ILIAD ~幻影の彼方~
022 別れ
ウェスターの霊導船に乗り、セトルたちはセイントカラカスブルグに到着した。不思議と、アランは霊導船ではあまり船酔いをしなかった。
揺れが少ないせいだろうか?
港でスラッファと別れ、セトルたちはすぐに城へ向かった。
「――ウェスター将軍!」
城門の前に立っていた兵士がウェスターを見て敬礼する。
「ですから、私はもう軍人ではありませんよ」
やれやれとウェスターは嘆息する。しかし、兵士は首を振る。
「いえ、私にとって貴方様はいつまでも我ら正規軍の将軍です!」
「ウェスターさんって正規軍の将軍だったんですか!?」
そのことを知らなかったセトルは驚いたようにそう言う。だが、何となくだけどそんな気がしていたのもある。あの兵士の態度を見る限り、かなりの人望があったのだろう。
「『元』ですよ、今はウルドがやっています。そのことは気にしないでください」
この話はここまで、という風にウェスターは眼鏡の位置を直した。だが――
「と言われても気になるぜ、あんなに強いのに何で軍をやめたんだ?」
アランがさらに詰め寄り、サニーやしぐれもそのことに興味津々のようだ。すると――
「――その辺にしといてやれよ、《具現招霊術士》さんが困ってるぜ!」
いきなりそう言ってきたのは、あの時の検事――アトリーだった。
「アトリー! 丁度いいところに来ました。陛下は今どちらに?」
話を切り換えるようにウェスターはそう言った。するとアトリーは真面目な顔をする。
「例の話か?」
「いえ、今回の事件の報告です。できればウルドにも来てもらいたいのですが?」
「……わかった」アトリーは頷く。「陛下なら謁見の間だ。うちの師団長なら私が呼んでおく。それと、その話は私にも聞かせてもらおうか」
言うと、アトリーは踵を返し、城の中へ戻って行った。
「ところで、《具現招霊術士》って何なんや?」
しぐれがウェスターではなく、そこの兵士に訊く。さっきアトリーがウェスターをそう呼んでいたが、本人に訊いたら、またいろいろと誤魔化されそうだ。
「それはウェスター将軍がまだ軍に居たころの二つ名です。霊術において右に出る者はおらず、その術はまるで生きているようだったので、そう言われるようになったのです」
確かにそれは頷ける。坑道での戦いを思い返しても、彼の術は本当に強力なものだった。だが、あれでもまだほとんど力を使っていないのだろう。
するとウェスターは、昔のことです、とでも言いたげに肩を竦めた。
「とにかく、謁見の間へ行きますよ」
✝ ✝ ✝
城の一階から、真紅の絨毯の敷かれた中央階段を登ると大きな扉がある。その奥が謁見の間だ。ウェスターが一言断って扉を開け、セトルたちはその中に入る。
目の前に見える二つの玉座には、豪奢な服に身を包み、王冠を被った男性と、オレンジ色の髪をした美しい女性――この二人が王と王妃だろう――がそれぞれ座っている。
王の方はアルヴィディアンだが、王妃の方はノルティアンだった。確か、どちらも五十歳を越えていると聞いているが、ずいぶんと若く見える。
そしてその脇には、小太りのどこか偉そうなアルヴィディアンの男と現正規軍の将軍ウルド・ミュラリーク、それとアトリーが立っていた。さっき呼びに行ったのにもう到着しているとは、流石だ。
ワースとあのアルヴァレスとかいう将軍の姿はない。
「ウェスター」国王――ウートガルザ・リウィクスが言う。「皆を集めて報告するとは、一体マインタウンで何があった?」
その口調も若々しく、ウェスターとはまるで友人との会話のようだ。
「そうだ、ただの事件なら陛下や大臣にまで報告する必要はないはずだ!」
ウルドがそう言うと、小太りの男――大臣も頷いた。
「では、順を追って説明します」
ウェスターはマインタウンの鉱山で起きた出来事を包み隠さず説明した。
「――なるほどそんなことが……後日その坑道には調査隊を派遣しよう」
目をつむって静かにそれを聞いていたウートガルザ王が言い、目を開いてウェスターを見る。
「それで、お前はどう思っている? 予想はできてるんだろ?」
