ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

015 裁判

 ――首都《セイントカラカスブルグ》最高裁判所。
「罪人は王城から精霊石アクアマリンと、かの古霊導機アーティファクトを盗んだ。よって有罪です」
 検事側冒頭陳述で、真紅のコートを纏ったアルヴィディアンの男性検事、アトリー・クローツァが述べる。
「目撃した者の証言と、なにより盗まれた精霊石を持っていたことがその証拠です」
「いえ、それは違います」と弁護側、ウェスター・トウェーンが言う。「この精霊石は確かに盗まれた物ですが、これはその一欠片にすぎません。それと、盗賊《エリエンタール家》ですが、目撃者の証言はどのようなものでしたか?」
 口元に笑みを浮かべたウェスターに、アトリーは鼻を鳴らして、オリーブ色の前髪を払った。
「フン、赤毛のポニーテールをしたノルティアンの少女、まさにそこにいる者のことではないか?」
「ノルティアン、それは間違いないですか?」
「ああそうだ、間違いない!」
 アトリーは自信満々に答える。が、ウェスターは、ふむ、と呟いて目を眇めた。
「それはおかしいですね。エリエンタール家は全員『ハーフ』のはずです。それに、彼らは十年ほど前に滅んでいます」
「フン、だとしても、それでは無実を証明したことにはならない! 生き残りの可能性だってある! たとえエリエンタール家でなかったとしても、盗賊であることには変わりはない」
 自信満々の彼に、ウェスターはやれやれと嘆息した。
「そんなことはわかっていますよ。話は最後まで聞いてください」
「何だと?」
 アトリーは顔を引き締めた。

        ✝ ✝ ✝

 そのころ、セイントカラカスブルグ港にセトルたちは到着していた。軍に海賊を引き渡し、彼らは聳え立つ王城を見上げた。
 ここは小高い丘の上にできている都市で、その一番高いところに、シルティスラント王国の美しい王城が建っている。その下には城ほどではないにしろ、かなり大きな建物が軒を連ね、下に行くほど建物は小さくなっている。サンデルクも大都市だったが、ここはさらに大きい。セトルとアランは物珍しそうに辺りを見回していた。
「二人とも、あんまりキョロキョロせんといて! 気持はわかるけど……」
 人々の視線を感じたしぐれが、恥ずかしそうに言う。
「ごめんごめん、それよりシャルンたちはどこに行ったのかな?」
 セトルは彼女を振り向き、頭を掻いた。あれからシャルンとソテラには一度も会っていない。船を降りる時も見かけなかった。
「そういえば見てないな」
 アランは周囲を見回す。やらなければならないことがある、とは言っていたけど、結局それが何なのかはわからずじまいだった。
「ほら、サニーって娘を捜すんやないの?」
「あ、うん……どこに居るんだろう? やっぱりあそこかな?」
 そう言ってセトルは王城を指差した。するとアランは腕を組む。
「マーズさんの言ってた弁護士ローヤーのとこじゃねぇか?」
 そうかもしれない。が、そうだとしたら捜すのは大変だ。なにせその人の名前も知らないのだから。その時――
「ねぇ、裁判が始まったらしいわよ! アトリーさん居るかしら♪」
「弁護人はウェスター様らしいわ」
 と言う女性の会話が聞こえてきた。それを聞いたセトルはすぐにその女性二人の元へ駆け寄る。
「すみません。裁判って、何の裁判ですか?」
 突然見知らぬ青い瞳をした少年に話しかけられ、女性二人は少し戸惑うが、一人が答えてくれた。
「た、確かお城で盗みを働いた、エリ何とかって盗賊のって聞いたわ」
 間違いない、サニーの裁判だ。彼女は裁判所に居る。
「ありがとうございました。あと、裁判所はどう行ったらいいのでしょうか?」
 礼儀正しく頭を下げ、セトルは迷惑ついでにそう訊いた。それを見ていたしぐれは唖然とする。
「セトルって他人と喋ってるとき、人が変ったように見えるわ……」
「ああそれは……」とアランが言うが、次の言葉に困り、少し考えて話す。「あーアレだ、セトルは義理とはいえ村長の息子だからな、礼儀は十分わきまえているのさ!」
(ま、本当はケアリーさんがアレだからセトルがこうなったんだろうけど……)
 セトルはもう一度礼をすると、二人の元に戻ろうとする。すると――
「ねぇ、もしかして君……」
 もう一人の女性がセトルの青い瞳を見詰めながら言う。しかし、すぐに眉をひそめた。
「ごめんなさい。やっぱり勘違いだわ」
 首を傾げ、セトルはそのままアランたちの元へ戻った。気になるが、今はサニーの方が先だ。
「サニーは裁判所に居るみたいだよ、行こう!」
 二人は頷き、セトルの案内で裁判所へ向かう。王城に続く直線状の緩やかな階段を登り、途中何かを模った彫像のある広場を左に曲がって、そこをずっと行ったところにそれはある。

