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ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

006 幻影の村

 イセ山道を駆ける二頭の馬。二人の若者を乗せ、もの凄い勢いで風を切る。
 先頭を走る馬にはセトル・サラディンが乗っている。
「おいセトル、インティルケープで奴らに追いつかなかったらどうする気だ?」
 後ろから、馬で走っていても聞こえるようにアランが大声で言った。
「その時は……首都まででも追っていく。絶対無実を証明してサニーを連れ戻すんだ!」
 セトルも大声で答え、日記持ってくればよかったかな、と思った。するとアランの表情が緩んだ。
「そう言うと思ったぜ。ま、そんときは馬をマーズさんにでも預けて船で行くしかないな。お前船乗ったときあるか?」
 アランの問いに、セトルは首だけ大きく横に振った。
 アランは苦笑する。
 しばらく山道を駆けていると、セトルはある不審な点に気がついた。
(霧? さっきまで出てなかったのに……)
 山を白い闇がだんだんと包み込んでいく。
「これは早く抜けねぇとヤバイぜ……」
 アランが辺りを見渡し、呟いた。その時――
「うわっ! い、いて、いててててて!」
 突然セトルが叫びだし、馬を止めた。
「セトル、どうし――!? お前、それ……」
 心配したアランが馬を彼の横につけ、その顔を覗き込むと、驚いた表情になる。セトルの顔面に黒茶色いフサフサした物体が張りついていたからだ。
「何かが道具袋から飛び出してきたんだよ。いてて!」
 セトルはそれを両手で外すと、そこにいたのは、頭から尾にかけて黒茶色い毛と、長い耳をもつリスに似た小動物だった。
「ザンフィ! 何でここに!?」
 セトルも驚きそう言った。このザンフィと呼ばれた小動物はサニーの家で飼われているものだ。それがどうしてここに?
「もしかして、サニーを助けるために……」
 まさか、とセトルは思ったが、アランの言う通りかもしれない。ザンフィは頭が良い。だから彼女の危機を感じてセトルたちについてきたのかもしれない。
「どうする?」セトルは困ったように眉をひそめた。「村に戻した方がいいかなぁ……」
「……いや、連れて行こう。今さら後戻りもできないだろ? それにけっこう役に立つかもしれない」
 少し考え、アランはそう提案する。
「そうだね、わかった」
 セトルがそう言って微笑むと、ザンフィもセトルの肩に乗り、「キキ」と鳴いて、笑ったように見えた。
 さらに霧が濃くなっていく。
「まずいな……早くここを抜けようぜ!」
 確かにこれ以上ここにいると危険だ。セトルは頷き、馬の手綱を持った。
 そして、ふと白い闇が包む景色を見下ろす。すると――
「……?」
 何が見えたのか、セトルは馬を降り、目を凝らしてその景色をじっと見つめた。
「ん? どうしたセトル?」
「ねぇアラン、あんなところに村なんてあったっけ?」
「はぁ? 何言って――!?」
 セトルが指さした方を見て、アランは目を丸くした。白い闇の中に、確かに村のようなものが見える。が――
「おかしい、あんなところに村なんて無かったはず……」
 アランは自分の目を疑い、馬から降り、目を腕でこするようにしてもう一度見る。だが、やはりそこには村らしきものが見えた。
 二人は幻でも見ている気分だった。でも、見れば見るほどその全容がわかってくる。時計台を思わせる高い塔と、その下に広がる民家のような家々。それは、どこか神秘的な感じのする不思議なものだった。
(ん? 揺れている……!?)
 村が陽炎のように揺れているのに気づき、アランはハッとする。
「ま、まさかあれが、幻影の村《ミラージュ》か!」
「みらあじゅ?」
 何それ、と言いたげにセトルは首を傾げた。
「そうか、お前は知らないよな」アランはセトルを振り向く。「《ミラージュ》は世界のいろんなところで目撃されている村なんだ。見えてるけど、実態がないから《幻影の村》なんて言われている」
 ふーん、とセトルは呟き、今も微かに揺れているその村を見詰めた。
(あれ?)
「セトル、そろそろ行くぞ!」
「あ、うん、そうだね」
 その村を見ていてセトルは不思議な懐かしいような感じがしたが、今は早く奴らに追いつかないといけない。とりあえずそれは置いておこうと思った。だが焦ってもしかたない。サニーを連れて行ったのは国軍、彼女が無事であることは間違いないのだ。たとえインティルケープで追いつけなくても、首都まで行く。それは長い旅になるだろう。

        ✝ ✝ ✝

 インティルケープに着くと二人はすぐに港へ向かった。しかし、どこにも軍船と思われる船は見あたらなかった。
 しばらく辺りを捜していると、マーズが海の向こうを見詰めているのを見かけた。
「マーズさん!」
 セトルたちは彼のもとに駆け寄る。
「セトルくん! それにアランくんも……」
「マーズさん、正規軍がどこに行ったか知りませんか?」
 すかさずセトルは訊いた。
「そうか、君たちは軍を追ってきたのか……。彼らはもうここを発ったよ」
 マーズは悲しげな表情を見せ、そしてまた海の向こうを見詰めた。
 そんな、とセトルは呟く。
「すまないね。私が来たときはもう……」
「いえ、いいんです。追いつけなかったら首都まで行くと決めてましたから」
 自分に言い聞かせるようにセトルは言い、無理に笑ってみせた。
「……でも」と少し間を置いてマーズは口を開いた。「サニーくんのことはそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「どういうことだ?」
 アランが怪訝そうに訊く。
「セトルくんが私の家を出て少ししたころに、弁護士ローヤーの方が訪ねてきてね。このことを伝えたら、サニーくんの弁護をしてくれると言ってくれた」
「本当ですか!」
 セトルは破顔した。今度は無理をしてない本心からの笑みだ。しかし、その横でアランは、信用できるのか? と怪訝そうな顔を緩めなかった。
 マーズは、ハハハ、と笑いアランを向く。
「大丈夫、彼は信用できるよ。首都では有名な弁護士ローヤーだし、なりより私とは知り合いだからね。任せていいと思うよ」
 マーズのその言葉は本当にその人を信頼しているものだった。するとアランはやっと表情を和らげた。
「まあ、マーズさんの知り合いなら大丈夫だろう」
「それではマーズさん、僕たちは首都を目指します。いろいろとありがとうございました」
 セトルは一礼し、踵を返した。
「あ、マーズさん、町の入り口に繋いである馬を預かってくれますか?」
「ああ、いいとも」
 マーズが頷くのを見ると、アランも同じように礼を言って、セトルの後に続いた。
 気をつけてな、と言ってマーズは、歩み行く二人を笑顔で見送った。

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