「確証はありませんが、何かが組織的に行われているのは確かでしょう。その少女についてですが、どうやら彼女が何か知っているようです。しぐれ、お願いします」
「え!? は、はい……」
突然ウェスターにそう言われ、しぐれは戸惑いながら前に出る。緊張しているようだ。その気持ちはセトルにもわかる。目の前にいるのはこの国の王なのだ、緊張しないほうがおかしい。実際仲間たちは皆ここにいるだけで緊張している。
「あの子は『ひさめ』いうて、うちらアキナの里の仲間やった子や……こんなことする子やなかったんやけど……」
「恐らく」とそれにウェスターが続ける。「この城に忍び込んだ盗賊も、その少女で間違いないでしょう」
しぐれはどこか複雑な表情をしている。その気持ちもわからないでもない。
「しぐれ、大丈夫?」
セトルが声をかけると、彼女は無理に微笑んで、大丈夫や、と答えた。
そのまま報告は続けられ、最後にウェスターは陛下に何か耳打ちして、そのままセトルたちと謁見の間をあとにした。
「――ふぅ、流石に緊張したぜ」
アランは肩の力を抜いて大きく息をつく。
「それにしてもー」サニーが気の抜けた声で言う。「王様って堅いイメージがあったけど、そうでもなかったね」
「まあ、謁見の相手が私だったからでしょう」
ウェスターは眼鏡のブリッジを押さえ、口元に笑みを浮かべる。
「王様の相談役だったっけ?」
思い出すようにサニーが訊くと、ウェスターは頷き、そして――
「では、皆さんはこのまま村に帰ってもらいますが、よろしいですね?」
ウェスターのその言葉にセトルとアランは頷いた。しかしサニーは、
「何で? あたしたちもう関係者じゃないの?」
と、やはりそう言ってきた。
「いえ、あの少女を知っているしぐれはともかく、あなたたちはただの一般人です。危険ですので捜査は我々に任してください」
「むぅー、ウェスターだって軍人じゃないじゃない……」
サニーは思いっきり頬を膨らまし、ウェスターを睨む。
「軍人でないだけです」
「仕方ないよ、サニー。悔しいのはわかるけど、あとはウェスターさんたちに任せよう」
本当のところ、セトルも内心もやもやしているが、ここは素直に村へ帰った方がいいということもわかる。そこで自分たちの帰りを待ってくれている人がいるのだから……。
「う~、わかったわよ……」
サニーは俯きそう呟いたが、彼女にしては少し聞き分けがいいのが気になる。
「今度は私が村まで送りますから、途中で勝手に自分たちだけで捜査する、ということはできませんよ」
俯いたままサニーは小さく舌を打った。どうやらウェスターはそれを見抜いていたようだ。
城門を出ると、しぐれが突然立ち止まる。
「どうしたの、しぐれ?」
振り向き、セトルは首を傾げる。
「うちはここまでや……アキナの忍者として捜査に協力するよう言われてて……」
しぐれの表情が悲しげに歪む。
「ええー! じゃああたしたちも残るよー!」
「ダメですよ~、サニー」
ウェスターはどこか怖い笑みを浮かべ、瞳を隠すように眼鏡を押さえた。
「しぐれが残るならいいじゃない!」
「はいはいサニー、向こう行ってような」
駄々っ子のように振舞うサニーの手を掴み、アランは階段を下りて行った。
「ちょっ! アラン放しなさいよー!」
どんなに暴れても彼女の力ではアランを振り解くのは無理だろう。
それを見て苦笑を浮かべていたセトルはしぐれに向き直る。
「しぐれ、本当に残るの?」
「うん。ひさめとちゃんと会って話ししたいんや……」
「わかった。そのうちアスカリアに遊びに来なよ。田舎だけどね……」
セトルは頭を掻き、じゃあ、と言って踵を返そうとする。
「あ、あの、セトル……」
「ん、何?」
セトルは振り返ると、彼女は頬を赤くして視線を反らした。
「や、やっぱりええわ! ま、またねセトル!」
しぐれは慌てた様子でそう言った。
「うん。また!」
セトルは今度こそ踵を返し、ウェスターと共にアランたちを追って行った。
「若いっていいですね~♪」
途中ウェスターが皮肉っぽくそう言うが、セトルはその意味がわからなかった。
揺れが少ないせいだろうか?