        ✝ ✝ ✝

「――ということです。サニーさん、それで間違いありませんか?」
 ウェスターが問うと彼女は、はい、とだけ言って頷き、あとは大人しく前を向いた。普段の彼女ならうるさいくらい思ったことを口にするはずだが、今はウェスターに言われたのか大人しくしている。
 一人しかいない裁判官も、ウェスターの話を頷きながら聞いていた。
「た、確かに」すっかり表情に自信のなくなったアトリーが言う。「だが、それはまだ明確な証拠ではない!」
「ふむ、確かにこれは証拠にはなりません。ですが――ん?」
 その時、裁判所の扉が勢いよく開いた。皆が一斉に振り向くと、そこには美しい銀髪を風に靡かせた少年が立っていた。
「セトル!? それにアランも……」
 彼と、その後ろにいたアランの姿を認め、サニーは目を瞠った。当然だが、しぐれについては何も言わない。
「なんとか間に合ったみたいだな」
 アランは汗を拭う。
「あそこにおるんがサニーやろ?」
 しぐれが中央にいる赤毛の少女を指差してそう訊くと、セトルは頷いて段々となっている席の横を進み始めた。
「何だね、君は?」
 真っ先にアトリーがそう言い、セトルの前に立ち塞がった。しかしすぐに驚いたような表情をする。周りの人々も同じように驚き、彼を見ていた。
(ほう、青い瞳ですか……)
 一人だけ冷静な様子のウェスターは、眼鏡の位置を直すとサニーを見る。
「知り合いですか?」
「うん、村の友達!」
 そう答えるサニーの顔は輝いていた。彼らが来たことがよほどうれしかったんだろう。
 ウェスターは笑みを浮かべて裁判官の方を向き、
「裁判官、続けても?」
 と訊く。すると裁判官はゆっくり頷き、アトリーを席に戻るように言う。
「君たちもとりあえず席についてください。あとで確認したいことがあります」
 ウェスターに促され、セトルたちは近くの席についた。その時ザンフィがサニーのところへ行こうとしたが、セトルはそれを止め、自分の膝の上に乗せた。
『セトルええんか? 黙ってて』
 隣に座ったしぐれが、周りには聞こえないようにそう言う。
『そうだぜ、お前の証言があればサニーの無実は証明されるんだ。今すぐにでも……』
 もちろん小声で、アランも言う。だが、セトルはゆっくりと首を振った。
『今は言われた通りにしようよ。たぶんあの人がマーズさんの言ってた弁護士ローヤーの人だろうから……あとで確認したいことがあるって言ってたし』
 セトルはちらっとウェスターを見る。彼の口元にはまだ笑みが浮かんでいた。
 ウェスターが弁護をしている中、サニーは横目でセトルたちを見ていた。しぐれと話をしているセトルをどこか不機嫌そうな目つきで――
「では、そこの少年に質問しますが、よろしいですか?」
 そう述べ、ウェスターは裁判官を、アトリーを、そして最後にセトルを見る。彼らが頷いたのを確認し、ウェスターは続けた。
「それでは、犯行のあったフリックの月32の日に彼女がどこに居たのかわかりますか?」
「そのことか……訊いても無駄だと思うぞ。ウルド師団長に村の誰も知らなか――!?」
 肩を竦めてアトリーはそう言おうとしたが、ウェスターの目に制されて黙ってしまった。その眼鏡の奥のノルティアンの瞳は笑っているようだが、何とも言えない恐ろしさがあった。
 セトルはすうと息を吸い、そして答えた。
「――その日、いえ、その数日前からサニーは両親と共にインティルケープに居たはずです。僕も一緒でしたから間違いありません!」
 するとアトリーは血相を変えて勢いよく席を立った。
「で、でたらめだ! 嘘に決まっている!」
「いえ、本当のことです。」言ったのはウェスターだった。「先日、彼女の両親が村に帰ってきたと私の部下から報告がありました。その両親の証言と彼の証言は一致します」
「く、だが、親族は証人にならない。話を合しているということも……」
 アトリーは呻いた。
「インティルケープの宿屋の主人にも確認済みですが? ――名簿にも載っていました」
 聞くと、アトリーは糸が切れたように席についた。
「なるほど……アリバイの証人がいる……ということか。証拠もあるようだし……どうやらまた私の負けのようだ」
 ウェスターは勝ち誇った笑みを浮かべ、眼鏡の位置を直した。
「それでは最後に、あの方の意見を聞かせてもらいたい」
 裁判官はそう言うと、後ろの隅にある扉の方を向いた。
「ワース将軍、どうぞ入ってくだされ!」
 すると、ゆっくり扉が開き、一人の青年が現れた。軍服とは違う青単の服に、マントを纏っている。歳はまだ若い、二十歳くらいだろう。セトルに負けない美しい銀髪をしていて、瞳の色は――セトルたちには遠すぎてよくわからない。しかし、サニーにははっきりと見えた。
(あ、青い……目!?)
 そう、彼はセトルと同じサファイアブルーの瞳をしていた。よく見れば、顔立ちもどことなくセトルに似ている気がする。
 サニーは見間違いだと思い、目を擦ってもう一度見るが、やはり青い。隣の裁判官はノルティアンとはっきりわかるので、光か何かのせいで青く見えるわけではないだろう。
「これは、私の意見を聞くまでもないでしょう、裁判官」
 ワースという男はそう言うと、裁判官に目配せをして判決を促した。そして裁判官は、ゴホンと咳払いをする。セトルたちは息を呑んだ。
(もしサニーが有罪になったら、その時は……)
「サニー・カートライト、そなたは――」

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