャルン、ごめんな……」
 しぐれは僅かに涙を浮かべてシャルンに頭を下げた。
「いいよ、気にしなくて……」
 シャルンはそう言ったが、うなだれた顔を上げようとはしなかった。
「ところでしぐれ、そっちの二人は?」
 この暗い空気を払うようにサニーは明るい声で言った。
「え? ああ、紹介するわ。二人はうちと同じアキナの忍者で、『はくま』と、『ひせつ』や」
「どうも、俺がはくまや! あんたらにはしぐれがだいぶ世話になったみたいやな」
 男性の方――はくまは笑顔で軽く会釈をする。
「……よろしく」
 彼女、ひせつもはくまに合わせて会釈する。彼女はしぐれと同じくらいの年頃で、長い黒髪を結わずに下ろしている。ピンクっぽい紫の忍び装束を着ていて、忍刀は持っていない。武器は見えないように隠してあるようだ。冷たい瞳は無愛想な感じがするが、それはひさめほどではない。
 よろしくね、とサニーは笑顔を見せる。
「あなた方は独立特務騎士団に協力を?」
 ウェスターが訊くと、はくまが頷いた。
「せや、しぐれが俺らの頭領に頼み込んで協力する形になったんや。ホンマ、頭領は自分の娘に弱いからなぁ……」
 やれやれと肩を竦め、彼は苦笑した。
「へー、しぐれのお父さんはアキナの頭領だったんだ。すごいね」
 感心した表情でセトルが言うと、しぐれはなぜか照れたように頭を掻いた。
「そんなことないて、どこにでもおるおっさんと変わらへんよ。それより、何か話があるんちゃう?」
 言うと彼女はワースたちを見た。
「再会のあいさつはもういいのかい?」
 ワースはそう言い、皆が頷くのを確認すると、
「じゃあ、本題に入ろうか」
 と近くにあった椅子に座り、話しを始める。
「まず我々は三つのことをしなくてはならない。一つ目は敵のアジトの特定。これはアキナの方にやってもらいたいのだが?」
「得意分野や、任せとき!」
 はくまが自信満々で了承し、ひせつも微笑を浮かべて頷いた。アキナの情報網でわからないことはない、とずっと前にしぐれが話してくれたが、確かにこの仕事は彼らが適切だろう。
「二つ目は各町の仕組まれた騒動の鎮圧だ。そして三つ目は――」
「ちょ、ちょっと待って! 仕組まれたってどういうこと?」
 二つ目のことを疑問に思ったサニーが話を止めて訊く。もしかするとそれはアスカリアでの争いも関係あるのかもしれない。
「君たちも見ているだろう? あれは奴らが城から奪った古の霊導機アーティファクトの一つ、《サヴィトゥード》による一時的な精神隷属で起こしたものだ。それを使えば争いなんて簡単に起こせる」
 アスカリアの争いが奴らに仕組まれたものなら得心がいく。あの時、どちらの言い分も嘘とは思えなかった。見えない第三者が居たんだ、それは当り前のことだ。しかも城から奪われた古の霊導機アーティファクトも関係している。
「ええと、サヴィ……何ですか?」
「《サヴィトゥード》。強力な精神隷属器のことよ」
 首を傾げたセトルにアイヴィが答えた。
「君たちは知らなくて当然だろう。スラッファ」
 ワースはスラッファに目配せをし、彼は頷いて説明を始めた。
精神隷属器サヴィトゥードは、元はノルティア製の円盤型で小さい古の霊導機アーティファクトだ。特殊な鉱石でできているらしく現在いまの技術では破壊できず、王城で厳重に保管してあった。人種戦争レイシェルウォーの時、ノルティアンはアルヴィディアンを強制使役し、戦争を有利にするためにこれ作ったと言われている」
「ちょい待ち! ノルティアンにそんな技術があったんかい?」
 しぐれが訊くと、ウェスターが答えた。
「確かに昔はアルヴィディアの方が霊導技術では上だったようですが、だからと言ってノルティアの技術も低くはなかったと思います。少なくとも現在いまよりは……」
 ウェスターは眼鏡の位置を直し、スラッファに説明を続けるように言った。スラッファは皆を見回し、他に質問がないのを確認すると説明を続けた。
「だからサヴィトゥードで操ることができるのはアルヴィディアンだけで、操られた者はその時の記憶がない。精神が強くないと簡単に操られてしまうから、アラン君やアキナの方たちは十分に注意してもらいたい」
 息を呑み、わかった、とアランたちは頷いた。でも気をつけるのはアランたちばかりじゃないのは言うまでもない。