港でスラッファと別れ、セトルたちはすぐに城へ向かった。
「――ウェスター将軍!」
城門の前に立っていた兵士がウェスターを見て敬礼する。
「ですから、私はもう軍人ではありませんよ」
やれやれとウェスターは嘆息する。しかし、兵士は首を振る。
「いえ、私にとって貴方様はいつまでも我ら正規軍の将軍です!」
「ウェスターさんって正規軍の将軍だったんですか!?」
そのことを知らなかったセトルは驚いたようにそう言う。だが、何となくだけどそんな気がしていたのもある。あの兵士の態度を見る限り、かなりの人望があったのだろう。
「『元』ですよ、今はウルドがやっています。そのことは気にしないでください」
この話はここまで、という風にウェスターは眼鏡の位置を直した。だが――
「と言われても気になるぜ、あんなに強いのに何で軍をやめたんだ?」
アランがさらに詰め寄り、サニーやしぐれもそのことに興味津々のようだ。すると――
「――その辺にしといてやれよ、《具現招霊術士》さんが困ってるぜ!」
いきなりそう言ってきたのは、あの時の検事――アトリーだった。
「アトリー! 丁度いいところに来ました。陛下は今どちらに?」
話を切り換えるようにウェスターはそう言った。するとアトリーは真面目な顔をする。
「例の話か?」
「いえ、今回の事件の報告です。できればウルドにも来てもらいたいのですが?」
「……わかった」アトリーは頷く。「陛下なら謁見の間だ。うちの師団長なら私が呼んでおく。それと、その話は私にも聞かせてもらおうか」
言うと、アトリーは踵を返し、城の中へ戻って行った。
「ところで、《具現招霊術士》って何なんや?」
しぐれがウェスターではなく、そこの兵士に訊く。さっきアトリーがウェスターをそう呼んでいたが、本人に訊いたら、またいろいろと誤魔化されそうだ。
「それはウェスター将軍がまだ軍に居たころの二つ名です。霊術において右に出る者はおらず、その術はまるで生きているようだったので、そう言われるようになったのです」
確かにそれは頷ける。坑道での戦いを思い返しても、彼の術は本当に強力なものだった。だが、あれでもまだほとんど力を使っていないのだろう。
するとウェスターは、昔のことです、とでも言いたげに肩を竦めた。
「とにかく、謁見の間へ行きますよ」
✝ ✝ ✝
城の一階から、真紅の絨毯の敷かれた中央階段を登ると大きな扉がある。その奥が謁見の間だ。ウェスターが一言断って扉を開け、セトルたちはその中に入る。
目の前に見える二つの玉座には、豪奢な服に身を包み、王冠を被った男性と、オレンジ色の髪をした美しい女性――この二人が王と王妃だろう――がそれぞれ座っている。
王の方はアルヴィディアンだが、王妃の方はノルティアンだった。確か、どちらも五十歳を越えていると聞いているが、ずいぶんと若く見える。
そしてその脇には、小太りのどこか偉そうなアルヴィディアンの男と現正規軍の将軍ウルド・ミュラリーク、それとアトリーが立っていた。さっき呼びに行ったのにもう到着しているとは、流石だ。
ワースとあのアルヴァレスとかいう将軍の姿はない。
「ウェスター」国王――ウートガルザ・リウィクスが言う。「皆を集めて報告するとは、一体マインタウンで何があった?」
その口調も若々しく、ウェスターとはまるで友人との会話のようだ。
「そうだ、ただの事件なら陛下や大臣にまで報告する必要はないはずだ!」
ウルドがそう言うと、小太りの男――大臣も頷いた。
「では、順を追って説明します」
ウェスターはマインタウンの鉱山で起きた出来事を包み隠さず説明した。
「――なるほどそんなことが……後日その坑道には調査隊を派遣しよう」
目をつむって静かにそれを聞いていたウートガルザ王が言い、目を開いてウェスターを見る。
「それで、お前はどう思っている? 予想はできてるんだろ?」
「確証はありませんが、何かが組織的に行われているのは確かでしょう。その少女についてですが、どうやら彼女が何か知っているようです。しぐれ、お願いします」
「え!? は、はい……」
突然ウェスターにそう言われ、しぐれは戸惑いながら前に出る。緊張しているようだ。その気持ちはセトルにもわかる。目の前にいるのはこの国の王なのだ、緊張しないほうがおかしい。実際仲間たちは皆ここにいるだけで緊張している。
「あの子は『ひさめ』いうて、うちらアキナの里の仲間やった子や……こんなことする子やなかったんやけど……」
「恐らく」とそれにウェスターが続ける。「この城に忍び込んだ盗賊も、その少女で間違いないでしょう」
しぐれはどこか複雑な表情をしている。その気持ちもわからないでもない。
「しぐれ、大丈夫?」
セトルが声をかけると、彼女は無理に微笑んで、大丈夫や、と答えた。
そのまま報告は続けられ、最後にウェスターは陛下に何か耳打ちして、そのままセトルたちと謁見の間をあとにした。
「――ふぅ、流石に緊張したぜ」
アランは肩の力を抜いて大きく息をつく。
「それにしてもー」サニーが気の抜けた声で言う。「王様って堅いイメージがあったけど、そうでもなかったね」
「まあ、謁見の相手が私だったからでしょう」
ウェスターは眼鏡のブリッジを押さえ、口元に笑みを浮かべる。
「王様の相談役だったっけ?」
思い出すようにサニーが訊くと、ウェスターは頷き、そして――
「では、皆さんはこのまま村に帰ってもらいますが、よろしいですね?」
ウェスターのその言葉にセトルとアランは頷いた。しかしサニーは、
「何で? あたしたちもう関係者じゃないの?」
と、やはりそう言ってきた。
「いえ、あの少女を知っているしぐれはともかく、あなたたちはただの一般人です。危険ですので捜査は我々に任してください」
「むぅー、ウェスターだって軍人じゃないじゃない……」
サニーは思いっきり頬を膨らまし、ウェスターを睨む。
「軍人でないだけです」
「仕方ないよ、サニー。悔しいのはわかるけど、あとはウェスターさんたちに任せよう」
本当のところ、セトルも内心もやもやしているが、ここは素直に村へ帰った方がいいということもわかる。そこで自分たちの帰りを待ってくれている人がいるのだから……。
「う~、わかったわよ……」
サニーは俯きそう呟いたが、彼女にしては少し聞き分けがいいのが気になる。
「今度は私が村まで送りますから、途中で勝手に自分たちだけで捜査する、ということはできませんよ」
俯いたままサニーは小さく舌を打った。どうやらウェスターはそれを見抜いていたようだ。
城門を出ると、しぐれが突然立ち止まる。
「どうしたの、しぐれ?」
振り向き、セトルは首を傾げる。
「うちはここまでや……アキナの忍者として捜査に協力するよう言われてて……」
しぐれの表情が悲しげに歪む。
「ええー! じゃああたしたちも残るよー!」
「ダメですよ~、サニー」
ウェスターはどこか怖い笑みを浮かべ、瞳を隠すように眼鏡を押さえた。
「しぐれが残るならいいじゃない!」
「はいはいサニー、向こう行ってような」
駄々っ子のように振舞うサニーの手を掴み、アランは階段を下りて行った。
「ちょっ! アラン放しなさいよー!」
どんなに暴れても彼女の力ではアランを振り解くのは無理だろう。
それを見て苦笑を浮かべていたセトルはしぐれに向き直る。
「しぐれ、本当に残るの?」
「うん。ひさめとちゃんと会って話ししたいんや……」
「わかった。そのうちアスカリアに遊びに来なよ。田舎だけどね……」
セトルは頭を掻き、じゃあ、と言って踵を返そうとする。
「あ、あの、セトル……」
「ん、何?」
セトルは振り返ると、彼女は頬を赤くして視線を反らした。
「や、やっぱりええわ! ま、またねセトル!」
しぐれは慌てた様子でそう言った。
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