「本来サヴィトゥードの存在は王族か、軍上層部しか知らないはずだ。やはりアルヴァレスは敵と見ていいだろうな」
 付け足すようにワースが言った。王族のアルヴァレスは知っていてもおかしくない。彼は脅されて答えるような人じゃないのは一度会ったときにわかっている。
「そして最後にやることは、できるだけ多くの精霊との契約。残念だがここに召喚士サモナーはいない。ウェスター、頼めるか?」
 ワースは、これが一番重要な仕事だ、とでも言うようにウェスターを見た。
「ええ、頼まれなくてもやるつもりですよ」
「精霊と契約って……ウェスター召喚士やったんか。へぇ~」
 感心したような、だがどこか怪訝そうにしぐれが言ったので、ウェスターは彼女たちに精霊との契約の証である指輪を見せた。
「さて、話はだいたいこんなところだ。ホテルに部屋を用意してある。今日は皆ゆっくり休んで、明日からそれぞれのやることを行ってくれ」
 ワースは椅子から立ち上がると、
「オレたちにもまだ仕事が残ってるんでな、これで失礼する」
 と言って踵を返す。と、アイヴィとスラッファを連れて部屋から出ていった。
「では、我々も今日は解散しましょう。それぞれ自由行動をとってもかまいませんが、サニーは迷子になるとめんどうなので誰かと一緒にいてくださいね♪」
「あーもう! 大丈夫よ!」
 サニーが膨れっ面をするのを尻目に、ウェスターは嫌味な笑みを浮かべて逃げるように出ていった。続けてシャルンも黙って部屋を出る。
「もう! あたしは別に方向音痴じゃないわよ」
「方向音痴だろ? それも天才的に」
 皮肉めいた笑みを浮かべたアランに、はくまが首を傾げた。
「そんなに酷いんか?」
 そりゃあもう、とアランはこれまでのサニーの迷子伝説を語り始めた。すると――
「……ザンフィ、アランの顔引っ搔いちゃって」
 顔に紅葉を散らしたサニーが足下にいたザンフィに指示を出すと、ザンフィは、キキ、と頷いたように鳴いてアランに跳びかかった。
「うわっ! や、やめろザンフィ! は、鼻はやめろ、鼻は! ひぃ~」
 そんなアランに皆が笑った。無愛想に思われたひせつも笑いを零すほど、彼の姿は滑稽だった。
「……セトル、買い物つき合って!」
 皆がひとしきり笑うと、サニーがセトルの腕を強引に引っ張った。
「え? 何で僕が?」
「一人じゃ……その……あれだし……。と、とにかく行こ!」
 まだ頬の赤いサニーはそう言って強引にセトルを連れ出そうとした。
「待って! うちも一緒に行ってええ?」
 しぐれはそう言うと、はくまたちを振り向いて、ええやろ? と訊く。
「ま、俺らも明日まで自由時間やし、ええやろ。せや、しぐれはそのまま精霊契約の方に行き。俺らは少人数の方が動きやすいし、そっちにも式神の連絡係が必要やと思う。何より契約はいろいろとたいへんなことやからな」
 聞くとしぐれは、わかった、と満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、また一緒に旅ができるんだね。改めてよろしく、しぐれ!」
 セトルが爽やかに微笑むと、しぐれも、よろしく、と答えてサニーを向いた。
「そういうことやからサニー、うちも買い物つき合ってええやろ?」
 するとサニーは少しの間黙ってしぐれを見、
「……セトルが嫌じゃなきゃいいわよ」
 となぜか少し不機嫌そうに言った。だが、セトルの答えは決まっているようなもの。
「じゃあ、しぐれも一緒に行こう」
 断るはずがない。断わる理由もない。それに――
「サニーを見張る人は多い方がいいしね♪」
 いつになくセトルは皮肉を言うと、サニーは頬を膨らまし、彼の腕をとってほとんど飛び出す形で部屋を出ていった。
「ほな、はくま、ひせつ、またあとでな!」
 しぐれもそれを追いかける。部屋の外で、どん、という妙な音がしたが、しぐれが転んだということは容易に想像がついた。
「やれやれ、お前は置いて行かれたな、ザンフィ」
 引っ掻き傷だらけの顔に苦笑を浮かべ、アランがザンフィを抱いたまま肩を竦めた。

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